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第六章

一国の主を動かすもの

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 騎士の口はふさげても民衆に箝口令を敷くところまでは手が回らなかったようである。情報は容易に集めることができた。

 住民達にそれとなく訊ねると、ちらほらと見回る騎士から隠れるようにして耳打ちしてくれた。

 昨晩、ちょっとした騒動があったと。
 誰かが逃亡を果たそうとして騎士団が追撃にあたったというのだ。真夜中の出来事で、逃げていたのは若い少年が二人と警備隊の制服を着た男だったという。

「騎士が総出で城下町を捜索する大騒ぎでしたからね。結局三人とも捕まって地下牢に入れられたって聞きましたが」

「なんだと? 罪名はなんだ」

「そこまでは知りませんよ。でも、あの火災のあった家。あそこは第一警備隊の隊長さんのお宅なんです。逃亡した三名はあの家から出てきたって噂もあって……。最近、第一警備隊は大手柄を立てたらしいじゃないですか。それなのに、いったい何がなにやら……」

 首を傾げる男に、ギルは表情を硬くする。

 ケルトはアレクから離れぬだろうし、マーリナス殿は保護者代わりだ。風貌からみても、あの三人である可能性は高い。

 しかしマーリナス殿はこの国の警備隊長だいうのに騎士団から逃げるとは、予想もつかない事態にでも陥ったのではないか。

 第一警備隊駐屯地に遣わせた隊員が戻ってくると、また新たな情報が飛びだした。先日ゴドリュースの確保を果たしたマーリナス殿の功績を称え、国王から城への招待があったという。

 一見すると名誉なことである。が、同日にもう一つ、驚くべき事件が起きていたのだ。
 
 第一警備隊、副隊長ロナルド・ハーモンドの逮捕。

「どういうことだ!」

 さすがのギルも驚愕に声を荒らげた。

「隊員達は皆、事情を把握しておらず。現在はロナルド殿の副官が一時的に管理していますが、彼は騎士団に属する人間のようです。つまり、実質的には総督の管理下におかれているものと」

「なんということだ……こうしてはおれん! 城に出向くぞ!」
 
  共同捜査に当たったからこそ、ギルはよく知っている。

 二人は規律に反することをよしとしない人物だ。みなぎる正義感があり、警備隊という弱い立場でありながら、上からの抑圧すらはね除けて悪人確保に動く人物。

 彼らは悪の温床と成り果てたスタローン王国でギルが唯一気高い光を見出した二人だった。

 なにせスタローン王国からベローズ王国警備隊に委任逮捕の協力を申し込んだのは、彼らが初めてのことだったのだから。

「しかし! いくらベローズ王国警備隊といえど、勝手に他国の城へ踏みこんでは……!」

「忘れたか、我らには王命がある。任務はアレクを連れ帰ることだ。道理の通る罪名なら仕方あるまい。しかし、納得のいかぬものであれば解放してもらうまで。それを確かめにいくのだ。国際警備隊が有する権利は超越しておらぬだろうが」

「問答無用で踏みこんで勝手に審議すると? どの辺りが超越していないのか知りたいですね」

「細かいことは気にするな」

「どの辺りが細かいのか気になりま……」

「はっはっは! 行くぞ、リンデン!」

 こうなってしまっては、ギルに残された手段は少ない。

 まっ先にあたまに浮かんだのは城内に潜入してアレクを探し出し、真相を確かめること。

 しかし手はずを整えるには時間がいる。

 まず絶対に裏切らないと確証を持てるだけの人物を厳選し、協力者を手に入れる。

 広い城内で地下牢までの案内を頼むには門番と地下牢の見張り、最低でも二人は必要になるだろう。

 それから念入りに計画を立てて段取りを決め、タイミングを図る。

 果たして、それだけの猶予が残されているのだろうか。

 思い浮かぶのは敬愛する国王陛下の叫び。
 アレクを連れて来いと言った、悲痛なまでの、懇願だ。
 
 それに――本来ならば国王の護衛を任務とする騎士団が、孤児として無名のアレクまでをも捕らえたことがどうも気になる。

 同じ国家保全機関のひとつとして警備隊に所属するマーリナスやロナルドが、何かしらの規律違反で逮捕されることがあっても、地下の無法地帯に目を背ける騎士団が名も知れぬ孤児の逮捕に躍起になる理由はないはずだ。

 けれど確かに存在するのだろう。

 アレクに巻き込まれたのか、アレクが巻き込まれたのか。
 どちらにせよ、騎士団に命ずることのできる人物、すなわち、この国の国王を動かすだけの動機が、どこかに。
 
 そしてそれは、ギルが敬愛してやまない国王陛下の焦りと直結するのではないか。

 まったく確証のない予感。

 だが、妙に確信じみた不安が胸に渦巻く。王城をとらえるギルの瞳は鋭い光を生みだした。


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