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第四章

答えを求めて

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「無礼者が! ここをどこだと思っておるのだ!」

 振り下ろした刃を受け止められたオクルール大臣は憤慨し、怒気を孕んだ声で叫んだ。マーリナスはそっとアレクから離れ、オクルール大臣に向かい立つ。

「オクルール・テーラー大臣。あなたには違法とされている猛毒ゴドリュースの不法入手、及び国王暗殺の容疑がかかっている。詳しい話は後ほど聞かせて頂こう。捕らえろ」

「なにを!」

 続々と現れた警備隊員が隊長の命によりオクルール大臣を拘束する。その中にはケルトの姿もあった。

「アレク様!」

「ケルト!」

 涙を浮かべて飛びついてきたケルトを抱きしめ、アレクは笑った。

 これほど誰かとの再会を喜んだことがあっただろうか。長い夜だった。心臓が潰れるかと思う恐怖を何度も味わい、涙した。

 だけどこうして自分を抱きしめてくれるひとがいるから。傷ついた心は再び癒やされていく。

 一息ついて呼吸を整えたアレクは喜びで濡れた瞳を拭い、ケルトの手を取って立ち上がると周囲を見渡した。

「アレク様?」

 首を傾げるケルトにアレクは茫然としてつぶやく。
 
「いない……」

 ゲイリーの姿もエレノアの姿もない。そのことに気がついて。

 部屋の中はすでに大勢の警備隊で埋め尽くされているが、どこを探しても二人の姿がない。

 ふらふらと足を進めて必死に二人を姿を探すアレクの傍らで、床に倒れたロナルドを発見したケルトは目を丸くして叫んだ。

「うわっ、なんだよおまえ! どうしたんだよ、それっ!」

 慌ててロナルドに駆け寄ったケルトを目の端に映し、アレクは心の中で語りかける。

(ロナルドはもう大丈夫だよ。医療班も来てくれたし、心配はいらない)

 そしてロナルドから視線を逸らし、テーブルに目を向けた。食べかけのクッキーや紅茶カップはそのままだが、トランクもゴドリュースもない。

「そんな……」
「アレク? どうした」
「エレノアがいません! 彼女がゴドリュースを持っているのに!」

 青ざめたアレクはマーリナスに向かって叫んだ。

 慌てて窓際に駆け寄り馬車を確認したが、まだエントランスに停まったままだ。いったいどこに!

「エレノアとゲイリーが逃走中だ! まだ遠くには行っていない! くまなく周囲を探せ!」

 マーリナスが周囲の警備隊に命令すると同時にアレクは部屋を飛びだした。

 彼女にはまだ聞きたいことが山ほどある。早く追いかけないと!
 
「アレク!」

 官邸は広い。沢山の部屋、流れ込む警備隊。多くのメイドや従者たちが次々と警備隊に拘束されていく中、ひとをかき分けてアレクは突き進む。

 当てなどなかった。それでも足を止めることはできない。

 すぐ目の前に答えがあったのに!

 ――裏口からお逃げ下さい……

 そのときふと、あのメイドの言葉を思いだした。

「裏口……」

 この邸宅の中にはいくらでも身を隠しておける場所はありそうだが、もしかしてもう外に?

 ゲイリーはオクルール大臣ととても親しげだった。きっとここに来たのは初めてじゃない。それならその裏口のことも知っているかも。

 だけど官邸は警備隊が包囲しているし、裏口だって封鎖されているはず。

「違う……」

 アレクは小さく首を横に振る。

 分かりやすい裏口は封鎖されてあるはずだ。だけどこういった大きな邸宅には、それとは別に緊急用の避難通路が設置されてあることが多い。

 アレクは階段の手すりにつかまり、勢いよく駆け下りる。一階に到着すると、片っ端から部屋を覗いて見て回った。

 そしてとある部屋の寝室で、壁から少しずれた本棚を目にする。

 背が壁から離れて不自然に傾いたその本棚に近づき隙間を覗くと、奥に続く通路から冷たい風が流れて頬をかすめた。

 その隙間の中に無理矢理体を滑らせて通路を駆ける。所々に松明が掲げてあり、見通しはそれほど悪くない。

 しばらく走ると突然視界が開けた。

「ここは……」

 星空が夜を彩る大草原。その真ん中にアレクは立っていた。そして遠くにポニーテールを揺らしながら走る影を見つける。

「エレノア! 待って、エレノア!」

 か細いアレクの声はエレノアには届かない。

 気づかずに逃走を続ける彼女をアレクは追いかける。

 息は切れ、胸が苦しい。ぜいぜいと荒い呼吸が喉を通るが、それでもアレクは諦めずに走り続けた。

 草原を抜けて木々の林立する場所に差し掛かろうとしたとき、エレノアの背中が大きく見え始め、あと十メートルほどの距離になった。

 アレクはそこで初めて立ち止まり、大きく深呼吸すると目一杯大きな声で叫んだ。

「エレノア!!」

 エレノアが立ち止まり、こちらを振り返る。

 彼女も肩で荒い呼吸を繰り返しており額には汗が浮かぶ。

 周囲に他に誰もいないことを確認し安堵の息をついた彼女は、重そうなトランクをどさりとその場に下ろし、額の汗を拭いながら面倒くさそうにアレクを見た。

「なによ。わたしになにか用なの」

「きみに聞きたいことがあるんだ」

「そうね、お茶でもしながら話し相手になってあげたいところだけど、あいにくといまは時間がないの。またにしてくれるかしら」

 アレクはしばし俯き、ゆっくりとエレノアに歩み寄った。距離を縮める必要があったから。
 
「なぜきみはモンテジュナルの関所を通過できたんだ。あそこに配置されている騎士団は偽装の紋章を見抜けないほど愚かじゃない」

 一歩一歩と距離を詰め、そしてあと数歩の距離でアレクはずっと伏せていた顔をあげた。

 エレノアはホーキンスの思い人だ。こんなことしちゃいけないとわかっている。だけど答えを聞くにはこうするほかないんだ。

 ちくりと刺した胸の棘から目を逸らし、アレクは真っ直ぐエレノアを見た。

 交わった視線の先でエレノアの瞳に紫色の光が差す。

 ごめんね……

 その声は誰にも届かない。目の前の彼女にさえも。

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