90 / 146
第四章
会いたくて
しおりを挟む……ト……ルト……ケルト……
「ケルト。どうした、なにかあったのか」
ただ茫然と立ち尽くすケルトを発見し、マーリナスは小さく眉根を寄せる。何度呼びかけてみても反応がない。肩をつかんでゆすってみると、ようやく反応を示した。
ぎこちない動きでゆっくりと振り返る。そのケルトの表情をみた途端、マーリナスの顔が曇る。
顔は血の気が失せたように青ざめ、目の焦点は不安定に揺れながら左右を行き来していた。
「ケルト……なにがあった」
「バレリア……」
バレリア?
小刻みに震えるケルトの唇からぽろりと落ちた小さな言葉に、マーリナスの眉間の皺がさらに深まる。なぜいまその言葉を発するのか。
そもそもアレクの呪いを知った上で傍にいることを望んでいるケルトが、いまさらその言葉に怯えるはずもない。だが、この様子は明らかに異常だ。はぐれてしまった僅かな時間になにがあったのか。
深く問いただしたいところだが、あいにくと状況は緊迫している。
先に酒場付近に到着したマーリナスは、ならず者たちを捕らえている警備隊を発見した。指揮官であるロナルドの姿は見当たらず、現場に残っていた隊員の数も僅かばかり。
隊員に状況を確認したところ酒場で乱闘が起き、ゲイリー・ヴァレットは逃走。ロナルドは既に追跡を開始し、上層へ移動している。
急いで後を追わなければ。そう思ったとき、ケルトがいないことに気がついて戻ってきたのだ。
「ケルト、ロナルドとアレクはゲイリーを追って上層に戻った。ロナルドのことだから無理はしないと思うが、あいつもまたバレリアの呪いにかかっている。アレクが傍で関わっている以上、いつ判断を誤るかわからない。それはアレクをいま以上の危険にさらす可能性があるということだ。わかるな?」
アレクが危険にさらされる。
その言葉がケルトの正気を取り戻す。あたまは真っ白だったし心臓は早鐘を打ったようにうるさく音を立てていたけど、ケルトはそれらから無理矢理目を背けた。
「悪い。行こう」
ケルトの焦点が定まり、目に力が戻ったのをみてマーリナスは小さく安堵の息をつく。
「地上に向かったのなら、おおよその目星はついている」
「なんでわかるんだよ」
「酒場の店主が教えてくれたからな」
片方の口角をあげて笑ってみせたマーリナスに、ケルトは一瞬呆気に取られたあと苦笑をもらした。
そうだ。いまはこんなことに気を取られている場合じゃない。早く、アレク様の元へ。
マーリナスもまた遥か頭上を見上げる。早く会いたい。頼むから無事でいてくれと、逸る気持ちを乗せて走り出した――
◇
「オクルール大臣……」
アレクは思わず言葉を失う。
この東地区の行政をみるからに貴族なのはわかっていたけど、まさか国の閣僚だとは思いもよらなかった。
「オクルール大臣は次期右大臣との呼び名も高く、国王殿下の信頼も厚い人物だと聞いている。おそらく職務上、国王殿下とも近しい立場にいるだろう。謁見することも容易だろうし、もしも大臣がゴドリュースを手に入れることが可能なら……」
「それを国王殿下に飲ませることも可能ということですね」
「黙れ! 軽率な言葉を吐くことは侮辱罪にあたるぞ、このバカが!」
ロナルドがいわんとしたことをアレクが続けると、ニックが鋭い目つきで怒鳴った。
ゲイリーの情報を吐いたホーキンスはモンテジュナルの闇商人エレノアと取引の予定があるといった。商人同士の取引ならば相場を元値に交渉するのが定石だろうが、もしそこに買い手がいるとすればどうなるか。
ゲイリー・ヴァレットはエレノアとオクルール大臣の仲介人だったということになる。
一国の大臣とゴドリュースを持つエレノア。しかも国籍は互いに別のところにあり、エレノアが取引を終えて出国した時点でオクルール大臣がゴドリュースを買ったという証拠は消え、手出しができなくなる。
双方にとってこの黄金のパイプは喉から手が出るほど欲しいもののはず。
ゲイリーはその両人から多額の仲介料を取り、さらに残ったゴドリュースを手に入れるという算段なのだろう。なんとも狡猾で強欲。
「本当に恐ろしい男だね」
敵でなければ賞賛の拍手を送ってやるところだ。ロナルドは苦笑交じりにつぶやいた。
「どうしますか?」
そしてアレクもまたロナルドと同様のことを考えていた。
取引相手にオクルール大臣が含まれているのなら、国王の命を揺るがす危険性が多いに含まれているということ。必ず現場を押さえなくてはならない。
ただし肝心のエレノアがここにいればの話だ。現物がなければ取引は成立しないし、なによりゴドリュースの確保ができない。
だがアレクが同行した狙いはまた別のところにある。ホーキンスがゲイリーから手に入れたという解毒剤。それを手に入れることだ。
毒物の取引には必ず解毒剤が含まれる。ゴドリュースに関しては必ずしもそれで助かるという保証はないが、マーリナスのように状態を維持しつつ、ゆっくりと改善に向かうケースもある。
要は「助かる可能性」があればいいのだ。それをちらつかせて、死に際の標的から求める物を奪う。
ただ殺すことを目的とするなら必要ないが、ゴドリュースという劇薬が王族貴族に使用されることになったのは、そういった目的が往々にして含まれていたからだ。
闇商人はそういった「事情」をよく理解している。だから必ずエレノアは解毒剤も持ってきているはず。それを手に入れて必ずマーリナスを助ける。
マーリナスはいま、どうしているんだろう。まだベッドで寝ているのかな。悪化なんてしていないよね?
たった一日、顔を見ないだけでこうも不安になる。死んだように眠るマーリナスの顔を見ているのはとてもつらかったけど、穏やかな寝息を聞いていると安心できた。
でももし可能なら。
もう一度、あの濃紺色の瞳の中に自分の姿を映して欲しい。そして、ありがとうとごめんなさいを伝えたい。
早く、会いたい。
1
お気に入りに追加
314
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
前世である母国の召喚に巻き込まれた俺
るい
BL
国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる