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第一章
幽霊屋敷④-2
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あれは小学校一年生の時のことだ。
建て替えたばかりの海に珍しく遊びに来いと誘われて、綾奈は彼女の家に遊びに行った。
海の両親は働いていて、家に居たのは海と呼ばれた友達四人だけだった。
海の提案でかくれんぼをすることになり、一番手の鬼の役を押し付けられて綾奈は玄関に一人取り残された。
普段のかくれんぼと同じように、玄関のドアと向かい合って目を隠して三十数え終えると、みんなを探し始めた。
玄関からみた奥の廊下は薄暗く、二階の階段の先にも闇が広がっていた。
広い家の中は新築のせいかまだ生活の気配がなくひどく無機質で、子供だった綾奈にはまるで異次元のように感じられた。
静けさと薄闇に包まれた家の中に一人残されて、綾奈は心細くて怖くなってしまった。
必死にみんなの名前を呼んだけれど誰も返事をしない。
かくれんぼをしていたのだから当然なのだが、あの時の綾奈にはみんなが消えてしまったように思えた。
闇の中で何か得体の知れないものが蠢いている気がして、一歩も動けなかった。
綾奈は結局みんなを見つけるどころか探すことさえできずに、一人で海の家から逃げ帰ってしまったのだ。
あの一件は綾奈にとって、今のところ人生最大の汚点だ。
「あの時は悪かったと思ってる。でもそのことは謝ったし、今は関係ないでしょ」
「そうかしら。綾奈がどうしようもなく怖がりってことは共通してるじゃない。どうせ今でもお兄さんに頼ってばかりいるんじゃないの?怖がり綾奈ちゃん」
馬鹿にするような海の言葉に、乗せられてはいけないと思いながらも綾奈はついムキになってしまう。
「今はもう怖がりじゃないよ」
反論した綾奈を海が目を細めて見る。
「ふぅん。じゃあ、それを証明するためにも、幽霊屋敷に行きましょうよ。舞も行きたがってたことだし。そうよね、舞」
「もちろん!だって楽しそうじゃん。いこいこっ」
海と舞は二人で盛り上がる。そんな二人に美也が冷めた目を向ける。
「じゃあ、二人でいけば?」
素っ気ない美也の呟きに、舞がむっとした表情を浮かべる。
「うわっ、ノリ悪すぎ。都築さんって暗いよね。海は別に都築さんは誘ってないから、都築さんはこなくていいし。で、如月さんはどうなの?」
「私も、行きたくないかも……」
「何よ綾奈、やっぱり怖いのね。お兄さんも可哀相よね、貴方みたいな弱虫の妹を持ってきっと迷惑してるわよ」
海の言葉が胸にちくりと刺さった。
他人である海に言われることじゃないという反発心を持つ一方、彼女のいう通りかもしれないとも思う。
「幽霊屋敷、やっぱり私も行く。べつにミコトサマなんて怖くなんてないから」
綾奈の言葉に美也が切れ長の瞳を丸くする。
「ちょっ、何言ってんのよ、綾奈。海に乗せられちゃ駄目よ」
「乗せられてないよ。心配しないで、私は大丈夫だから」
これは通過儀礼だ。
霊屋敷に行くという儀式を越えて、強い自分になる。海に乗せられて行くのではない。
綾奈は大きな瞳でまっすぐ海を見詰めた。
美也はそんな綾奈を見て、しょうがないなといわんばかりの笑みを浮かべる。
「私も行くわ、綾奈」
「ありがとう、美也。ごめんね、付き合わせちゃって」
「いいよ、友達だからね」
手をとりあう綾奈と美也に海が呆れた顔をする。
「はいはい、貴方達が仲良しなのは良く分ったわ。いつも一緒に居てよく飽きないわね。まあ、いいわ。美也も勝手に付いてきなさいよ。じゃあ早速、今日の放課後に行くわよ。沙希もいいわね?」
「え?」
急に名前を呼ばれて、沙希は困惑した表情を浮かべた。
「わ、わたしも行くの?海ちゃん」
「当たり前でしょ。それとも、このワタシが誘っているのに断るのかしら」
「ううん、そうじゃないけれど。でも、あの屋敷は本当に危ないっておばあちゃんが」
「おばあちゃんがなによ、ワタシがせっかく誘ってあげているのに、沙希は断るのね?」
目力のある猫目で海が沙希を睨む。沙希の顔がさっと青褪めた。
「う、ううん。わたしも行くよ、海ちゃん」
彼女にとって海は幽霊よりも怖いらしい。
いつもお嬢様のご機嫌を損ねないよう顔色を伺ってご苦労様なことだ。
沙希は中学一年生からずっとこうだ。呆れるのを通り越してもはや感服してしまう。
下手に海に逆らうと仲間外れにされたり、きつく当たられたりと後で手痛い仕返しを受ける。
逆らわずにひたすら頭を下げる沙希の判断は賢明なのかもしれない。
だけど、あきらかに幽霊屋敷に行きたくない顔をしている沙希を見ていると、日和見主義を処世術にするのは考えものだと思ってしまう。
いやなときは嫌だと断った方がいい。沙希を見ていると綾奈は強くそう思う。
自分を曲げ従順になることで海に好かれようとする沙希と、沙希を子分のように都合よく扱う海。
二人の関係は危なっかしい。
空気を入れ過ぎた風船のように、いつか沙希が破裂するんじゃないかと綾奈は心配だった。
「じゃあ今日の放課後、五時ちょうどに私の家に集合よ。逃げるんじゃないわよ、綾奈」
「逃げないよ。ちゃんと行くから」
「約束よ。せいぜい、幽霊に会わないよう祈っておくのね」
嫌味を一言添えて自分の席に戻っていった海に、綾奈はやれやれと溜息を吐く。
「何だか今日は嵐が多いよね、綾奈。今日は牡羊座、最下位だったんじゃない?」
「そんなことなかったけど、よくはなかった気がする」
「あぁ、海の我儘に振り回されるのかぁ。放課後のことを考えるとゾッとするわ」
「付き合わせてごめんね、美也」
「気にしないで。幽霊屋敷なんて、私は信じてないから怖くないし」
「幽霊屋敷か。へえ、そんなのがあるんだな」
いきなり会話に割って入ってきた少年の声に、綾奈と美也は顔を上げた。
すぐ傍に辰真が立っていることに気付き、美也が慌てて立ち上がる。
「じゃあ私、席に戻るから」
そのまま美也は逃げるように自分の席に戻っていった。
綾奈以上に人見知りな美也の態度に辰真が不思議そうに首を傾げる。
綾奈は辰真に速やかに椅子を返すと、手をあわせて謝った。
「ごめん、吉良くん。椅子、勝手に使っちゃって」
「椅子ぐらいどんどん使っていいぜ、如月」
辰真が人懐っこい笑顔を浮かべた。
爽やかな男前で明るい性格の辰真はクラスの人気者で、女子にもてる。
自分はミーハーな他の子とは違うと思っていた綾奈も、間近で見る辰真の笑顔を眩しいと思った。
「それよりさ、幽霊屋敷ってなに?」
好奇心旺盛な目に見詰められて、綾奈は苦笑する。
「そんなに面白い話じゃないよ。私が住んでいる町に幽霊屋敷って呼ばれてる場所があって、そこにミコトサマっていう幽霊がでるってだけの話だよ」
「ふうん、心霊スポットって本当にあるんだな。そこに行くのか?」
「そうなの」
「気になるんだったら貴方もくる?辰真」
席に戻ったはずの海が戻ってきて首を突っ込んできた。
辰真を巻き込もうとしている海に呆れたが、一人でも多い方が怖さも減るかもしれない。
それに女子ばかりで行くよりは男子もいた方が心強いと、綾奈は黙って会話を見守ることにした。
「幽霊屋敷に幽霊を探しに行くのか?」
「幽霊はでるかどうかは、ワタシはそんなことどうでもいいわ。綾奈の怖がりが治ったか実証しに行くのよ」
「私はべつに怖がりじゃないってば。もう、余計なこと言わないでよ、海。吉良くん、聞き流していいから。断ってくれていいよ」
「いや、面白そうだし、おれも優斗《ゆうと》を誘って行っていいか?如月」
辰真も来てくれればいいと思ったけれど、まさか本当に辰真も参加することになるとは思っていなかった。
ふつう高校生にもなって肝試しになんて行きたいものだろうか。
全国的な心霊スポットに行ってみようという感覚はまだわかる。
だが、自分達がこれから行くのは町内では有名だが全国規模ではまったく名も知れない幽霊屋敷だ。
目を丸くして唖然としている綾奈の代わりに、海が答える。
「いいに決まっているじゃない。大歓迎よ、辰真。そうよね、綾奈」
「え、う、うん。いいんじゃないかな」
妙なことになってしまったな。上機嫌な海と笑顔の辰真を視界の端に映しながら、綾奈は二人に聞こえないよう小さく溜息を吐いた。
楽しそうに話す二人からそっと離れて自分の席に着く。
何気なく窓の外を見遣ると、鈍い青色が広がっていた。
朝は気持ちいい晴れ空だったが、いつのまにか灰色の雲がたくさん浮かんでいる。
雲の流れが速い。雲は同じ方向に流れていた。
あの方角は神座山並町だ。
幽霊屋敷に灰色の煙がどんどん集まっているような気がして、なんだか気味が悪かった。
建て替えたばかりの海に珍しく遊びに来いと誘われて、綾奈は彼女の家に遊びに行った。
海の両親は働いていて、家に居たのは海と呼ばれた友達四人だけだった。
海の提案でかくれんぼをすることになり、一番手の鬼の役を押し付けられて綾奈は玄関に一人取り残された。
普段のかくれんぼと同じように、玄関のドアと向かい合って目を隠して三十数え終えると、みんなを探し始めた。
玄関からみた奥の廊下は薄暗く、二階の階段の先にも闇が広がっていた。
広い家の中は新築のせいかまだ生活の気配がなくひどく無機質で、子供だった綾奈にはまるで異次元のように感じられた。
静けさと薄闇に包まれた家の中に一人残されて、綾奈は心細くて怖くなってしまった。
必死にみんなの名前を呼んだけれど誰も返事をしない。
かくれんぼをしていたのだから当然なのだが、あの時の綾奈にはみんなが消えてしまったように思えた。
闇の中で何か得体の知れないものが蠢いている気がして、一歩も動けなかった。
綾奈は結局みんなを見つけるどころか探すことさえできずに、一人で海の家から逃げ帰ってしまったのだ。
あの一件は綾奈にとって、今のところ人生最大の汚点だ。
「あの時は悪かったと思ってる。でもそのことは謝ったし、今は関係ないでしょ」
「そうかしら。綾奈がどうしようもなく怖がりってことは共通してるじゃない。どうせ今でもお兄さんに頼ってばかりいるんじゃないの?怖がり綾奈ちゃん」
馬鹿にするような海の言葉に、乗せられてはいけないと思いながらも綾奈はついムキになってしまう。
「今はもう怖がりじゃないよ」
反論した綾奈を海が目を細めて見る。
「ふぅん。じゃあ、それを証明するためにも、幽霊屋敷に行きましょうよ。舞も行きたがってたことだし。そうよね、舞」
「もちろん!だって楽しそうじゃん。いこいこっ」
海と舞は二人で盛り上がる。そんな二人に美也が冷めた目を向ける。
「じゃあ、二人でいけば?」
素っ気ない美也の呟きに、舞がむっとした表情を浮かべる。
「うわっ、ノリ悪すぎ。都築さんって暗いよね。海は別に都築さんは誘ってないから、都築さんはこなくていいし。で、如月さんはどうなの?」
「私も、行きたくないかも……」
「何よ綾奈、やっぱり怖いのね。お兄さんも可哀相よね、貴方みたいな弱虫の妹を持ってきっと迷惑してるわよ」
海の言葉が胸にちくりと刺さった。
他人である海に言われることじゃないという反発心を持つ一方、彼女のいう通りかもしれないとも思う。
「幽霊屋敷、やっぱり私も行く。べつにミコトサマなんて怖くなんてないから」
綾奈の言葉に美也が切れ長の瞳を丸くする。
「ちょっ、何言ってんのよ、綾奈。海に乗せられちゃ駄目よ」
「乗せられてないよ。心配しないで、私は大丈夫だから」
これは通過儀礼だ。
霊屋敷に行くという儀式を越えて、強い自分になる。海に乗せられて行くのではない。
綾奈は大きな瞳でまっすぐ海を見詰めた。
美也はそんな綾奈を見て、しょうがないなといわんばかりの笑みを浮かべる。
「私も行くわ、綾奈」
「ありがとう、美也。ごめんね、付き合わせちゃって」
「いいよ、友達だからね」
手をとりあう綾奈と美也に海が呆れた顔をする。
「はいはい、貴方達が仲良しなのは良く分ったわ。いつも一緒に居てよく飽きないわね。まあ、いいわ。美也も勝手に付いてきなさいよ。じゃあ早速、今日の放課後に行くわよ。沙希もいいわね?」
「え?」
急に名前を呼ばれて、沙希は困惑した表情を浮かべた。
「わ、わたしも行くの?海ちゃん」
「当たり前でしょ。それとも、このワタシが誘っているのに断るのかしら」
「ううん、そうじゃないけれど。でも、あの屋敷は本当に危ないっておばあちゃんが」
「おばあちゃんがなによ、ワタシがせっかく誘ってあげているのに、沙希は断るのね?」
目力のある猫目で海が沙希を睨む。沙希の顔がさっと青褪めた。
「う、ううん。わたしも行くよ、海ちゃん」
彼女にとって海は幽霊よりも怖いらしい。
いつもお嬢様のご機嫌を損ねないよう顔色を伺ってご苦労様なことだ。
沙希は中学一年生からずっとこうだ。呆れるのを通り越してもはや感服してしまう。
下手に海に逆らうと仲間外れにされたり、きつく当たられたりと後で手痛い仕返しを受ける。
逆らわずにひたすら頭を下げる沙希の判断は賢明なのかもしれない。
だけど、あきらかに幽霊屋敷に行きたくない顔をしている沙希を見ていると、日和見主義を処世術にするのは考えものだと思ってしまう。
いやなときは嫌だと断った方がいい。沙希を見ていると綾奈は強くそう思う。
自分を曲げ従順になることで海に好かれようとする沙希と、沙希を子分のように都合よく扱う海。
二人の関係は危なっかしい。
空気を入れ過ぎた風船のように、いつか沙希が破裂するんじゃないかと綾奈は心配だった。
「じゃあ今日の放課後、五時ちょうどに私の家に集合よ。逃げるんじゃないわよ、綾奈」
「逃げないよ。ちゃんと行くから」
「約束よ。せいぜい、幽霊に会わないよう祈っておくのね」
嫌味を一言添えて自分の席に戻っていった海に、綾奈はやれやれと溜息を吐く。
「何だか今日は嵐が多いよね、綾奈。今日は牡羊座、最下位だったんじゃない?」
「そんなことなかったけど、よくはなかった気がする」
「あぁ、海の我儘に振り回されるのかぁ。放課後のことを考えるとゾッとするわ」
「付き合わせてごめんね、美也」
「気にしないで。幽霊屋敷なんて、私は信じてないから怖くないし」
「幽霊屋敷か。へえ、そんなのがあるんだな」
いきなり会話に割って入ってきた少年の声に、綾奈と美也は顔を上げた。
すぐ傍に辰真が立っていることに気付き、美也が慌てて立ち上がる。
「じゃあ私、席に戻るから」
そのまま美也は逃げるように自分の席に戻っていった。
綾奈以上に人見知りな美也の態度に辰真が不思議そうに首を傾げる。
綾奈は辰真に速やかに椅子を返すと、手をあわせて謝った。
「ごめん、吉良くん。椅子、勝手に使っちゃって」
「椅子ぐらいどんどん使っていいぜ、如月」
辰真が人懐っこい笑顔を浮かべた。
爽やかな男前で明るい性格の辰真はクラスの人気者で、女子にもてる。
自分はミーハーな他の子とは違うと思っていた綾奈も、間近で見る辰真の笑顔を眩しいと思った。
「それよりさ、幽霊屋敷ってなに?」
好奇心旺盛な目に見詰められて、綾奈は苦笑する。
「そんなに面白い話じゃないよ。私が住んでいる町に幽霊屋敷って呼ばれてる場所があって、そこにミコトサマっていう幽霊がでるってだけの話だよ」
「ふうん、心霊スポットって本当にあるんだな。そこに行くのか?」
「そうなの」
「気になるんだったら貴方もくる?辰真」
席に戻ったはずの海が戻ってきて首を突っ込んできた。
辰真を巻き込もうとしている海に呆れたが、一人でも多い方が怖さも減るかもしれない。
それに女子ばかりで行くよりは男子もいた方が心強いと、綾奈は黙って会話を見守ることにした。
「幽霊屋敷に幽霊を探しに行くのか?」
「幽霊はでるかどうかは、ワタシはそんなことどうでもいいわ。綾奈の怖がりが治ったか実証しに行くのよ」
「私はべつに怖がりじゃないってば。もう、余計なこと言わないでよ、海。吉良くん、聞き流していいから。断ってくれていいよ」
「いや、面白そうだし、おれも優斗《ゆうと》を誘って行っていいか?如月」
辰真も来てくれればいいと思ったけれど、まさか本当に辰真も参加することになるとは思っていなかった。
ふつう高校生にもなって肝試しになんて行きたいものだろうか。
全国的な心霊スポットに行ってみようという感覚はまだわかる。
だが、自分達がこれから行くのは町内では有名だが全国規模ではまったく名も知れない幽霊屋敷だ。
目を丸くして唖然としている綾奈の代わりに、海が答える。
「いいに決まっているじゃない。大歓迎よ、辰真。そうよね、綾奈」
「え、う、うん。いいんじゃないかな」
妙なことになってしまったな。上機嫌な海と笑顔の辰真を視界の端に映しながら、綾奈は二人に聞こえないよう小さく溜息を吐いた。
楽しそうに話す二人からそっと離れて自分の席に着く。
何気なく窓の外を見遣ると、鈍い青色が広がっていた。
朝は気持ちいい晴れ空だったが、いつのまにか灰色の雲がたくさん浮かんでいる。
雲の流れが速い。雲は同じ方向に流れていた。
あの方角は神座山並町だ。
幽霊屋敷に灰色の煙がどんどん集まっているような気がして、なんだか気味が悪かった。
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