秘密~箱庭で濡れる~改訂版

焔 はる

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八章

夜の蝶は秘密を抱いて苗床となる④④~side by ユウキ~

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・・・・・・どうして俺を?



あんな・・・お金も地位もある人が、どうして俺を・・・?



まだノラとしも見習いで、まともに客も取ったことはなくて、何もかも中途半端だ。



確かに晃介様も美比呂様も、どこか他のお客様違って、一緒にいると温かさを感じたり、図々しくも安心感なんてものが生まれてしまったりしていた。



滞在日数が残りわずかになってくれば、帰ってしまったらもう会うことはないのかもしれないとお客様に抱くには不相応な感情すら芽生える始末。



俺がここに来てから、客だった人に引き取られて行ったノラは何人もいる。



だけどそれも、望んだからといって誰でもノラを引き取れるわけではなく、マダムとの面談でマダムから承認を得なければ実現することはなかった。



一度、逆上した客にマダムが殴られたことがある。



表沙汰にできないここの事情もあり、秘密裏に処理されたその時もマダムは、



「ほらね、だから私はあなたたちを渡すわけにはいかなかったのよ」



そう笑った。






・・・俺は・・・




・・・・・・俺は行ってもいいのだろうか・・・・・・





行き倒れていた俺を救ってくれたマダム、ノラの先輩たち・・・



必要以上に慣れ合うことはなくても、ここで生きる上で必要なことや、一般教養や知識を与えてくれた環境は、何も持っていなかった俺に生きていいのだと教えてくれているようだった。









「ユウキ」



仕事を終えて自室に戻っていた俺の元にやって来たのは、「行く」と答えを出したヒナさんだった。





「ちょっと付き合わない?」





目的地は告げずに俺の先を歩くヒナさんは、ノラの寮となっている別館の屋上へ向かっているようで、その手にはビニール袋に・・・ガチャガチャと鳴るたくさんのアルコールの缶、瓶が入っているようだった。




「・・・ここ、ユウキがここへ来た時によくサボってたところ。」



「・・・・・・それはほんと・・・すいません・・・」



「ふふ、いいのよ。みんなそういう時を過ごしてここでやってるんだから。」



「・・・ヒナさんも?」



俺にビールの缶を手渡して、自分はジントニックの瓶を開けたヒナさんが一気に喉に流し込んで、見た事のない顔で笑った。



長年ブーゲンビリアの一流ノラとして君臨したヒナさんは、俺が来てから何人もの客が引き取りを希望したがそれを全て断り「ここでの仕事が好きなの」としか理由は答えなかったと聞いた。



「当たり前でしょ?私だって人間よ?嫌な事、逃げたい事、そのくらいあるわ。けれど、そんなものはいつか終わる・・・人間関係にも慣れ、生活にも慣れ、仕事にも慣れて・・・それが当たり前になっていく。私はここでの仕事が好きだわ、好きでもない人に抱かれても、マダムが受け入れたお客様であれば仕事としてやってこれた。何より、私セックスが好きなの。」



「・・・ヒナさん・・・」



あけすけに笑うヒナさんは、憑き物が取れたようにスッキリし表情をしている。



「ここに来る前私は、ある研究所にいた。」



「え・・・?」



「こんな身体でしょ?生まれてすぐに両親は死産ということにして出産した病院づてにまぁ・・・そういう裏の研究施設にお金で売ったらしいの。」





美比呂様との行為の際に知ったヒナさんの身体の秘密。


そして、初めて聞くヒナさんの生い立ち。


俺は余計な言葉を挟む事は出来ずにヒナさんの言葉に耳を傾けた。




「そこでは色々な実験・・・そうね、思い出すだけで私にそうした奴らを殺してやりたいと思うくらいには様々な事をされたわ。子供も産まされたし・・・作らされた・・・。こんな身体の私が妊娠し、女として子供を生めるのか、男として作ることはできるのか・・・まともな人間がすることじゃないわよね・・・」



その子がどうなったかなんて・・・闇を写し取ったような瞳で夜の森を見つめるヒナさんの表情からは想像に難くない。



「ここに来たのは・・・頭のオカシイ研究者の中にも、なぜか私に同情する奴がいてね・・・逃がしてくれたのよ。他の施設への移送中に彼は私をここへ連れて来た。『お前は自由だ』なんて、くっさい映画でありそうな台詞を吐いて、私をここに置き去りにした。何も事情を聴かなかったマダムを見ていれば、彼がマダムに話を通していたことはわかった。それから私はここにいる。救ってもらった恩返しもしたかったから、ここが私の生きる意味だと思ったの。この身体を珍しがって指名してくれるお客様は、研究施設にいる時なんかより私を大切に扱ってくれた。晃介様もその1人。私の女の部分を気に入り、以前には引き取りを申し出てくれたけれど・・・その時にはお断りしたわ。」



「・・・・・・どうして、ですか・・・?」



「・・・・・・立場のある方よ?それにその時は美比呂様というパートナーもいなかった。私なんかがお傍にいていいと思えなかった。気が進まなかったの。」



「じゃあなんで、今回は・・・」



「・・・ユウキと晃介様が2人で『仕置き』に行った時に、美比呂様と2人で過ごして、あの方は私がどんな身体で、どんな過去があってもそれも含めて<ヒナわたし>だと受け入れてくれた。ただ、私といるのが楽しいって言ってくれたの。それが・・・すごく嬉しかった。だから、私は美比呂様のお傍にいることを望み、今回のお話を受け入れた、それだけのことよ。」



あっという間にジンバックを飲み干し、アスファルトにはコンという硬い瓶の音が響いた。



「・・・ユウキ、ブーゲンビリアに残るのもあなたの自由、離れるのもあなた自由、でもね・・・望んだチャンスはもうないかもしれない、それだけは覚えていて欲しいの。あなたにも過去がある、それはあなたを縛るかもしれないでも、解き放つかどうかはあなた次第かもしれない。」








穏やかだった夜に一陣の風が吹いた。







・・・俺、次第・・・







俺を見つめ笑うヒナさんの瞳にはもう、闇は映っていなかった。




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