ミコトサマ

都貴

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第四章

蔓延する呪詛⑥

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 朝早くから出掛けた玲は、この町に数ヶ所ある神社の一つにやってきていた。
赤い鳥居が連なった石畳の道を抜けると、広い敷地に出た。
正面には賽銭箱とお社がある。賽銭箱に十円玉を放り込むと、鈴を鳴らして手を二回叩いた。

「おやおや、若いのにこんな朝早くから感心だね」

 おっとりした口調で、坊主頭の老人が歩み寄ってきた。

「おはようございます。神社の神主さんですか?」
「ええ」

「ちょうどよかった。俺は如月玲と申します。大学で民俗学を研究していまして、その課題のレポートで少しお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「もちろんですとも。この時間は人も殆どきませんし、私でお役にたてるのでしたら。私は知念運慶《ちねんうんけい》と申します。どうぞ、よろしく」

「よろしくお願いします。ありがとうございます」

 玲はリュックからバインダーとレポート用紙を取り出す。

「知念さんは、この町の外れにある、大きなお屋敷をご存知ですか」
「ええ、もちろんですよ」
「あの屋敷で暮らしていた人達について知っていますか?」
「ええ。神座村の神事に関わる女性のための寮となっていました」

 表向きには寮となっていたが、実際は幽閉状態だったことを玲は別の人から聞きだして知っていた。
しかし、知念に警戒心を持たれないためにそのことについては知らないふりをして、質問を続けた。

「は、あそこで数十年前に起きた事件のこともご存知ですか?」

「はい。私自身はまだ生まれておりませんでしたが、私の父から聞いております。非常に悲しいことでした。たくさんの女性が亡くなったのだから」

「何故、たった一日で多くの人が死亡したか、その理由は解りますか?」
「ええ、疫病に集団感染したせいでしょう」
「……集団感染、それだけが理由でしょうか?」

 玲の言葉に反応して、ごく僅かだが神主の眉がピクリと動いた。

それを見逃さなかった玲は、彼は訳知りの人物だと確信する。
揺さぶりを掛けるように、玲は自分が知る情報を神主に語りかけた。


「もしも本当に病気だったなら、この町のなかだけではなくて、もっと全国的にニュースとして取り上げられたんじゃないですか?
でも、神座村で集団の病死者が出たなんてニュース、この町の人以外誰も知りませんよね。

この町の歴史を綴った書物には書かれていても、全国的な歴史書はもちろん、この県の歴史書にさえそんな話は書いていない。

本当は病気なんかじゃない。故意に命が奪われた。
だから、町のトップの人達はこの集団死が町の中に留まるように情報統制をした。違いますか?」

 玲の言葉に驚いたように知念が糸目を見開いた。知念は諦めたような笑みを浮かべて、呟くように語りだす。

「君はずいぶん詳しいんだね。そう、君の言う通りだ。
屋敷に住んでいた巫女達は合併の生贄として、町と村のトップの人達に殺された。
みんな、罪の無い乙女たちだったのに」

「やっぱりその話は真実だったんですね。他のお寺の住職に聞きました」

「ああ、真実らしいね。私の父の妹も犠牲になった乙女の一人でした。
まだ十歳にも満たなかったそうです。可哀そうだけど、誰も助けてやることができなかった。

幽閉された乙女達がまさか殺されるだなんて、夢にも思ってなかったそうです。
村のためだとみんな我慢して家族を差し出した。これも、山並町と合併して落ち着くまでの間だと、そう言われていた。
それを信じて、巫女たちもその家族も、快く幽閉を受け入れたそうです」

「そうですか。貴方の叔母にあたるかたも犠牲に。お気の毒でした」

「会ったこともない叔母の話ですし、もうずいぶん昔の過ぎたことです。
戦後の混沌状態だった、しょうがない。
祖父母は私の父のためにも、復讐の道は選ばなかったそうです。

ただ、この惨劇を風化させてはいけないと、歴史から消された真実を私に語り継ぎ、私はそれを自分の子供に語り継いだ。
そうすることが、死んでしまった乙女たちへの供養となり、殺した連中への復讐だと考えていたそうです」

 寂しげに笑う知念に玲は眉を顰めた。

知念の祖父母や父親は立派だと思う。
流石は神に仕える身だ。もしも自分が肉親を殺されたりしたら、たとえば綾奈が誰かに殺されてしまったなら、間違いなく復讐に生きていただろう。

玲は小さく拳を握った。

「すみません、辛い話をさせてしまって」

「いや、いいんだよ、如月君。私は当事者じゃないから、話すことにそこまで苦痛を覚えないよ。聞きたいのは、そのことだけかね?」

「いえ。貴方の父や祖父母は何故、娘たちが殺されたという事実を知ったか。
それを一番知りたいんです。貴方以外にも娘たちが殺されたことを知る神主さんは数名いました。
でもみんなその情報源までは知りえず、知念さんが話してくれたというばかりでした」

「ああ、それで私のところまで話を聞きにきてくれたのですね。
実はあの屋敷に幽閉された乙女たちのなかで、たった一人だけ、生き残った少女がいたそうです」

「生き残り?全員死んだはずなのにですか?」

「ええ。一人だけ、あの屋敷から逃げた少女がいたんですよ。その少女はあの日、一人で屋敷を逃げ出したみたいで、屋敷を囲むあの森を彷徨っていたそうです。
妹に会うためにこっそり屋敷に向かっていた少年だった父が、偶然にも彼女を見つけて家に連れ帰ったそうです。
その子から、事実を聞いたそうです」

「少女の名前や住所はご存知ですか?」

「少女の名前と彼女の親御さんのかつての住所なら知っています。彼女のご両親と交流があったそうですから。
少女の名前は神崎琴乃《かんざきことの》。神崎神社の娘さんでした。

父も琴乃さんの姿は助けた日以来ずっと見てないそうで、彼女が今どこで何をしているかは知りません。

今年九十三歳の私の父と年齢が近いので、もう君達のおばあちゃんよりも年になっているでしょうから、生きている保証もありません。

彼女の両親とも今となっては交流がなく、今もまだ神崎神社にいらっしゃるのかわからないですが」

「そうですか。ありがとうございます。最後に、もう一つ伺ってもよろしいですか?」
「なんでしょうか?」
「事件の後、幽霊が出たって話は本当ですか?」

「非現実的な話とお思いでしょうね。現に、幽霊騒ぎを信じている人など最近は殆どいませんよ。
あの時を生きていた方ももう指折り数える程度しか御存命でないでしょうから。

私も父から話を聞いたにすぎません。

でも、私は幽霊騒ぎは本当にあったのだと今でも思っています。
父は今でも真剣な顔でこういうんです。私は巫女の幽霊が徘徊して恐怖に怯えた日々を忘れない、と」

「どんなことが起きたか、具体的に教えて下さいますか?」

「ええ、いいでしょう。といっても私の父が体験した話になります」

知念は鬱々とした声で語り始めた。

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