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第三章
くすぶる炎
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「出発を早めてしまって悪かったね」
地下街へと続く無機質な石畳の階段を降りながら、ロナルドは隣を歩むアレクに視線を移す。
「いえ。相手がいつ動きだすかわからない以上は、早いうちに見張っておいた方がいいですから」
ふたりは地下街の連中に紛れるべく、制服を脱いで足元まで覆うローブを身にまとう。当初、深夜から行われるはずだったゲイリー・ヴァレットの監視はロナルドが医療棟から戻ってすぐ、変更がかけられた。
ニックによる部隊編成は迅速に行われており、いつでも動ける状態であったため予定を早めることにしたとロナルドは話したが、その真意はまた別のところにある。
そう、マーリナスの目覚めだ。
魔道具のことを問われたとき誤魔化してみたものの、あいつのことだからきっと見抜いている。自分が呪いの影響を受けていることも、アレクのことを知られるのも時間の問題だろう。だから逃げるようにして予定を早めた。
なぜ逃げる。あたまの片隅で己にそう問いかける。
呪力の影響を受けつつ職を全うするのは不可能だと判断されるのを恐れているからか。
アレクと引き離されるかもしれないと恐れたからか。
モンテジュナルの闇商人と会いたいという、アレクの望みを叶えさせたいからか。
王命によって下された大任を成し遂げ、警備隊の威信を取り戻したいからか。
その全てが答えだった。
けれどマーリナスなら、きちんと話をすれば理解してくれるかもしれなかった。それだけの信頼は確かにあった。でもそうしなかったのは、ずっと胸の中でじりじりと燃えていた黒い炎が途端に大きく膨れ上がってしまったからだ。
数週間に及ぶアレクとの同居生活は夢のような時間だった。おはようのひとことから始まる朝が待ち遠しくて、彼の成すひとつひとつの仕草が愛おしく、おやすみをいうそのときまで常に心は幸福感で満たされていた。
ケルトはいまでも毎日飽きもせずに嚙みついてくるが、そんな態度にも慣れた。
手のかかる子ほど可愛いとでもいうか、ひたすら文句を言いながらもキッチリとロナルドにまで気を配り、苦手な食べ物は決して買ってこないし毎朝靴を磨き、制服にアイロンまでかけるという徹底ぶり。礼をいうとなぜか怒るので心の中で微笑んだ。
そんな他愛ない日常はしあわせ以外のなにものでもなかったが、くすぶる炎は常に胸にあった。
マーリナスの目覚めを心待ちにし、時間をみつけては日々健気に看病に向かうアレク。ふとしたときに見せる寂しそうな顔。帰り際、夕焼けに照らされながら医療棟に悲しげな視線を送るアレク。そんなアレクに何も思わなかったといえば嘘になる。
アレクの心がマーリナスにあるのだと、嫌でもわかってしまったから。
アレクを想えば、マーリナスの目覚めを知らせることはどれほど喜ばしいのだろう。でもいまはまだ、自分の隣にいて欲しかったのだ。
そうと知らないアレクは急な変更に少々驚きつつも、後ろ髪を引かれる思いで駐屯地を後にした。アレクとしては決行前にマーリナスの様子を見に行っておきたかったのだが、我儘もいっていられない。ゲイリー・ヴァレットの取引現場を押さえることが、マーリナスの命を救う近道なのだと信じているからだ。
地下街へと続く無機質な石畳の階段を降りながら、ロナルドは隣を歩むアレクに視線を移す。
「いえ。相手がいつ動きだすかわからない以上は、早いうちに見張っておいた方がいいですから」
ふたりは地下街の連中に紛れるべく、制服を脱いで足元まで覆うローブを身にまとう。当初、深夜から行われるはずだったゲイリー・ヴァレットの監視はロナルドが医療棟から戻ってすぐ、変更がかけられた。
ニックによる部隊編成は迅速に行われており、いつでも動ける状態であったため予定を早めることにしたとロナルドは話したが、その真意はまた別のところにある。
そう、マーリナスの目覚めだ。
魔道具のことを問われたとき誤魔化してみたものの、あいつのことだからきっと見抜いている。自分が呪いの影響を受けていることも、アレクのことを知られるのも時間の問題だろう。だから逃げるようにして予定を早めた。
なぜ逃げる。あたまの片隅で己にそう問いかける。
呪力の影響を受けつつ職を全うするのは不可能だと判断されるのを恐れているからか。
アレクと引き離されるかもしれないと恐れたからか。
モンテジュナルの闇商人と会いたいという、アレクの望みを叶えさせたいからか。
王命によって下された大任を成し遂げ、警備隊の威信を取り戻したいからか。
その全てが答えだった。
けれどマーリナスなら、きちんと話をすれば理解してくれるかもしれなかった。それだけの信頼は確かにあった。でもそうしなかったのは、ずっと胸の中でじりじりと燃えていた黒い炎が途端に大きく膨れ上がってしまったからだ。
数週間に及ぶアレクとの同居生活は夢のような時間だった。おはようのひとことから始まる朝が待ち遠しくて、彼の成すひとつひとつの仕草が愛おしく、おやすみをいうそのときまで常に心は幸福感で満たされていた。
ケルトはいまでも毎日飽きもせずに嚙みついてくるが、そんな態度にも慣れた。
手のかかる子ほど可愛いとでもいうか、ひたすら文句を言いながらもキッチリとロナルドにまで気を配り、苦手な食べ物は決して買ってこないし毎朝靴を磨き、制服にアイロンまでかけるという徹底ぶり。礼をいうとなぜか怒るので心の中で微笑んだ。
そんな他愛ない日常はしあわせ以外のなにものでもなかったが、くすぶる炎は常に胸にあった。
マーリナスの目覚めを心待ちにし、時間をみつけては日々健気に看病に向かうアレク。ふとしたときに見せる寂しそうな顔。帰り際、夕焼けに照らされながら医療棟に悲しげな視線を送るアレク。そんなアレクに何も思わなかったといえば嘘になる。
アレクの心がマーリナスにあるのだと、嫌でもわかってしまったから。
アレクを想えば、マーリナスの目覚めを知らせることはどれほど喜ばしいのだろう。でもいまはまだ、自分の隣にいて欲しかったのだ。
そうと知らないアレクは急な変更に少々驚きつつも、後ろ髪を引かれる思いで駐屯地を後にした。アレクとしては決行前にマーリナスの様子を見に行っておきたかったのだが、我儘もいっていられない。ゲイリー・ヴァレットの取引現場を押さえることが、マーリナスの命を救う近道なのだと信じているからだ。
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