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第四章

無自覚の呪縛

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 ここまできて、みすみす見逃すなんて……なにか証拠さえあれば。確固たる証拠さえあれば。

 上空では温かい風に流れてぶ厚い雲がかかり、月明かりをさえぎった。まるで隊員たちの気持ちを現したように、どんよりとした重い闇が地を覆う。

 誰もが項垂れて口を閉ざし、諦めと悔しさが陰鬱とした空気に滲む。ロナルドでさえもそうだった。だけど諦めきれない。アレクは挑むようにオクルール官邸を見上げる。

 一条の月明かりが雲の隙間からエントランスを照らしだした。そのときふと、一台の荷馬車に目が留まる。

「あれは……」

 金縁の施された艶のある漆黒の御者台。荷台の幌もくたびれた様子はなく、まだ真新しい感じがする。荷馬車にしては豪華な造りのものだが、大臣官邸に出入りするものなら特におかしいこともない。それよりも……

 アレクは目を細める。

「あの馬車ですが……もっと近くに寄って確認したいことがあります」

 真っ直ぐに馬車を見据えたまま、凜としたアレクの横顔をロナルドは不思議そうに見つめる。
 
「アレク?」
 
「もしかしたら、証拠が見つかるかもしれません」
 
「なに?」
 
「無茶はしません。あの馬車を見るだけです。お願いします」

 隊員たちは互いに顔を見合わせ、突然なにを言いだすのかと首をひねった。その中でニックはわざとらしく大きなため息をつく。

「おまえな。敷地内に勝手に入ることも違法なんだぞ。バレたらどうなると……」

「わかった。行こう」

 言葉をさえぎった人物を振り返り、ニックは一瞬言葉を失った。

「副隊長! いけません。見つかったら大変なことになります! きちんと手順を踏まなければ……」

「そんなことをしている猶予はないだろう? ちょっと見てくるだけだよ。きみたちは見張っていてくれ」

「副隊長!」

「わたしと一緒に行こう、アレク」

「……はい!」

 ニックが止める言葉も聞かず、ロナルドはアレクの手を引いて垣根を跳び越えた。アレクは不安そうに後方を振り返る。そこには怒った顔をしてこちらをにらみつけるニックがいた。

 ニックはロナルドのことを心配しているんだ。その気持ちはよくわかるし、危険なことは避けるべきだと理解はしている。現状ではオクルール官邸の捜査を求めても許可が下りる保証はない。だけど、もしかしたら……

 アレクは前を向き、手を引くロナルドの背中を追いかけた。

 実際このときの判断が正しいことだったのか、ロナルド自身わからなかった。

 規定と手順に則るならば間違った判断だ。けれどいつ取引が行われるかわからないこの緊迫した状況では他に方法がなかったともいえる。

 だがそれは主観的なものの見方による話だ。

 「馬車を確認したい」というアレクの言葉はバレリアの呪いによって呪力に侵された者には命令へと変わる。

 先代王の遺跡にて「助けて」といったアレクの言葉にベインが従ったように、無自覚のまま逆らうことなどできはしない。アレクも、そしてロナルドもまた無自覚のまま呪縛による主従関係にある。

 では呪力に侵されていなければ、ロナルドはアレクを止めただろうか。それは誰にもわからない。
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