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8 戦は戦う前に結果が決まっている
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マルーン候は、戦力を集め決戦に備えていた。
皇女アンジェリーナが皇帝になるには、現皇帝に戦争で勝つのが必要だ。
武無き皇帝にはだれもついてこないからこそ、これは必定であった。
そしてこちらの戦争目的は単純だった。
皇女アンジェリーナの首である。
局地でどれだけ負け、どれだけ損害が出ても、皇帝が無事でアンジェリーナが死ねば戦略的には完全勝利なのである。
決戦の地は、帝都東部の大平原だ。東にいるアンジェリーナはイストリア公軍や遊牧民騎兵たちを率いてくるだろう。
それを大軍で迎え撃ち圧殺する。
軍務卿であるマルーン候率いる帝国軍の練度は高いし、帝都周辺や、西部の諸侯を集めれば数も十分だ。
必勝の策であったが、その策はすぐに味方により崩されていく。
まず、最大勢力であるランドルフ公が、兵力を分散させ、アンジェリーナ率いる略奪部隊と小競り合いをして、兵を消耗することを繰り返し始めたのだ。
元々アンジェリーナはランドルフ公の婚約者としてランドルフ公領で働いていたこともあり、知り合いが多い。
多くの代官が寝返り、その寝返った代官の討伐と、ランドルフ公側に残った代官たちの救援要請に応じて兵を分散配置し始めたのだ。
略奪など、遊牧民の、軽騎兵たちの得意分野だ。よほど大量の兵と精密な計画がなければ討伐など不可能でランドルフ公はいたずらに兵を消耗させていた。
マルーン候は、代官の寝返りを容認し、その一方で情報をこっそり流すように代官らに伝えろと提案したのだが、プライドばかり高いランドルフ公はそれが許容できなかったようだ。
戦えば負け、助けられないにもかかわらず裏切った者を討伐し始めたランドルフ公の求心力はどんどん下がっていき、兵力も士気も低下が著しかった。
また、皇帝からの強い要請のせいで、南部への兵力配置も必要になった。
アンジェリーナは東部にいる。
南部から攻めてくるマルコイ公の兵力は確かに大きいが、帝都の城壁と守備兵を抜けるほどではなく、帝都が抜けないならば帝都自体が巨大な障害物となって、南部から東部への援軍に行くのは難しい。
現状の帝都の守備兵力だけで、マルコイ公の兵を遊兵化できるのだ。
帝都の兵は、練度が高いが守備専門の兵であり、野戦でどこまで役に立つかわからないし、マルーン候は動かす予定はなかった。
だから、これだけでマルコイ公への備えは十分であったはずなのだ。
だが、皇帝は皇帝派である帝都周辺域を見捨てることができなかった。
それらを守るため、防衛線を帝都の城壁からかなり前進させる必要があり、そのための兵力を皇帝は求めたのだ。
マルーン候は反発したが、皇帝を説得できる弁も、代案もなかった。結局皇帝の意見は通り、少なくない兵力が南部に転用された。
マルーン候はやりにくさを感じていたが、その理由はまだ察していなかった。
マルーン候自身、軍務については才能あふれる人間だ。天才といっても過言ではないかもしれない。
だが、その策を実施できる政治的なセンスは絶望的に欠けていた。
今までは宰相であるマルコイ公が各種調整と計画を立て
皇帝の妹であるアンジェリーナが足繫く現地に言って頭を下げることで、策を実施し
そして予定の策を実施するのがマルーン候という役割だった。
その二人を欠いて、マルーン候の策が実施できるはずがなかった。
当初の予定より大幅に数を減らした状態で、皇帝派は決戦に挑むことになった。
一方、私たち反皇帝派は着実に足元を固めていた。イストリア公軍に私の軽騎兵を集めた2万の軍勢は、補給も万全の状態で帝都に向かって出発することができた。
マルコイ公ら3万の軍も、順調に南部を進軍しているという。
皇帝派は、帝都に1万の守備兵を残し、南部に2万、東部に3万の軍を割り振ったと偵察から聞いている。
マルーン候の普段の戦略ならば、帝都の守備兵以外はすべてこちらに割り振ってくるだろう。
ランドルフ公の消耗もなければ6万の兵がこちらに殺到していたはずだ。
3:1の戦力差で勝つのは難しいだろう。
だが結局、政略が、環境が、そういった戦力集中を許さなかった。
それでも皇帝派の方が兵力が多い。地力の差がここに現れていた。
一世一代の大戦争が、始まろうとしていた。
皇女アンジェリーナが皇帝になるには、現皇帝に戦争で勝つのが必要だ。
武無き皇帝にはだれもついてこないからこそ、これは必定であった。
そしてこちらの戦争目的は単純だった。
皇女アンジェリーナの首である。
局地でどれだけ負け、どれだけ損害が出ても、皇帝が無事でアンジェリーナが死ねば戦略的には完全勝利なのである。
決戦の地は、帝都東部の大平原だ。東にいるアンジェリーナはイストリア公軍や遊牧民騎兵たちを率いてくるだろう。
それを大軍で迎え撃ち圧殺する。
軍務卿であるマルーン候率いる帝国軍の練度は高いし、帝都周辺や、西部の諸侯を集めれば数も十分だ。
必勝の策であったが、その策はすぐに味方により崩されていく。
まず、最大勢力であるランドルフ公が、兵力を分散させ、アンジェリーナ率いる略奪部隊と小競り合いをして、兵を消耗することを繰り返し始めたのだ。
元々アンジェリーナはランドルフ公の婚約者としてランドルフ公領で働いていたこともあり、知り合いが多い。
多くの代官が寝返り、その寝返った代官の討伐と、ランドルフ公側に残った代官たちの救援要請に応じて兵を分散配置し始めたのだ。
略奪など、遊牧民の、軽騎兵たちの得意分野だ。よほど大量の兵と精密な計画がなければ討伐など不可能でランドルフ公はいたずらに兵を消耗させていた。
マルーン候は、代官の寝返りを容認し、その一方で情報をこっそり流すように代官らに伝えろと提案したのだが、プライドばかり高いランドルフ公はそれが許容できなかったようだ。
戦えば負け、助けられないにもかかわらず裏切った者を討伐し始めたランドルフ公の求心力はどんどん下がっていき、兵力も士気も低下が著しかった。
また、皇帝からの強い要請のせいで、南部への兵力配置も必要になった。
アンジェリーナは東部にいる。
南部から攻めてくるマルコイ公の兵力は確かに大きいが、帝都の城壁と守備兵を抜けるほどではなく、帝都が抜けないならば帝都自体が巨大な障害物となって、南部から東部への援軍に行くのは難しい。
現状の帝都の守備兵力だけで、マルコイ公の兵を遊兵化できるのだ。
帝都の兵は、練度が高いが守備専門の兵であり、野戦でどこまで役に立つかわからないし、マルーン候は動かす予定はなかった。
だから、これだけでマルコイ公への備えは十分であったはずなのだ。
だが、皇帝は皇帝派である帝都周辺域を見捨てることができなかった。
それらを守るため、防衛線を帝都の城壁からかなり前進させる必要があり、そのための兵力を皇帝は求めたのだ。
マルーン候は反発したが、皇帝を説得できる弁も、代案もなかった。結局皇帝の意見は通り、少なくない兵力が南部に転用された。
マルーン候はやりにくさを感じていたが、その理由はまだ察していなかった。
マルーン候自身、軍務については才能あふれる人間だ。天才といっても過言ではないかもしれない。
だが、その策を実施できる政治的なセンスは絶望的に欠けていた。
今までは宰相であるマルコイ公が各種調整と計画を立て
皇帝の妹であるアンジェリーナが足繫く現地に言って頭を下げることで、策を実施し
そして予定の策を実施するのがマルーン候という役割だった。
その二人を欠いて、マルーン候の策が実施できるはずがなかった。
当初の予定より大幅に数を減らした状態で、皇帝派は決戦に挑むことになった。
一方、私たち反皇帝派は着実に足元を固めていた。イストリア公軍に私の軽騎兵を集めた2万の軍勢は、補給も万全の状態で帝都に向かって出発することができた。
マルコイ公ら3万の軍も、順調に南部を進軍しているという。
皇帝派は、帝都に1万の守備兵を残し、南部に2万、東部に3万の軍を割り振ったと偵察から聞いている。
マルーン候の普段の戦略ならば、帝都の守備兵以外はすべてこちらに割り振ってくるだろう。
ランドルフ公の消耗もなければ6万の兵がこちらに殺到していたはずだ。
3:1の戦力差で勝つのは難しいだろう。
だが結局、政略が、環境が、そういった戦力集中を許さなかった。
それでも皇帝派の方が兵力が多い。地力の差がここに現れていた。
一世一代の大戦争が、始まろうとしていた。
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