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第四章

共鳴する鼓動

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 戻りがてらオクルール大臣について酒場の店主から聞いたことをケルトに明かしたマーリナスは、駐屯地に戻るや否や迅速かつ的確に指揮を執った。

 病み上がりとは思えないほどめまぐるしく動き回り、あっという間に駐屯地に残っていた隊員を集結させたのである。

 もちろんケルトだって黙って見ていたわけじゃない。マーリナスの伝令を伝えるために駐屯地内を駆け回った。

 時々出会い頭に隊長室で自分を取り押さえた奴らと鉢合わせして「あの小僧、またっ!」と逆に追いかけられたりもしたが、マーリナスから借りた警備隊長の紋章を突き出してやると、目を丸くして驚いていたから少しだけ胸がスッとした。

 ちょうど良いからとそのおっさんにも協力してもらって、バカに広い駐屯地を一緒に走らせた。おかげで早く任務を終えることができた。機転をきかせた自分の功績は大きいだろう。

 集められた隊員たちを眼下に見下ろし、ケルトは荒い鼻息を吐いた。

 急きょ集結した隊員たちはなにが起きているのか理解できておらず、皆落ち着かない様子でマーリナスの言葉を待ち侘びている。

 ケルトと並び、壇上に上がったマーリナスは朗々と声を発した。

「これよりゴドリュースの確保に向かう。目的地は東地区、オクルール官邸」

 途端に隊員たちが一斉にざわついた。そりゃそうなるよなと、ケルトは冷めた目でその様子を見守る。一国の大臣なんだろ。警備隊ごときの権威では、怖じ気づくのも当然だ。

「内部にはすでにロナルド副隊長が潜入を果たし、現場の会話を録音中だ。これまでの会話を傍受したところ、ゴドリュースを密輸したモンテジュナルの商人エレノアと地下街のゲイリー・ヴァレット。そしてオクルール大臣がゴドリュースの取引に参加していることが明らかになっている。しかしことは急を要しており、総督の許可を待つ時間はない。各自そのことを心に刻め」

 うるさいほどざわついていた隊員たちがそのひとことで静まり返る。言葉を発することをやめ、皆真剣な表情をマーリナスに向けた。

 その言葉がなにを意味するのか、その場の全員が理解したからだ。

 そして隊長であるマーリナスの覚悟を、潜入を果たしたロナルドの覚悟を、余すところなく心で受け取る。隊員たちの顔は引き締まり、瞳に熱が宿った。

「ゴドリュースの確保は王命である。命を賭して危険な現場に潜入を果たしたロナルド副隊長の勇気に、我々は応えなければならない。この機会を無駄にするな。必ずゴドリュースを手に入れ、悪しき者を捕らえる。すべてはスタローン王国のために!」

「「スタローン王国のために!」」
 
「国王様のために!」

「「国王様のために!」」
 
「進め!」

 マーリナスの号令が高らかに響き渡った。ほんの僅かな時間と言葉で、あれほど不安がっていた隊員たちの心をひとつにまとめ、闘志を宿らせたマーリナスは凛として揺るがぬ強さを瞳に宿す。

 人心を掌握するのはとても難しい。そこには信頼だったりカリスマ性だったり、様々な要素が必要になるからだ。

 天を揺るがすほどの喊声の中、マントをひるがえしたマーリナスの大きな背中を見つめるケルトはなにを思うのか。

 そしてときは訪れる。威風堂々と東地区に乗り込んだ第一警備隊はオクルール官邸を包囲し、隊長であるマーリナスの号令と共に駆けだしたのである。
 


 アレクは目を開いた。ここにいるはずがないと、そう思うのに。顔を見たわけでもないのに、ぽろぽろと涙が零れる。何度も何度も、またこの声を聞きたいと願った。また、会いたいと。

「マーリナス!」

 振り向いた先で、彼が笑った。いままで見たこともないような満面の笑みを向けて。

「無事か、アレク」

 警備隊長の制服を身に纏い、マントを靡かせて。さらりと零れた群青色の髪から海より深い藍色の瞳が真っ直ぐにアレクを捉え、その細い体を抱きしめた。

 いったい、いつぶりだろう。マーリナスを受け止めたアレクは背中に手をまわし、懐かしい体温と心地よさに目をつぶる。頬にかかる髪も、触れる肌の感触も、一瞬で安心してしまうその声も。変わらない。

 ああ、マーリナスだ。夢じゃない。

 信じられない思いでマーリナスにしがみつくアレクは、その息づかいと鼓動を確かめるように首筋に顔を埋めた。

 少し早い心臓の音が、かすかに耳に届く。生きている。何度もその音に耳をすまして、マーリナスの鼓動を感じるアレクの瞳から涙が溢れた。

 嬉しさが破綻はたんして言葉がでてこない。耳元で聞こえた安堵したようなため息も、あたまを撫でるその手も。嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 ロナルドは少しだけ寂しそうに、そして同時に嬉しそうにふたりの様子を眺めていた。

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