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第五章

国門にて

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「やはり警戒されているな」

 物陰に隠れて様子を伺うマーリナスの瞳が鋭く光る。

 通常、二名しかいないはずの騎士が五名いる。ケルトは眉間にしわを寄せてマーリナスを振りかぶった。

「あれをおまえ一人で倒すのかよ。本当にできるのか?」

「心配するな」

 ふっと笑ったマーリナスにアレクは不安な顔を浮かべる。

 あの警備体制を見るにアレクの出国を警戒しているのは明らかだ。仮に無事、彼らを倒せたとしてもその後マーリナスはどうなるのだろう。

 問いかけても、大丈夫、心配するなとしか言わないんだろうな。

 その優しさに甘えることしか出来ない現状が悔しくてつらかった。

「最後くらい、あいつにひとこと言ってやりたかったけど」

「ロナルドのこと?」

「そうです。俺はあいつに言いたいことが山ほどあるので」

 口を尖らせて不貞腐れるケルトにアレクは小さく笑う。

 アレクもロナルドに会いたいという思いは強い。

 まさかこんな風に別れすら言えずに終わるなんて夢にも思わなかった。

 たくさん感謝の気持ちを伝えたいし、元気でねと言ってあげたい。

 なにひとつ、ここで与えられた恩に報いることができないまま逃げることしか出来ないなんて。

 いつかきっと。この呪いを解いて必ずここに戻ってくるから。それまで待っていて、ロナルド。

 遠く霞む駐屯地の灯りに語りかけ、アレクはスタローン王国に背を向けた。

 秋口に差し掛かった夜の風は少し冷たい。ぶるっと体を震わせたアレクにマーリナスはフードを深く被らせる。

「その格好で大丈夫か」

「大丈夫です。この国に来た時はもっと酷い有様でしたし」

 心配そうな顔を向けるマーリナスにアレクは微笑む。

「今度はケルトも一緒ですから」

 二人で過ごすことの心強さをアレクはロイムから教わった。何もできなくても、お金がなくても、ひもじい思いをしても。

 誰かが傍にいるということは、それだけで生きる力になる。

 だけど願うなら、それがマーリナスであって欲しかった。そんな我儘を言うことは、もう出来ないけれど。

「そうだな。ケルトは頼れる男だ。アレクを頼むぞ、ケルト」

 寂しそうに笑うマーリナスにケルトは一度開きかけた口を閉ざす。

 ケルトはマーリナスに対しても言いたいことが山ほどあった。

 だけどそれらの殆どはこの別れで意味を成さなくなる。だから短く告げた。

「大丈夫。何があっても必ず守るよ」

「ああ」

 ハッキリと言い切ったケルトにマーリナスは嬉しそうな表情を浮かべる。

 ケルトは当初マーリナスのことを毛嫌いしていたはずだけど、二人で地下街に赴いた時に何かあったのかな。

 ケルトの態度に棘がなくなっているし、マーリナスもケルトに信頼を寄せているみたい。

 アレクは不思議そうな顔で二人を見つめる。

 でも、いがみ合うよりはずっといい。

 ケルトはロナルドに対して最後まで馴染むことはなかったけど、こんな風に笑い合える日が来ればいいのに。

「しっかりやれよ、警備隊長」

「言われるまでもない」

 マーリナスがアレクを振り返る。大好きな藍色の瞳がじっとこちらを見ていた。

「マーリナス……」

 最後に何を言えばいいんだろう。

 伝えたい言葉はたくさんありすぎて、感情が纏まらない。

 ともすれば泣きそうになってしまう軟弱な心に鞭を打って、アレクは微笑みを浮かべた。

「いままでお世話になりました。僕はこれ以上あなたの力になることはできませんが、あなたの願いが叶うことを遠くから祈っています。どうか……お元気で」

「アレク……」

 マーリナスの瞳が痛々しいほど揺れ動いた。開きかけた唇を閉ざし、言葉を飲みこむ。

「おまえも、元気で」

 互いに伝えたいことの半分も伝えられない。それでも互いの未来を思うなら、これが最善なのだと言い聞かせるしかなかった。

 アレクの肩にそっと手を置いて、マーリナスは背を向けた。アレクとケルトは物陰に潜み、マーリナスが門番の元に向かって行く様子をじっと窺う。

 マーリナスは騎士の一人と軽く会話し、他四人の死角に隠れると隙をついて首に手刀を振り下ろそうと狙いを定めた。

 その時。
 
 ピーーッ!

 警笛が鳴り響いた。

 反射的にマーリナスの動作が停止する。アレクとケルトも音の鳴る方を振り返った。

 少し遠くから松明をかかげて走ってくる騎士が見えた。

 まさか、偽装の火事がもうバレたのだろうか。そう思ったが、すぐさま考えを改めた。

 なぜなら、その騎士たちの後方にずらりと横一列に並ぶ銀の甲冑が姿を現したからである。背中には赤いマントを羽織り、顔を覆ったフルメイル。

 見間違えようもなく、スタローン王国騎士団である。

 その数は十や二十ではきかない。もしかしたら、騎士団を総動員したのではないかと疑うほどの人数だった。

「どうしてあんな大勢の騎士が……」

 アレクは茫然として呟いた。

 偽装がバレたのなら自宅警護をしていた騎士が一度王宮に戻り、援護を要請しなければならない。そうでなくては、あれほどの人数をこんな短時間で国門まで集めることは不可能だ。

 しかし、それしては対応が早すぎる。

「どうしよう、ケルト!」

「ここにいたって捕まります! 逃げるんですよ!」

「でもどこに……」

 多少の土地勘ができたといっても、国境を越えるルートなど二人にはわからない。

 慌てふためくアレクの手を颯爽と握りしめる手があった。

 少し大きくて、心地よい冷たさのある手。もう、二度と繋げないと思っていた手だった。
 
「こっちだ、来い!」

「マーリナス!」

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