ミコトサマ

都貴

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第四章

蔓延する呪詛⑨

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屋敷周辺の森とは比べ物にならないほど深く険しい森林地帯。
この町でも一番寂れた場所へ、綾奈と玲は足を踏み入れた。

 時刻はまだ朝七時を過ぎたばかり。
日曜日の早朝、町が静まりかえっているなかここまでやってきた。

わざわざこんな時間を選ばなくてもいいのではないか。

寝惚け眼を擦りながら綾奈はそう思ったけれど、もし彼女に会いたいなら、早い時間を選んだ方が良いらしい。

確かに、こんな山奥にお昼過ぎにきたら、帰りが夕方になってしまって危険かもしれない。
こう深い森だと、夜は獰猛な野生動物に襲われかねない。
早朝に訪問すべきだろうと、納得がいく。

 朝靄が漂う山中は、何処を見ても緑の葉と木に取り囲まれている。
人の手が加えられた形跡は欠片もない。
朝だというのに薄暗い上に白く霞んでいるせいか、幻想世界を彷徨っている気さえしてくる。

こんな所に棲んでいるのは鬼か仙人くらいじゃないだろうか。
それ以外で何かいるとすれば、熊や猿などの野生動物ぐらいだ。

「ねえ、本当にこんな所に人なんて住んでるのかな?」

「ああ、恐らくな。生き残りというぐらいだ。こういう誰も踏み入らない場所に居たって可笑しくない。
人里の中にいるより自然じゃないか?」

「確かにそうかも」

 人のいる町中では堂々と暮らせない、隠匿者に会いにきたことを今更ながらに綾奈は思い出した。

休憩も入れずにひたすら歩き続けて一時間。
深い緑に守られるように、ログハウスと呼ぶには少々粗末な小屋がポツンと建っているのが見えてきた。

「あそこだな」

 玲は忍び足で静かに小屋に近付いた。
綾奈もそれに倣って、キャットウォークで後ろをついていった。

緊張した面持ちを浮かべる綾奈の肩を優しく叩き、玲は微笑む。

「大丈夫だ、綾奈。急に襲ってきたりはしないさ。もし、そういうことがあっても、お前は俺が守ってやるから」

 その言葉に綾奈は肩の力が抜けた。
別に玲に守ってもらおうと思っているわけじゃないけど、やっぱりそういう言葉を掛けられると安心する。

 玲の言葉に励まされ、綾奈は力強い面持ちになった。
守られにきたんじゃない、自分の力で少しでも解決の糸口を見つけるためにきたのだ。

自分の目的を再確認すると、綾奈は玲の横に立った。

そっと、玲が木の扉をノックする。ほどなくして、ゆっくりとドアが開けられた。

中から顔を覗かせたのは、髪を下の方で結った着物姿の背が少し曲がった老婆だった。
顔には幾重もの皺が刻まれていたが、目は澄んでいて鋭い眼光を放っていた。

「来ると、思っていたよ。入んな」

老婆に招かれ、綾奈と玲は小屋の中に入った。

「そこにお座り」

木製の椅子を勧められ、素直に腰を下ろす。
老婆は何も言わず、お茶を差し出してきた。お礼を言って茶を受け取る。

いきなり見知らずの他人がきたというのに、老婆に動揺した様子はない。
まるで最初から約束していた客を持てなすかのような振る舞いに、綾奈も玲も戸惑ってしまう。

「突然何も言わずに訪問したりして申し訳ありません」

 玲が謝ると、老婆は気難しそうな顔を少し和らげた。

「いや、かまわないよ。誰かが来ることは解っていた。その目的もね。幽霊屋敷のことを聞きに来たんだろう」

「はい、俺は如月玲と申します。彼女は妹の綾奈です」
「はじめまして、如月綾奈です」
「おやおや、礼儀正しい子たちだねえ。アタシはそういう子は好きだよ。
アタシは神崎琴乃(かんざきことの)。知っての通り、巫女の生き残りだ」

 流石は巫女だ。琴乃と名乗った老婆は今日のことを予測していたようだ。
だとしたら、前置きは必要ないだろう。

「単刀直入にお尋ねしますが、今、町で起こっていることはご存知ですか?」

「ああ、町全体を大きな黒い瘴気が包んでいる。私も巫女の端くれ。そんくらいは見えるよ」

「やはり、気付いていたんですね。幽霊屋敷の宝玉が盗まれたのは御存知ですか?」
「知っているとも」
「やはり、そのせいで幽霊が町を徘徊するようになってしまったのですか?」

 玲の問い掛けに、琴乃は静かに頷いた。

「そうだね。あそこは霊の棲家だ。殺された巫女達の怨念で溢れている。
話してあげよう。あの幽霊屋敷のことを。そのことを聞きに来たのだろう?」
「はい。仰る通りです」
「もうあれは、随分と前のことだよ―…」

 琴乃はゆっくりと口を開いた。
重々しい口調で、屋敷の歴史が語られ始めた。綾奈と玲は、静かな声に耳を傾けた。




 まだ琴乃が五つの幼女だった頃のことだ。
盛んに行われてきた神事は翳りを見せ、町と村の合併を目論むトップの者によって、神事の大きな要となった巫女達は丘の上の屋敷へ幽閉された。

巫女達はいつまで捕えられているのか、何故こんな目に遭うのか解らないまま、村の発展のためにと囚われの共同生活を送っていた。

疫病が治まり、町との合併が決まるまでの我慢だ。
いつか此処から出してもらえる。
そう思って耐えてきた巫女達の生活に、突然終わりの時がやってきた。

 それは、町全体を覆うような雪が降りしきる、凍えるような真冬の日。

いつも定期的にやってくる配給とは違う、物々しい様相の人々が屋敷を取り囲んだ。
突如押し入ってきた人々は手に桑や鎌や斧などの武器を手に持っていた。

 そして、惨劇が起こった。

日が沈んだ頃、屋敷は襲撃された。
寝たまま切断されて死んだ者がいた。
縛り上げられ、風呂場に沈められて溺死した者、外のガラスの温室に閉じ込められて毒ガスで殺された者。
執拗に追いかけられ、切りつけられて死んだ者。
そこには数多の惨い死があり、その誰もが地獄を味わって死んでいった。

 屋敷が死に包囲されて巫女達が命を落としていく中、たった一つの救いがあった。

 最年少だった琴乃は一緒に幽閉された十五歳年上の姉の菊乃《きくの》に守られ、外へ逃がされた。

上手く逃げおおせた琴乃は、知り合いの知念に森で発見され、彼の家に連れて帰られた。
闇に紛れるよう黒く染められた着物を着せられていたこと、夜中だったことに救われ、走って行く小さな幼女の姿は敵に捕らえられなかったのだ。

 帰ってきた琴乃から巫女達の結末を聞いた両親は、唯一生き残った琴乃を山中へ隠した。
彼女の存在が周囲に知れたら、事実を隠すために暗殺される。
そう恐れたのだ。

事件は表向きには集団感染による全滅ということになった。
警察数人や村と町のトップぐるみで行われた殺害は、捜査が行われることもなく、すべてが偽装された。

捕らえられた娘は全て死に絶え、彼女達の親族が真実を知ったところで復讐心を募らせるだけだと、事実を知っている者はみな口を閉ざした。

罪の無い巫女の死で、無事に山並町との合併が行われ、神座村には安寧が約束された。

しかし、それも束の間のこと。
屋敷から溢れる恨みは形を持ち、心の闇を利用して人々を悪に染めたり、具現化した恨みが人を殺害したりという怪事件が頻発して、神座山並町は恐怖に陥った。

ミコトサマと名付けられた巫女達の幽霊を鎮めるために、外から強大な力を持つ霊能力者を呼び、霊石を置いて五行の印を結ぶことで霊を封じ込めた。

 その屋敷は幽霊屋敷と認識され、霊が封じられた今でもその恐怖が語り継がれている。

そうすることによって、霊は邪魔されず静かな眠りにつき、五つの宝玉が割られたり持ち去られたりして、ミコトサマの怨念が町を襲うことも防止されてきた。

だが、時が経つにつれて事件を知る者は少なくなっていき、ミコトサマはただの都市伝説として歪んだ形で広まり、恐怖は忘れ去られた



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