51 / 60
8:emergency
8-6
しおりを挟む「・・・平坂さん・・・」
「あぁ、蓮見か。お疲れ。」
ヒールの音がやけに大きく響く。
私はシンクにもたれるように腰を掛けている平坂さんに近づき、
パンッ!
手のひらに人の肌の感触と、弾けるような乾いた音。
「・・・・・・忽那くんに何したんですか?」
右の手のひらがじんわり熱く、ジンジンと痛む。
「って・・・ぇ・・・はぁ・・・いきなりかよ・・・。容赦ねぇなお前・・・はは、大したことはな~んにも。ちょっと、さわっただけだよ。しかもお前、俺が何かしたの前提って・・・ひでぇな。」
「・・・・・・私、彼は私のなので、平坂さんにはあげれませんて言いましたよね、ダメです、って。」
様子のおかしかった忽那くんは、話を聞く間もなく、バッグを引っ掴んで出て行ってしまった。
缶コーヒーの空き缶を捨てに行く前までとも、今まで見て来た忽那くんとも違うただならぬ様子に嫌な予感がして、退社前にいつも彼が空き缶を捨てに行く給湯室に行ってみれば、案の定、諸悪の根源がいらっしゃったわけだ。
「・・・けどさ、別にお前ら付き合ってもいないんだろ?なんの効力もないよね?」
「・・・・・・私は、いくら下事情がユルユルでだらしなくて、ドクズだとしても、仕事上では尊敬していた平坂さんの変貌っぷりに若干の驚きがあるのですが」
「へぇ~結構言うね」
「付き合うとか付き合わないとかじゃなく、彼は、だめです。もう彼、私のなので。」
「どぉしても?」
「どうしても。」
「・・・少しくらいも?」
「少しでも大量でも。ダメなものはダメです。」
「・・・・・・はぁ・・・ケチ・・・・・・」
イラッ・・・
「は・・・睨むなよ。肉体関係がダメなお前はわかんねぇだろうけど、アイツ見てると血が騒ぐっていうか・・・疼くんだよ・・・鳴かせてみたくて・・・」
・・・そんな目で忽那くんを見るな・・・汚らわしい・・・
「さっきも、ちょっとアイツのアレ、撫でてやって、首にキスしてやっただけで・・・」
・・・
・・・・・・
「・・・・・・平坂さん・・・・・・」
忽那くんの言葉が頭に蘇る。
入社当時、私の家に押しかけて来た時・・・・・・
『・・・俺さ、初体験は男と女の先輩カップルに中1の時に奪われたの。それからは男でも女でも相性が良ければ付き合ったし、付き合わなくてもセフレはいた。だから今回浮気されても別に平気だったの。でもこないだ蓮見さんと出会って、初めて女の事可愛いって思った。性欲の対象ってだけじゃなくて』
「・・・あんた、真面目な顔して話してるけど、内容最低だし最悪よ。」
彼の気持ちなんて考えず言い捨てた私に、
『でも、それが俺だから仕方ないよ。最低でも最悪でも、今までの事は変えられないから、蓮見さんが嫌なら許してもらえるまで俺は触らない・・・。だから傍にいさせてほしい。』
そう言って、私が突き付けた約束を守ろうとしてくれた忽那くん。
仙台出張のラブホの夜も、
『・・・初体験がレイプで、そのあと荒んだ俺が言っても説得力ないですけど、蓮見さんがシたくないのも、求めてないのも、嫌なのも知ってます。だから、蓮見さんがこうして俺を拒絶してなくて、触れたい、触れてもいいと思ってくれるだけで、なんかもう・・・無理・・・』
「無理なの?」
『ちが!好きすぎて・・・嬉しくて・・・辛い・・・』
そう言ってたあの子を・・・
「・・・平坂さん・・・天誅って言葉、知ってます?」
「・・・・・・おい、蓮見、それは・・・グーは、ちょっと・・・ッ」
「歯ぁ、食いしばれ、このドクズ鬼畜クサレ下半身ヤローがッ!!」
思い切り殴ったのは私なりの最後の思いやり、平坂さんの胸。
顔面ほど派手な音でもなかったし、血も出ていないし目立たない場所。
でも、顔面だと思って目を瞑った平坂さんにはフェイントだったらしく、ゴスッ!!っという重く鈍い音と、うめき声を上げて平坂さんは崩れ落ちた。
「同性だろうが異性だろうが、同意なき接触、一方的な触れ合いはセクハラ、レイプと同じです。二度目はないこと、しっかり覚えておいてくださいね、平坂さん。」
平手もグーも痛い。
この日私は、初めてひとを叩き、ひとを殴った。
恋人でもない、他人のために。
恋人でもない、大切な人のために。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる