ミコトサマ

都貴

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第一章

幽霊屋敷⑤

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 五、六限目の授業の間中、放課後の幽霊屋敷探索のことで頭が一杯だった。

 チャイムが終業を歌う。ふだんは解放を告げる嬉しい音色も、今日は地獄への導きの序曲に聞こえる。綾奈は暗い気持ちで鞄に荷物をつめ、席を立った。

 綾奈の細い肩に辰真がぽんと手を置いた。

「じゃあ、また後でな。幽霊屋敷なんて少し楽しみだぜ」

 辰真が男前の顔にくしゃりとした笑顔を浮かべる。まるで少年のような笑みに、綾奈もつられて笑顔を返した。

「うん、じゃあまたね」

 ちっとも楽しみになんて思えない、なんだか嫌な予感がする。

陰鬱な気分だったが、水野優斗《みずのゆうと》と幽霊屋敷探索に思いを馳せ、楽しそうに喋っている辰真に水を差してはいけないと、笑顔で彼らを見送った。

綾奈は二人が教室を出たのを確認すると、重い足取りで美也の方に向かう。

「待っているわよ、綾奈」

 ひんやりした海の声を背中で聞きながら、綾奈は美也と一緒に教室を後にした。





「みんな集まったわね、じゃあ、さっそく行くわよ」

 海の先導で、集まった一行はミコトサマがでる幽霊屋敷に向かった。

 神座山並町に暮らす綾奈、美也、海、沙希の地元組に加え、白藤市に住む舞と辰真と優斗の七人という大人数がぞろぞろと道を歩く。

人通りの少ない道ではなかなか目立つ集団だ。
近所の人に目撃されませんようにと、綾奈は密かに祈った。

「なあ優斗、どんな幽霊屋敷だろうな?おれ、心霊スポット行くなんて初めてだぜ」
「オレらの住んでるとこに、そんな場所ねえもんなぁ。ミコトサマ、どんなおっかないユーレイか楽しみだよな~」
「大槻は幽霊屋敷に行ったことあるのか?ミコトサマってどんな幽霊なんだ?」

 辰真に質問され、海は軽く髪を掻きあげながら返事をする。

「ワタシはミコトサマの噂なんて信じてなかったから、幽霊屋敷には行ったことがないのよ。ただ、ミコトサマがどんな幽霊かは教えてあげられるわ。
ミコトサマはね、白い着物を纏った髪の長い幽霊なのよ。とても恐ろしい形相をしていて、見ただけで気が狂ってしまうんですって」

 珍しく興奮気味な海を見ながら、綾奈と美也は最後尾を歩いていた。

「海ってさ、吉良君のことがお気に入りみたいね」
「美也の言う通りかも。だから吉良くんを誘ったんだね、きっと」
「そうよ。海に目をつけられて、綾奈も大変よね」
「ほんと、なんで海は私なんかにつっかかるのかな。無視してればいいのにね」

「綾奈ってば気付いてないの?綾奈さ、小学校の時にヒロユキ君とラブラブだったでしょ。海はヒロユキ君が好きだったみたいだから、妬いてたのよ」

「やだ、ラブラブなんて。ヒロユキとはただの友達だよ。お互いなんにも意識してなかったのに。しかも、そんな昔のことで今も敵視されてるなんて、ありえない」

「今は吉良君と隣り同士の席で、急接近したでしょ。ときどき仲よさげに喋ってるじゃない。それでまた嫉妬がはじまったのよ」

「ちょっ、なにそれ。私、吉良くんと急接近なんてしてないよ」
「そう?私にはけっこういい感じに見えるわよ。いいじゃない、ハンサムなんだし」
「もう、美也ったら、やめてよ」
「照れない照れない。付き合っちゃえばいいのに」
「やめてってば」

 クラスの人気者といい感じだなんて勘弁してほしい。
辰真と自分じゃ完全につりあわない。

美也にからかわれて、綾奈は頬を膨らませた。
お似合いなのは海と辰真だ。
楽しそうに喋りながら前を歩く二人は、長身の美男美女カップルに見える。

この肝試しを機に二人がカップルになることもありうる。
そう思ったらなんだかよけいに気が塞いだ。



 海の家から歩くこと約十五分。木が生い茂る人気のない小さな森が見えてきた。

鬱蒼と生い茂る木。
日が傾きはじめたのと雲が空を覆いつつあるのとが相俟って、道は薄暗く酷く不気味だった。
緑の間から差し込む陽光は蕩けるような紅色で、道の不気味な雰囲気に拍車を掛けている。

 あれはなんだろう。

前方の大きな木の根元に置いてある石の塊みたいなものに気付き、綾奈は首を傾げた。

通りすぎる際に注視すると、寄り添って手を繋ぐ男女の石像だった。
随分前から置いてあるのか、風雨に晒されて随分と汚れ、風化している。
赤茶色っぽくなった表面の一部には苔が生えていた。

「ねえ美也、あれって道祖神だよね」

「うん。なんか気持ち悪いよね。お寺とかお墓以外にお地蔵さんが置いてあるのって、いかにもなにかありますって感じじゃない?」

「わかる気がする。ちょっと怖いよね」 

 辰真と話しながらも耳ざとく綾奈と美也の会話を聞いていた海が、綾奈の方を振り返って馬鹿にするような声を上げる。

「くだらないわよ、綾奈。地蔵なんて注意して見たらけっこう置いてあるわよ。たかだか地蔵に怖がっているようじゃ、この先が思いやられるわね。言っておくけど、もしビビって腰を抜かしても、助けてあげないわよ」

「そんなこと心配してくれなくても大丈夫。その時は一人で這ってでも帰るから」

自分のことを臆病者に仕立てあげようとする海の発言に少し頭にきたが、あながちあり得なことでもないかもしれないと綾奈は思った。

屋敷でミコトサマを見て一人腰を抜かす自分を脳裏に描いて、少し情けない気分になった。


「そう不安そうな顔するなって、如月。もし歩けなくなっても、おれがおぶって帰ってやるからさ。如月はちっさいから、ぜんぜん余裕だぜ」
「ありがとう、吉良くん。あてにしているね」

 恥ずかしいのでそんな事態だけは絶対にご遠慮願いたい。
だが、辰真の親切心を無碍に断るのも申し訳なく、取り敢えず綾奈は礼を言っておいた。

辰真と話している間、突き刺さるような海の視線が痛かった。
どうやら美也の予測は正しかったらしい。海は辰真に気があるのだろう。

「ワタシが腰を抜かした時もお願いね」

海は綾奈と辰真の間を裂くように陣取ると、大胆に辰真の腕に自分の腕を絡めた。
目力のある猫目で甘えるように海が辰真を見上げる。
辰真はたじろぎながらも、まんざらでもないという顔で「任せとけよ」と頷いた。

まるで二人できたかのように、海は辰真と腕を絡めたままずんずんと進んでいく。

舞は優斗と並んで楽しそうに話ながら歩いていた。

残されたのは、大人しくて人見知りタイプの綾奈と美也と沙希の三人組だ。
予想していた構図だが、こんなことなら海と辰真と舞と優斗の四人で肝試しにいってくれればいいのに。
綾奈はまた溜息を吐く。
沙希もいい迷惑だろう。
綾奈はチラリと彼女を窺った。

「沙希、大丈夫?」

 少し離れて歩く沙希の顔色が優れないことに気付き、綾奈は気遣わしげに彼女を覗き込んだ。
ぼんやりした目をしていた沙希はハッとした顔になり、弱々しく笑う。

「う、うん。ありがとう、綾奈ちゃん。大丈夫だから」
「無理しないで、いやなら帰ってもいいと思うよ」
「平気だよ。わたし、海ちゃんと一緒にいたいから」

 さっきまでのろのろ歩いていた沙希が小走りで海の後ろに近寄った。
美也はその様子を少し呆れた顔で見ていた。日和見主義を嫌う美也が、沙希に冷めた視線を送る。

「沙希ったら、いつも海の腰ぎんちゃくよね。私には理解できないわ」

 厳しい美也の意見に、綾奈は苦笑を浮かべた。

けっこう急な勾配の坂道を登ると、森が開けて四方を高い壁に囲まれた大きな屋敷が姿を見せた。
屋敷は漆喰塗の白い壁に黒光りする瓦と和の部分があるが、外観全体は西洋風の造りだ。

珍しい和洋折衷建築によそ者の辰真、優斗、舞が感嘆を上げた。

広い庭園には銀の穂を実らせたススキや雑草が寂しく揺れている。
雑草の群れのなか、彼岸花だけが燃え上がるように咲き誇っていた。

炎が地面を這っているようだ。
鮮やかな赤色が綺麗だが、まるで、異界に踏み込んでしまったようで気味が悪い。

彼岸花は死人花や幽霊花などの異名を持つ忌花でもある。
そんなものが異常なほど大量に咲き誇っているのは、やはり気分のいいものではない。
心霊スポットとなればなおのこと、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。

目の前に聳える大きな屋敷の壁は、ところどころひび割れ、蔦に覆い隠されている。
長いあいだ放置されていることが明らかだ。

門前に辿りついた。
敷地に入れなければいいのに。
その願いも虚しく、頑丈な鉄柵の門は半開きになっていて容易に侵入できそうだ。

まっさきに海が庭に踏み込んだ。不法侵入なんてお構いなしだ。

綾奈は美也と並んで、最後尾でおずおずと敷地に入った。
両脇に灯篭が等間隔で並んでいる石畳の道に、ばらばらな足音が響く。

奇妙な静謐に満たされた空間に響く足音は七つのはずだ。
しかし、綾奈には別の足音が聞こえた。

ヒタヒタ、ヒタヒタ
濡れた裸足で固い石畳を歩いているような不気味な足音がする。

鼓動が速くなり、背筋が凍りついた。

「み、美也。聞こえるよね、変な足音が―…」

 小声で隣りを歩く美也に尋ねるが、彼女は首を捻る。

「変な足音?別にそんなの聞こえないけど」
「うそ、聞こえるでしょ、ほら!」

 綾奈が促すと、美也は立ち止って耳に手を当てた。
美也が眉根を寄せて綾奈を見る。

「ちょっともう、驚かそうとしても、そうはいかないわよ、綾奈」

「驚かせようなんてしてないよ。美也、もっとよく聞いてみてよ」

「気のせいよ。ほら、みんな別に平然としているわ。怖いと思う気持ちが先立って、幻聴を聞いたのよ。大丈夫だよ、みんな一緒だし」

 美也が励ますように綾奈の手を握った。
繋いだ手から伝わる体温に、張り詰めていた糸が少し緩んだ。

綾奈は落ち着いてもう一度耳を澄ませてみた。
さっきまで聞こえていたはずの気味の悪い音は、もう聴こえてこなかった。

どうやら、美也の言う通り幻聴だったらしい。

「ごめんね、美也。ありがとう」
「いいわよ、いつでも頼ってね」

 美也と手を離すと、綾奈はまた歩きだした。

「綾奈ちゃんも聞いたのね……」

 海の後ろを歩いていた沙希が不意に立ち止まり、ポツリと呟いた。

いつも以上に小さい声だったが、綾奈は沙希の声がちゃんと聞こえた。
屋敷を見詰めたまま動かない彼女の隣りに並び、綾奈は小声で尋ねる。

「沙希『綾奈ちゃんも聞いたのね』って、言ったよね。それ、どういうこと?」
「足音の話だよ。わたし達の後を、ついてきているでしょ。ほら、すぐ、背後に―…」

 消え入りそうな声だった。

沙希は顔面蒼白で、怯えた瞳をしていた。
どうやら恐怖が伝染してしまったらしい。

私のせいだ。
綾奈は申し訳なくなり、明るい声で沙希を励ます。

「大丈夫だよ、沙希。足音なんてただの気のせいだよ」
「そんなことない、聞いたの」
「私がビビッてたから、聞いた気がしただけだよ。ごめん、怖がらせちゃったね」
「気のせいなんかじゃないってば!すぐ後ろにミコトサマの気配が……!」

 物静かな沙希が声を荒げるなんて初めてで、綾奈は驚いた。

まさか、そんなはずはない。

そう思いながらも、背後が気になってくる。
誰もいないはずの背後に息遣いを感じ、背筋がぞくりと冷たくなった。

綾奈は恐る恐る肩越しに後ろの下の方へ視線をやった。
大きな瞳に、青白くて細い足首が二本映り込む。

生きた人間の足じゃない、そう直感した。

心臓がバクバクと煩い。ひき攣った自らの呼吸が耳の奥で響く。

 振り返るのはとても恐ろしかった。
振り返った先に、もしミコトサマがいたらどうすればいいだろうか。

怖かったが、振り返らずにいることはそれ以上に恐ろしかった。

 勇気を振り絞って、綾奈は後ろを見た。

当然、最後尾である綾奈と沙希の後ろには誰もいなかった。

胸を撫で下ろし、沙希の肩を優しく叩いて微笑んだ。
だが、沙希は浮かない顔のままだった。

「ちょっと、沙希、綾奈!ぼんやりしていると置いてくわよ!」

 海の声に呼ばれ、沙希は無言で彼女の元へ走っていった。綾奈も沙希に続く。

「綾奈、どうかした?沙希となにを話してたの?」

美也の言葉に綾奈は強く頭を振って、何でもないと返事をした。

ミコトサマの気配を感じたなどと、口が裂けても言えなかった。


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