アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第五章

衝撃

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「きみの上司は、総督だといいたいのかな」

「総督閣下に忠誠を尽くすのは、当然のことでしょう? そうは思いませんか」

 次の瞬間、試すように目を細めたニックに向かってロナルドは飛びかかった。

 理解できないことは多々ある。

 偽の通行証を届けにいったはずのニックが、なぜ総督の手足となって動いているのか。

 なぜ総督が魔道具記録装置のことを知っているのか。

 なぜそれを欲するのか。

 分からないことだらけだが、確実に分かっていることはふたつ。

 決してこの魔道具を渡してはならないということ。そして時間がないということだ。

 恐らくマーリナスは時間を稼いでくれるだろうが、ここで悠長にニックから情報を聞き出している暇はない。

 そこまで考えが纏まれば、あとは十分だった。拳を突き出すとみせかけて片足を軸に体を捻り、蹴りを繰り出した。

 ニックは素早くポケットに魔道具を押し込み防御態勢に入る。

 胸の前で両肘をそろえ、なんとか一撃目を防ぐことに成功するが、みしっと骨の軋む音がした。重く強烈な蹴り。勢いは完全に殺すことができす、体は後方へ吹き飛んだ。

 大きく棚が揺れ、ガシャガシャと中から音が鳴る。

 続く二手でロナルドの拳がニックの顔面に向かって突き出され、身をよじってそれを躱した。反撃する暇もない。

 実力差は明らかだった。

 立て続けに攻撃をしかけるロナルドに対し、防戦に回るニック。マーリナスと日々訓練に勤しむロナルドは、紛れもなく隊で二番目の実力者だ。しかし、長年訓練を積んできたのはニックも同じ。

 早く彼の背中に追いつきたくて、暇さえあればロナルドに指導を申し入れては、しのぎを削ってきたのだ。

 ロナルドの癖も、流れるような連続攻撃も。何度も目にし、学んできたから。必死に次の手を読んではギリギリの所で躱し続けた。

 武闘家は組み手で会話をするという。

 訓練の時は楽しかった。繰り出される一手一手からロナルドの声が聞こえるようで。

 だけどいまは何も聞こえない。

 繰り出される攻撃は加減など微塵も感じられず、得意の連続攻撃とは違って、ただ勢いのまま襲いかかっているようだった。

 いつだってロナルドは冷静沈着だった。悪党を倒す時でさえ、真剣な眼差しに変わる程度で焦りなどなかったのに。

 それほどまで。

 我を見失うほど、魔道具これが大事なのだろうか。

 ついにニックを床に倒したロナルドは馬乗りになってポケットに手を伸ばした。その手をつかみ取り、ニックは必死に抵抗する。

「なぜです、ロナルド副隊長! 総督の命に反するということは、反逆の罪に問われるということです! あなたにわからないはずがない!」

「もちろん、わかっているさ! だけどね。例えば俺の命がここで尽きたとしても、それを渡すわけにはいかないんだよ!」

「あなたの命より大事なものなど、ないではないですか!」

「ある! それだけは決して譲れない!」

 額に汗を浮かべ、じわじわと迫る腕を押し留めるニックは、悲痛に顔を歪める。

「アレク……ですか」

 悔しさが、悲しみが。震える声に乗った。

 ロナルドは目を丸くする。穴が空くほどニックをみつめて、動きを止めた。

「なぜ……」

 全身から奮い立っていた獰猛さが霧散して、崩れるようにして腹の上に腰を落としたロナルドに、ニックは憐憫れんびんの目を向ける。

 こんなひとではなかったのに。
 いつも穏やかで優しくて。
 どんなときでも冷静だったのに。
 これは、誰だ。

 無自覚に暴走したロナルドを、ニックは確かな目で見極める。

「本当にそうなんですね……彼女のいったとおりだ」

「……彼女?」

「あなたは操られている。わたしが、その呪縛から解き放ってあげますよ――」

 ニックは隙をついて胸元から水晶球を取り出し、壁に向かって打ち付けた。そこから、うねうねとした無数の蔓が這い出て、迷うことなくロナルドに襲いかかる。

 茫然自失のロナルドにそれを躱す余裕はなかった。あっという間に体を拘束され、身動きが取れなくなってしまった。

「総督閣下に対する反逆罪であなたを拘束します、ロナルド副隊長……」

 悲しげに伏せられたニックの瞳。

 ロナルドの喉は焼き付いたようにこびりついて、それ以上、言葉を発することが出来なかった。
 



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