ミコトサマ

都貴

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第四章

蔓延する呪詛⑦

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「最初は町の権力者達の不可解な死から始まりました。

死はすべて夜の出来事でした。みんな酷く怯えた形相で怪死していたようです。
数人が続けざまにバタバタと亡くなり、町は不穏な空気に包まれました。

やがて、夜に巫女の幽霊が町を徘徊するのを目撃した人が大勢現れるようになったんです。
巫女様の呪いだと、子供だけでなく大人も幽霊に怯るようになったのだそうです。

夜中に出歩くなというお触れが回覧板で回ったほど、町は混乱していたみたいです。
私の父も白い着物の幽霊を何度も見たと言っていました。

目を剥き、呻きながら呪いの言葉を喚き散らす巫女は、見ただけで心臓が止まってしまいそうなほど恐ろしかったそうです。
髪を振り乱し、腐乱した身体で町を歩き回る巫女に、かつての面影など有りませんでした。

巫女の幽霊をミコトサマと呼び、町民は大いに恐れたそうです。
ミコトサマは見境なく人を襲い、時には生前に行っていた呪術で人の心を操ることもあったそうです。

心の闇を利用されて操られた町民やミコトサマが無差別に人を襲い、
神座山並町の夜は地獄の時間に成れ果てました。

酷い混乱だったそうです。町の人々は、誰もが恐怖に陥れられたと父が語ってくれました」



 話を聞いて玲は珍しくゾッとした。

想像するだけで恐ろしい事態だ。自分達の育った町で起こった出来事だとにわかに信じ難い。
だが、それを語っている知念の瞳は真剣で、恐怖に歪む表情は本物だった。

「幽霊騒ぎはどうやって治めたのですか?俺が聞いた話では、他の県から呼んだ大きな神社の神主にお祓いをしてもらって、霊石で封じたそうですが」

「その通りだよ。屋敷を霊力で封じた。それ以降、巫女の霊の騒ぎはぱったりとやんだそうです」

「そうですか。ありがとうございます。長々と質問してすみませんでした」

「いや、かまわないよ。こんな話が君のレポートに役立つのか知れないけれど。それにしても、変わったことを調べているんだね」

「町のことを調べるのが課題でして。せっかく調べるのなら、あの幽霊屋敷のことを調べてみようと思いまして」

「そうか。でも君、屋敷には近付かない方がいいよ。危ないからね」

「はい。ありがとうございました」

 深く頭を下げると、玲は神社を後にした。

まさか、あの事件の生き残りがいるとは思ってもみなかった。


大きな情報を一つ得た。次の目的地を神崎神社に定めて、玲は歩き出した。

町は静かで、陰りなどない。
今、大変なことが起こっているなど微塵も感じさせなかった。
だが、今は何も感じなくても放置できないような大きな災いが忍び寄っているのは確かだ。

自分には町を救う義務などないが、妹とその友人達が深く関わっているとなれば、放ってはおけない。

それに数十年前の幽霊騒動が本当ならば、いずれは自分の身にも危険が迫ってくるだろう。

玲は一つ息を吐くと、神崎神社に向かった。

 神社に向かう途中で幽霊屋敷に立ち寄った。

昼間見ても不気味な屋敷に、玲は思わず眉を顰める。

レポートに写真を載せようと、背中のリュックからデジカメを取り出して屋敷を撮影した。
ブレずにきちんと撮れているかを確認しようと、写真を再生してみる。

液晶に映り出された画像に、玲は危うくカメラを落としそうになった。

「何だ、これは―…」

 肉眼で直接見た時には何もいなかったはずの屋敷に、女達の姿が無数に映り込んでいたのだ。女は一様に阿鼻叫喚の表情を浮かべていた。

玲は撮った画像をすぐにすべて消去した。デジカメをリュックに戻すと、早足で屋敷を去った。


 屋敷に行ったあとで訪れた神崎神社には、もう人は住んでいなかった。

何の収穫もなしか。小さく肩を落として神社を後にする。
しかし立ち止まってはいられないと、神崎家の行方を知る者を聞き込みで探し回った。

根気強い聞き込みの果て、ようやく情報を得て神崎家の親類の家を訪問することができたのは、辺りが薄暗くなってからだ。

神座山並町の中でも辺鄙な場所にあるその家で、玲は神崎琴乃が生きていることと、彼女の居場所を知った。
もっとも重要な情報を手に入れることができて、玲は口元を緩めた。

随分と遠くまで来てしまった。
すでに星が輝き始めた空を見て玲は溜息を漏らす。

急いで帰らないと危険だ。自転車に跨ると、急ぎ足で自転車を漕いだ。

街灯が頻繁に立っている駅前の道はいいが、自分の家の付近は明りの数が少ない。

闇に蠢く人影に冷や汗が落ちる。

虚ろな瞳、覚束無い足取り。
時折聞こえる叫び声や奇妙な笑い声をふりきるように、玲は風を切って疾走した。






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