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第四章
蔓延する呪詛⑩
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琴乃は話を終えると大きく息を吐きだし、熱いほうじ茶を一口含んだ。
「あの屋敷の怨霊には、二重の封印がされていた。一つは外の封印で、封印を擦り抜けた幽霊が屋敷の敷地から出ないように森に置かれた道祖神。これは然程重要ではないね。もっと重要なのは中の封印だ。五芒星の形に配置された宝玉だよ。それを盗むなんて、馬鹿な泥棒だね。敷地から出る前にとり殺されちまった。自業自得だね」
ふんと鼻を鳴らし、琴乃はそう漏らした。
彼女の目には、屋敷で死んだ亡霊よりも、この町の人の方が害敵に映るのだろう。
きっと、この町の人が巫女の怨念に呪い殺されようと、知ったことではないのだろう。
その気持ちは綾奈にも玲にも理解できた。
「なにか、幽霊を封印するいい方法はないんですか?」
「おや、あんたたちが怨霊を鎮める気かい。あるよ。割れた宝玉の代わりになる霊石を置けばいいのさ。でも、あんたたちにはそれは無理だね」
「何故ですか?」
「まず第一に、あんた達には霊石が無い。まあ、それは大した問題ではないかもしれないね。たとえ霊石を持っていても、あの屋敷に入ってそれを場所に置いてくるのは大変だよ。並の人間では出来ない。強い霊能力者を呼ばなくてはね。あんたたちにそんな知り合いはいないだろう?」
「そう、ですね」
玲は口を噤んで俯いた。
打つ手がないという顔をしている。
別に、玲はただ屋敷の歴史をレポートのために調べていただけで、幽霊騒動には関わっていない。
それなのに、こんなにも必死なのは自分がこの騒動に深く関わっているからなのだろう。
道祖神を割ったのは紛れもない、自分達の失態だ。
直接割ったのは海だったかもしれないけど、原因を作った一端は自分が担っている。
綾奈は唇を噛んだ。
つまらない口車に乗らなければ、道祖神が割れることはなかった。
道祖神が割れなければ、泥棒が宝玉を盗んでもミコトサマが町に溢れだすことはなかったのだ。
後悔したって何ともならない。そうわかっていても、重たい悔恨が胸に押し寄せる。
俯いて、ぎゅっとお茶の入った湯のみを強く握りしめた。
綾奈の手に、皺だらけの骨ばった手が触れる。さっきまでは厳しい表情をしていた琴乃が、柔らかく笑う。
「そんな顔をするんじゃないよ。大丈夫だよ、闇は闇を好む。逆に言えば、強い光を嫌うんだ。だから、昼間や光の下では安全だ。とり憑かれた者は、昼間は部屋に閉じ篭り、光を避けているんだ」
「本当ですか?」
「ああ。本当だよ」
「よかった。闇に近寄らなければ安全ってことですよね。でも、それじゃあ解決にはならない。どうしたらいいのかな?」
「そっちも心配はいらないよ。私の知り合いの霊能力者を呼んでおいた。すぐには来れないが、水曜日に来ると言っていたよ。そしたら、彼にこの霊石を置いてもらったらいい。それですべては終るよ」
そう言うと、琴乃は机の上に五つ丸い玉を置いた。
透明な水晶、緑の翡翠、朱のローズクォーツ、黄色のトパーズ、黒の黒曜石の霊石が窓から差し込んで来た光を通して、机に綺麗な透明な影をつくる。
「ありがとうございます、琴乃さん」
玲が深く頭を下げた。綾奈も琴乃の手をとり、笑顔を浮かべてお礼を言う。
「おばあちゃん、ありがとう」
綾奈の頭を琴乃は優しく撫でた。
玲以外の人に頭を撫でられるのは照れくさくて、綾奈ははにかんだ笑みを浮かべる。
「かわいいね、綾奈ちゃんは。アタシにも、こんな孫がいたらよかったのにね」
寂しそうな微笑みが綾奈の胸を柔らかく刺した。
この件に関わるのはきっと、すごく琴乃にとっては辛いことだろう。
それなのに、快く協力してくれて感謝の言葉もない。
話を聞き終え、二人は席を立った。もう一度感謝の言葉を述べて去ろうとした二人に、琴乃は告げた。
「いいかい、心に闇を抱えている者ほど霊に魅入られ易い。嫉妬、怒り、悲しみの負の感情は負を呼び寄せる。心の醜い部分に付け込んでその憎悪を操ってくる。悪い部分を増幅させて、町民が殺し合って全滅するのが彼女達の復讐だよ。悪霊にとり憑かれれば、霊を封じるまで元には戻らないよ、覚えておきなさい」
「はい、ありがとうございます。肝に銘じておきます」
「そうしなさい。あと、これをあんたに渡しとくよ」
琴乃は先程見せてくれた五つの宝玉と、屋敷の見取り図を玲に手渡した。
「水曜日の午後二時、わたしが呼んだ霊能力者の男が駅に来るから、待ち合わせて手渡してくれるかい?わざわざここまで来てもらうのは悪いからね。その見取り図に、霊石を置く場所も書かれいるから、渡せばあとは勝手に彼がなんとかしてくれるよ」
「ありがとうございます。しっかり、渡しますから」
「頼んだよ」
「本当にありがとうございます。解決したら綾奈とお礼を言いにきます」
「ふふ、楽しみにしているよ。じゃあ、気を付けるんだよ」
綾奈と玲は琴乃に手を振ると、山小屋に背を向けた。
帰りは霧も晴れ、行きと違って森は光に満ちていた。とうりゃんせとは逆の状況だ。
水曜日までの三日を乗り切れば、すべては解決する。
いまのところまだ事件は起こっていない。水曜までこのまま何も起きないことを祈るばかりだった。
「あの屋敷の怨霊には、二重の封印がされていた。一つは外の封印で、封印を擦り抜けた幽霊が屋敷の敷地から出ないように森に置かれた道祖神。これは然程重要ではないね。もっと重要なのは中の封印だ。五芒星の形に配置された宝玉だよ。それを盗むなんて、馬鹿な泥棒だね。敷地から出る前にとり殺されちまった。自業自得だね」
ふんと鼻を鳴らし、琴乃はそう漏らした。
彼女の目には、屋敷で死んだ亡霊よりも、この町の人の方が害敵に映るのだろう。
きっと、この町の人が巫女の怨念に呪い殺されようと、知ったことではないのだろう。
その気持ちは綾奈にも玲にも理解できた。
「なにか、幽霊を封印するいい方法はないんですか?」
「おや、あんたたちが怨霊を鎮める気かい。あるよ。割れた宝玉の代わりになる霊石を置けばいいのさ。でも、あんたたちにはそれは無理だね」
「何故ですか?」
「まず第一に、あんた達には霊石が無い。まあ、それは大した問題ではないかもしれないね。たとえ霊石を持っていても、あの屋敷に入ってそれを場所に置いてくるのは大変だよ。並の人間では出来ない。強い霊能力者を呼ばなくてはね。あんたたちにそんな知り合いはいないだろう?」
「そう、ですね」
玲は口を噤んで俯いた。
打つ手がないという顔をしている。
別に、玲はただ屋敷の歴史をレポートのために調べていただけで、幽霊騒動には関わっていない。
それなのに、こんなにも必死なのは自分がこの騒動に深く関わっているからなのだろう。
道祖神を割ったのは紛れもない、自分達の失態だ。
直接割ったのは海だったかもしれないけど、原因を作った一端は自分が担っている。
綾奈は唇を噛んだ。
つまらない口車に乗らなければ、道祖神が割れることはなかった。
道祖神が割れなければ、泥棒が宝玉を盗んでもミコトサマが町に溢れだすことはなかったのだ。
後悔したって何ともならない。そうわかっていても、重たい悔恨が胸に押し寄せる。
俯いて、ぎゅっとお茶の入った湯のみを強く握りしめた。
綾奈の手に、皺だらけの骨ばった手が触れる。さっきまでは厳しい表情をしていた琴乃が、柔らかく笑う。
「そんな顔をするんじゃないよ。大丈夫だよ、闇は闇を好む。逆に言えば、強い光を嫌うんだ。だから、昼間や光の下では安全だ。とり憑かれた者は、昼間は部屋に閉じ篭り、光を避けているんだ」
「本当ですか?」
「ああ。本当だよ」
「よかった。闇に近寄らなければ安全ってことですよね。でも、それじゃあ解決にはならない。どうしたらいいのかな?」
「そっちも心配はいらないよ。私の知り合いの霊能力者を呼んでおいた。すぐには来れないが、水曜日に来ると言っていたよ。そしたら、彼にこの霊石を置いてもらったらいい。それですべては終るよ」
そう言うと、琴乃は机の上に五つ丸い玉を置いた。
透明な水晶、緑の翡翠、朱のローズクォーツ、黄色のトパーズ、黒の黒曜石の霊石が窓から差し込んで来た光を通して、机に綺麗な透明な影をつくる。
「ありがとうございます、琴乃さん」
玲が深く頭を下げた。綾奈も琴乃の手をとり、笑顔を浮かべてお礼を言う。
「おばあちゃん、ありがとう」
綾奈の頭を琴乃は優しく撫でた。
玲以外の人に頭を撫でられるのは照れくさくて、綾奈ははにかんだ笑みを浮かべる。
「かわいいね、綾奈ちゃんは。アタシにも、こんな孫がいたらよかったのにね」
寂しそうな微笑みが綾奈の胸を柔らかく刺した。
この件に関わるのはきっと、すごく琴乃にとっては辛いことだろう。
それなのに、快く協力してくれて感謝の言葉もない。
話を聞き終え、二人は席を立った。もう一度感謝の言葉を述べて去ろうとした二人に、琴乃は告げた。
「いいかい、心に闇を抱えている者ほど霊に魅入られ易い。嫉妬、怒り、悲しみの負の感情は負を呼び寄せる。心の醜い部分に付け込んでその憎悪を操ってくる。悪い部分を増幅させて、町民が殺し合って全滅するのが彼女達の復讐だよ。悪霊にとり憑かれれば、霊を封じるまで元には戻らないよ、覚えておきなさい」
「はい、ありがとうございます。肝に銘じておきます」
「そうしなさい。あと、これをあんたに渡しとくよ」
琴乃は先程見せてくれた五つの宝玉と、屋敷の見取り図を玲に手渡した。
「水曜日の午後二時、わたしが呼んだ霊能力者の男が駅に来るから、待ち合わせて手渡してくれるかい?わざわざここまで来てもらうのは悪いからね。その見取り図に、霊石を置く場所も書かれいるから、渡せばあとは勝手に彼がなんとかしてくれるよ」
「ありがとうございます。しっかり、渡しますから」
「頼んだよ」
「本当にありがとうございます。解決したら綾奈とお礼を言いにきます」
「ふふ、楽しみにしているよ。じゃあ、気を付けるんだよ」
綾奈と玲は琴乃に手を振ると、山小屋に背を向けた。
帰りは霧も晴れ、行きと違って森は光に満ちていた。とうりゃんせとは逆の状況だ。
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