上 下
8 / 10

8 戦は戦う前に結果が決まっている

しおりを挟む
マルーン候は、戦力を集め決戦に備えていた。
皇女アンジェリーナが皇帝になるには、現皇帝に戦争で勝つのが必要だ。
武無き皇帝にはだれもついてこないからこそ、これは必定であった。

そしてこちらの戦争目的は単純だった。
皇女アンジェリーナの首である。
局地でどれだけ負け、どれだけ損害が出ても、皇帝が無事でアンジェリーナが死ねば戦略的には完全勝利なのである。
決戦の地は、帝都東部の大平原だ。東にいるアンジェリーナはイストリア公軍や遊牧民騎兵たちを率いてくるだろう。
それを大軍で迎え撃ち圧殺する。
軍務卿であるマルーン候率いる帝国軍の練度は高いし、帝都周辺や、西部の諸侯を集めれば数も十分だ。

必勝の策であったが、その策はすぐに味方により崩されていく。

まず、最大勢力であるランドルフ公が、兵力を分散させ、アンジェリーナ率いる略奪部隊と小競り合いをして、兵を消耗することを繰り返し始めたのだ。
元々アンジェリーナはランドルフ公の婚約者としてランドルフ公領で働いていたこともあり、知り合いが多い。
多くの代官が寝返り、その寝返った代官の討伐と、ランドルフ公側に残った代官たちの救援要請に応じて兵を分散配置し始めたのだ。
略奪など、遊牧民の、軽騎兵たちの得意分野だ。よほど大量の兵と精密な計画がなければ討伐など不可能でランドルフ公はいたずらに兵を消耗させていた。
マルーン候は、代官の寝返りを容認し、その一方で情報をこっそり流すように代官らに伝えろと提案したのだが、プライドばかり高いランドルフ公はそれが許容できなかったようだ。
戦えば負け、助けられないにもかかわらず裏切った者を討伐し始めたランドルフ公の求心力はどんどん下がっていき、兵力も士気も低下が著しかった。

また、皇帝からの強い要請のせいで、南部への兵力配置も必要になった。
アンジェリーナは東部にいる。
南部から攻めてくるマルコイ公の兵力は確かに大きいが、帝都の城壁と守備兵を抜けるほどではなく、帝都が抜けないならば帝都自体が巨大な障害物となって、南部から東部への援軍に行くのは難しい。
現状の帝都の守備兵力だけで、マルコイ公の兵を遊兵化できるのだ。
帝都の兵は、練度が高いが守備専門の兵であり、野戦でどこまで役に立つかわからないし、マルーン候は動かす予定はなかった。
だから、これだけでマルコイ公への備えは十分であったはずなのだ。
だが、皇帝は皇帝派である帝都周辺域を見捨てることができなかった。
それらを守るため、防衛線を帝都の城壁からかなり前進させる必要があり、そのための兵力を皇帝は求めたのだ。
マルーン候は反発したが、皇帝を説得できる弁も、代案もなかった。結局皇帝の意見は通り、少なくない兵力が南部に転用された。

マルーン候はやりにくさを感じていたが、その理由はまだ察していなかった。
マルーン候自身、軍務については才能あふれる人間だ。天才といっても過言ではないかもしれない。
だが、その策を実施できる政治的なセンスは絶望的に欠けていた。
今までは宰相であるマルコイ公が各種調整と計画を立て
皇帝の妹であるアンジェリーナが足繫く現地に言って頭を下げることで、策を実施し
そして予定の策を実施するのがマルーン候という役割だった。
その二人を欠いて、マルーン候の策が実施できるはずがなかった。

当初の予定より大幅に数を減らした状態で、皇帝派は決戦に挑むことになった。



一方、私たち反皇帝派は着実に足元を固めていた。イストリア公軍に私の軽騎兵を集めた2万の軍勢は、補給も万全の状態で帝都に向かって出発することができた。
マルコイ公ら3万の軍も、順調に南部を進軍しているという。
皇帝派は、帝都に1万の守備兵を残し、南部に2万、東部に3万の軍を割り振ったと偵察から聞いている。
マルーン候の普段の戦略ならば、帝都の守備兵以外はすべてこちらに割り振ってくるだろう。
ランドルフ公の消耗もなければ6万の兵がこちらに殺到していたはずだ。
3:1の戦力差で勝つのは難しいだろう。
だが結局、政略が、環境が、そういった戦力集中を許さなかった。

それでも皇帝派の方が兵力が多い。地力の差がここに現れていた。
一世一代の大戦争が、始まろうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロイン聖女はプロポーズしてきた王太子を蹴り飛ばす

蘧饗礪
ファンタジー
 悪役令嬢を断罪し、運命の恋の相手に膝をついて愛を告げる麗しい王太子。 お約束の展開ですか? いえいえ、現実は甘くないのです。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

【完結】「まずは……手前ぇよりも上位の存在に犯されて来い。話はそれからだ」

月白ヤトヒコ
ファンタジー
よその部署のヘルプという一仕事を終えて帰ろうとしたら、突然魔法陣が現れてどこぞの城へと『女神の化身』として召喚されたわたし。 すると、いきなり「お前が女神の化身か。まあまあの顔だな。お前をわたしの妻にしてやる。子を産ませてやることを光栄に思うがいい。今夜は初夜だ。この娘を磨き上げろ」とか傲慢な国王(顔は美形)に言われたので、城に火を付けて逃亡……したけど捕まった。 なにが不満だと聞かれたので、「まずは……手前ぇよりも上位の存在に犯されて来い。話はそれからだ」と言ってやりました。 誘拐召喚に怒ってないワケねぇだろっ!? さあ、手前ぇが体験してみろ! ※タイトルがアレでBLタグは一応付けていますが、ギャグみたいなものです。

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

思わず呆れる婚約破棄

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。 だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。 余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。 ……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。 よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。

お姉さまに挑むなんて、あなた正気でいらっしゃるの?

中崎実
ファンタジー
若き伯爵家当主リオネーラには、異母妹が二人いる。 殊にかわいがっている末妹で気鋭の若手画家・リファと、市中で生きるしっかり者のサーラだ。 入り婿だったのに母を裏切って庶子を作った父や、母の死後に父の正妻に収まった継母とは仲良くする気もないが、妹たちとはうまくやっている。 そんな日々の中、暗愚な父が連れてきた自称「婚約者」が突然、『婚約破棄』を申し出てきたが…… ※第2章の投稿開始後にタイトル変更の予定です ※カクヨムにも同タイトル作品を掲載しています(アルファポリスでの公開は数時間~半日ほど早めです)

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...