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八章
夜の蝶は秘密を抱いて苗床となる④③
しおりを挟む「マダム、ではそのように頼むよ。」
「かしこまりました。」
咲藤に仕置きをした翌日、俺がマダムの執務室を訪れていたのは、ノラの引き取りとある頼みをするため。
「何から何まですまないな、世話になりっぱなしだ。」
申し訳ない、と苦笑しながら、出されたお茶に手を付けた。
「とんでもないことです。私にとって家族同然の可愛いノラたちですから・・・1人でも多くの子が幸せであるのならそれはとても喜ばしいことですわ。」
「ありがとう、マダム。しかし、もう1つの頼みは骨が折れるかもしれないな」
「ふふふふ、御心配には及びませんわ。気性の荒い子を躾けるのも先輩ノラの仕事の1つ。それに、うちにはその手のプロもおりますので、ご安心して手離して頂いて構いません。」
俺がマダムに打診したことは2つ。
1つ目は、正式にユウキとヒナを引き取りたいということ。
2つ目は、咲藤をここ、ブーゲンビリアのノラとして引き取ってもらえないかということだ。
どちらもマダムは驚きもせず、2つ返事でOKを出した。
「ユウキもヒナも、特異な境遇でここへ参りました。ここにいることで傷を癒していきながら、けれど彼らにとってここは終の棲家ではないのです。求めて下さる方がいて、本人がそれを了承するのなら私が止める話ではありません。」
マダムは今までにも何人ものノラを送り出してきた。
頻繁にここを訪れていたわけではないが、以前いたノラと顔ぶれが変わっているなんてことはブーゲンビリアでは当たり前のことなのだ。
『巣立って行きました』
理由を口にすることなく、そう微笑むマダムは嬉しそうでもあり、少しだけいつも寂しそうに笑っていた。
「ユウキもヒナも、他のノラたちも、お客様に恥じない知識と教養を身に着けています。それは本人の自信にもなり、己を卑下して生きる必要はないと知ってもらう為です。どんな境遇で生きてきたとしても、これから先は自分自身で選んで決められると道を拡げる為。まぁ・・・そのような『勉強』すら嫌で逃げ出した子もおりますが、それはそれ、その子が選んだことですから。ユウキもヒナも、伊坂様に託してもなんら恥ずべき子たちではありません。どうか宜しくお願いいたします。」
ソファーから立ち上がったマダムは俺に頭を下げた。
愛情深く若い者たちを受け入れ続けていたマダム。
社会の常識からかけ離れたこの場所を作ったのも、居場所を作りたかったからだと以前聞いたことがある。
「ありがとうマダム。頭を上げてください。ユウキもヒナも責任を持って引き取ります。」
「宜しくお願いいたします。」
頭を下げたままのマダムの瞳からこぼれた雫が、紅の絨毯に2つ、染みを作った。
ーーーーーーーーーーーー
「え、それは・・・どういう・・・」
その夜、俺の前に立つユウキは言葉の意味を飲み込めずに目を白黒、口をパクパクさせ、断られたが以前ヒナには打診したこともあったからか、ユウキの隣に立つヒナは落ち着いた表情で話を聞いていた。
「そのままの意味だ。ヒナ、ユウキ、俺は2人を連れて帰りたいんだ。」
俺の横に座る美比呂とも話をし、最初こそ驚いていた美比呂だったが、2人を気に入っていることやもう少しでここを離れると考えた時に『もう2人に会えない』というのが寂しいと思ったと俺に打ち明け、一緒に帰れるのなら自分もそうしたいと賛成してくれた。
「・・・・・・でも・・・僕は・・・」
「私は共に参ります。」
「そうか、ありがとうヒナ。」
躊躇なく答えたヒナに俺は内心ほっとする。
なぜだかわからないが、今回は2人一緒に連れ帰りたいと思っていたからだ。
以前ヒナを引き取りたいと求めた時には、明らかな男女の感情があったが故だが、今回はその感情よりもヒナに美比呂の傍にいてほしいと望んだ。
「こちらこそ、勿体ないお言葉でございます。これからもお2人のお傍で誠心誠意尽くさせていただく所存です。」
「ありがとうございます、ヒナさん。」
立ち上がった美比呂が嬉しそうにヒナに抱き着いた。
こちらも随分懐いたものだな(笑)
大学生の時に働いていた夜の仕事を辞め、晃臣と結婚して俺の子を身籠り、美比呂には友人と呼べるほど仲のいい友達はいなかった。
美比呂は俺がいればそれでいいと言ってはいたが、心許せる信頼できる同性の友人がいてもいいのではないか、そう思った時に、ヒナならば適任だと思えた。
「ヒナさん・・・俺・・・」
まだ試行も感情も整理出来ないユウキは混乱したまま答えを出せないでいた。
「ユウキ、無理にではない。お前がどちらに歩を進めるのかは自分で決めたらいい。」
「晃介様・・・」
迷うというのは、行ってもいいと僅かにでも感情が動いているからだろう。
それでも踏み出せないのは、新たな生活、新たな世界で自分が生きられるのか不安もきっとある、今ここで答えを急ぐ必要はない。
「俺たちの滞在はあと3日、それまでにどうしたいか決めてくれたらそれでいいよ。」
ユウキとヒナの背後の控えるマダムは迷い悩むユウキに声をかけることはない。
ノラたちに強制、強要、脅迫などがないか確認をするために立ち会っているだけだ。
あくまでも決めるのはノラ自身。
どういう答えをユウキが出しても、俺たちはそれを尊重し受け入れる。
「美比呂も俺の気持ちと相違はない。だからユウキ、自分の気持ちを偽らずに決めていいんだ。」
僅かに光を持って揺れたユウキの瞳。
「・・・僕、ちゃんと考えます。」
頭を下げたユウキの背に、初めてマダムはそっと触れた。
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