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第四章
蔓延する呪詛③
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窓から朝日が差して雀が歌う。特に変化のない長閑な朝。綾奈はいつもより少し遅めに目を覚ました。
カーテンを開けると清々しい青空が視界を占めた。
何も変わらない朝の景色。
自分が抱えている不安なんて杞憂にすぎず、玲が聞かせてくれた忌まわしい幽霊屋敷の話もミコトサマの幽霊もなにもかも、作り話にしか過ぎないように思える。
だけど、単なる作り話ではないことを綾奈はもう知ってしまっていた。
何度も目撃したミコトサマの幽霊。
自分だけじゃなく、美也と辰真も同じものを見ている。
猫のケイだって、幽霊の気配を感じている。
沙希は様子が可笑しくなってしまっていたし、昨日はとうとう海まで学校を休んだ。
ここまできたら、嘘だなんて笑っていられない。
ミコトサマは着実にこの町を侵蝕し始めている。
そう思うと、何の変哲もない今この時さえも、悪寒が絶えない。
「ぜんぶ、ただの悪い夢だったらいいのに」
白金の太陽を見上げた。
照りつける暁光がとても暖かく心強く感じられた。
ロシアみたいに、百夜が訪れたらいいのに。
夜がやってくるのが恐ろしい。
夜の帳に包まれれば、この町を闇が襲うかもしれない。
ドアが開き、玲が部屋に戻ってきた。
自分よりずいぶんと早くに目を覚ましていたらしく、玲は既に身支度を済ませていた。
「おはよう綾奈」
「おはようお兄ちゃん」
挨拶を交わすと、玲は机上の鞄を手に取り再度、部屋を出ようとした。
その背中に綾奈は声をかける。
「待って、どこに行くの?」
「屋敷のことをもっと詳しく調べてくる」
「どうしても行くの?」
「レポートを仕上げないといけないからな」
屋敷の調査は危険が伴うかもしれない。
本当は行かないで欲しいけれど、玲は自分が何を言っても止まらないだろう。
昔から好奇心が強く、気になったことはとことん突き詰める人だった。
それだけじゃない。
責任感が強いから、妹が危ない目にあっていることを知ったら、なおのこと原因を調べずにはいられなのだろう。
「気を付けてね」
やっとのことでそれだけ告げた綾奈に、玲は微笑を浮かべて手を振ると、無言で出掛けていった。
一人家に残った綾奈はのろのろと一階へ降りた。
母の美紀子は今日から友達と旅行で、帰ってくるのは明日の夕方だ。
兄もきっと夕方まで帰ってこないだろう。
ケイまで遊びに行ってしまったらしく、家には誰の気配もない。
冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み干した。
食欲なんてない。トーストを焼く気さえ起きなかった。
牛乳だけの朝食を済ませてリビングの椅子に腰かけると、なんとなくテレビを点けた。
普段は見たい番組がなければテレビを点けないが、今は静かなのが嫌だった。
狭い枠の中で、楽しそうにはしゃぐ人が忙しなく動き回っている。
秋の大型連休に向けたお出かけ情報が流れていた。
それを所在無さげに綾奈は見ていた。
頭の中は幽霊屋敷のことで飽和状態になっていて、耳から入った情報は脳を通り抜けて消えていった。
気付けば、壁の時計はもうとっくに十時を過ぎている。
はたと美也とショッピングに行く約束していたことを思い出し、綾奈はソファから慌てて立ち上がった。
十時半に美也の家に集合という約束だ。ぼんやりしていたら遅刻してしまう。
綾奈は急にエンジンがかかったように忙しなく動きはじめた。
日焼け止めを塗って、髪の毛を梳かして、服を着替えて。
出掛ける準備は山ほどある。
幽霊屋敷についてあれこれ考えるのは一旦止め、出掛ける準備にだけ没頭した。
いつも三十分以上かけてする準備を十分で終わらせて、綾奈は忙しなく家を飛び出していった。
家を飛び出た時にはすでに長針は6の数字を示していた。
どんなに走ったって五分はかかるから遅刻決定だ。
腕時計を何度も見ながら、綾奈は美也の家へ疾走した。
美也の家が見えてきた。彼女は既に外に出ていて、こちらを視認すると門の外にゆったりと歩いてきた。
「美也、遅れてごめんね」
肩を上下させて荒い息を吐きながら、綾奈は両手をあわせて謝った。
「もう、遅いわよ。綾奈」
言葉の割にはまったく怒ったふうもなく、美也は笑顔を浮かべていた。
二人は並んで駅に向かって歩きはじめる。
快速急行に乗って揺られ、白藤高校に行く時とは反対の方向に二人は向かっていた。
電車に乗ること四十分。五つ目の駅で二人は電車を降りた。
改札口を出ると、すぐにデパートの入口がある。
大きな都市の駅は常に賑やかで、人が溢れている。
人にもまれながら改札口を出る。それから少し歩くと、四菱デパートの入り口に辿り着いた。
人混みは苦手だけど、四菱デパートにはお洒落な服やインテリアが沢山あり、綾奈にとってお気に入りの買い物スポットだ。
可愛い服や靴を色々吟味しながら、綾奈と美也は楽しい時間を過ごした。
二人ともバイトをしてないので財布事情は厳しい。
あまり高価な物は買えないし、買える量にも限りはあるが、ウインドウショッピングだけでもじゅうぶん楽しめる。
自分がいつも買っている物とは一桁違う値札がついた洋服店から、激安のアクセサリーショップまで余すことなく店舗を見て回ると、お茶とランチを兼ねて休むことにした。
カーテンを開けると清々しい青空が視界を占めた。
何も変わらない朝の景色。
自分が抱えている不安なんて杞憂にすぎず、玲が聞かせてくれた忌まわしい幽霊屋敷の話もミコトサマの幽霊もなにもかも、作り話にしか過ぎないように思える。
だけど、単なる作り話ではないことを綾奈はもう知ってしまっていた。
何度も目撃したミコトサマの幽霊。
自分だけじゃなく、美也と辰真も同じものを見ている。
猫のケイだって、幽霊の気配を感じている。
沙希は様子が可笑しくなってしまっていたし、昨日はとうとう海まで学校を休んだ。
ここまできたら、嘘だなんて笑っていられない。
ミコトサマは着実にこの町を侵蝕し始めている。
そう思うと、何の変哲もない今この時さえも、悪寒が絶えない。
「ぜんぶ、ただの悪い夢だったらいいのに」
白金の太陽を見上げた。
照りつける暁光がとても暖かく心強く感じられた。
ロシアみたいに、百夜が訪れたらいいのに。
夜がやってくるのが恐ろしい。
夜の帳に包まれれば、この町を闇が襲うかもしれない。
ドアが開き、玲が部屋に戻ってきた。
自分よりずいぶんと早くに目を覚ましていたらしく、玲は既に身支度を済ませていた。
「おはよう綾奈」
「おはようお兄ちゃん」
挨拶を交わすと、玲は机上の鞄を手に取り再度、部屋を出ようとした。
その背中に綾奈は声をかける。
「待って、どこに行くの?」
「屋敷のことをもっと詳しく調べてくる」
「どうしても行くの?」
「レポートを仕上げないといけないからな」
屋敷の調査は危険が伴うかもしれない。
本当は行かないで欲しいけれど、玲は自分が何を言っても止まらないだろう。
昔から好奇心が強く、気になったことはとことん突き詰める人だった。
それだけじゃない。
責任感が強いから、妹が危ない目にあっていることを知ったら、なおのこと原因を調べずにはいられなのだろう。
「気を付けてね」
やっとのことでそれだけ告げた綾奈に、玲は微笑を浮かべて手を振ると、無言で出掛けていった。
一人家に残った綾奈はのろのろと一階へ降りた。
母の美紀子は今日から友達と旅行で、帰ってくるのは明日の夕方だ。
兄もきっと夕方まで帰ってこないだろう。
ケイまで遊びに行ってしまったらしく、家には誰の気配もない。
冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み干した。
食欲なんてない。トーストを焼く気さえ起きなかった。
牛乳だけの朝食を済ませてリビングの椅子に腰かけると、なんとなくテレビを点けた。
普段は見たい番組がなければテレビを点けないが、今は静かなのが嫌だった。
狭い枠の中で、楽しそうにはしゃぐ人が忙しなく動き回っている。
秋の大型連休に向けたお出かけ情報が流れていた。
それを所在無さげに綾奈は見ていた。
頭の中は幽霊屋敷のことで飽和状態になっていて、耳から入った情報は脳を通り抜けて消えていった。
気付けば、壁の時計はもうとっくに十時を過ぎている。
はたと美也とショッピングに行く約束していたことを思い出し、綾奈はソファから慌てて立ち上がった。
十時半に美也の家に集合という約束だ。ぼんやりしていたら遅刻してしまう。
綾奈は急にエンジンがかかったように忙しなく動きはじめた。
日焼け止めを塗って、髪の毛を梳かして、服を着替えて。
出掛ける準備は山ほどある。
幽霊屋敷についてあれこれ考えるのは一旦止め、出掛ける準備にだけ没頭した。
いつも三十分以上かけてする準備を十分で終わらせて、綾奈は忙しなく家を飛び出していった。
家を飛び出た時にはすでに長針は6の数字を示していた。
どんなに走ったって五分はかかるから遅刻決定だ。
腕時計を何度も見ながら、綾奈は美也の家へ疾走した。
美也の家が見えてきた。彼女は既に外に出ていて、こちらを視認すると門の外にゆったりと歩いてきた。
「美也、遅れてごめんね」
肩を上下させて荒い息を吐きながら、綾奈は両手をあわせて謝った。
「もう、遅いわよ。綾奈」
言葉の割にはまったく怒ったふうもなく、美也は笑顔を浮かべていた。
二人は並んで駅に向かって歩きはじめる。
快速急行に乗って揺られ、白藤高校に行く時とは反対の方向に二人は向かっていた。
電車に乗ること四十分。五つ目の駅で二人は電車を降りた。
改札口を出ると、すぐにデパートの入口がある。
大きな都市の駅は常に賑やかで、人が溢れている。
人にもまれながら改札口を出る。それから少し歩くと、四菱デパートの入り口に辿り着いた。
人混みは苦手だけど、四菱デパートにはお洒落な服やインテリアが沢山あり、綾奈にとってお気に入りの買い物スポットだ。
可愛い服や靴を色々吟味しながら、綾奈と美也は楽しい時間を過ごした。
二人ともバイトをしてないので財布事情は厳しい。
あまり高価な物は買えないし、買える量にも限りはあるが、ウインドウショッピングだけでもじゅうぶん楽しめる。
自分がいつも買っている物とは一桁違う値札がついた洋服店から、激安のアクセサリーショップまで余すことなく店舗を見て回ると、お茶とランチを兼ねて休むことにした。
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