徒然なる恋の話

三夜【淡き水光】

3-20

しばらく歩いて、飲食店が数軒入るビルのエレベーターの最上階行きのボタンを押す。

＜CROW'Naクローナ＞という文字を掲げた、黒い扉を開く。

間接照明が柔らかく包む店内。

客が他の客に気兼ねなく楽しめるよう、個室をメインとした作りに、数席のバーカウンターがある。

隠れ家のような静かで穏やかな雰囲気がとても気に入っていて、いつか椎娜を連れてきたいと思っていた。

｢いらっしゃい、久しぶりだな、桜太。｣

バーカウンターの中から出迎えに出てきてくれたのは、長身に細身のスーツ、黒髪を後ろに撫で付けて１つに結った、この店のオーナー。

｢お久しぶりです、岐津きづさん。今日は突然すいません。｣

｢いや、お前が２名で、しかも女性となんて初めてだからな･･･嬉しいよ。｣

この店のオーナーである＜岐津＞さん。

俺が大学生の時にお世話になった店から独立し、この店をオープンさせた。

独立後にも何度か飲みに来ていたが、仕事が忙しくここ半年位は足が遠のいてしまっていた。

｢･･･ふ～ん、なるほどね。｣

･･･岐津さんが椎娜を見てニヤリとする。

｢･･･岐津さん、いかがわしい目で見ないで下さい。彼女が穢れます。｣

｢なっ･･･ったく失礼だな、相変わらず･･･。１人でフラっと来て、女を連れてきた事なんてないお前の･･･この子が本命なんだな、と思ってよ。｣

｢そうですよ、彼女の椎娜です。｣

椎娜の肩を抱いて、俺と岐津さんを交互に見る椎娜を見つめた。

｢はじめまして、香月椎娜といいます。｣

｢はじめまして、椎娜さん、オーナーの岐津です。桜太から少しだけ話を聞いています。お綺麗な方で驚きました。｣

自己紹介をして頭を下げた椎娜に、岐津さんは４０後半の＜イケオジ＞の色気を出して微笑む。

･･･ったく･･･油断出来ねぇんだよな･･･こういうとこ･･･

現に、イケオジ独身の岐津さん目当ての女性客も訪れる。

｢っと、立ち話で悪いな、こちらへどうぞ。｣

色気を纏ってスマートな営業スマイルを椎娜に向ける。

･･･残念、岐津さん。

椎娜は緊張しててたぶん全然気づいてない。