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第三章
ケルトの思いがけない一面
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西地区はモーリッシュの隠れ家に続く地下入口のある場所だったが、周辺の探索はベローズ警備隊に任せていた。マーリナスたちは北地区のバロン屋敷から入り、地下遺跡を通って西地区に出たため土地勘がない。
右も左もわからない西地区に降り立てば、北地区とはまた違った趣があった。北地区は廃れた民家が多く、中央に向かって立派な家が建ち並ぶ居住地区のようなものだった。
一方でこの西地区はいうなれば商業区とでもいうのか、いくつも看板を掲げた店があちこちに見受けられる。その合間合間に貴族の屋敷も顔負けの立派な屋敷が顔を見せており、地下街だというのに華やかさすら感じられた。
だが通りを行き交う連中はやはり危険じみた匂いが拭えない。店頭に掲げられた看板は店名ではなく酒や薬の葉、または武器などの絵柄によってのみ記されている。
それも見渡す限り四方八方にだ。
いったいどこから手をつければ良いのか。立ち止まり逡巡したマーリナスの袖をケルトが引っ張る。
「あっちだ。行こう」
「どこに行く気だ。下手に動けば迷うぞ」
「酒場だよ。情報を得るには酒場が一番だ。ギルたちもいつもそうしてた」
ケルトが顔を向けた方向にはジョッキの絵を掲げた小さな看板がある。悪人に悪人の居場所など聞けるはずもない。下手をすれば探っていたことが密告され、ゲイリーが逃げる可能性もある。
「ダメだ。わたしたちが動き回っていることが知れたら、ロナルドたちの作戦が失敗するぞ」
「知られなきゃいいんだろ」
「それはそうだが。なにかいい案でもあるのか」
「あんた、カネ持ってる?」
「多少はあるが」
「文句いわずに俺がだせっていったら、だしてくれればいい。それで上手くいく」
返事も聞かずにつかつかと酒場へ向かうケルトの手をマーリナスは慌てて引き留める。
「待て。おまえは未成年だろう。ここで待っていろ」
「あんた隊長なのにあたま悪いよね。ここは地下街の無法地帯だよ。飲酒するのに未成年もなにもあると思う? むしろ俺みたいな子供を連れて堂々と酒飲ませた方が悪人ぽくて警戒されないと思うけど」
「それに俺お酒飲めるし」と加えたケルトにマーリナスは一瞬呆気に取られる。口の悪さに驚いたのではない。その判断力と度胸に驚かされたからだ。
ここはスタローン王国地下街。世界でも有数の悪名高い無法地帯だ。その酒場に踏みこむことに躊躇いすらないとは。
ケルトはアレクを探すためにベローズ警備隊と共に各地を回っていたと聞くが、もともとの性格も相まって、その過程で度胸に磨きがかかったのかもしれない。
思いがけないケルトの一面を垣間見て、マーリナスはやや挑戦的な笑みをこぼす。
「頼りにさせてもらおう」
「あんたはただ黙ってお金を出せばいいから。それと店に入ったら無駄に殺気だしといて。あんたならできるだろ」
挑むようでもあり愉快そうでもある、そんな表情を浮かべたマーリナスにケルトは訝しげな視線を向け、手を振りほどくと再び酒場へと足を向けた。今度はマーリナスも大人しく付き添う。
ケルトに任せるのは少々不安であるが、なにを考えているのか興味があった。
いざとなればフォローに入る心づもりで足を向けた酒場の入り口には、男がふたり酒瓶を片手に談笑しながら立ち塞がっている。
ケルトがその間をすり抜けようとすると、片割れがすっと手を横に出して前を塞いだ。
「入店料」
「いくらだよ」
「二百ギルだ」
ケルトがマーリナスに視線を向ける。金を出せということなのだろう。懐から金を取り出してマーリナスが男に手渡すと、その様子を笑いながら見ていたもう一方の片割れが口を開いた。
「ポートランドの酒はうまかったかよ」
いったいなんのことだ。そんな疑念がマーリナスのあたまをよぎるより早く。
「くそったれ! 返しやがれ!」
ケルトが憤慨して金を手にした男のすねを蹴り飛ばした。突拍子もない行動にフードの下で目を丸くしたマーリナスとは裏腹に、ふたりの男たちは怒るどころか腹を抱えてげらげらと笑いだす。
「わりぃわりぃ。見かけない顔だったんでな。カマかけたんだよ。知ってたか」
「知ってるよ! ポートランドの酒はタダだ! それ返せ!」
「はいはい」
未だに笑いがおさまらない男たちをにらみ飛ばし、ケルトはむしるように男の手からカネを奪うと笑い声に背を向けてずかずかと店内へ入っていく。男たちの様子に呆気に取られたマーリナスもそのあとに続いた。
「さっきのはなんだ」
「合言葉だ」
「グラング?」
「あいつらの親玉の口癖で悪党どもの合言葉だ。あれがいえないと悪人じゃないってすぐバレる。この店では酒代を取らないってこと。俺がカネだせっていうまでは絶対だすなよ」
頼りにしているといったものの、まさかこうも早くケルトの知識に助けられると思っていなかったマーリナスは、自身の中でケルトの評価を見直す。
ケルトはアレクを探すためベローズ王国警備隊と同行していたが、保護下に置かれていたわけではない。前回の作戦を鑑みれば、ケルトは追尾魔法をアレクにかける役目を担っていた。それは単なる同行者ではなく警備隊の一員とみなされていたということを意味する。
ベローズ王国警備隊の水準はかなり高度だ。その中で足を引っ張らずに同行するということが、いうより難しいであろうということはマーリナスも容易に想像できる。
つまりケルトにはそれだけの能力があるということだ。あのギルがいくら王命でケルトを同行させたといえ、大事な職務の枷となるような人間を側に置くはずがないのだから。
そしてそんなマーリナスの考えは、堂々とカウンターに腰を下ろして足をぶらつかせるケルトによって、またもや肯定されることとなる。
右も左もわからない西地区に降り立てば、北地区とはまた違った趣があった。北地区は廃れた民家が多く、中央に向かって立派な家が建ち並ぶ居住地区のようなものだった。
一方でこの西地区はいうなれば商業区とでもいうのか、いくつも看板を掲げた店があちこちに見受けられる。その合間合間に貴族の屋敷も顔負けの立派な屋敷が顔を見せており、地下街だというのに華やかさすら感じられた。
だが通りを行き交う連中はやはり危険じみた匂いが拭えない。店頭に掲げられた看板は店名ではなく酒や薬の葉、または武器などの絵柄によってのみ記されている。
それも見渡す限り四方八方にだ。
いったいどこから手をつければ良いのか。立ち止まり逡巡したマーリナスの袖をケルトが引っ張る。
「あっちだ。行こう」
「どこに行く気だ。下手に動けば迷うぞ」
「酒場だよ。情報を得るには酒場が一番だ。ギルたちもいつもそうしてた」
ケルトが顔を向けた方向にはジョッキの絵を掲げた小さな看板がある。悪人に悪人の居場所など聞けるはずもない。下手をすれば探っていたことが密告され、ゲイリーが逃げる可能性もある。
「ダメだ。わたしたちが動き回っていることが知れたら、ロナルドたちの作戦が失敗するぞ」
「知られなきゃいいんだろ」
「それはそうだが。なにかいい案でもあるのか」
「あんた、カネ持ってる?」
「多少はあるが」
「文句いわずに俺がだせっていったら、だしてくれればいい。それで上手くいく」
返事も聞かずにつかつかと酒場へ向かうケルトの手をマーリナスは慌てて引き留める。
「待て。おまえは未成年だろう。ここで待っていろ」
「あんた隊長なのにあたま悪いよね。ここは地下街の無法地帯だよ。飲酒するのに未成年もなにもあると思う? むしろ俺みたいな子供を連れて堂々と酒飲ませた方が悪人ぽくて警戒されないと思うけど」
「それに俺お酒飲めるし」と加えたケルトにマーリナスは一瞬呆気に取られる。口の悪さに驚いたのではない。その判断力と度胸に驚かされたからだ。
ここはスタローン王国地下街。世界でも有数の悪名高い無法地帯だ。その酒場に踏みこむことに躊躇いすらないとは。
ケルトはアレクを探すためにベローズ警備隊と共に各地を回っていたと聞くが、もともとの性格も相まって、その過程で度胸に磨きがかかったのかもしれない。
思いがけないケルトの一面を垣間見て、マーリナスはやや挑戦的な笑みをこぼす。
「頼りにさせてもらおう」
「あんたはただ黙ってお金を出せばいいから。それと店に入ったら無駄に殺気だしといて。あんたならできるだろ」
挑むようでもあり愉快そうでもある、そんな表情を浮かべたマーリナスにケルトは訝しげな視線を向け、手を振りほどくと再び酒場へと足を向けた。今度はマーリナスも大人しく付き添う。
ケルトに任せるのは少々不安であるが、なにを考えているのか興味があった。
いざとなればフォローに入る心づもりで足を向けた酒場の入り口には、男がふたり酒瓶を片手に談笑しながら立ち塞がっている。
ケルトがその間をすり抜けようとすると、片割れがすっと手を横に出して前を塞いだ。
「入店料」
「いくらだよ」
「二百ギルだ」
ケルトがマーリナスに視線を向ける。金を出せということなのだろう。懐から金を取り出してマーリナスが男に手渡すと、その様子を笑いながら見ていたもう一方の片割れが口を開いた。
「ポートランドの酒はうまかったかよ」
いったいなんのことだ。そんな疑念がマーリナスのあたまをよぎるより早く。
「くそったれ! 返しやがれ!」
ケルトが憤慨して金を手にした男のすねを蹴り飛ばした。突拍子もない行動にフードの下で目を丸くしたマーリナスとは裏腹に、ふたりの男たちは怒るどころか腹を抱えてげらげらと笑いだす。
「わりぃわりぃ。見かけない顔だったんでな。カマかけたんだよ。知ってたか」
「知ってるよ! ポートランドの酒はタダだ! それ返せ!」
「はいはい」
未だに笑いがおさまらない男たちをにらみ飛ばし、ケルトはむしるように男の手からカネを奪うと笑い声に背を向けてずかずかと店内へ入っていく。男たちの様子に呆気に取られたマーリナスもそのあとに続いた。
「さっきのはなんだ」
「合言葉だ」
「グラング?」
「あいつらの親玉の口癖で悪党どもの合言葉だ。あれがいえないと悪人じゃないってすぐバレる。この店では酒代を取らないってこと。俺がカネだせっていうまでは絶対だすなよ」
頼りにしているといったものの、まさかこうも早くケルトの知識に助けられると思っていなかったマーリナスは、自身の中でケルトの評価を見直す。
ケルトはアレクを探すためベローズ王国警備隊と同行していたが、保護下に置かれていたわけではない。前回の作戦を鑑みれば、ケルトは追尾魔法をアレクにかける役目を担っていた。それは単なる同行者ではなく警備隊の一員とみなされていたということを意味する。
ベローズ王国警備隊の水準はかなり高度だ。その中で足を引っ張らずに同行するということが、いうより難しいであろうということはマーリナスも容易に想像できる。
つまりケルトにはそれだけの能力があるということだ。あのギルがいくら王命でケルトを同行させたといえ、大事な職務の枷となるような人間を側に置くはずがないのだから。
そしてそんなマーリナスの考えは、堂々とカウンターに腰を下ろして足をぶらつかせるケルトによって、またもや肯定されることとなる。
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