上 下
97 / 146
第四章

ゲイリーのおねだり

しおりを挟む
「やっとか。朝まで待たされるかと思ったぜ」

 執事の登場でゲイリーは軽い足取りでソファへと戻っていく。エレノアもまたアレクに背を向けたが、ちらちらと視線を残したままだ。

 執事の後に続いて姿を現したのは、艶のある黒い燕尾服に身を包んだ恰幅のよい強面こわもての男だった。全身から威厳溢れる風貌のその男は、分厚い二重まぶたの下で光る鋭い目で室内を見渡した。

「初めまして、オクルール大臣閣下。わたくしエレノアと申します。この度は貴重な機会を与えてくださり……」
「あれはなんだ」

 一歩前に進んで恭しく一礼したエレノアには見向きもせずに、オクルールは拘束された二人の男に視線を固定したまま執事に問いかける。

「先ほど玄関で発見致しました。なんでも夜の散歩に出歩かれたついでに、こちらの庭園を訪れられたそうです。警備隊のようでしたのでお招き致しました」

「始末しろ」

 間髪入れずにオクルールはそう告げた。

 焦ってうなり声をあげたロナルドを一瞥して「かしこまりました」と一礼した執事に背を向けてソファへ腰を下ろす。

 執事が顎で指示すると手下共はひとつ頷いて二人を無理矢理立たせ、外に連れ出そうとした。だがそこに場違いにも陽気な声がかかる。

「ちょい待ち。そっちの美形は俺にくれねえ? オクルールさんよ」

 馴れ馴れしく隣に腰掛けたオクルールの肩に腕を回し、アレクに視線を向けてねだるようにそういったのはゲイリーだ。

 それを聞いたエレノアはあたまのおかしい人間でも見るような目つきをゲイリーに向けて口元を引きつらせる。

 一方でオクルールは表情を変えることなく視線だけをゲイリーに流した。
 
「……なんだ。知り合いなのか」

「さっき少し仲良くなったばかりなんだ。きっと俺のことが忘れられなくて追いかけてきたんだぜ」

「バカおっしゃい」

 エレノアは深々と嘆息をつき、ゲイリーを軽くにらみつける。

 ふたりがここに来てから、外に警備隊が潜んでいるのではないか、自分の偽装工作がバレたのではないかと様々な不安が胸をざわつかせるのに、ゲイリーといえば警戒するどころか馴れ馴れしい態度でキスまでしたりして。

 その脳天気さにうんざりしてたが、オクルール大臣が殺せといったときは本当に胸がスッとした。

 この国の腐った情勢は警備隊の動きを封じるに大いに役だってくれるだろうが、不安な芽は潰しておいた方がいい。オクルール大臣もきっとそう考えて決断したのだろうから。

 それなのにこの男はなにをいっているのか。

 甘えたフリをして瞳の奥では断らねえだろ? と物語る不敵な意思を感じる。

 その図々しさがエレノアの気持ちを逆なでした。

 しかしさすがにオクルール大臣もイエスとは……

「いいだろう。わかっていると思うが責任はきちんと取れ」

「はいはい。わかってますよ。それじゃあ、甘えついでにそっちの男もくれねえ?」

 今度こそゲイリーの目に不敵な色が浮かんだのをエレノアはみた。

 オクルール大臣が了承したのも驚きだが、今度はなに? もう片方の男もくれですって?

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 綺麗な顔の少年は元々面識があったようだし、気に入っているのも知ってる。情けをかけて口を出したのなら百歩譲って理解もできたが。もう片方の男はどういう理屈で助け船を出そうというのか。

 オクルール大臣の決定をあっさりと覆したゲイリーには驚愕と同時に畏怖の念さえ抱く。しかしこれはやり過ぎだ。「殺すのをやめろ」といっているようなものじゃないの。

「なにを考えている」

 さすがにオクルール大臣も今回はイエスといわない。跳ね上げた眉毛の下で訝しがる表情を浮かべた。

 ゲイリーの持つ女性の魅力をも上回る妖艶な色気は、するりとかたくなな心に入り込み「イエス」を引っ張りだす力がある。

 一度目は許したが二度目は簡単にいかない。オクルールはうなるように言葉を発した。

「たいしたことは考えてねえよ。ただ近々閣僚の入れ替えがあるって噂を聞いてな。そんな大事な時期にここで死体を出して面倒ごとになったらあんたが大変だろ? 地下街に連れて行けば簡単にことは済むしさ。汚れ仕事は俺に任せてくれよ、な?」

 さも相手を気遣った風に言葉を並べ立てているが、おそらく真意は違うだろう。この男はそういう男だ。

 オクルールは思案にふけりながら、捕らえられたふたりに視線を移す。

 銀髪の少年は確かに美しい顔立ちをしている。そこはかとなく品性まで感じられ貴族の間では人気がでそうだ。

 もう片方の男は成人しているが顔の作りは悪くない。甘いマスクの下でに鋭い爪を研ぎ澄ましていそうな男だ。好みはひとそれぞれだが、こういった知性的な男を好む貴族はわりといる。

 人身売買にかければ双方共に良い値がつくだろうが……おそらくゲイリーの狙いは違うところにある。

 長年の付き合いから、ここは乗っておくのが吉だとオクルールは判断した。

「……いいだろう。ただし条件がある」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...