上 下
76 / 146
第三章

くすぶる炎

しおりを挟む
「出発を早めてしまって悪かったね」

 地下街へと続く無機質な石畳の階段を降りながら、ロナルドは隣を歩むアレクに視線を移す。

「いえ。相手がいつ動きだすかわからない以上は、早いうちに見張っておいた方がいいですから」

 ふたりは地下街の連中に紛れるべく、制服を脱いで足元まで覆うローブを身にまとう。当初、深夜から行われるはずだったゲイリー・ヴァレットの監視はロナルドが医療棟から戻ってすぐ、変更がかけられた。

 ニックによる部隊編成は迅速に行われており、いつでも動ける状態であったため予定を早めることにしたとロナルドは話したが、その真意はまた別のところにある。

 そう、マーリナスの目覚めだ。

 魔道具のことを問われたとき誤魔化してみたものの、あいつのことだからきっと見抜いている。自分が呪いの影響を受けていることも、アレクのことを知られるのも時間の問題だろう。だから逃げるようにして予定を早めた。

 なぜ逃げる。あたまの片隅で己にそう問いかける。

 呪力の影響を受けつつ職を全うするのは不可能だと判断されるのを恐れているからか。

 アレクと引き離されるかもしれないと恐れたからか。

 モンテジュナルの闇商人と会いたいという、アレクの望みを叶えさせたいからか。

 王命によって下された大任を成し遂げ、警備隊の威信を取り戻したいからか。

 その全てが答えだった。

 けれどマーリナスなら、きちんと話をすれば理解してくれるかもしれなかった。それだけの信頼は確かにあった。でもそうしなかったのは、ずっと胸の中でじりじりと燃えていた黒い炎が途端に大きく膨れ上がってしまったからだ。

 数週間に及ぶアレクとの同居生活は夢のような時間だった。おはようのひとことから始まる朝が待ち遠しくて、彼の成すひとつひとつの仕草が愛おしく、おやすみをいうそのときまで常に心は幸福感で満たされていた。

 ケルトはいまでも毎日飽きもせずに嚙みついてくるが、そんな態度にも慣れた。

 手のかかる子ほど可愛いとでもいうか、ひたすら文句を言いながらもキッチリとロナルドにまで気を配り、苦手な食べ物は決して買ってこないし毎朝靴を磨き、制服にアイロンまでかけるという徹底ぶり。礼をいうとなぜか怒るので心の中で微笑んだ。

 そんな他愛ない日常はしあわせ以外のなにものでもなかったが、くすぶる炎は常に胸にあった。
 
 マーリナスの目覚めを心待ちにし、時間をみつけては日々健気に看病に向かうアレク。ふとしたときに見せる寂しそうな顔。帰り際、夕焼けに照らされながら医療棟に悲しげな視線を送るアレク。そんなアレクに何も思わなかったといえば嘘になる。

 アレクの心がマーリナスにあるのだと、嫌でもわかってしまったから。

 アレクを想えば、マーリナスの目覚めを知らせることはどれほど喜ばしいのだろう。でもいまはまだ、自分の隣にいて欲しかったのだ。

 そうと知らないアレクは急な変更に少々驚きつつも、後ろ髪を引かれる思いで駐屯地を後にした。アレクとしては決行前にマーリナスの様子を見に行っておきたかったのだが、我儘もいっていられない。ゲイリー・ヴァレットの取引現場を押さえることが、マーリナスの命を救う近道なのだと信じているからだ。
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...