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第四章

死神の献杯

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「おい。やるならそっちのにしろ。ただし殺すなよ」

 カリッとクッキーをかじって、ゲイリーが顎で指したのはロナルドだ。

「おまえに譲るといったのだ。そんなことはせん」

 人差し指を軽く動すと執事が水を注いだグラスをトレイに乗せて運んできた。

 オクルールはずらりと並んだ小瓶の中から無作為にひとつ手に取るとコルクの栓を抜き、鼻を近づけてみた。

 意識してみても鼻につくようなおかしな匂いはない。その後一滴だけグラスに注ぎ入れてみると、薄く紫ががっていた液体はすぐに水と同化し分からなくなった。

 グラスを傾けて液体を透かしてみたが、一見しておかしなところは見当たらない。これなら誰にも気づかれないだろう。

 オクルールは満足げに頷き、執事にグラスを手渡した。

「飲ませろ」
「かしこまりました」

 片手に毒入りのグラスを掲げ、自分たちを見下ろす執事。床に落ちたゴミでも見るようなその目は無慈悲そのもの。

 主であるオクルール大臣の命令にただ忠実に従う番犬は感情が欠落した傀儡のようであり、死の宣告を告げる死神のようでもあった。

 自分たちの眼前に佇む死神をふたりは信じられない思いで見上げる。目はこぼれそうなほど開かれ、瞬きすら忘れてしまったようだった。

「猿ぐつわを外しなさい」

 死神が静かに命令を下すとロナルドの体を押さえつけていた手下が動いた。ふたりがかりで両脇を挟み込んで口を塞いでいた布を外し、顎を上に持ちあげる。

 目を見開いたまま、真っ直ぐに上を向いたロナルドの喉がごくりと音を立てて波打った。

「んーっ!!」
(やめて!!)

 恐怖のあまりアレクの目から涙が零れ落ちる。説明を聞いただけで戦々恐々としてしまう劇薬ゴドリュース。一滴といえども効果はてきめんだ。それを飲めだなんて!

「んーっ!!」
(ロナルド!!)

 やめて! やめて! やめてよ!!

 涙ながらの必死の叫びはくぐもって伝わらず、止めることも叶わない。身を乗り出したアレクの体は抵抗するロナルドよりたやすく、手下に押さえつけられた。

 すぐ隣で無理やり口の中に手を突っ込まれ、必死の形相でグラスから顔を背けようとしているロナルドにアレクは涙が止まらない。

「大人しくしろっ!」

 抵抗を続けるロナルドを手下が取り囲み、あの手この手で口を開かそうとしているがなかなか上手くいかない。

 そのうち苛立った手下が鬼のような形相で剣の柄をロナルドの頭部に打ち付けた。硬い果物を打ち割ったような鈍く生々しい音がアレクの耳を貫く。その衝撃でビクッと肩が跳ね上がった。

 ショックのあまり呼吸を止めたアレクの前でぐらりとロナルドの体が揺れる。力なく床に倒れこ込んだロナルドを一瞥して、執事は小さく嘆息をついた。

「意識はありますか? ないと困るのですが」

「おい! 起きろ馬鹿野郎!」

 無理矢理体を起こされたロナルドの額からは大量の鮮血が溢れ、片目を濡らしていた。意識が朦朧としているのか、閉じかけた目は虚ろで不安定に揺れ動く。

(ロナルド!)

 なんでこんなことをするの!?
 やるなら僕にすればいい!

 声にならない声が胃の中をぐるぐると駆けずり回る。目を真っ赤にしてロナルドの惨状を見るアレクとは違って、優雅にソファに腰掛ける三人の瞳は無情だ。

 紅茶カップを片手に演劇でも眺めるように、ちらりとこちらに目を向けるエレノア。知らぬ顔でクッキーを口に放りこむゲイリー。オクルール大臣は無表情ながら早く結果が知りたいと目で物語る。

 ああ、これが悪党。情けの欠片もない。悔しさが破綻して狂ってしまいそうだった。

 顔中を血で染めたロナルドの口を手下が開く。

 抵抗する力もなく、なされるがままに口を開いたロナルドはいまにも失ってしまいそうな意識の中、血に濡れた真っ赤な世界で自分を見つめて泣いてるアレクの姿を見た。

 これほど取り乱して泣くアレクは初めて見る。できることなら頭を撫でて落ち着かせてあげたいけれど、そうもいかないようだ。

「心配……いら…ない」

 泣かないで。大丈夫だよ。死にはしないから。

 伝えたい言葉は山ほどあったが伝えきれない。ただ、頼むから泣かないでくれと切に願った。笑いかけたつもりだったが、上手くできただろうか。

 そして冷たい水がロナルドの口に流し込まれる。抗うことさえできず、喉は無条件に受け入れるしかなかった。

 ごくん……

 死の予告が、鳴った。

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