32 / 43
第四章
蔓延する呪詛⑦
しおりを挟む
「最初は町の権力者達の不可解な死から始まりました。
死はすべて夜の出来事でした。みんな酷く怯えた形相で怪死していたようです。
数人が続けざまにバタバタと亡くなり、町は不穏な空気に包まれました。
やがて、夜に巫女の幽霊が町を徘徊するのを目撃した人が大勢現れるようになったんです。
巫女様の呪いだと、子供だけでなく大人も幽霊に怯るようになったのだそうです。
夜中に出歩くなというお触れが回覧板で回ったほど、町は混乱していたみたいです。
私の父も白い着物の幽霊を何度も見たと言っていました。
目を剥き、呻きながら呪いの言葉を喚き散らす巫女は、見ただけで心臓が止まってしまいそうなほど恐ろしかったそうです。
髪を振り乱し、腐乱した身体で町を歩き回る巫女に、かつての面影など有りませんでした。
巫女の幽霊をミコトサマと呼び、町民は大いに恐れたそうです。
ミコトサマは見境なく人を襲い、時には生前に行っていた呪術で人の心を操ることもあったそうです。
心の闇を利用されて操られた町民やミコトサマが無差別に人を襲い、
神座山並町の夜は地獄の時間に成れ果てました。
酷い混乱だったそうです。町の人々は、誰もが恐怖に陥れられたと父が語ってくれました」
話を聞いて玲は珍しくゾッとした。
想像するだけで恐ろしい事態だ。自分達の育った町で起こった出来事だとにわかに信じ難い。
だが、それを語っている知念の瞳は真剣で、恐怖に歪む表情は本物だった。
「幽霊騒ぎはどうやって治めたのですか?俺が聞いた話では、他の県から呼んだ大きな神社の神主にお祓いをしてもらって、霊石で封じたそうですが」
「その通りだよ。屋敷を霊力で封じた。それ以降、巫女の霊の騒ぎはぱったりとやんだそうです」
「そうですか。ありがとうございます。長々と質問してすみませんでした」
「いや、かまわないよ。こんな話が君のレポートに役立つのか知れないけれど。それにしても、変わったことを調べているんだね」
「町のことを調べるのが課題でして。せっかく調べるのなら、あの幽霊屋敷のことを調べてみようと思いまして」
「そうか。でも君、屋敷には近付かない方がいいよ。危ないからね」
「はい。ありがとうございました」
深く頭を下げると、玲は神社を後にした。
まさか、あの事件の生き残りがいるとは思ってもみなかった。
大きな情報を一つ得た。次の目的地を神崎神社に定めて、玲は歩き出した。
町は静かで、陰りなどない。
今、大変なことが起こっているなど微塵も感じさせなかった。
だが、今は何も感じなくても放置できないような大きな災いが忍び寄っているのは確かだ。
自分には町を救う義務などないが、妹とその友人達が深く関わっているとなれば、放ってはおけない。
それに数十年前の幽霊騒動が本当ならば、いずれは自分の身にも危険が迫ってくるだろう。
玲は一つ息を吐くと、神崎神社に向かった。
神社に向かう途中で幽霊屋敷に立ち寄った。
昼間見ても不気味な屋敷に、玲は思わず眉を顰める。
レポートに写真を載せようと、背中のリュックからデジカメを取り出して屋敷を撮影した。
ブレずにきちんと撮れているかを確認しようと、写真を再生してみる。
液晶に映り出された画像に、玲は危うくカメラを落としそうになった。
「何だ、これは―…」
肉眼で直接見た時には何もいなかったはずの屋敷に、女達の姿が無数に映り込んでいたのだ。女は一様に阿鼻叫喚の表情を浮かべていた。
玲は撮った画像をすぐにすべて消去した。デジカメをリュックに戻すと、早足で屋敷を去った。
屋敷に行ったあとで訪れた神崎神社には、もう人は住んでいなかった。
何の収穫もなしか。小さく肩を落として神社を後にする。
しかし立ち止まってはいられないと、神崎家の行方を知る者を聞き込みで探し回った。
根気強い聞き込みの果て、ようやく情報を得て神崎家の親類の家を訪問することができたのは、辺りが薄暗くなってからだ。
神座山並町の中でも辺鄙な場所にあるその家で、玲は神崎琴乃が生きていることと、彼女の居場所を知った。
もっとも重要な情報を手に入れることができて、玲は口元を緩めた。
随分と遠くまで来てしまった。
すでに星が輝き始めた空を見て玲は溜息を漏らす。
急いで帰らないと危険だ。自転車に跨ると、急ぎ足で自転車を漕いだ。
街灯が頻繁に立っている駅前の道はいいが、自分の家の付近は明りの数が少ない。
闇に蠢く人影に冷や汗が落ちる。
虚ろな瞳、覚束無い足取り。
時折聞こえる叫び声や奇妙な笑い声をふりきるように、玲は風を切って疾走した。
死はすべて夜の出来事でした。みんな酷く怯えた形相で怪死していたようです。
数人が続けざまにバタバタと亡くなり、町は不穏な空気に包まれました。
やがて、夜に巫女の幽霊が町を徘徊するのを目撃した人が大勢現れるようになったんです。
巫女様の呪いだと、子供だけでなく大人も幽霊に怯るようになったのだそうです。
夜中に出歩くなというお触れが回覧板で回ったほど、町は混乱していたみたいです。
私の父も白い着物の幽霊を何度も見たと言っていました。
目を剥き、呻きながら呪いの言葉を喚き散らす巫女は、見ただけで心臓が止まってしまいそうなほど恐ろしかったそうです。
髪を振り乱し、腐乱した身体で町を歩き回る巫女に、かつての面影など有りませんでした。
巫女の幽霊をミコトサマと呼び、町民は大いに恐れたそうです。
ミコトサマは見境なく人を襲い、時には生前に行っていた呪術で人の心を操ることもあったそうです。
心の闇を利用されて操られた町民やミコトサマが無差別に人を襲い、
神座山並町の夜は地獄の時間に成れ果てました。
酷い混乱だったそうです。町の人々は、誰もが恐怖に陥れられたと父が語ってくれました」
話を聞いて玲は珍しくゾッとした。
想像するだけで恐ろしい事態だ。自分達の育った町で起こった出来事だとにわかに信じ難い。
だが、それを語っている知念の瞳は真剣で、恐怖に歪む表情は本物だった。
「幽霊騒ぎはどうやって治めたのですか?俺が聞いた話では、他の県から呼んだ大きな神社の神主にお祓いをしてもらって、霊石で封じたそうですが」
「その通りだよ。屋敷を霊力で封じた。それ以降、巫女の霊の騒ぎはぱったりとやんだそうです」
「そうですか。ありがとうございます。長々と質問してすみませんでした」
「いや、かまわないよ。こんな話が君のレポートに役立つのか知れないけれど。それにしても、変わったことを調べているんだね」
「町のことを調べるのが課題でして。せっかく調べるのなら、あの幽霊屋敷のことを調べてみようと思いまして」
「そうか。でも君、屋敷には近付かない方がいいよ。危ないからね」
「はい。ありがとうございました」
深く頭を下げると、玲は神社を後にした。
まさか、あの事件の生き残りがいるとは思ってもみなかった。
大きな情報を一つ得た。次の目的地を神崎神社に定めて、玲は歩き出した。
町は静かで、陰りなどない。
今、大変なことが起こっているなど微塵も感じさせなかった。
だが、今は何も感じなくても放置できないような大きな災いが忍び寄っているのは確かだ。
自分には町を救う義務などないが、妹とその友人達が深く関わっているとなれば、放ってはおけない。
それに数十年前の幽霊騒動が本当ならば、いずれは自分の身にも危険が迫ってくるだろう。
玲は一つ息を吐くと、神崎神社に向かった。
神社に向かう途中で幽霊屋敷に立ち寄った。
昼間見ても不気味な屋敷に、玲は思わず眉を顰める。
レポートに写真を載せようと、背中のリュックからデジカメを取り出して屋敷を撮影した。
ブレずにきちんと撮れているかを確認しようと、写真を再生してみる。
液晶に映り出された画像に、玲は危うくカメラを落としそうになった。
「何だ、これは―…」
肉眼で直接見た時には何もいなかったはずの屋敷に、女達の姿が無数に映り込んでいたのだ。女は一様に阿鼻叫喚の表情を浮かべていた。
玲は撮った画像をすぐにすべて消去した。デジカメをリュックに戻すと、早足で屋敷を去った。
屋敷に行ったあとで訪れた神崎神社には、もう人は住んでいなかった。
何の収穫もなしか。小さく肩を落として神社を後にする。
しかし立ち止まってはいられないと、神崎家の行方を知る者を聞き込みで探し回った。
根気強い聞き込みの果て、ようやく情報を得て神崎家の親類の家を訪問することができたのは、辺りが薄暗くなってからだ。
神座山並町の中でも辺鄙な場所にあるその家で、玲は神崎琴乃が生きていることと、彼女の居場所を知った。
もっとも重要な情報を手に入れることができて、玲は口元を緩めた。
随分と遠くまで来てしまった。
すでに星が輝き始めた空を見て玲は溜息を漏らす。
急いで帰らないと危険だ。自転車に跨ると、急ぎ足で自転車を漕いだ。
街灯が頻繁に立っている駅前の道はいいが、自分の家の付近は明りの数が少ない。
闇に蠢く人影に冷や汗が落ちる。
虚ろな瞳、覚束無い足取り。
時折聞こえる叫び声や奇妙な笑い声をふりきるように、玲は風を切って疾走した。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲
幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。
様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。
主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。
サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。
彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。
現在は、三人で仕事を引き受けている。
果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか?
「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
赤月の夜の生贄
喜島 塔
ホラー
このお話は、ある看護師が語る、悍ましい死を遂げた患者さんの話です。
「今夜は、赤い月が出ているのね」
眞方呂(まほろ)さんという名の還暦間近の寡黙な美しい御婦人が明かした最初で最期の身の上話は俄かには信じがたいものでした。地図に載っていない閉鎖的な集落に生まれ育った眞方呂さんは、集落を護る”赤月之命(あかつきのみこと)”様への生贄に選ばれて……
あの夜、病室で起こった出来事が真実だったのか悪夢だったのかを知っているのは、あの日の夜の赤い月だけなのです。
トゴウ様
真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。
「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。
「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。
霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。
トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。
誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
他サイト様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる