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第三章
幸福の会②
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昼一の修行開始五分前を知らせる鐘が鳴っているのを聞きながら、黒須は重い足取りで本部の中心にあるコアに向かった。
だだっ広い修行道場にコロニーで暮らす信者の九割が集まる。
残りの一割は恐怖の修行を突破し、能力開発の特別な修行を別室で行っているそうだ。
修行部屋は半分が畳張り、もう半分が木の床で学校の武道場みたいだ。
「信者の諸君、修行に励みなさい。恐怖を克服してこそ、真の幸福が訪れる」
教祖の桃源が信者の前に立って激励すると、信者は俄かに沸いた。
桃源を崇める声や感謝の声が道場に響く。
この空気、慣れないな。
ロン毛の薄暗い冴えない中年親父のなんでもない一言に、なんでこんなに盛り上がれるんだ。
熱狂する信者達には薄気味悪さがある。
同室で過ごしている時は普通の人の岬と佐々木でさえ、遠い存在に思えて心許ない。
まるで異星人の群れに放り込まれたみたいだ。
幸福の会の信者でも忠誠心が高く優秀な(何をもって優秀というのか基準は謎だ)信者は、他の信者の世話役や教団の運営の手伝いを行う。
「今日は一人でこれを見続けて下さい」
紫色の作務衣を着た世話役の信者がタブレットを渡してくれた。
フォルダが一つだけ保存されている。フォルダを開くと、いくつか動画や画像が保存されていた。
そのうちの一つをクリックすると、ホラー映像が再生される。
どうやら今日はひたすら恐怖映像や心霊写真ばかりを見ていなければいけないようだ。
かったるい修行内容だが、昨日よりはマシだ。
昨日、黒須は水が怖いという岬と二人一組で修行をした。
最初の三十分は岬が黒須に本当にあった怖い話をひたすら読み聞かせ、後半は大きな洗面器にはった水の中に岬が顔をつけ、彼女が溺れる限界まで黒須が手で頭を押さえつけるという作業の繰り返しだった。
はじめのうち、黒須は遠慮して岬の頭に手を添えているだけだった。
それを世話役の信者に見咎められ、見本だと彼が岬の頭を思い切り押さえつけた。
息が苦しくなって暴れる岬にかまわず、彼は全力で岬の頭を押さえ続けていた。岬が酸欠で倒れてからようやく彼女を開放し、乱暴に背中を叩いて水を吐かせると、彼はまた同じことを繰り返した。
ちょっとした殺人まがいの行為にドン引きする黒須に、岬も世話役の信者も「本気で水の恐怖を味わってこそ修行です、殺すつもりで頭を押さえてください」と笑顔で言った。
今日、岬はどんな修行をするのだろうか。
一昨日はペアの佐々木にひたすら漏斗で水を飲まされ続けて、何度も吐いていた。
また過激な修行内容なのだろうか。
黒須がタブレットを見ているふりをして横目で岬を見ていると、上座に立っていた桃源が岬に近付いてきた。
「君は修行を頑張っているようだ。きなさい、今日は私が直々に指導する」
「えっ、わ、私なんかが、教祖様から指導していただけるんですか?」
「そうだ。こっちへきなさい」
岬の手を桃源が握った。なんだかいやらしい手つきだ。
しかし、当の本人の岬は気にする様子なく、嬉しそうに肉厚がある桃源の手を握り返している。
他の信者が羨望の眼差しを向ける中、岬と桃源は二人で道場を出て行った。
何をされているのだろうか。彼女が心配だったが、追いかけるわけにはいかない。那白と忍が温度のない目でこちらを見張っている。黒須はタブレットに目を向けた。
ずっと画面を見ていて目が疲れてきた。首を動かすと肩がゴキリと鳴る。
苦痛を感じてきた頃、ようやく修行時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
三十分の休憩を挟んで二時半からまた工場での労働がはじまる。
「みんな、お疲れ様です」
ぞろぞろと道場を出ていく信者に紛れて岬が戻ってきた。
薔薇色の頬にうっとりと蕩けた目。きちんと着た作務衣から見えた白い鎖骨に紅が散っている。
「お、おい大丈夫かよ、岬さん」
何があったか察して苦い顔をする黒須に、岬は喜色満面で答える。
「教祖様からすごいパワーを頂きました。私、嬉しくて。
ハードな修行で疲れたけど、不思議と体が軽いんです。
気が充実しているの。さあ、労働頑張りましょう。黒さん」
スキップでもしそうな軽い足取りの岬が、エイリアンのように見えた。
彼女が桃源におぞましいことをされたのは明白だ。
それなのに、どうして彼女は満ち足りた顔をしているのだろう。
おばさん丸出しの佐々木と違い、岬は若くてけっこう美人だ。
男なんていくらでも選びたい放題だろうに、あんな不細工で薄暗い桃源の相手をさせられて、かわいそうだ。
そう思った自分の感覚が狂っているのか。
いや、そうじゃない。可笑しいのはここの信者だ。
みんな桃源を神様のように崇めている。やっぱりここは狂った場所だ。
珍しく陰鬱な気持ちになっていたせいで、昼からの工場仕事はミスの連続だった。
普通の企業なら半日で出荷する商品を二十個近くも駄目にしてしまったら叱責どころかクビがとびそうなものだが、同じ班の岬と佐々木も(那白は呆れ顔、忍は嘲笑を浮かべていたが)、合同で仕事をしていた他の班の信者も、見張り役の幹部の十塚さえも怒らずに、誰にでもミスはあると慰めた。
ほっとするより、気持ち悪いという思いが強かった。
自分のダメさと教団の不気味さを再確認した午後の労働が終わり、再びコアに移動する。
日がすっかり沈み、山奥は暗闇に支配されつつあった。
自然と調和する大切さを謳う幸福の会の本部には街灯などない。
空に浮かんだ月や星だけが頼りだ。
半身を失った月でも、これだけ辺りが暗いと頼もしく感じられた。
聖堂にはコロニーの住居や修行部屋と違って豪奢な装飾品が沢山ある。
上座にはペルシャ絨毯が敷かれ、ど真ん中に巨大な仏像が佇んでいる。
部屋の四隅には大きな金メッキの香炉が置いてあり、毎日違う匂いを放っている。
今日はくらくらするくらい甘ったるい匂いが聖堂に満ちていて、思わず鼻と口を覆った。
「クロには動物の本能があるね。でも、あんま幹部や世話役の信者の前で露骨にしないでくれよな」
「どういうことだよ、シロ」
「いつもより濃い甘い匂い、これドラッグかもしんない。きっと、多幸感や幻覚作用のある香だよ」
「マジかよ。でも、それが本当なら逮捕できるじゃねぇか」
黒須の言葉に、忍が静かに首を横に振った。
「それは無理やで。大麻やケシみたいに規制されて麻薬指定されとる毒物ばっかりやない。法の目を潜り抜けた合法ハーブを使っとれば、法には触れとらんからな」
幸福の会は一筋縄じゃいかないようだ。
肩を落とす黒須に、すっと岬が近付いてきた。
「黒さん、白くんや忍さんとなんの話をしていたんですか?」
「別に、つまんない話だよ」
「そう。コソコソしているから怪しい話かと。ダメですよ、教団の悪口は」
「いやいや、悪口なんて滅相もない。晩飯、何かなって話だよ。ここの飯って質素だから、たまにはハンバーガーとかトンカツ食いたいなとか。あ、これ悪口か」
おどけて見せると、怖い顔をしていた岬が頬を緩めた。
「確かに、ここの食事は質素ですね。
でも、体にいいものばかりだし、能力開発には食事制限も大事なんですよ。
コロニーに暮らす私たちは、通いで修行と説法を聞いているだけの信者よりも優れているって教祖様が言ってたわ」
教祖様と口にする時の岬はなんて嬉しそうなのだろう。
恋する乙女のような眩しさがある。
綺麗な表情なのに黒須はうすら寒さを覚えた。
黄緑や紫の作務衣を着た信者が聖堂を埋め尽くす。
午後六時からの説法にはコロニーに住む信者はもちろん、通いの信者もやってくるので人が多いのはいつものことだが、それにしても今日は一段と人が多い。何かあるのだろうか。
「シロ、今日は信者の数やたら多くないか?」
「確かにね。いつもより香の匂いがきついのも気になる。何か特別な儀式でもあるのかもね。トリップすんなよ、クロ。オレと忍は仕事上、毒とか麻薬への耐性を鍛えてるけど、クロは普通だろ」
「普通に決まってんだろ。すげーな、シロ」
「まあね、オレ有能だからさ」
謙遜しないところが生意気で那白らしい。つい噴出してしまった黒須に、那白が怪訝な顔をする。
話している内に六時になり、桃源が入室した。一瞬でざわめきがやむ。
桃源はいつも纏っている煌びやかな黄金色の袈裟でなく、烏のように黒い袈裟を纏っていた。
桃源に続いて入ってきた十塚も黒い袈裟に身を包んでいた。
午後六時の説法の時に現れるのはいつも桃源か幹部の中の誰か一人だけなのに、今日は桃源と十塚の二人が現れ、いつもと違う黒い服を着ている。
死を連想させる黒が不吉さを漂わせている。
黒須はいつの間にか額に滲んでいた汗を手の甲で拭った。
壇上に登った桃源が陰鬱な顔で教団の前に立つ。背筋がぞわりとする顔だ。
「今日は説法の前に、みなに悲しい報せがある。裏切者が現れた」
裏切者。物騒な言葉に会場内がざわつくが、桃源の「静粛に」という一声で、辺りは水を打ったような静けさを取り戻した。
「裏切者は彼女だ」
ステージの舞台袖から、幹部の穂村に引っ立てられて、若い女がよろめきながら入ってきた。目元が涙に濡れている。
「お許しください、教祖様。お許しください」
女は穂村の手を振り払って桃源に駆け寄り、彼に縋って必死に懇願した。
教祖の虚ろのような目は、ただ静かに泣き喚く女を見下ろしていた。
「みっともない真似はやめなさい。お前には炎の浄化を与える」
教祖がそう言うと、女が纏っていた作務衣の袖に小さな火がついた。
いったいどうやったんだ、火種など持っていなかったのに。
裏切者と断罪された女の腕を燃やす炎に、信者たちが歓喜の声をあげる。
黒須のすぐ隣にいた岬と佐々木までもが熱狂している。
冷めた目をしているのは那白と忍と自分だけだ。
人が燃えているというのに、誰も助けようとしない。
幸い、黒須が飛び出す前に教祖が女の腕に水をかけて火を鎮めた。
「今度喚けば、浄化の炎がお前の全身を包むであろう。大人しくしていなさい」
桃源が冷たく命じると、女は何度も頷いた。燃えた腕は皮膚の一部が爛れている。
「わが幸福の会の法律とも呼べる十塚より、話がある。十塚、前へ出なさい」
桃源に促され、彼の斜め後ろに控えていた十塚が今度は教団に立った。
整った顔だが、冷血な爬虫類を連想させる彼は苦手だ。黒須は壇上に向けていた視線をずらす。
「私は桃源様に反旗を翻す不信の徒は存在しないと信者諸君を信頼しているし、実際、退会者はほとんどいない。
しかし退会は可能だ、我々の教えや理念に従えない者は正式な退会手続きを踏めば退会できる。
なのに、深夜逃にげだす真似をする者がいた。彼女だ」
十塚は腕を抑えて佇んでいた女の肩を掴み、自分の隣に並ばせる。
「無言での逃走は神である桃源様に対する冒涜で恥ずべき行為だ。
他の信者にも彼女の穢れが降り注ぐだろう。浄化が必要となった。
今日は粛清の儀を執り行う。桃源様、よろしくお願いいたします」
「うむ、心得た」
桃源が大麻を女に向けて左右に振るう。木の棒から垂れた白い紙がガサガサと鳴る音と、呪文めいた謎の言葉が聖堂に響く。
桃源が大麻を振るのをやめて口を閉ざすと、十塚が女を自分の方に向き直らせ、銀色フレームの眼鏡の奥の冷たい瞳で女を凝視した。
「桃源様への反逆は万死に値する、死をもって償え」
十塚が静かな声で告げると、女がガクガクと震えだした。
震える女に向かって桃源が今度は大麻を縦に一度だけ振って叫んだ。
「この者に罰を与え、魂を浄化したまえ!」
女が目を見開き、絞り出すような叫び声をあげる。
胸を掻き毟って苦しみながら、恐怖を貼り付かせた顔で女が倒れた。
「裏切者は粛清され、穢れは払われた。みなの幸福は守られたのだ」
倒れた女を案ずることなく、高らかに桃源が宣言する。
十塚と穂村が拍手を送った。シンとしていた信者もパラパラと拍手をはじめ、やがて大きな拍手の渦が起きた。
裏切者の女は化け物を見た時のような顔をしたまま、ピクリとも動かない。
死んでしまったようだ。それなのに何故、みんな拍手をしているのか。
甘ったるい匂いがますますキツくなる。
それに、異様な熱気に包まれた信者達のせいで聖堂内の空気が薄くなっている気がする。
やっぱりこの教団は黒だ、那白の判断は正しかった。
でも、何故女は死んだのだろう。
桃源になんらかの超能力があるのだろうか。
黒須は那白を見た。聡明で物知りな彼なら、なにか掴んでいるかもしれないと期待していた。
けれど、那白はただ難しい顔をして壇上を見詰めていた。
草木も眠る丑三つ時とはよくいったものだ。
コロニーは静けさと闇に包まれている。まるで海底にでもいるみたいだ。
頭上を深海魚が泳いでいそうな気がして、黒須は天を仰いだ。
当然そこにあるのは黒塗りの空とまばらに光る星だけで、魚など泳いでいない。
そのことにほっとしたのは、夕方ありえない儀式に参加したせいだろう。
「クロ、幻覚でも見えそうだった?」
八重歯を見せて笑う那白に、黒須は憤然とした顔をする。
「べつに心配してねぇよ。お前がドラッグかもって脅すから、少し気になっただけだ」
「用心するにこしたことないじゃん。大丈夫だよ、ちょっとしか吸ってないしさ」
「それよりシロ、あの儀式どう思う?」
「ああ、あれね。間違いなく殺人だよ。この教団は真っ黒決定だね」
「なんであの女は死んだんだと思う?殺したのは桃源か?」
「違うね、オレの予想じゃ、女を殺したのは十塚だ。桃源がなんらかの能力を持っていて女を殺せるなら、わざわざ儀式に十塚の出番を作る意味がない。
十塚が手も触れずに人を殺せる能力を持っているっていうなら、副教祖って立場も納得でしょ。
それに風魔から返事があった。十塚はコパンこと石川の面会に来ていたってね。
それも石川が死ぬ直前に会っている。面会の記録は映像のみで音声はないから何を喋っていたかは謎だ。
でも、石川は十塚が面会部屋を出て、数分もしないうちに死んでる」
「石川の死因は心臓発作だったよな?心臓発作を起こさせる能力なんてあるのかよ」
「初耳だけど、きっとあるんでしょ。でも、発動には条件があるはずだ。
超能力は無制限に使えるわけじゃない。クロだって四六時中怪力を発揮してないでしょ」
「俺はまだ、自分に怪力って能力があること自体が信じらんねぇよ」
那白には口ではそう言ったものの、自分に能力があるという自覚は芽生え始めていた。
昔から、頭に血がのぼると物を壊していた。
そのせいで親にも同級生にも恐れられ、不器用で不愛想な性格も相まって、社会に馴染めない人間に育った。
火事場の馬鹿力では片付けられない力。
那白や月尋みたいに自分が超能力者だったというのなら腑に落ちる。
自覚した今はほんの少し、自由に力を発揮できるようになった。
この前、月尋が手錠で繋がれてプールで溺れ死にそうになった時は、意図的に力を使った。
自分に隠された能力に気付けて使えるようになってきたのは嬉しい進歩である反面、怖いことでもある。
怪力で誰かを傷付けるのではないかと不安がチラつく。
「なあ、シロは超能力があること、どう思う?」
「なにその質問。クロがそんなセンチなこと聞くとか似合わないし」
「うるせぇな、答えろよ」
「しょーがないなー。サービスで答えてやるよ。
オレは念動力が使えること、なんとも思わないね。
日常では使わないし、こんな仕事してなきゃないも同然の能力だよ。
まあ、動きたくない時は便利かな。リモコンとか漫画とか、念じれば手元に飛んでくるしね」
「なんだよ、その怠惰な使い方。知りたくなかったわ」
「うるさいなー、どう使おうとオレの勝手だろ」
頬を膨らませる那白は年齢よりも子供っぽく見えて、張り詰めていた心が和んだ。
「笑うなよクロ。そういうオマエは能力のこと、どう思うんだよ」
「俺か?そうだな、俺は怪力の能力なんていらねぇって思う」
「そうなんだ。いいのに、怪力。便利じゃん。腕相撲とか負けなしだぜ」
「まだ上手く使えない。この先使えるようになるのかも謎だ。怖いんだよ。情けねぇけど、誰かを傷付けたらとか、能力で悪事を働いちまったらって思うと、時々、怖くなる」
「大丈夫だよ、クロならさ」
「どうだろうな。俺はカッとなる性格だし、欲もあるから」
「大丈夫だって。クロはまっすぐでいいヤツだもん。怖がることないよ、オマエの力はオマエやオレたちトカゲの味方だ。月のこと助けてくれたじゃん」
那白が珍しく屈託のない笑顔を浮かべる。
味方か、悪くないな。つられるように黒須も笑顔を浮かべた。
どこにいても溶け込めなかったのに、トカゲでは馴染めている気がする。
人間関係に恵まれなかった、いや、慣れることができなかった自分にとって、初めての経験だ。
はじめはこんな奴が相棒なんて嫌だと言っていた那白も、今では認めてくれているように思う。
「お前に励まされるとか、俺、そうとうしょぼくれてたんだな」
「ホント、すげぇしょぼくれてた。面白いくらいだったよ。妙な宗教団体に放り込まれたんだからしょうがないね。安心しろよ、クロ。新人のオマエを死なせたりしないぜ」
「不吉なこと言うなよな。にしても、那白の直感大当たりだな。お前、幸福の会にすげぇ執着してたけど、やっぱ月尋を危険な目に遭わされた怒りがおさまんねぇのか?」
「そりゃそうだろ。でも、それだけじゃない」
那白の青い瞳が暗い光を帯びる。
時折見せる、高校生らしくない表情。冷たい、凍えてしまいそうな青。
幸福の会を通して、那白はどこか遠くを見ているような気がした。
それがなんなのか知りたい、踏み込んでみたい。そう思ったのは初めてだ。
「シロは宗教団体に特別な恨みでもあるのか?」
「なんでそう思うの?」
「なんとなく。その若さでトカゲに所属していることと関係あんのか?」
前から気になっていた疑問をぶつけると、那白がきゅっと唇を噛みしめた。触れられたくない、そんな顔だった。
「悪い、俺が聞くことじゃねぇよな。忘れてくれ」
「……復讐さ」
小さな声で那白が呟く。黒須は琥珀色の瞳を細めて那白を見た。
「復讐?」
「月から、オレ達の両親は火事で死んだって聞いただろ。あれ、半分嘘なんだよね」
「どういうことだ?」
「オレの両親、殺されたんだ。超能力者を狙う超能力者の組織から、オレや月を守ろうとして殺された。
奴らは家に火をつけて証拠隠滅を図ったんだ。
もう八年前の話だし、月はオレが咄嗟に気絶させて連れて逃げたから、侵入者を見ていない。
両親の死は火事だと信じている。それでいい。でも、オレは犯人を逃がす気はない」
「犯人、検討ついてるのか?」
「ぜんぜん。でも、トカゲにいれば、いつかは辿り着くはずだ」
青い猫目がじっと自分を映している。冷たい炎が揺らいでいるような、冷酷でいて苛烈でもある瞳。
黒須は哀しいほど美しい青から目を逸らせなかった。
じっと見つめあったまま口を閉ざしてから、どれほどの時間が経っただろう。
パンパンと手を叩く音で、黒須ははっと我に返った。
音の方に首を向けると、忍の姿があった。
「お二人さん、二人で内緒話なんてつれやんなぁ。ウチも混ぜてくれる?」
「なんだよ、忍。驚かすなよ」
「那白がウチよりも仲いいやつができんのは寂しいわ。でも、いい成長やって喜ぶのが保護者の務めやな」
「忍と仲良くなった覚えはねーよ。オマエ、オレの保護者じゃないし。何の用だよ、忍」
「二人がコソコソ真夜中に部屋を出てくから、やらしいことしとらんか気になってな」
「馬鹿言ってんじゃねーよ、オレとクロは仕事の話しに来たんよ。忍もそうだろ?」
「まあ、そうやな。仕事の話や。今日の儀式でこの組織は黒決定や。あんま長居はよくないから、どう仕掛けるか決めようかと思ってな」
「確かに、オレもそろそろ家に帰りたいし、早いとこ仕掛けようと思う。今日女を殺したのは十塚の能力だと思うけど、証明が難しいんだよね。はっきり能力わかってないしさ」
「それなら大丈夫や。能力と発動条件についてはなんとなく察しがついた。ウチに作戦がある。もし、ウチの予想が外れてたら大惨事な作戦やけど、どうする?」
どうするなどと聞きながら、忍の目は拒否を許さないとばかりに鋭い光を湛えていた。
「いいよ、オレは忍の決定に従う。クロはどうする?」
「シロが乗っかってオレが逃げるなんて、格好悪ぃ真似できるかよ」
たとえまだ研修期間の見習いであっても、俺もトカゲのメンバーだ。
今までなかった帰属意識に突き動かされ、黒須は親指を立てた。
だだっ広い修行道場にコロニーで暮らす信者の九割が集まる。
残りの一割は恐怖の修行を突破し、能力開発の特別な修行を別室で行っているそうだ。
修行部屋は半分が畳張り、もう半分が木の床で学校の武道場みたいだ。
「信者の諸君、修行に励みなさい。恐怖を克服してこそ、真の幸福が訪れる」
教祖の桃源が信者の前に立って激励すると、信者は俄かに沸いた。
桃源を崇める声や感謝の声が道場に響く。
この空気、慣れないな。
ロン毛の薄暗い冴えない中年親父のなんでもない一言に、なんでこんなに盛り上がれるんだ。
熱狂する信者達には薄気味悪さがある。
同室で過ごしている時は普通の人の岬と佐々木でさえ、遠い存在に思えて心許ない。
まるで異星人の群れに放り込まれたみたいだ。
幸福の会の信者でも忠誠心が高く優秀な(何をもって優秀というのか基準は謎だ)信者は、他の信者の世話役や教団の運営の手伝いを行う。
「今日は一人でこれを見続けて下さい」
紫色の作務衣を着た世話役の信者がタブレットを渡してくれた。
フォルダが一つだけ保存されている。フォルダを開くと、いくつか動画や画像が保存されていた。
そのうちの一つをクリックすると、ホラー映像が再生される。
どうやら今日はひたすら恐怖映像や心霊写真ばかりを見ていなければいけないようだ。
かったるい修行内容だが、昨日よりはマシだ。
昨日、黒須は水が怖いという岬と二人一組で修行をした。
最初の三十分は岬が黒須に本当にあった怖い話をひたすら読み聞かせ、後半は大きな洗面器にはった水の中に岬が顔をつけ、彼女が溺れる限界まで黒須が手で頭を押さえつけるという作業の繰り返しだった。
はじめのうち、黒須は遠慮して岬の頭に手を添えているだけだった。
それを世話役の信者に見咎められ、見本だと彼が岬の頭を思い切り押さえつけた。
息が苦しくなって暴れる岬にかまわず、彼は全力で岬の頭を押さえ続けていた。岬が酸欠で倒れてからようやく彼女を開放し、乱暴に背中を叩いて水を吐かせると、彼はまた同じことを繰り返した。
ちょっとした殺人まがいの行為にドン引きする黒須に、岬も世話役の信者も「本気で水の恐怖を味わってこそ修行です、殺すつもりで頭を押さえてください」と笑顔で言った。
今日、岬はどんな修行をするのだろうか。
一昨日はペアの佐々木にひたすら漏斗で水を飲まされ続けて、何度も吐いていた。
また過激な修行内容なのだろうか。
黒須がタブレットを見ているふりをして横目で岬を見ていると、上座に立っていた桃源が岬に近付いてきた。
「君は修行を頑張っているようだ。きなさい、今日は私が直々に指導する」
「えっ、わ、私なんかが、教祖様から指導していただけるんですか?」
「そうだ。こっちへきなさい」
岬の手を桃源が握った。なんだかいやらしい手つきだ。
しかし、当の本人の岬は気にする様子なく、嬉しそうに肉厚がある桃源の手を握り返している。
他の信者が羨望の眼差しを向ける中、岬と桃源は二人で道場を出て行った。
何をされているのだろうか。彼女が心配だったが、追いかけるわけにはいかない。那白と忍が温度のない目でこちらを見張っている。黒須はタブレットに目を向けた。
ずっと画面を見ていて目が疲れてきた。首を動かすと肩がゴキリと鳴る。
苦痛を感じてきた頃、ようやく修行時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
三十分の休憩を挟んで二時半からまた工場での労働がはじまる。
「みんな、お疲れ様です」
ぞろぞろと道場を出ていく信者に紛れて岬が戻ってきた。
薔薇色の頬にうっとりと蕩けた目。きちんと着た作務衣から見えた白い鎖骨に紅が散っている。
「お、おい大丈夫かよ、岬さん」
何があったか察して苦い顔をする黒須に、岬は喜色満面で答える。
「教祖様からすごいパワーを頂きました。私、嬉しくて。
ハードな修行で疲れたけど、不思議と体が軽いんです。
気が充実しているの。さあ、労働頑張りましょう。黒さん」
スキップでもしそうな軽い足取りの岬が、エイリアンのように見えた。
彼女が桃源におぞましいことをされたのは明白だ。
それなのに、どうして彼女は満ち足りた顔をしているのだろう。
おばさん丸出しの佐々木と違い、岬は若くてけっこう美人だ。
男なんていくらでも選びたい放題だろうに、あんな不細工で薄暗い桃源の相手をさせられて、かわいそうだ。
そう思った自分の感覚が狂っているのか。
いや、そうじゃない。可笑しいのはここの信者だ。
みんな桃源を神様のように崇めている。やっぱりここは狂った場所だ。
珍しく陰鬱な気持ちになっていたせいで、昼からの工場仕事はミスの連続だった。
普通の企業なら半日で出荷する商品を二十個近くも駄目にしてしまったら叱責どころかクビがとびそうなものだが、同じ班の岬と佐々木も(那白は呆れ顔、忍は嘲笑を浮かべていたが)、合同で仕事をしていた他の班の信者も、見張り役の幹部の十塚さえも怒らずに、誰にでもミスはあると慰めた。
ほっとするより、気持ち悪いという思いが強かった。
自分のダメさと教団の不気味さを再確認した午後の労働が終わり、再びコアに移動する。
日がすっかり沈み、山奥は暗闇に支配されつつあった。
自然と調和する大切さを謳う幸福の会の本部には街灯などない。
空に浮かんだ月や星だけが頼りだ。
半身を失った月でも、これだけ辺りが暗いと頼もしく感じられた。
聖堂にはコロニーの住居や修行部屋と違って豪奢な装飾品が沢山ある。
上座にはペルシャ絨毯が敷かれ、ど真ん中に巨大な仏像が佇んでいる。
部屋の四隅には大きな金メッキの香炉が置いてあり、毎日違う匂いを放っている。
今日はくらくらするくらい甘ったるい匂いが聖堂に満ちていて、思わず鼻と口を覆った。
「クロには動物の本能があるね。でも、あんま幹部や世話役の信者の前で露骨にしないでくれよな」
「どういうことだよ、シロ」
「いつもより濃い甘い匂い、これドラッグかもしんない。きっと、多幸感や幻覚作用のある香だよ」
「マジかよ。でも、それが本当なら逮捕できるじゃねぇか」
黒須の言葉に、忍が静かに首を横に振った。
「それは無理やで。大麻やケシみたいに規制されて麻薬指定されとる毒物ばっかりやない。法の目を潜り抜けた合法ハーブを使っとれば、法には触れとらんからな」
幸福の会は一筋縄じゃいかないようだ。
肩を落とす黒須に、すっと岬が近付いてきた。
「黒さん、白くんや忍さんとなんの話をしていたんですか?」
「別に、つまんない話だよ」
「そう。コソコソしているから怪しい話かと。ダメですよ、教団の悪口は」
「いやいや、悪口なんて滅相もない。晩飯、何かなって話だよ。ここの飯って質素だから、たまにはハンバーガーとかトンカツ食いたいなとか。あ、これ悪口か」
おどけて見せると、怖い顔をしていた岬が頬を緩めた。
「確かに、ここの食事は質素ですね。
でも、体にいいものばかりだし、能力開発には食事制限も大事なんですよ。
コロニーに暮らす私たちは、通いで修行と説法を聞いているだけの信者よりも優れているって教祖様が言ってたわ」
教祖様と口にする時の岬はなんて嬉しそうなのだろう。
恋する乙女のような眩しさがある。
綺麗な表情なのに黒須はうすら寒さを覚えた。
黄緑や紫の作務衣を着た信者が聖堂を埋め尽くす。
午後六時からの説法にはコロニーに住む信者はもちろん、通いの信者もやってくるので人が多いのはいつものことだが、それにしても今日は一段と人が多い。何かあるのだろうか。
「シロ、今日は信者の数やたら多くないか?」
「確かにね。いつもより香の匂いがきついのも気になる。何か特別な儀式でもあるのかもね。トリップすんなよ、クロ。オレと忍は仕事上、毒とか麻薬への耐性を鍛えてるけど、クロは普通だろ」
「普通に決まってんだろ。すげーな、シロ」
「まあね、オレ有能だからさ」
謙遜しないところが生意気で那白らしい。つい噴出してしまった黒須に、那白が怪訝な顔をする。
話している内に六時になり、桃源が入室した。一瞬でざわめきがやむ。
桃源はいつも纏っている煌びやかな黄金色の袈裟でなく、烏のように黒い袈裟を纏っていた。
桃源に続いて入ってきた十塚も黒い袈裟に身を包んでいた。
午後六時の説法の時に現れるのはいつも桃源か幹部の中の誰か一人だけなのに、今日は桃源と十塚の二人が現れ、いつもと違う黒い服を着ている。
死を連想させる黒が不吉さを漂わせている。
黒須はいつの間にか額に滲んでいた汗を手の甲で拭った。
壇上に登った桃源が陰鬱な顔で教団の前に立つ。背筋がぞわりとする顔だ。
「今日は説法の前に、みなに悲しい報せがある。裏切者が現れた」
裏切者。物騒な言葉に会場内がざわつくが、桃源の「静粛に」という一声で、辺りは水を打ったような静けさを取り戻した。
「裏切者は彼女だ」
ステージの舞台袖から、幹部の穂村に引っ立てられて、若い女がよろめきながら入ってきた。目元が涙に濡れている。
「お許しください、教祖様。お許しください」
女は穂村の手を振り払って桃源に駆け寄り、彼に縋って必死に懇願した。
教祖の虚ろのような目は、ただ静かに泣き喚く女を見下ろしていた。
「みっともない真似はやめなさい。お前には炎の浄化を与える」
教祖がそう言うと、女が纏っていた作務衣の袖に小さな火がついた。
いったいどうやったんだ、火種など持っていなかったのに。
裏切者と断罪された女の腕を燃やす炎に、信者たちが歓喜の声をあげる。
黒須のすぐ隣にいた岬と佐々木までもが熱狂している。
冷めた目をしているのは那白と忍と自分だけだ。
人が燃えているというのに、誰も助けようとしない。
幸い、黒須が飛び出す前に教祖が女の腕に水をかけて火を鎮めた。
「今度喚けば、浄化の炎がお前の全身を包むであろう。大人しくしていなさい」
桃源が冷たく命じると、女は何度も頷いた。燃えた腕は皮膚の一部が爛れている。
「わが幸福の会の法律とも呼べる十塚より、話がある。十塚、前へ出なさい」
桃源に促され、彼の斜め後ろに控えていた十塚が今度は教団に立った。
整った顔だが、冷血な爬虫類を連想させる彼は苦手だ。黒須は壇上に向けていた視線をずらす。
「私は桃源様に反旗を翻す不信の徒は存在しないと信者諸君を信頼しているし、実際、退会者はほとんどいない。
しかし退会は可能だ、我々の教えや理念に従えない者は正式な退会手続きを踏めば退会できる。
なのに、深夜逃にげだす真似をする者がいた。彼女だ」
十塚は腕を抑えて佇んでいた女の肩を掴み、自分の隣に並ばせる。
「無言での逃走は神である桃源様に対する冒涜で恥ずべき行為だ。
他の信者にも彼女の穢れが降り注ぐだろう。浄化が必要となった。
今日は粛清の儀を執り行う。桃源様、よろしくお願いいたします」
「うむ、心得た」
桃源が大麻を女に向けて左右に振るう。木の棒から垂れた白い紙がガサガサと鳴る音と、呪文めいた謎の言葉が聖堂に響く。
桃源が大麻を振るのをやめて口を閉ざすと、十塚が女を自分の方に向き直らせ、銀色フレームの眼鏡の奥の冷たい瞳で女を凝視した。
「桃源様への反逆は万死に値する、死をもって償え」
十塚が静かな声で告げると、女がガクガクと震えだした。
震える女に向かって桃源が今度は大麻を縦に一度だけ振って叫んだ。
「この者に罰を与え、魂を浄化したまえ!」
女が目を見開き、絞り出すような叫び声をあげる。
胸を掻き毟って苦しみながら、恐怖を貼り付かせた顔で女が倒れた。
「裏切者は粛清され、穢れは払われた。みなの幸福は守られたのだ」
倒れた女を案ずることなく、高らかに桃源が宣言する。
十塚と穂村が拍手を送った。シンとしていた信者もパラパラと拍手をはじめ、やがて大きな拍手の渦が起きた。
裏切者の女は化け物を見た時のような顔をしたまま、ピクリとも動かない。
死んでしまったようだ。それなのに何故、みんな拍手をしているのか。
甘ったるい匂いがますますキツくなる。
それに、異様な熱気に包まれた信者達のせいで聖堂内の空気が薄くなっている気がする。
やっぱりこの教団は黒だ、那白の判断は正しかった。
でも、何故女は死んだのだろう。
桃源になんらかの超能力があるのだろうか。
黒須は那白を見た。聡明で物知りな彼なら、なにか掴んでいるかもしれないと期待していた。
けれど、那白はただ難しい顔をして壇上を見詰めていた。
草木も眠る丑三つ時とはよくいったものだ。
コロニーは静けさと闇に包まれている。まるで海底にでもいるみたいだ。
頭上を深海魚が泳いでいそうな気がして、黒須は天を仰いだ。
当然そこにあるのは黒塗りの空とまばらに光る星だけで、魚など泳いでいない。
そのことにほっとしたのは、夕方ありえない儀式に参加したせいだろう。
「クロ、幻覚でも見えそうだった?」
八重歯を見せて笑う那白に、黒須は憤然とした顔をする。
「べつに心配してねぇよ。お前がドラッグかもって脅すから、少し気になっただけだ」
「用心するにこしたことないじゃん。大丈夫だよ、ちょっとしか吸ってないしさ」
「それよりシロ、あの儀式どう思う?」
「ああ、あれね。間違いなく殺人だよ。この教団は真っ黒決定だね」
「なんであの女は死んだんだと思う?殺したのは桃源か?」
「違うね、オレの予想じゃ、女を殺したのは十塚だ。桃源がなんらかの能力を持っていて女を殺せるなら、わざわざ儀式に十塚の出番を作る意味がない。
十塚が手も触れずに人を殺せる能力を持っているっていうなら、副教祖って立場も納得でしょ。
それに風魔から返事があった。十塚はコパンこと石川の面会に来ていたってね。
それも石川が死ぬ直前に会っている。面会の記録は映像のみで音声はないから何を喋っていたかは謎だ。
でも、石川は十塚が面会部屋を出て、数分もしないうちに死んでる」
「石川の死因は心臓発作だったよな?心臓発作を起こさせる能力なんてあるのかよ」
「初耳だけど、きっとあるんでしょ。でも、発動には条件があるはずだ。
超能力は無制限に使えるわけじゃない。クロだって四六時中怪力を発揮してないでしょ」
「俺はまだ、自分に怪力って能力があること自体が信じらんねぇよ」
那白には口ではそう言ったものの、自分に能力があるという自覚は芽生え始めていた。
昔から、頭に血がのぼると物を壊していた。
そのせいで親にも同級生にも恐れられ、不器用で不愛想な性格も相まって、社会に馴染めない人間に育った。
火事場の馬鹿力では片付けられない力。
那白や月尋みたいに自分が超能力者だったというのなら腑に落ちる。
自覚した今はほんの少し、自由に力を発揮できるようになった。
この前、月尋が手錠で繋がれてプールで溺れ死にそうになった時は、意図的に力を使った。
自分に隠された能力に気付けて使えるようになってきたのは嬉しい進歩である反面、怖いことでもある。
怪力で誰かを傷付けるのではないかと不安がチラつく。
「なあ、シロは超能力があること、どう思う?」
「なにその質問。クロがそんなセンチなこと聞くとか似合わないし」
「うるせぇな、答えろよ」
「しょーがないなー。サービスで答えてやるよ。
オレは念動力が使えること、なんとも思わないね。
日常では使わないし、こんな仕事してなきゃないも同然の能力だよ。
まあ、動きたくない時は便利かな。リモコンとか漫画とか、念じれば手元に飛んでくるしね」
「なんだよ、その怠惰な使い方。知りたくなかったわ」
「うるさいなー、どう使おうとオレの勝手だろ」
頬を膨らませる那白は年齢よりも子供っぽく見えて、張り詰めていた心が和んだ。
「笑うなよクロ。そういうオマエは能力のこと、どう思うんだよ」
「俺か?そうだな、俺は怪力の能力なんていらねぇって思う」
「そうなんだ。いいのに、怪力。便利じゃん。腕相撲とか負けなしだぜ」
「まだ上手く使えない。この先使えるようになるのかも謎だ。怖いんだよ。情けねぇけど、誰かを傷付けたらとか、能力で悪事を働いちまったらって思うと、時々、怖くなる」
「大丈夫だよ、クロならさ」
「どうだろうな。俺はカッとなる性格だし、欲もあるから」
「大丈夫だって。クロはまっすぐでいいヤツだもん。怖がることないよ、オマエの力はオマエやオレたちトカゲの味方だ。月のこと助けてくれたじゃん」
那白が珍しく屈託のない笑顔を浮かべる。
味方か、悪くないな。つられるように黒須も笑顔を浮かべた。
どこにいても溶け込めなかったのに、トカゲでは馴染めている気がする。
人間関係に恵まれなかった、いや、慣れることができなかった自分にとって、初めての経験だ。
はじめはこんな奴が相棒なんて嫌だと言っていた那白も、今では認めてくれているように思う。
「お前に励まされるとか、俺、そうとうしょぼくれてたんだな」
「ホント、すげぇしょぼくれてた。面白いくらいだったよ。妙な宗教団体に放り込まれたんだからしょうがないね。安心しろよ、クロ。新人のオマエを死なせたりしないぜ」
「不吉なこと言うなよな。にしても、那白の直感大当たりだな。お前、幸福の会にすげぇ執着してたけど、やっぱ月尋を危険な目に遭わされた怒りがおさまんねぇのか?」
「そりゃそうだろ。でも、それだけじゃない」
那白の青い瞳が暗い光を帯びる。
時折見せる、高校生らしくない表情。冷たい、凍えてしまいそうな青。
幸福の会を通して、那白はどこか遠くを見ているような気がした。
それがなんなのか知りたい、踏み込んでみたい。そう思ったのは初めてだ。
「シロは宗教団体に特別な恨みでもあるのか?」
「なんでそう思うの?」
「なんとなく。その若さでトカゲに所属していることと関係あんのか?」
前から気になっていた疑問をぶつけると、那白がきゅっと唇を噛みしめた。触れられたくない、そんな顔だった。
「悪い、俺が聞くことじゃねぇよな。忘れてくれ」
「……復讐さ」
小さな声で那白が呟く。黒須は琥珀色の瞳を細めて那白を見た。
「復讐?」
「月から、オレ達の両親は火事で死んだって聞いただろ。あれ、半分嘘なんだよね」
「どういうことだ?」
「オレの両親、殺されたんだ。超能力者を狙う超能力者の組織から、オレや月を守ろうとして殺された。
奴らは家に火をつけて証拠隠滅を図ったんだ。
もう八年前の話だし、月はオレが咄嗟に気絶させて連れて逃げたから、侵入者を見ていない。
両親の死は火事だと信じている。それでいい。でも、オレは犯人を逃がす気はない」
「犯人、検討ついてるのか?」
「ぜんぜん。でも、トカゲにいれば、いつかは辿り着くはずだ」
青い猫目がじっと自分を映している。冷たい炎が揺らいでいるような、冷酷でいて苛烈でもある瞳。
黒須は哀しいほど美しい青から目を逸らせなかった。
じっと見つめあったまま口を閉ざしてから、どれほどの時間が経っただろう。
パンパンと手を叩く音で、黒須ははっと我に返った。
音の方に首を向けると、忍の姿があった。
「お二人さん、二人で内緒話なんてつれやんなぁ。ウチも混ぜてくれる?」
「なんだよ、忍。驚かすなよ」
「那白がウチよりも仲いいやつができんのは寂しいわ。でも、いい成長やって喜ぶのが保護者の務めやな」
「忍と仲良くなった覚えはねーよ。オマエ、オレの保護者じゃないし。何の用だよ、忍」
「二人がコソコソ真夜中に部屋を出てくから、やらしいことしとらんか気になってな」
「馬鹿言ってんじゃねーよ、オレとクロは仕事の話しに来たんよ。忍もそうだろ?」
「まあ、そうやな。仕事の話や。今日の儀式でこの組織は黒決定や。あんま長居はよくないから、どう仕掛けるか決めようかと思ってな」
「確かに、オレもそろそろ家に帰りたいし、早いとこ仕掛けようと思う。今日女を殺したのは十塚の能力だと思うけど、証明が難しいんだよね。はっきり能力わかってないしさ」
「それなら大丈夫や。能力と発動条件についてはなんとなく察しがついた。ウチに作戦がある。もし、ウチの予想が外れてたら大惨事な作戦やけど、どうする?」
どうするなどと聞きながら、忍の目は拒否を許さないとばかりに鋭い光を湛えていた。
「いいよ、オレは忍の決定に従う。クロはどうする?」
「シロが乗っかってオレが逃げるなんて、格好悪ぃ真似できるかよ」
たとえまだ研修期間の見習いであっても、俺もトカゲのメンバーだ。
今までなかった帰属意識に突き動かされ、黒須は親指を立てた。
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