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第三章
地下街の魔手
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隊員がロナルドと男の間に割って入ろうとしたそのとき、同時に周囲の人間が動いた。注文を取っていた店員たち。そしてあろうことか、客として席についていたならず者まで皆一様に席を立ち上がりロナルドたちに向き直った。
先ほどまでの喧騒はどこに消えたのか、しんと静まり返った薄暗い店内で彼らの眼光は夜目の獣のごとく鋭く光り、明らかにロナルドたちを敵視している。
その数ざっと二十ほど。
ロナルドたちは息をのむ。
一体いつの間に連携を図ったのか。
おそらく酒を振る舞いながら、店員が情報を渡していたのだろう。談笑まじりに素知らぬフリをして気づかれぬよう、じわじわと外堀を埋めていたのだ。
地下街に住む者の魔手は、そうして死角からそろそろと手を繋ぎ合わせ獲物を取り囲む。
ロナルドはこのときになってやっと、ゲイリーが最後にみせた笑みの理由がわかった。
狩人のつもりでやってきた者が、時間と共に逃げ場を失った獲物に変化していく様をあざ笑っていたのだ。
「ポートランドの酒はうまかったかい」
異様な雰囲気に包まれた店内で大男がそう口を切った。
「ポートランドは良質な葡萄酒の生産地で有名だがな、それ以外にも有名な話がもうひとつある。とはいってもその話は一般には広がってねえ。知っているのは俺たちのような悪人だけだがな」
ならず者たちは手に手に刃物を握りしめ、じりじりと距離を詰める。周囲に満ちる殺気が、一歩でも動けば殺すと無言の圧を生む。
ロナルドの額は薄らと汗ばみ、背筋には冷たい汗が伝った。
「ポートランドにはかつて、ある大富豪が住んでいた。その資産といったら国ひとつ買えるだけのものがあっただろうよ。その男は大層な酒好きでな、毎日浴びるように酒を呑んでいたんだ」
「いったいなんの話をしているんだ」
青ざめた隊員が一歩後退し、悲鳴にも似た声をあげる。だが男は意にも介さぬ様子で汚らしい天井を目を細めて見上げ、どこかに思いを馳せるように話し続けた。
「まあ、聞けよ。その男は表向きではカタギの大富豪だったが、その裏では各地の闇商人を斡旋する仕事を生業にしていやがったんだ。俺らがなにをしようとあの男が口を挟むことはねえ。だがな、闇商売を生業にするのなら必ずそいつの元に出向いて挨拶しなきゃならねえのが俺ら悪人の常識でな」
男が語る傍らで店員が入り口に回り込み、鍵をかけた。ガチャンと鳴った重いかんぬきの音。隊員はさらに青ざめ震え上がった。
その一方で黙って男の話に耳を傾けるロナルドはまだ冷静さを保っているように見受けられたが、普段の温厚な顔つきを打ち消し、威圧を放ちながら周囲の連中の接近を拒むその眼光が、すでに余裕などないことを往々にして物語る。
「ポートランドの酒つーのは、その男から振る舞われる酒を指すんだ。一生に一度味わえるかってほどの美酒だぜ。一体いくらするんだって気になるだろう? だがその男は必ずこういったんだ」
大男は一度言葉を切り、にやりとした笑みを浮かべる。
「酒に金を払う奴は大馬鹿者だってな」
ロナルドの額を一筋の汗が流れ落ちる。
つまり入店料を取られたときのあの会話には意味があったということだ。それも悪人だけが知り得る常識を元に作られた、合い言葉のような何かが。あのとき感じた妙な疑念の正体はこれだったのか。
継がれた男の言葉はそんなロナルドの思考を肯定するものだった。
「ポートランドの酒の酒はうまかったかと問われたら、次からはこう答えるんだな。〝ああ、タダだったからな〟。つまりこの店では酒代を取らねえってことだ。本業は闇取引だからな。お勉強になったかよ、お利口さんな警備隊の皆さん」
それがこの店の合い言葉。おそらく何も知らなかったニックが昨晩入店したときも同じ問いかけがあったはずだ。ニックも当たり障りのない返事を返したに違いないが、正解をいえなかったことでこいつらの目を引いてしまった。
その後は尾行でもされたのだろう。だからこそ「警備隊」だと断定して話している。
すでに言い逃れはできないようだが、易々と認めてやるわけにはいかない。こちらはたったふたり。多勢に無勢だ。襲いかかられたら、さすがのロナルドでもひとたまりもない。
「それはこの店だけの常識だろう。知らなかったとしても不思議じゃない」
そう苦し紛れにいってみたものの、男は鼻で笑ってみせた。
「いいや、違うね。悪人の中じゃその男は伝説なんだ。手腕を見抜く鋭い考察力。そして何よりも世界中にまたがる人脈。あの男の力添えで成功を手にした悪人は百や二百じゃきかねえ。だからこそ俺ら悪人はあの男に尊敬と敬意を称していまでもこうして酒を無料で振る舞うんだ。それをやっているのは何もこの店だけじゃねえ。それこそ世界中にある。だから知らねえわけがねえのさ」
「なるほど」
他国を往来しているベローズ王国国際警備隊なら勝手が違ったかも知れないが、ロナルドたちスタローン王国警備隊は国外に足を伸ばすことは許されていない。
ましてや長年地下街は不可侵とされていたのだ。悪人の常識など知り得るはずもなく、言い訳も尽きた。
ロナルドはひと呼吸をつくと、肩に乗せられた男の手を握りしめた。
「ぬっ……?」
途端に余裕の笑みを浮かべていた男の顔が真顔になる。
手の力は緩めていない。いや、むしろ先ほどよりも抵抗して力を入れている。それなのにいくら力を入れてもつかまれた手は小刻みに震えながらゆっくりと浮上し、そしてついに肩から外れてしまった。
力勝負では負けなしと自負していた自慢の腕力が、明らかに自分より小さな優男に跳ね返された。男の矜持は瓦礫のように砕け落ちた。
「この野郎っ!!」
男が顔を真っ赤にして叫ぶ。それを皮切りに、じりじりと間合いを詰めていた周囲の連中がロナルドたちに向かって一斉に牙をむいて襲いかかった――
先ほどまでの喧騒はどこに消えたのか、しんと静まり返った薄暗い店内で彼らの眼光は夜目の獣のごとく鋭く光り、明らかにロナルドたちを敵視している。
その数ざっと二十ほど。
ロナルドたちは息をのむ。
一体いつの間に連携を図ったのか。
おそらく酒を振る舞いながら、店員が情報を渡していたのだろう。談笑まじりに素知らぬフリをして気づかれぬよう、じわじわと外堀を埋めていたのだ。
地下街に住む者の魔手は、そうして死角からそろそろと手を繋ぎ合わせ獲物を取り囲む。
ロナルドはこのときになってやっと、ゲイリーが最後にみせた笑みの理由がわかった。
狩人のつもりでやってきた者が、時間と共に逃げ場を失った獲物に変化していく様をあざ笑っていたのだ。
「ポートランドの酒はうまかったかい」
異様な雰囲気に包まれた店内で大男がそう口を切った。
「ポートランドは良質な葡萄酒の生産地で有名だがな、それ以外にも有名な話がもうひとつある。とはいってもその話は一般には広がってねえ。知っているのは俺たちのような悪人だけだがな」
ならず者たちは手に手に刃物を握りしめ、じりじりと距離を詰める。周囲に満ちる殺気が、一歩でも動けば殺すと無言の圧を生む。
ロナルドの額は薄らと汗ばみ、背筋には冷たい汗が伝った。
「ポートランドにはかつて、ある大富豪が住んでいた。その資産といったら国ひとつ買えるだけのものがあっただろうよ。その男は大層な酒好きでな、毎日浴びるように酒を呑んでいたんだ」
「いったいなんの話をしているんだ」
青ざめた隊員が一歩後退し、悲鳴にも似た声をあげる。だが男は意にも介さぬ様子で汚らしい天井を目を細めて見上げ、どこかに思いを馳せるように話し続けた。
「まあ、聞けよ。その男は表向きではカタギの大富豪だったが、その裏では各地の闇商人を斡旋する仕事を生業にしていやがったんだ。俺らがなにをしようとあの男が口を挟むことはねえ。だがな、闇商売を生業にするのなら必ずそいつの元に出向いて挨拶しなきゃならねえのが俺ら悪人の常識でな」
男が語る傍らで店員が入り口に回り込み、鍵をかけた。ガチャンと鳴った重いかんぬきの音。隊員はさらに青ざめ震え上がった。
その一方で黙って男の話に耳を傾けるロナルドはまだ冷静さを保っているように見受けられたが、普段の温厚な顔つきを打ち消し、威圧を放ちながら周囲の連中の接近を拒むその眼光が、すでに余裕などないことを往々にして物語る。
「ポートランドの酒つーのは、その男から振る舞われる酒を指すんだ。一生に一度味わえるかってほどの美酒だぜ。一体いくらするんだって気になるだろう? だがその男は必ずこういったんだ」
大男は一度言葉を切り、にやりとした笑みを浮かべる。
「酒に金を払う奴は大馬鹿者だってな」
ロナルドの額を一筋の汗が流れ落ちる。
つまり入店料を取られたときのあの会話には意味があったということだ。それも悪人だけが知り得る常識を元に作られた、合い言葉のような何かが。あのとき感じた妙な疑念の正体はこれだったのか。
継がれた男の言葉はそんなロナルドの思考を肯定するものだった。
「ポートランドの酒の酒はうまかったかと問われたら、次からはこう答えるんだな。〝ああ、タダだったからな〟。つまりこの店では酒代を取らねえってことだ。本業は闇取引だからな。お勉強になったかよ、お利口さんな警備隊の皆さん」
それがこの店の合い言葉。おそらく何も知らなかったニックが昨晩入店したときも同じ問いかけがあったはずだ。ニックも当たり障りのない返事を返したに違いないが、正解をいえなかったことでこいつらの目を引いてしまった。
その後は尾行でもされたのだろう。だからこそ「警備隊」だと断定して話している。
すでに言い逃れはできないようだが、易々と認めてやるわけにはいかない。こちらはたったふたり。多勢に無勢だ。襲いかかられたら、さすがのロナルドでもひとたまりもない。
「それはこの店だけの常識だろう。知らなかったとしても不思議じゃない」
そう苦し紛れにいってみたものの、男は鼻で笑ってみせた。
「いいや、違うね。悪人の中じゃその男は伝説なんだ。手腕を見抜く鋭い考察力。そして何よりも世界中にまたがる人脈。あの男の力添えで成功を手にした悪人は百や二百じゃきかねえ。だからこそ俺ら悪人はあの男に尊敬と敬意を称していまでもこうして酒を無料で振る舞うんだ。それをやっているのは何もこの店だけじゃねえ。それこそ世界中にある。だから知らねえわけがねえのさ」
「なるほど」
他国を往来しているベローズ王国国際警備隊なら勝手が違ったかも知れないが、ロナルドたちスタローン王国警備隊は国外に足を伸ばすことは許されていない。
ましてや長年地下街は不可侵とされていたのだ。悪人の常識など知り得るはずもなく、言い訳も尽きた。
ロナルドはひと呼吸をつくと、肩に乗せられた男の手を握りしめた。
「ぬっ……?」
途端に余裕の笑みを浮かべていた男の顔が真顔になる。
手の力は緩めていない。いや、むしろ先ほどよりも抵抗して力を入れている。それなのにいくら力を入れてもつかまれた手は小刻みに震えながらゆっくりと浮上し、そしてついに肩から外れてしまった。
力勝負では負けなしと自負していた自慢の腕力が、明らかに自分より小さな優男に跳ね返された。男の矜持は瓦礫のように砕け落ちた。
「この野郎っ!!」
男が顔を真っ赤にして叫ぶ。それを皮切りに、じりじりと間合いを詰めていた周囲の連中がロナルドたちに向かって一斉に牙をむいて襲いかかった――
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