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第五章

金色の守護

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 それは国境でアレクとケルトの行く手を塞いだ人物。ロナルドを拘束した人物。

 総督の手となり足となり、何度もアレク達の前に憚ってきた者だ。

「姿が見えないと思っていたが増援を呼んでいたとは……」

 騎士団長の後ろには数十名の騎士達。急きょ呼び集めたのかもしれないが、いまのアレク達を取り押さえるには十分過ぎる数だ。

「取り押さえろ」

 無慈悲にも号令は発せられる。
 太陽を背に騎士達がこちらに向かって駆け出す。その後に続いてドルシェ・アモンド騎士団長もゆっくりと足を進めた。

 アレクは全身から力が抜け落ちてゆくのを感じていた。

 額の汗も呼吸するたびに大きく動く肩も。激しい動悸でさえ水を差したように熱を失ってゆく。

 いままでの抵抗は全て無駄になり、わずかばかりの希望も消え失せた。

 新たに押し寄せる騎士達と再び絶望を運んできたドルシェ・アモンドの前に膝が折れてしまいそうだった。

 それはきっとマーリナスも同じだろう。
 二人は抵抗する気力すらなく、その場に立ち尽くす。

 後方で鳴り続ける剣戟。こちらに走り寄る騎士達。前を塞ぐ増援。もう打つ手はない。

 その中でケルトだけが喚き騒いでいた。

「やれるものならやってみろ! 俺はロレアンヌ様じきじきにアレク様の従者に任ぜられたケルトだ! モンテジュナルの尊厳をかけてアレク様の盾となるのが使命! アレク様に指一本触れさせてたまるかっ!!」

 武器もなく、ケルトはアレクの手を振り切って騎士に向かって飛び出した。

 ロレアンヌはアレクの母、そしてモンテジュナルの王妃である。

 大きく足を踏みだすたびに、ケルトはあの日の出来事を思いだす。

 王妃がアレクを見捨てたこと。
 悲しくて悔しくて。長年王族を慕い続け信じていたのに、裏切られたと思った。

 アレクを見捨てたことは決して許せない。

 だけど王妃からじきじきにアレクの従者として任ぜられたあの日。ケルトは何があってもアレクを守り抜く盾となることを誓った。
 
 もうモンテジュナルに縛られることはないというのに、いまだにその誓いが胸の奥に宿っているのはきっと。

 アレクの中に母ロレアンヌを想う気持ちがあるから。国を想う気持ちがあるからだ。忘れることができなからだ。

 あの国を。あの国の母を。あの笑顔を。

 でもケルトの足を動かすものはそれだけではなかった。

 アレクに対する強い情念。

 幼い頃からそばにいてアレクを慕い続けてきた。

 呪いにかかったからなんだっていうんだ。

 忠誠とか愛情とか、どこに境界線があるっていうんだ。

 細かいことなんか知らない。好きなものは好きだ。

 誰にも殺させやしない。誰にも傷つけさせるもんか!

 だからケルトは走る。 
 
「ここで死んだとしても悔いはない!」

「よく言った!!」

 耳をつんざく大声が大広間に響き渡った。

 まるで怪獣でも吠えたような声だ。

 驚いたケルトは間抜けにも向かってきた騎士の胸に突っ込んでしまい、鼻っ柱を勢いよく打ち付けてしまった。

「な、なんだ……?」
 
  ケルトは涙目で鼻を押さえて振り返る。
 
「あれは……」

 アレクは太陽を背負った人物の影に目を細める。

 金色の髪を靡かせ漆黒の甲冑を身に纏い、そこに佇む人物。

 碧眼の瞳にみなぎる闘志を宿し、玉座の間全体に響き渡る大声で彼は叫んだ。

「ベローズ王国警備隊長、ギル・シチュアートである! 助太刀に参りましたぞ、アレク殿!」

「ギル殿!」

 マーリナスが目を輝かせる。アレクは驚きのあまり二の句を繋げずにいた。

「凪げ、清き風よ。無慈悲なる双竜を糧に」

 その詠唱が何を意味するのか瞬時に悟ったマーリナスは反射的にアレクの身体を抱きしめ床に伏せた。

 直後、ギルが横一閃に大剣を凪いだ。

 空を切った大剣から竜巻が巻き起こり、扇状に波紋を広めてゆく。

 大広間の中に突如として形成されたいくつもの竜巻は周辺にいた騎士を四方八方に吹き飛ばし、数々の悲鳴を飲み込んでは敷き詰められた大理石の床をも剥がし、石柱にも大きな亀裂を刻んだ。

 やっと風が落ち着いたと思ったころ、恐る恐る顔を上げたケルトの目に映ったのは見事なまでに何もなくなった前方の景色。そして金色に輝く膜だった。

「これって……」

 自身を包む金色の光を見つめてケルトは茫然と呟く。

 そっと触れてみるとコンッと硬い手触りがあった。

「防御壁……?」

 ギルが守ってくれたのか? 
 いや、違う。あんな大技を繰り出してこんな頑丈な防御壁を同時展開できるわけがない。

 じゃあマーリナスか?

 そう思って振り向いてみれば、マーリナスは崩れ落ちた瓦礫から庇うようにアレクを覆い隠していた。あれじゃ魔法を発動している余裕なんてない。

 じゃあ、一体誰が……

 ハッとしてケルトは振り返る。

 それは遥か遠く。玉座の下。

 巻き添えを食らった騎士は四方八方に吹き飛んで倒れ、その真ん中に膝をついてこちらを見つめるロナルドを見つけた。

 柔らかな瞳が笑いながらケルトを見ている。

 それが何を意味するのか、すぐに分かった。

 ケルトはこぼれそうなほど目を見開く。

「バカっ野郎……! おまえの防御壁を解いたら!!」

 ロナルドの傍で騎士がひとり、ふらりと立ち上がる。掲げられた剣はロナルドの頭上。

「ロナルドーーーッ!!」

 喉から血が噴き出そうなほど叫んだ。

「やめろ――ッ!!」
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