ミコトサマ

都貴

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第三章

浸食⑥

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どうやら、店内に逃げ込んだのは正解だったらしい。

沙希は暫くガラス戸越しにこちらを見詰めていたが、ふらりと闇へと姿を消した。
それを確認すると、綾奈は店内にへたり込んで大きく息を吐いた。
まだ足がガクガクと震えていて、恐怖が醒めない。

「キミ達、どうかしたの、大丈夫かい?」

カウンターから書店の店員が近付いてきた。
床に座り込んでいた綾奈達は慌てて立ち上がる。
「店のカギ、開けても平気かな?さっきの子は友達かい?」

 心配と不審がまじったなんとも言えない顔を店主の中年の男性に向けられ、急に恥かしくなって綾奈は顔を赤くした。
綾奈だけではない、海と美也も赤面している。

「何でもないんです。すみません、勝手にお店のドアをしめちゃって」
「あの、これ買います」

 店に避難した手前、手ぶらで帰るのもバツが悪いと思ったのか、海がカウンターの傍に置いてあった雑誌を適当に手にとって、レジに出した。

気の利かない海にしてはなかなかナイスなフォローだったのだが、残念なことに彼女が手にした雑誌は金魚や錦鯉の愛好家に向けたマイナー雑誌、月刊『美鱗』だった。

「あ、ありがとうございます。千二百円です」

 店主の男性が本当に買うのかと疑う引き攣った笑顔で海に値段を告げる。
海は財布からカードを出して代金を支払うと、袋に入った雑誌をひったくるように受け取り、綾奈と美也を置いて逃げるように店を出た。

茫然としていた綾奈と美也は、慌てて彼女の後を追う。

 追い掛けるまでもなく、海は店のすぐ外で立ち止まっていた。
さっきあんなことがあったばかりだから、一人で帰るのが怖かったのだろう。

「いったいなんだったのあれ?沙希ったら、幽霊屋敷で怖い目にあったせいで可笑しくなっちゃったのかしら。まるで精神病よ」

「確かに普通じゃなかったね。どうしちゃったのかな?」

「海、何か心当たりとかないの?沙希は海を襲ってきたじゃない。あの後で。沙希と何かあったんじゃないの?酷いこと言って怒らせたとか」

「人聞きの悪いことを言わないで欲しいわね、美也。ワタシは何もしてないわよ」
「なら、いいけど。綾奈は心当たりある?」
「ううん、私もないよ」

 まったく心当たりがないわけではなかった。
だが、綾奈は黙っていた。あまりにも馬鹿馬鹿しい邪推だった。

沙希がミコトサマにとり憑かれているなんて、普通に考えたらありえない話だ。
海も美也も現実主義で非科学的なことは信用しない性質だ。

美也は近頃身の周りで変なことが起きているらしく、ついさっき「ミコトサマに呪われたかもしれない」と非科学的なことを言っていたが、海は未だにミコトサマのことなど少しも信じていないようだ。
そんな海に沙希がとり憑かれているだなんて話したりしたら、末代まで馬鹿にされ続けることは必至だ。

「沙希ったら、このワタシに恥を掻かせて!いらない雑誌まで買うはめになったし、散々だわ。明日学校へきたらとっちめてやるわ!」

 プリプリと怒っている海を見て美也は肩を竦めていたが、綾奈は少し安心した。
絞殺されかけるというショッキングな災難が降りかかったわりには海が元気そうだったからだ。
沙希についで海まで学校を休むことになったら、自分まで挫けてしまいそうだった。

「じゃあね、海。気を付けてね」
「ふん、もう沙希なんかに襲われたりしないわ。今度は返り討ちにするんだから」

 海はさよならも言わずに綾奈と美也に背を向け、大股で家に帰っていった。

「でも、本当に沙希はどうしちゃったんだろうね」
「うん、ちょっと心配だよね。一時的に可笑しくなっているだけならいいけど」
「そうね。なんか心配だわ」

 それきり綾奈も美也も口を噤んだ。
なんとなく重苦しい雰囲気を引き摺ったまま、珍しく無言で歩いていた。

いい加減、気詰まりさがいやになって綾奈が口を開こうとした。
その前に、美也が言葉を発する。

「ねえ、綾奈。聞いてほしいことがあるんだけど。もしかすると嫌な気分にさせるかもしれないことなんだけど、話してもいい?」

「いいよ。話して、美也」

「うん。表沙汰にはなってないんだけど、四日前、あの幽霊屋敷に泥棒が入ったって玲さんが言ってたの、覚えてる?そのことについて、お父さんに変な話を聞いたんだけど」

美也の父親は警察官だ。本来守秘義務が課せられており、職務に関する情報はたとえ家族にであっても話してはいけないそうだが、ときどき、美也は父から当たり障りのない範囲内で事件の話を聞くそうだ。


「覚えてるよ。犯人がうろついてたら危ないから、お兄ちゃんが迎えにきてくれたんだったよね」

「そう。お父さんも事件に関わったみたいなんだけどね、おとといちゃんと泥棒は捕まったんだけど、死んじゃったんだって」

「し、死んだ?どうしてなの?」

「よくわからないの。犯人は私達が幽霊屋敷に行った夜にまた屋敷に侵入して、宝石やインテリアとかを数点盗んで逃げたんだけど。
犯人、その途中で倒れたのよ。屋敷にあったと思われる物が入ったスポーツバッグを肩から掛けた状態で森の中に倒れてたそうよ。
とりあえず病院に運び込まれて、意識が回復してから拘留所に移動して事情聴取を受ける予定だったんだけど、意識が回復してからも犯人は錯乱してて話が聞けない状態で」
「そ、そんなことがあったなんて。犯人、どうなっちゃったの」

恐る恐る綾奈が聞き返すと、美也は青褪めた顔でポツリと答えた。

結局そのまま心臓麻痺で死んだみたい。
なにか、恐ろしいものでも見たように恐怖に引き攣った顔で、病室で死んだんだって」

「それって、もしかして、ミコトサマの仕業だったりするのかな」

 冗談ではなく真剣にそう尋ねた綾奈に、美也も真面目な顔で頷いた。

 もしかすると自分と美也もミコトサマに呪われて、泥棒みたいに死んでしまうかもしれない。
綾奈は顔を青褪めさせ、思わず自身を抱きしめて震えた。

 怯えた様子の綾奈を見て、美也が慌てて笑顔を繕う。

「ごめんごめん、ちょっと脅かしたわ。さっきの話は忘れて。それじゃあね、綾奈。また明日学校で」
「うん、またね」

 手を振りながら分かれ道に消えていく美也に綾奈も笑顔で手を振り返したものの、心がざわついて落ち着かなかった。

 酷く足が重たかった。見えない恐怖がすぐ傍まで忍び寄っている。
そんな気がしてならない。 



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