ミコトサマ

都貴

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第三章

浸食⑦

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家に帰りついた頃には、綾奈はすっかりクタクタだった。

家の玄関の扉に手を伸ばした綾奈は、短く溜め息を漏らした。
僅かだが扉の隙間が開いている。たぶん、美紀子の仕業だ。

ズボラな性格の母は、ときどき、ちゃんと閉めたつもりで扉の隙間が開いていることがある。
見つける度にちゃんと閉めるよう注意しているのだが、なかなか治らない。またかと呆れながら、綾奈は家に入った。

扉が開いていたことを注意しようかと思ったけど、今日はそんな気力はなかった。

綾奈は部屋に直行し、制服のままベッドへ仰向けに倒れた。
娘が帰ってきたことに気付いた母が、階下で今日も帰りが遅かったと文句を叫んでいるのがやけに遠くに聞こえた。

「ニャオン」

 鈴を鳴らしながら、ケイが近寄って来た。
ケイは無遠慮に綾奈の腹の上に座ると、綾奈を見下ろす。

「なに?ケイどうしたの?」
「ニャア」

 鳴き声を上げ、ケイはじっと机の方を見詰めた。そのままピクリとも動かず、一点を見詰め続けている。耳を欹て、目を見開いているケイの顔が怖かった。

綾奈は身体を起こすと恐る恐るケイの視線を追った。そこには何もない。

「ケイ、最近変だよ。何かあったの?」

 腹の上からケイを降ろし、顔を覗き込んで尋ねてみたけれど、尻尾で返事をすることさえしてくれない。
つれないケイをそのままベッドに放置して、綾奈は白いパーカーとハーフパンツのラフな部屋着に着替えた。

丁度着替え終わった時、玲がノックをして部屋に入ってきた。

「ただいま、綾奈」
「お兄ちゃん、夏休みなのに遅かったんだね。出掛けてたの?」
「ああ、レポートを書くのに図書館や調査に行ってたんだ」
「大学生もけっこう大変だね。お疲れさま」

「そんなに大変じゃないさ。半分は俺の趣味みたいなものだしな。それより、お前も遅かったみたいだな。何かあったか?」

 玲にそう聞かれてドキリとした。
沙希のことを話そうかと少し迷ったが、余計な心配を掛けたくないから黙っていた。
部活で遅くなっただけだと無難に答えると、玲は納得してそれ以上の追及はしなかった。

「何も、なかったならいいんだ……」

 そう言いながら部屋を出ていった玲の様子が気にかかり、綾奈は彼の背中を追う。

「ねえ、お兄ちゃんこそ何かあったの?」

 綾奈が尋ねると、玲は涼しげなポーカーフェイスの笑みを浮かべた。

「何もない。俺のことは気にするな」
「そうならいいけど」

 本当はよくなかったけど、玲はきっと問題を抱えていても妹には、いや、それどころか誰にも話さないだろう。妹にはお節介を焼くくせに、自分のことになると一人でなんでも解決しようとする性格だ。

 玲が部屋から出て行くのを一度は見送ったが、やっぱり話をしたくなって、綾奈は玲の部屋のドアをノックした。

「ねえ、お兄ちゃん。いま、ちょっと話せる?」
「いいよ、おいで綾奈」

 玲に部屋に招きいれられて、綾奈は彼のベッドに腰を降ろした。

「変なことを聞くけど、笑ったりしないでね」
「ああ。笑わないから話してみろよ」

「あのね、お兄ちゃんって大学で民俗学を学んでるでしょ?だったら道祖神って知っているよね?」

「ああ、知っている。道祖神は集落や、村と山の境界に置かれる守り神だ。悪霊や災いが侵入するのを防いでくれるといわれている」

「そう、なんだ……」

 壊れた道祖神。あれはあの幽霊屋敷を守るために置かれたのだろうか。
それとも、屋敷からミコトサマが出て行かないように、幽霊屋敷から村を守るために置かれていたのだろうか。

後者だとしたら、ぞっとしない。もしかして、道祖神を壊してしまったせいでミコトサマが自分の家や美也の家にも現れるようになったのか。

 そもそも、小学校の頃に流行っていたミコトサマの話はフィクションなのだろうか。
ミコトサマは女系一族の娘で、一家心中することになったのを恨んで屋敷に入った人を呪うという噂だが、その噂のルーツはどこにあるのか。

「お兄ちゃんは昔流行った、ミコトサマの怖い話、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」
「あれって本当かな?あそこが幽霊屋敷って呼ばれるのは、ミコトサマがでるからなんだよね?」
「綾奈、屋敷で何かあったのか?」

 玲が質問に答えずに逆に質問をかぶせてきたので、綾奈は戸惑った。

 あの屋敷で本当に幽霊を見たこと、最近幽霊を見るようになったことを話してもいいのだろうか。

玲のことだからちゃんと真剣に聞いてくれるだろうし、馬鹿にしたり笑ったりされる心配もない。
心配なのは、話をしたことで大好きな玲を危ないことに巻き込んでしまうことだ。

「もともとこの辺は神座村というほんの小さな村だった。
それがすぐ隣りにある神座村より大きい山並町と合併して、今の神座山並町となったんだ。
あの屋敷は、神座山並町が誕生するのと時を同じくして建てられたらしい」

「へえ、そうなんだ。もとは村だったなんて、私、ぜんぜん知らなかった」

「ああ、一世紀ぐらい前の話だし、あまり知られてないことだからな。
神座村は神事を生業とする人が沢山住んでいた。そういう血筋が多かったからだ。
特に巫女が多くて、色んな町の豊作を祈祷したり、その年の吉兆を占ったりしていたらしい。

巫女達の稼ぎが税金のような形で公的財産としていくらか奉納されていて、それが村の大きな収入源になっていた。
隣りの山並町も、村の巫女の恩恵に授かることがしばしばあったようだ。
どちらも小さな集落だったけど、それなりに穏やかで安定した財政を行ってきた。

でも、戦後の混乱や近代化に伴って巫女達の占い業が廃れにつれ、神座村の財政も比例して悪化の一途を辿った。
そこで、山並町と合併することになったんだ。

合併の話が纏まった時、運悪く、疫病が流行った。
村の人からは殆ど死者が出なかったけど、町では短い期間に多くの人が死んだらしい」

「疫病?怖いね。病気って目に見えないから……」

「ああそうだな。だけど、病気よりも怖いのは病んだ人の心だった。
病気の流行を止められなかったことを町民に責められた町のトップは、その責任問題をすり替えようとしたんだ。
これは病気じゃない、呪いだと町民たちに発表した」

「そんな馬鹿みたいな話、みんな信じるハズないよね?」

「いや、そうでもなかった。あの時は世界中に戦争の傷跡と混沌が残されていた。
心理状態も普通とは言い難い。

今は非科学的だと呪いなんて誰も信じない。でも、当時はそうじゃなかった。
町長の言葉を誰もが信じた。この呪いは廃業に追い込まれた巫女による復讐と皆が考えるようなった。

結果、町民は巫女を恐れ、合併の条件として、神座村には村の神事や巫女の完全廃止、もしくは排除が言い渡されたんだ」

 薄暗い顔で語る玲に気圧されて、綾奈はごくりと唾を飲み込んだ。
玲の話は下手な怪談よりもよっぽど怖い。


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