上 下
87 / 146
第三章

幕切れは突然に

しおりを挟む
 ふたりの声が重なる。アレクの声には恐怖が滲み、ロナルドの声は怒気をはらむ。

 ロナルドは信じられない思いでベインを見上げる。血走った目に獣のようなうなり声。歯を立てて食い込んだ唇は血が滲み、明らかに自分に殺意を向けるベイン。

(なぜここに! ベローズ王国警備隊に連行されたはずだ。なぜ。なぜ!)

 だが悠長にそんなことを思案している暇はなかった。ベインは狂気に歪んだ顔で、再び力任せにロナルドの顔に向けて刃物を振り下ろした。

 それを首をひねってぎりぎりのところでかわし、身をよじってなんとかベインの股ぐらから抜け出したロナルドは慎重にベインと間合いを取りながら、混乱するあたまをなんとか整理する。

 どうやってベローズ王国警備隊の包囲網から抜け出したのか分からないが、ベインがここにいるのは事実だ。それならばやるべきことはひとつしかない。

 警棒を一振りして顔つきを鋭いものに変えたロナルドが地を蹴り、憎悪の上に歓喜を上乗せしたベインはとち狂った笑い声をあげながらそれを迎え撃った。

 それからの攻防戦は激しいものだった。ロナルドはベインの攻撃を受け止めつつ何度も攻撃に転じたが、ベインは信じられないような身のこなしでその全てをかわしてみせた。

 互いが一瞬の隙を見逃さずに攻撃を繰り出し、寸前で受け止める。そのふたりの攻防は素人目には速すぎて見て取ることができず、けたたましい剣戟の音が立て続けに金属音を打ち鳴らして届くだけだった。

 だが戦いのさなか、そのことに違和感を覚えたのはロナルドである。

 ベインはモーリッシュの護衛を務めていた人間だ。あのずる賢いモーリッシュが雇ったからには元々腕は立つのだろうが。だがこれほど腕が立つのなら、先代王の遺跡で邂逅した際に逃亡という選択肢を取ったのはおかしい。

 あのときベインが逃げたのは捕らえられることを恐れたからだ。ロナルドがたったひとりで追いかけていたのにも関わらず、戦う選択肢を捨てて逃げた。 

 それなのにいまは敵意をむきだしにして襲いかかってくる。その姿はまるで獰猛な野獣そのもの。あのときはまだ人間らしさがあったように思えたが。

(まるで別人格だね。こんなのマーリナスでも勝てるかわからないぞ)

 ベインの鋭い突きは制服の脇腹部分を切り裂いた。

 その様子をアレクは地面にへたり込み茫然とみつめる。

 記憶がない。そのことを思いだしたのだ。モーリッシュの隠れ家に連れ去られた二日目の夜から記憶が途切れ、ロナルド宅のベッドで目が覚めたときには全てが終わっていた。

 ロナルドの説明によれば、モーリッシュの証言でアレクを連れ去り金庫に閉じ込めたのはベインだと判明している。

 けれどなぜそんな行動を取ったのか、理由はわからないと話したらしい。当のベインは当時何を問いかけても口を開こうとせず、大人しく縄についたといっていたけど……

 あの瞳。あれは間違いなくバレリアの呪いだ。

 熱に浮かされて記憶がないけれど、なにかの拍子でベインは瞳をみてしまったんじゃないだろうか。

 そう考えればベインが取った不可解な行動にも合点がいく気がする。あの呪いはひとをおかしくする。

 もしかしたらベインはケルトのように自分を追いかけてここに戻ってきたのかもしれない。

 血の気の引いたアレクの前でふたりの激しい攻防は未だ決着がつかず、ロナルドの額には大粒の汗が浮かび上がりついに疲労の色がみえ始めた。

 対してベインは相変わらずキレのある動きと速い攻撃を繰り出しており、疲れなどないようにみえる。

(このままではまずいね)

 自分の攻撃が防戦に傾き始めていることはロナルドにも自覚があった。酒場での乱闘で体力を削ってしまったのが響いている。

 ここまでベインの腕が立つとは思いもよらなかったが、このままいけばじり貧だ。体力は削られて一瞬のミスが致命傷になる。

 ロナルドの背中に嫌な汗が伝った。

「ロナルド副隊長っ! ご無事ですかっ!?」

 突如差しこまれたその声がロナルドを救った。

 やっと酒場の制圧が完了したらしい。手の空いた隊員たちがロナルドをみつけ、こちらに走ってくるのがみえる。

 安堵と共に大きく息をついて、いったんベインから距離を取ったロナルドはやれやれと笑ってみせた。

「まだ続けるかい? さすがのキミも数には勝てないんじゃないかな」

 ベインの動きがピタリと止まる。ロナルドが指し示す先に目を向ければ、こちらに駆けてくる大勢の警備隊の姿。
 
 ゆっくりと刃物を下ろしてその様子を眺めるベインの顔は、突然スイッチが切れたように無表情なもへと変わった。

 その様子にロナルドは小さく眉を寄せる。なにを考えているのか読み取れなかったからだ。

 だがすぐに答えはでた。無表情となったベインはなにごともなかったようにナイフをしまうと、あれだけ殺意を抱いていたロナルドやアレクにさえも一瞥もくれず、颯爽とその場から逃走したのである。

「ははっ……どうなっているのさ」

 あまりにもあっけない幕切れに思わず乾いた笑いがロナルドの口からもれた。

 去り際になにか、ひとことくらいあってもいいだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...