上 下
114 / 146
第五章

予兆

しおりを挟む

「ニックが戻っていない?」

 場所は第一警備隊駐屯地医療棟。

 その一室でベッドから身を起こしたロナルドはマーリナスの報告に顔をしかめた。

「そうだ。アレクによれば、偽の通行許可証を総督に届けにいったということだが」

「そうだよ。俺がそう頼んだ」

「だが結局、騎士団は現れなかった」

 ニックが行方不明となったことを知ったのは、アレクがマーリナスの自宅に戻って間もなくした頃だった。

 あの後ロナルドは医療棟に救急搬送されたため、ニックの動向を知る者は警備隊の中には誰一人としていない。

 そんな折、アレクが話を出してきたのだ。「偽装通行許可証はどうなったのか」と。

「みな後始末の業務に追われて、他に気を回す余裕はなかったからな。気づくのが遅くなってしまった」

「騎士団長や総督から連絡は?」

「ない。だが、それがおかしい。すでに王宮にはゴドリュースを確保したと通達したが、すでに三日経った。それなのに未だに反応がない」

『ゴドリュースを確保せよ』という、王命を見事に完遂した第一警備隊。これで目下の危機は去り、末端の警備隊も一躍喝采の的となる。

 けれど、マーリナスを始めとした隊員の誰しもが手放しで喜ぶことはできなった。
 
 隊員たちは総督の許可を得ず、大臣邸宅に突入するという前代未聞の強行作戦が、今後どのように判断されるのか不安を抱く。

 英断と称されるのか、それとも蛮行だったと罵られるのか。

  それでも王命に応えられたという満足感と、国家の安全保障機関として職務を全う出来たという矜持が、わずかに隊員たちの表情を明るいものとした。

 だが二人の表情は固い。

 第一警備隊を統べる者として、その補佐たる者として、当然ながら先の動向を見据えるからだ。

 王命はもちろん何よりも優先されるべき事柄だ。けれど、隊員たちを捨て置くわけにいかない。隊員たちに責を問われることがあれば、二人は身を挺して彼らを守るだろう。

 マーリナスが隊長となったとき、そしてロナルドが副隊長となったとき。それだけの覚悟を決めたのだから。

 かといって、不必要に罰を受けることもない。

 今回、ロナルドとアレクは確固たる証拠を手に入れた。

 そのひとつがエレノアの馬車にあった偽の通行証である。

 それがあれば、少なくともモンテジュナルの王室を騙った不法入国者であるエレノアを自宅に滞在させたオクルール大臣の尻尾を掴むことが出来る。

 エレノアが持ち込んだゴドリュースは警備隊が確保しているし、恩赦をちらつかせれば自白させるのはそう難しいことではないだろう。

 その繋がりをもって、オクルール大臣を断罪する。そうすれば警備隊もとがに問われることはないはず。

 もちろん最も有効な証拠は、ロナルドが命がけで記録した魔道具マジックアイテムである。

 あれには当時の会話が余すところなく記録されており、権力で守られるオクルール大臣としても言い逃れは難しい。

 だが後日、内容を再確認したマーリナスは証拠として提出することは避けるべきだと判断した。

 なぜならあれには、「アレクの出自」まで記録されていたから。

 死んだとされたモンテジュナルの第二王子が生存しているだけでも大ごとだというのに、あろうことか彼は「バレリアの呪い」を身に宿している。

 それが国王の耳に入ったらどうなることか。

 モンテジュナルは他国を陥れようと息子を放った、そんなことを誰かひとりでも囁けば、国同士のいさかいが起こる。それはかつての歴史と同じ。決して繰り返してはならないことだ。

 だからこそ、マーリナスは偽の通行証に賭けるしかなかった。

 その証拠がニックと共に消えたとなれば、二人の表情も固くなるというもの。

 嫌な予感。それはふたりの胸中を波立たせる。

 いままで何度も手にかけた事件を上の人間にもみ消されてきた。

 貴族が後ろ盾となる小さな犯罪は、所詮地下街の犯罪の一遍にしか過ぎず、それを白日の下に晒したところでまた同じ犯罪が繰り返されるだけ。そう思うことでなんとか心に折り合いをつけてきたが。

 今回ばかりは見逃すことはできない。

 ゴドリュースの確保は王命によるものだからだ。関わった犯罪者は相応の罰に問われるべきである。

 現在第一警備隊で拘束しているオクルール大臣は、ロナルドが入手した録音によって、ゴドリュースを手に入れようとしたことが明らかとなっている。

 しかし警備隊による取り調べには頑なに拒否を示しており、貝のごとく閉口したままだった。

 警備隊の管轄内といえども貴族である。ましてや一国の大臣ともあろう者に対し、強行的な態度を取るわけにもいかない。

 事態は手に入れた数々の証拠と黙秘を貫くオクルール大臣の身柄拘束という段階で足踏みをよぎなくされていたのである。

 裁決は王命によって総督に一任されており、警備隊はその権利を有さない。

 であるからして、大臣という国家中枢を担う人物が警備隊に拘束された時点で総督麾下きかにある騎士団が動き、身柄を引き渡すというのがセオリーなのだが。

 報告を上げてからはや三日。一向に動きがない。これは一体どういうことなのか。

「このままずっとオクルール大臣を拘束しておくこともできない。事態に進展がなければ、下手をすると……」

「マーリナス隊長!」

 綺麗な眉を寄せて唸るように声を発したマーリナスの元に、血相を変えた隊員が飛び込んできた。険しい表情を和らげることなく、マーリナスは顔を上げる。

「どうした」

「騎士団が来られました。総督閣下も一緒です。急いでお戻りください」

 マーリナスとロナルドは顔を見合わせる。待ち望んだ騎士団が現れたのだ、これでやっとオクルール大臣の身柄を引き渡せると安堵する一方で。

「なぜ総督まで?」

 その疑念があたまをよぎる。

 いままで何度も身柄引き渡しを行ってきたが、総督自ら警備隊駐屯地に赴いたことなどない。そんなことは騎士団に任せればいいのだ。

「わかりません。隊長に話があるとのことです」

「そうか」

 短く答えたものの、マーリナスの表情は優れない。ニックの消失に加えて、総督のお出ましとは。

 嫌な予感が重く、さらに重くマーリナスの胸にのしかかった。
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...