136 / 146
第五章
金色の守護
しおりを挟む
それは国境でアレクとケルトの行く手を塞いだ人物。ロナルドを拘束した人物。
総督の手となり足となり、何度もアレク達の前に憚ってきた者だ。
「姿が見えないと思っていたが増援を呼んでいたとは……」
騎士団長の後ろには数十名の騎士達。急きょ呼び集めたのかもしれないが、いまのアレク達を取り押さえるには十分過ぎる数だ。
「取り押さえろ」
無慈悲にも号令は発せられる。
太陽を背に騎士達がこちらに向かって駆け出す。その後に続いてドルシェ・アモンド騎士団長もゆっくりと足を進めた。
アレクは全身から力が抜け落ちてゆくのを感じていた。
額の汗も呼吸するたびに大きく動く肩も。激しい動悸でさえ水を差したように熱を失ってゆく。
いままでの抵抗は全て無駄になり、わずかばかりの希望も消え失せた。
新たに押し寄せる騎士達と再び絶望を運んできたドルシェ・アモンドの前に膝が折れてしまいそうだった。
それはきっとマーリナスも同じだろう。
二人は抵抗する気力すらなく、その場に立ち尽くす。
後方で鳴り続ける剣戟。こちらに走り寄る騎士達。前を塞ぐ増援。もう打つ手はない。
その中でケルトだけが喚き騒いでいた。
「やれるものならやってみろ! 俺はロレアンヌ様じきじきにアレク様の従者に任ぜられたケルトだ! モンテジュナルの尊厳をかけてアレク様の盾となるのが使命! アレク様に指一本触れさせてたまるかっ!!」
武器もなく、ケルトはアレクの手を振り切って騎士に向かって飛び出した。
ロレアンヌはアレクの母、そしてモンテジュナルの王妃である。
大きく足を踏みだすたびに、ケルトはあの日の出来事を思いだす。
王妃がアレクを見捨てたこと。
悲しくて悔しくて。長年王族を慕い続け信じていたのに、裏切られたと思った。
アレクを見捨てたことは決して許せない。
だけど王妃からじきじきにアレクの従者として任ぜられたあの日。ケルトは何があってもアレクを守り抜く盾となることを誓った。
もうモンテジュナルに縛られることはないというのに、いまだにその誓いが胸の奥に宿っているのはきっと。
アレクの中に母ロレアンヌを想う気持ちがあるから。国を想う気持ちがあるからだ。忘れることができなからだ。
あの国を。あの国の母を。あの笑顔を。
でもケルトの足を動かすものはそれだけではなかった。
アレクに対する強い情念。
幼い頃からそばにいてアレクを慕い続けてきた。
呪いにかかったからなんだっていうんだ。
忠誠とか愛情とか、どこに境界線があるっていうんだ。
細かいことなんか知らない。好きなものは好きだ。
誰にも殺させやしない。誰にも傷つけさせるもんか!
だからケルトは走る。
「ここで死んだとしても悔いはない!」
「よく言った!!」
耳をつんざく大声が大広間に響き渡った。
まるで怪獣でも吠えたような声だ。
驚いたケルトは間抜けにも向かってきた騎士の胸に突っ込んでしまい、鼻っ柱を勢いよく打ち付けてしまった。
「な、なんだ……?」
ケルトは涙目で鼻を押さえて振り返る。
「あれは……」
アレクは太陽を背負った人物の影に目を細める。
金色の髪を靡かせ漆黒の甲冑を身に纏い、そこに佇む人物。
碧眼の瞳にみなぎる闘志を宿し、玉座の間全体に響き渡る大声で彼は叫んだ。
「ベローズ王国警備隊長、ギル・シチュアートである! 助太刀に参りましたぞ、アレク殿!」
「ギル殿!」
マーリナスが目を輝かせる。アレクは驚きのあまり二の句を繋げずにいた。
「凪げ、清き風よ。無慈悲なる双竜を糧に」
その詠唱が何を意味するのか瞬時に悟ったマーリナスは反射的にアレクの身体を抱きしめ床に伏せた。
直後、ギルが横一閃に大剣を凪いだ。
空を切った大剣から竜巻が巻き起こり、扇状に波紋を広めてゆく。
大広間の中に突如として形成されたいくつもの竜巻は周辺にいた騎士を四方八方に吹き飛ばし、数々の悲鳴を飲み込んでは敷き詰められた大理石の床をも剥がし、石柱にも大きな亀裂を刻んだ。
やっと風が落ち着いたと思ったころ、恐る恐る顔を上げたケルトの目に映ったのは見事なまでに何もなくなった前方の景色。そして金色に輝く膜だった。
「これって……」
自身を包む金色の光を見つめてケルトは茫然と呟く。
そっと触れてみるとコンッと硬い手触りがあった。
「防御壁……?」
ギルが守ってくれたのか?
いや、違う。あんな大技を繰り出してこんな頑丈な防御壁を同時展開できるわけがない。
じゃあマーリナスか?
そう思って振り向いてみれば、マーリナスは崩れ落ちた瓦礫から庇うようにアレクを覆い隠していた。あれじゃ魔法を発動している余裕なんてない。
じゃあ、一体誰が……
ハッとしてケルトは振り返る。
それは遥か遠く。玉座の下。
巻き添えを食らった騎士は四方八方に吹き飛んで倒れ、その真ん中に膝をついてこちらを見つめるロナルドを見つけた。
柔らかな瞳が笑いながらケルトを見ている。
それが何を意味するのか、すぐに分かった。
ケルトはこぼれそうなほど目を見開く。
「バカっ野郎……! おまえの防御壁を解いたら!!」
ロナルドの傍で騎士がひとり、ふらりと立ち上がる。掲げられた剣はロナルドの頭上。
「ロナルドーーーッ!!」
喉から血が噴き出そうなほど叫んだ。
「やめろ――ッ!!」
総督の手となり足となり、何度もアレク達の前に憚ってきた者だ。
「姿が見えないと思っていたが増援を呼んでいたとは……」
騎士団長の後ろには数十名の騎士達。急きょ呼び集めたのかもしれないが、いまのアレク達を取り押さえるには十分過ぎる数だ。
「取り押さえろ」
無慈悲にも号令は発せられる。
太陽を背に騎士達がこちらに向かって駆け出す。その後に続いてドルシェ・アモンド騎士団長もゆっくりと足を進めた。
アレクは全身から力が抜け落ちてゆくのを感じていた。
額の汗も呼吸するたびに大きく動く肩も。激しい動悸でさえ水を差したように熱を失ってゆく。
いままでの抵抗は全て無駄になり、わずかばかりの希望も消え失せた。
新たに押し寄せる騎士達と再び絶望を運んできたドルシェ・アモンドの前に膝が折れてしまいそうだった。
それはきっとマーリナスも同じだろう。
二人は抵抗する気力すらなく、その場に立ち尽くす。
後方で鳴り続ける剣戟。こちらに走り寄る騎士達。前を塞ぐ増援。もう打つ手はない。
その中でケルトだけが喚き騒いでいた。
「やれるものならやってみろ! 俺はロレアンヌ様じきじきにアレク様の従者に任ぜられたケルトだ! モンテジュナルの尊厳をかけてアレク様の盾となるのが使命! アレク様に指一本触れさせてたまるかっ!!」
武器もなく、ケルトはアレクの手を振り切って騎士に向かって飛び出した。
ロレアンヌはアレクの母、そしてモンテジュナルの王妃である。
大きく足を踏みだすたびに、ケルトはあの日の出来事を思いだす。
王妃がアレクを見捨てたこと。
悲しくて悔しくて。長年王族を慕い続け信じていたのに、裏切られたと思った。
アレクを見捨てたことは決して許せない。
だけど王妃からじきじきにアレクの従者として任ぜられたあの日。ケルトは何があってもアレクを守り抜く盾となることを誓った。
もうモンテジュナルに縛られることはないというのに、いまだにその誓いが胸の奥に宿っているのはきっと。
アレクの中に母ロレアンヌを想う気持ちがあるから。国を想う気持ちがあるからだ。忘れることができなからだ。
あの国を。あの国の母を。あの笑顔を。
でもケルトの足を動かすものはそれだけではなかった。
アレクに対する強い情念。
幼い頃からそばにいてアレクを慕い続けてきた。
呪いにかかったからなんだっていうんだ。
忠誠とか愛情とか、どこに境界線があるっていうんだ。
細かいことなんか知らない。好きなものは好きだ。
誰にも殺させやしない。誰にも傷つけさせるもんか!
だからケルトは走る。
「ここで死んだとしても悔いはない!」
「よく言った!!」
耳をつんざく大声が大広間に響き渡った。
まるで怪獣でも吠えたような声だ。
驚いたケルトは間抜けにも向かってきた騎士の胸に突っ込んでしまい、鼻っ柱を勢いよく打ち付けてしまった。
「な、なんだ……?」
ケルトは涙目で鼻を押さえて振り返る。
「あれは……」
アレクは太陽を背負った人物の影に目を細める。
金色の髪を靡かせ漆黒の甲冑を身に纏い、そこに佇む人物。
碧眼の瞳にみなぎる闘志を宿し、玉座の間全体に響き渡る大声で彼は叫んだ。
「ベローズ王国警備隊長、ギル・シチュアートである! 助太刀に参りましたぞ、アレク殿!」
「ギル殿!」
マーリナスが目を輝かせる。アレクは驚きのあまり二の句を繋げずにいた。
「凪げ、清き風よ。無慈悲なる双竜を糧に」
その詠唱が何を意味するのか瞬時に悟ったマーリナスは反射的にアレクの身体を抱きしめ床に伏せた。
直後、ギルが横一閃に大剣を凪いだ。
空を切った大剣から竜巻が巻き起こり、扇状に波紋を広めてゆく。
大広間の中に突如として形成されたいくつもの竜巻は周辺にいた騎士を四方八方に吹き飛ばし、数々の悲鳴を飲み込んでは敷き詰められた大理石の床をも剥がし、石柱にも大きな亀裂を刻んだ。
やっと風が落ち着いたと思ったころ、恐る恐る顔を上げたケルトの目に映ったのは見事なまでに何もなくなった前方の景色。そして金色に輝く膜だった。
「これって……」
自身を包む金色の光を見つめてケルトは茫然と呟く。
そっと触れてみるとコンッと硬い手触りがあった。
「防御壁……?」
ギルが守ってくれたのか?
いや、違う。あんな大技を繰り出してこんな頑丈な防御壁を同時展開できるわけがない。
じゃあマーリナスか?
そう思って振り向いてみれば、マーリナスは崩れ落ちた瓦礫から庇うようにアレクを覆い隠していた。あれじゃ魔法を発動している余裕なんてない。
じゃあ、一体誰が……
ハッとしてケルトは振り返る。
それは遥か遠く。玉座の下。
巻き添えを食らった騎士は四方八方に吹き飛んで倒れ、その真ん中に膝をついてこちらを見つめるロナルドを見つけた。
柔らかな瞳が笑いながらケルトを見ている。
それが何を意味するのか、すぐに分かった。
ケルトはこぼれそうなほど目を見開く。
「バカっ野郎……! おまえの防御壁を解いたら!!」
ロナルドの傍で騎士がひとり、ふらりと立ち上がる。掲げられた剣はロナルドの頭上。
「ロナルドーーーッ!!」
喉から血が噴き出そうなほど叫んだ。
「やめろ――ッ!!」
0
お気に入りに追加
314
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
前世である母国の召喚に巻き込まれた俺
るい
BL
国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる