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第四章
プラチナ・ロゼ
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「あんたの目は節穴なの? こいつ、男でしょう。あんたよりわたしに興味があるのは当然じゃないの」
ポニーテールに結んだ毛先をくるくると指に絡めて、くだらない嫉妬を鼻で笑ったエレノアにゲイリーは目を丸くする。
「は? まじかよ」
ゲイリーは素っ頓狂な声を上げてソファを飛び降り、アレクの前で屈むとじっと顔をのぞきこんだ。反射的にアレクは目を背ける。
「おまえ、男なのか?」
ゲイリーは魔道具を身につけているから大丈夫だとわかっているけど、長年の癖で目を合わせることに拒否反応が出てしまう。
そんなアレクの反応をゲイリーは都合良く勘違いしたようだった。
「なんだよ、つれないな。キスした仲だろ? いまさら照れるなって。そんなところもかわいいけどな」
クスクスと蠱惑的な笑みを浮かべて小首を傾げたゲイリーの言葉にロナルドは目を丸くしてアレクを振り向いた。一方でエレノアは口元を引きつらせる。
「呆れた。好みの顔なら男女関係なくキスするのね」
「俺は型にハマるのが嫌いなんだ。世の中には色んな世界があるってことをおまえも知るべきだな。ホーキンスなんかとくだらねえ火遊びなんかやってねえでさ」
「あんたと会うために必要だっただけよ。自慢げに俺はゲイリーと取引してるんだって話すもんだから。ほんとバカな男よね」
紅茶カップに手を伸ばし、すでに関係なしと知らぬ顔をするエレノア。
「ほらな。俺のまわりはこんなクソ女ばかりだ。それならおまえの方がよほどいいよな。顔もあいつより綺麗だし」
やれやれと首を振って嘆息をついたゲイリーは、そういってアレクの頬に軽くキスを落とした。
一瞬のことに呆けてしまったアレクの隣では、ロナルドが唸りながら身を乗り出し抗議の姿勢をみせる。
そんなふたりの様子をゲイリーはしばし愉快そうに見ていたが、ふわりと漂った甘い匂いに気づきアレクを振り返った。
「おまえ、いい香りがする。花の匂いみたいな。でもこれどこかで嗅いだことのある匂いだ。どこだったかな……」
「花の匂いですって?」
クンクンと犬のような仕草でアレクの頬にすり寄り、目を閉じたゲイリーの言葉にエレノアはぴたりと紅茶を飲む手を止めた。
「ああ。思いだした。モンテジュナルで流行ってるっていう香水の匂いに似てるな。ホーキンスがおまえにプレゼントするって見せてきたことがあったんだ」
エレノアはティーカップをテーブルに置き、長い睫毛の下で鋭い視線をゲイリーに流す。
「それって『プラチナ・ロゼ』のこと?」
彼女の声のトーンが少し低くなる。それが警戒による自衛反応だとロナルドは気がついた。いったいなにがエレノアを刺激したのか。
「ああ。そんな名前だったかな」
エレノアはすっと席を立ち、品定めするような目つきでまっすぐにアレクに向かって歩み始める。
プラチナ・ロゼ?
あいにくと香水を送るような相手がいないロナルドは、その手の話に疎い。警備隊は男ばかりだし、社交界のような華やかな場にでる機会もごく僅か。それはマーリナスも同じだろうが、さすがに関連性が見当たらない。
ロナルドはアレクの様子をうかがう。エレノアの視線から逃げるように俯いた、彼の顔色は悪い。そのことに気がつき、顔を曇らせた。
そういえば、いままでも何度かその匂いに気がついたことがあった。あえてそれを口にすることはなかったが、他者に指摘されることでまさかこんな反応をするとは。
モンテジュナルで流行しているという香水。それと匂いが似ているからといって、なにか都合の悪いことでもあるのだろうか。
「わたしは薬剤を取り扱う人間だからね、鼻はよくきくの。偽物かそうでないかはすぐにわかる。それにあなた……似ている気がするのよね」
(似ている? 誰に)
反射的に浮かんだその問いは猿ぐつわによって封じらている。
研ぎ澄まされたエレノアの瞳に捕らわれたアレクの顔は、彼女が一歩一歩近づくほどに青ざめる。伝染してくる感情は恐怖だ。それがロナルドの中枢を刺激した。
アレクの素性については出会ったころからずっと探っていたことであり、マーリナスも気にかけている。謎の多い少年アレク。禁術とされたバレリアの呪いを身に受け、孤独な人生を歩んでいた少年。なぜそうなったのか、その経緯もいまだ謎に包まれたまま。
だがいま、思いがけない人物からずっと探していた答えを聞けるかもしれない。
本来のロナルドならば、ことの成り行きを見守り答えを聞き出すことを選択しただろう。けれどバレリアの呪力によってアレクを守護の対象としているその呪縛は、これ以上彼を恐怖に陥れないようにと強制的に方向を変えた。
ロナルドは体を押さえつける男たちの手を振り切り、アレクの前に飛びだしたのである。挑むようににらみつけるロナルドと対峙する形になったエレノアは不愉快そうに眉をひそめる。
「なによ、あんた……」
「お二方。お待たせ致しました。オクルール大臣閣下がお越しになりました」
応接間の扉が開き、執事がそう告げる。緊迫した空気はまたゆるりと動き出した。
ポニーテールに結んだ毛先をくるくると指に絡めて、くだらない嫉妬を鼻で笑ったエレノアにゲイリーは目を丸くする。
「は? まじかよ」
ゲイリーは素っ頓狂な声を上げてソファを飛び降り、アレクの前で屈むとじっと顔をのぞきこんだ。反射的にアレクは目を背ける。
「おまえ、男なのか?」
ゲイリーは魔道具を身につけているから大丈夫だとわかっているけど、長年の癖で目を合わせることに拒否反応が出てしまう。
そんなアレクの反応をゲイリーは都合良く勘違いしたようだった。
「なんだよ、つれないな。キスした仲だろ? いまさら照れるなって。そんなところもかわいいけどな」
クスクスと蠱惑的な笑みを浮かべて小首を傾げたゲイリーの言葉にロナルドは目を丸くしてアレクを振り向いた。一方でエレノアは口元を引きつらせる。
「呆れた。好みの顔なら男女関係なくキスするのね」
「俺は型にハマるのが嫌いなんだ。世の中には色んな世界があるってことをおまえも知るべきだな。ホーキンスなんかとくだらねえ火遊びなんかやってねえでさ」
「あんたと会うために必要だっただけよ。自慢げに俺はゲイリーと取引してるんだって話すもんだから。ほんとバカな男よね」
紅茶カップに手を伸ばし、すでに関係なしと知らぬ顔をするエレノア。
「ほらな。俺のまわりはこんなクソ女ばかりだ。それならおまえの方がよほどいいよな。顔もあいつより綺麗だし」
やれやれと首を振って嘆息をついたゲイリーは、そういってアレクの頬に軽くキスを落とした。
一瞬のことに呆けてしまったアレクの隣では、ロナルドが唸りながら身を乗り出し抗議の姿勢をみせる。
そんなふたりの様子をゲイリーはしばし愉快そうに見ていたが、ふわりと漂った甘い匂いに気づきアレクを振り返った。
「おまえ、いい香りがする。花の匂いみたいな。でもこれどこかで嗅いだことのある匂いだ。どこだったかな……」
「花の匂いですって?」
クンクンと犬のような仕草でアレクの頬にすり寄り、目を閉じたゲイリーの言葉にエレノアはぴたりと紅茶を飲む手を止めた。
「ああ。思いだした。モンテジュナルで流行ってるっていう香水の匂いに似てるな。ホーキンスがおまえにプレゼントするって見せてきたことがあったんだ」
エレノアはティーカップをテーブルに置き、長い睫毛の下で鋭い視線をゲイリーに流す。
「それって『プラチナ・ロゼ』のこと?」
彼女の声のトーンが少し低くなる。それが警戒による自衛反応だとロナルドは気がついた。いったいなにがエレノアを刺激したのか。
「ああ。そんな名前だったかな」
エレノアはすっと席を立ち、品定めするような目つきでまっすぐにアレクに向かって歩み始める。
プラチナ・ロゼ?
あいにくと香水を送るような相手がいないロナルドは、その手の話に疎い。警備隊は男ばかりだし、社交界のような華やかな場にでる機会もごく僅か。それはマーリナスも同じだろうが、さすがに関連性が見当たらない。
ロナルドはアレクの様子をうかがう。エレノアの視線から逃げるように俯いた、彼の顔色は悪い。そのことに気がつき、顔を曇らせた。
そういえば、いままでも何度かその匂いに気がついたことがあった。あえてそれを口にすることはなかったが、他者に指摘されることでまさかこんな反応をするとは。
モンテジュナルで流行しているという香水。それと匂いが似ているからといって、なにか都合の悪いことでもあるのだろうか。
「わたしは薬剤を取り扱う人間だからね、鼻はよくきくの。偽物かそうでないかはすぐにわかる。それにあなた……似ている気がするのよね」
(似ている? 誰に)
反射的に浮かんだその問いは猿ぐつわによって封じらている。
研ぎ澄まされたエレノアの瞳に捕らわれたアレクの顔は、彼女が一歩一歩近づくほどに青ざめる。伝染してくる感情は恐怖だ。それがロナルドの中枢を刺激した。
アレクの素性については出会ったころからずっと探っていたことであり、マーリナスも気にかけている。謎の多い少年アレク。禁術とされたバレリアの呪いを身に受け、孤独な人生を歩んでいた少年。なぜそうなったのか、その経緯もいまだ謎に包まれたまま。
だがいま、思いがけない人物からずっと探していた答えを聞けるかもしれない。
本来のロナルドならば、ことの成り行きを見守り答えを聞き出すことを選択しただろう。けれどバレリアの呪力によってアレクを守護の対象としているその呪縛は、これ以上彼を恐怖に陥れないようにと強制的に方向を変えた。
ロナルドは体を押さえつける男たちの手を振り切り、アレクの前に飛びだしたのである。挑むようににらみつけるロナルドと対峙する形になったエレノアは不愉快そうに眉をひそめる。
「なによ、あんた……」
「お二方。お待たせ致しました。オクルール大臣閣下がお越しになりました」
応接間の扉が開き、執事がそう告げる。緊迫した空気はまたゆるりと動き出した。
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