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4 そして姉は切れた
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「あ、あの殿下…… 私はそちらのクロード伯子息のライアン様と婚約しているのですが……」
「大丈夫だ! 私が王になったら多夫多妻制を認めるようにするからね!」
「ダメでしょそれ!?」
そもそも結婚は教会の管轄であり王が決められる話ではない。
完全に異端なやばいことを言っている。
「ふふ、優秀な私たちが集まればできないことなどないよ。キミはただ、私たちに愛されていればいいのだ」
「い、いやぁ、できれば遠慮したいです」
逆ハーレム、と言えば聞こえがいいのかもしれないが、単純なメンヘラモラハラ夫5人に囲まれるだけだ。
そんな状態になるなら今ここで舌を噛み切った方がましである。
というか婚約者殿はそれでいいのかよ、と思うが特に不満に思っているようには見えないので賛成しているようだ。
本気で頭がおかしいのではないか。
そのまま抱きしめている王太子が私の唇にキスしようとしてくる。
キスされる前に舌を噛み切って自害するか、王太子の舌を噛み切ってやるか、どちらかにしようか考える。
こいつにキスされるなら死んだ方がましだが、こいつのために死ぬのはもっと嫌なので、ひとまずこいつの舌を噛み切ってやると身構えていたのだが……
唇が唇に触れる直前、王太子が消えた。
「どばぁあああ!?」
「王子!?」
間抜けな声を上げながら吹き飛ぶ王太子。
そうして倒れそうになる私を抱きとめたのは姉だった。
柔らかい姉に抱きしめられながら、温かい魔力が体に流れてくる。
治癒魔法だろう。全身を打ち付けていたが大きなけがはしていなかったようなので、これでかなり調子は戻ってきた気がした。
「アンジェ。ごめんね。アンジェがいろいろ考えて教えてくれるのがうれしくて甘えてたけど…… やっぱり姉としては自分でやるべきだったねぇ」
そんなことを言いながら満面の笑みで私の頬に頬ずりする姉。
とても恥ずかしいのでできれば家に帰ってからにしてほしい。
ほしいが、姉大好きの私としてはとてもうれしい。思わず首に手を回して抱き着いてしまう。
「貴様、アンジェをはな、ぐへっ!?」
「なっ、暴力など野蛮、ぐはっ!?」
「貴様などに負け、んごっ!?」
「ゆ、ゆるし、ごはっ!?」
姉は私を抱きかかえたまま、蹴りだけでほかの四人も黙らせた。
しかし、姉の格好は学校指定の学園服だ。ひざ丈のスカートでそんな大立ち回りしたら色々見えてしまうのではないかと抱き着きながら心配になる。
「大丈夫よ、風の魔法で見えないようにしてるから」
「心を読まないでください」
「だって、私はいつもアンジェのことを考えているもの」
「理由になってないです」
満面の笑みで私に頬ずりをする姉に、周りは付いてこれていないようだ。
いつもお外では無表情な姉の笑顔は確かにレアかもしれない。家出はこちらのでれでれした顔がデフォルトだが。
しかし、これはどう話を終わらせるべきか。面倒だから全部放置して帰りたい。
それでもいいかと思い始めている。
どうせ婚約は姉のも私のも、相手の不貞で卒業式直後に破棄されることになっているのだ。
最期の処理ぐらい学園側にしてもらってもばちは当たるまい。
「じゃあ帰りましょうか、アンジェ」
「帰りましょう、姉さま」
姉も同じ結論に至ったようだ。
私は姉にお姫様抱っこされて、ここから立ち去ろうとしたのだが……
「アルテミア及びアンジェリーナ! 貴様ら自分の仕事を放棄するのか!」
我に戻ったらしい学園長が急にそんなことを叫び始めた。
このままだと責任問題になると思ったのだろうか。
だがすでに遅すぎる反応だ。
「仕事?」
「王太子殿下らへの対応だ!!」
「いやいや、学生の対応を何で学生にやらせてるんですか、教師の仕事でしょう」
王立学園も長年王侯貴族の教育を担ってきたためか制度腐敗が著しく、事なかれ主義の隠ぺい体質になり過ぎている問題があった。
今回の王太子周辺の問題も、本来は学園内のことは学園が対応するべきだったのにもかかわらず、婚約があることを理由にこちらに責任を擦り付けようとしているのだからたまったものではない。
まあすべて各家にこちらから報告済み、どころか学園側が必死に責任を押し付けようと、私たちの監督不十分というわけのわからない報告書を上げているものだから、王家側にもそのやばさが十二分に伝わってしまっている。
卒業式後、本年度の終わりをもって、教師陣も大規模粛正が行われる予定であった。
つまり彼らの運命は既に決まってしまっている。ここでの対応次第で今後が良くなったり悪くなったりするわけだが、まあ最悪の部類だろう。
ギャーギャー騒ぐ学園長や一部教師だが、聞くに堪えない、頭がおかしくなりそうなことしか言っていない。
私が答えてしまったので少しだけ足を止めていた姉だったが、すぐに面倒になったらしくそのままこの場を立ち去ろうとした。
「帰るな! 責任を果たせ!!」
「責任、ですか」
学園長の叫びに反応した姉は振り返る。
その表情はとても楽しそうである。だが私はわかる。おそらくろくでもないことを思いついたのだろう。
そのまま一歩姉が学園長に近づくと、学園長は吹き飛んだ。
無詠唱で魔力波をぶつけたのだろう。雑な魔力行使のやり方であり、通常ならばそれなりに実力差がないと効果がない方法だ。
つまり学園長と姉の間には魔法の使い方についてそれなりに実力差があるという事である。
他の騒いでいた教師陣も姉に同じように吹き飛ばされていく。学生に負けるという無能をさらす教師陣を尻目に、姉は私を抱えたまま壇上に登った。
「皆さん、王太子殿下と学園長の茶番はいかがだったでしょうか。とても退屈でしたね。これから卒業証書をお渡ししますので、受け取った方から解散してください」
そういって姉が魔法を使う。束ねてあった卒業証書が宙に舞い、それぞれの手元へとひらひらと飛んでいく。
繊細な魔力制御と精密な空間認識力が必要な高度な魔法である。
卒業生たちも伸されていない教師たちも、姉の力を思い知ったところだろう。
もっとも姉は単に早く帰りたいだけであろう。
全員ぶちのめして、卒業証書を配ったら式が終わって誰にも文句を言われずに帰れる、と判断したのだろう。
「皆さん、手元に卒業証書、行きましたね? それでは今日はお疲れさまでした!」
そもそも姉に何の権限があるのか不明だが、このカオスの中、一番家格が高いのが姉であるのは確かだし、先ほどの魔法を見れば誰も逆らいたくなくなるだろう。
皆に見つめられながら、姉は私を抱えながら堂々と会場を後にしたのであった。
「大丈夫だ! 私が王になったら多夫多妻制を認めるようにするからね!」
「ダメでしょそれ!?」
そもそも結婚は教会の管轄であり王が決められる話ではない。
完全に異端なやばいことを言っている。
「ふふ、優秀な私たちが集まればできないことなどないよ。キミはただ、私たちに愛されていればいいのだ」
「い、いやぁ、できれば遠慮したいです」
逆ハーレム、と言えば聞こえがいいのかもしれないが、単純なメンヘラモラハラ夫5人に囲まれるだけだ。
そんな状態になるなら今ここで舌を噛み切った方がましである。
というか婚約者殿はそれでいいのかよ、と思うが特に不満に思っているようには見えないので賛成しているようだ。
本気で頭がおかしいのではないか。
そのまま抱きしめている王太子が私の唇にキスしようとしてくる。
キスされる前に舌を噛み切って自害するか、王太子の舌を噛み切ってやるか、どちらかにしようか考える。
こいつにキスされるなら死んだ方がましだが、こいつのために死ぬのはもっと嫌なので、ひとまずこいつの舌を噛み切ってやると身構えていたのだが……
唇が唇に触れる直前、王太子が消えた。
「どばぁあああ!?」
「王子!?」
間抜けな声を上げながら吹き飛ぶ王太子。
そうして倒れそうになる私を抱きとめたのは姉だった。
柔らかい姉に抱きしめられながら、温かい魔力が体に流れてくる。
治癒魔法だろう。全身を打ち付けていたが大きなけがはしていなかったようなので、これでかなり調子は戻ってきた気がした。
「アンジェ。ごめんね。アンジェがいろいろ考えて教えてくれるのがうれしくて甘えてたけど…… やっぱり姉としては自分でやるべきだったねぇ」
そんなことを言いながら満面の笑みで私の頬に頬ずりする姉。
とても恥ずかしいのでできれば家に帰ってからにしてほしい。
ほしいが、姉大好きの私としてはとてもうれしい。思わず首に手を回して抱き着いてしまう。
「貴様、アンジェをはな、ぐへっ!?」
「なっ、暴力など野蛮、ぐはっ!?」
「貴様などに負け、んごっ!?」
「ゆ、ゆるし、ごはっ!?」
姉は私を抱きかかえたまま、蹴りだけでほかの四人も黙らせた。
しかし、姉の格好は学校指定の学園服だ。ひざ丈のスカートでそんな大立ち回りしたら色々見えてしまうのではないかと抱き着きながら心配になる。
「大丈夫よ、風の魔法で見えないようにしてるから」
「心を読まないでください」
「だって、私はいつもアンジェのことを考えているもの」
「理由になってないです」
満面の笑みで私に頬ずりをする姉に、周りは付いてこれていないようだ。
いつもお外では無表情な姉の笑顔は確かにレアかもしれない。家出はこちらのでれでれした顔がデフォルトだが。
しかし、これはどう話を終わらせるべきか。面倒だから全部放置して帰りたい。
それでもいいかと思い始めている。
どうせ婚約は姉のも私のも、相手の不貞で卒業式直後に破棄されることになっているのだ。
最期の処理ぐらい学園側にしてもらってもばちは当たるまい。
「じゃあ帰りましょうか、アンジェ」
「帰りましょう、姉さま」
姉も同じ結論に至ったようだ。
私は姉にお姫様抱っこされて、ここから立ち去ろうとしたのだが……
「アルテミア及びアンジェリーナ! 貴様ら自分の仕事を放棄するのか!」
我に戻ったらしい学園長が急にそんなことを叫び始めた。
このままだと責任問題になると思ったのだろうか。
だがすでに遅すぎる反応だ。
「仕事?」
「王太子殿下らへの対応だ!!」
「いやいや、学生の対応を何で学生にやらせてるんですか、教師の仕事でしょう」
王立学園も長年王侯貴族の教育を担ってきたためか制度腐敗が著しく、事なかれ主義の隠ぺい体質になり過ぎている問題があった。
今回の王太子周辺の問題も、本来は学園内のことは学園が対応するべきだったのにもかかわらず、婚約があることを理由にこちらに責任を擦り付けようとしているのだからたまったものではない。
まあすべて各家にこちらから報告済み、どころか学園側が必死に責任を押し付けようと、私たちの監督不十分というわけのわからない報告書を上げているものだから、王家側にもそのやばさが十二分に伝わってしまっている。
卒業式後、本年度の終わりをもって、教師陣も大規模粛正が行われる予定であった。
つまり彼らの運命は既に決まってしまっている。ここでの対応次第で今後が良くなったり悪くなったりするわけだが、まあ最悪の部類だろう。
ギャーギャー騒ぐ学園長や一部教師だが、聞くに堪えない、頭がおかしくなりそうなことしか言っていない。
私が答えてしまったので少しだけ足を止めていた姉だったが、すぐに面倒になったらしくそのままこの場を立ち去ろうとした。
「帰るな! 責任を果たせ!!」
「責任、ですか」
学園長の叫びに反応した姉は振り返る。
その表情はとても楽しそうである。だが私はわかる。おそらくろくでもないことを思いついたのだろう。
そのまま一歩姉が学園長に近づくと、学園長は吹き飛んだ。
無詠唱で魔力波をぶつけたのだろう。雑な魔力行使のやり方であり、通常ならばそれなりに実力差がないと効果がない方法だ。
つまり学園長と姉の間には魔法の使い方についてそれなりに実力差があるという事である。
他の騒いでいた教師陣も姉に同じように吹き飛ばされていく。学生に負けるという無能をさらす教師陣を尻目に、姉は私を抱えたまま壇上に登った。
「皆さん、王太子殿下と学園長の茶番はいかがだったでしょうか。とても退屈でしたね。これから卒業証書をお渡ししますので、受け取った方から解散してください」
そういって姉が魔法を使う。束ねてあった卒業証書が宙に舞い、それぞれの手元へとひらひらと飛んでいく。
繊細な魔力制御と精密な空間認識力が必要な高度な魔法である。
卒業生たちも伸されていない教師たちも、姉の力を思い知ったところだろう。
もっとも姉は単に早く帰りたいだけであろう。
全員ぶちのめして、卒業証書を配ったら式が終わって誰にも文句を言われずに帰れる、と判断したのだろう。
「皆さん、手元に卒業証書、行きましたね? それでは今日はお疲れさまでした!」
そもそも姉に何の権限があるのか不明だが、このカオスの中、一番家格が高いのが姉であるのは確かだし、先ほどの魔法を見れば誰も逆らいたくなくなるだろう。
皆に見つめられながら、姉は私を抱えながら堂々と会場を後にしたのであった。
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