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第五章
運命への歩み
しおりを挟む「時間だ」
地下牢では時間の経過がわからない。
静かで陰鬱とした空間では考えないようにしていても、次々と悪い考えがあたまを巡る。
何度も振り払い、大丈夫だと強く念じても答えは待ってくれない。あるべき未来へと時間は動き出してしまうのだ。
鉄格子の鍵を開ける騎士の手つきをじっと見つめ、アレクはゆっくりと腰を上げる。
牢から出てみればケルトやマーリナス、そしてロナルドの姿があった。
みな表情が硬い。でもきっと緊張とは違うものだ。凜とした表情には不安や恐怖の色などない。窺えるのは、ついにこの時がきたのかという覚悟。
この国の国王がアレクの素性を知り、どういった行動に出るのか。その答えを出す術はもう向き合う他にないのだから。
普段からあまり表情を崩すことのないマーリナスはもとより、ロナルドはいまから戦闘にでも出向くように顔を引き締め、ケルトは瞳の奥に静かな炎を宿らせる。
それはアレクも同じこと。
この先、何が待ち受けているのかなんてアレクにも分からない。でも一晩中考えて出した答えはただひとつ。何があってもマーリナスだけは守ること。
そのために何が出来るのか、どうすべきなのかも分からない。
けれどそれだけは自分の命を引き換えにしてでも必ず守る。そう決めた。
「アレク様のお命はわたしがお守りします」
「行こう、ケルト」
「はい」
覚悟を決めた二人は肩を並べて歩き出す。その後ろにはマーリナスとロナルドがついた。
石階段を上り切れば、いつもと変わらない朝日。商店街で賑わう市民地区とは違って、ここの空気は澄んでいる。食べ物や花の匂い。そういったものから隔離されたこの城はよくいえば荘厳さに満ち、悪くいえば活気がない。
しかし清涼とした空気が運んでくるものは、ひとの腹に潜む黒い大蛇の匂い。隙あれば取って食おうとする闇の気配だ。
私利私欲の思惑がとぐろを巻く城では、容易に息を吐き出すこともままならない。
まわりを隙なく取り囲む騎士は無言のまま道を誘導している。
妙な威圧が彼らから発せられ、それがまた余計に息苦しかった。
アレク達は特に言葉を交わすこともなく付き従う。この先に待つスタローン国王のもとへ。この先に待つ、運命へと。
以前スタローン王国に赴いたのはいつだっただろう。
高くそびえる白亜の外壁、正面扉に向けて真っ直ぐに伸びた白い石畳。
王宮内に入り込んでもまだ、記憶にかすりもしない。昔、父の外交に同行して何度か訪れたことがあるはずなのに。
まるで厳戒態勢でも敷いているようだ。大広間へ続く廊下にはびしりと槍を携えた騎士が両脇をしめていた。その真ん中をアレク達は歩む。
しばらく進んだのちに、一際豪奢な扉の前で先導していた騎士が足を止めた。両脇に立つ守衛の甲冑は廊下に並んでいた騎士のものとまた一風違った装い。
ここが特別な部屋であることは想像するまでもなかった。
「アレクと従者のケルト。そして第一警備隊のマーリナス・シュベルツァ。副隊長のロナルド・ハーモンドだ。国王と謁見の予定があるゆえ、お連れした。通せ」
「はっ」
軋む音すら立てずに大きな扉が開け放たれる。正面には真っ直ぐに伸びたレッドカーペット。そして壇上には二つの玉座。そのひとつにビロードのマントと威容な王冠を掲げた男が腰掛けている。
少し遠くにその姿を捉えたアレクは肩に落としていたローブのフードを深く被った。
フードを被ったまま謁見するなど非礼であることは十分承知の上。それでも自衛反応がでてしまう。
一秒、数コンマでも正体が露見する時間を引き延ばしておきたかった。
騎士が足を止めた場所でアレク達は横一列に並び、その場に跪いた。国王の御前である。
「スタローン王国三十八代目国王、ジュリアス・ロッド・スタローンである。我の呼びかけによくぞ応じてくれた。礼を言うぞ」
みながそろって口を結び、恭しく首を下げる。
ジュリアス・ロッド・スタローン。
モンテジュナルとはアレクが亡命する時までそれなりに友好関係のあった王だ。
王という立場に生まれついたものの、臆病な気質で取り引きには慎重を欠くことがない。地下街の魔窟を放置しているのも報復を恐れているからだと、まことしとやかに噂されているほど。
けれどその反面、狡猾な性格でもある。
地下街の連中は上層にいる貴族達に甘い蜜を吸わせる働き蜂なのだ。表からも裏からも蜜を吸って肥え太ったのがこの王国。
そしてこのジュリアス・ロッド・スタローンである。
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