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第三章
逃げ水
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「くっそ、アレク様はどこにいるんだよ!」
後方からけたたましい警笛が何度も鳴り響き、あちこちから警備兵が集まってきている。
ロナルドは隊長代理を担っていたはずだ。ならば隊長室か。大概そういった部屋は二階か三階にあるものだ。
以前目にした騎士団内部を思い出しながらケルトは数段飛ばしで階段を駆け上がる。二階にたどり着き左右に目を向けると、大勢の隊員が足を止め何事かと騒ぎ立てているのが目に入る。
(違う、ここじゃない)
それは勘以外の何者でもなかったが、ケルトはそのまま三階へと向かった。
三階には通路を行き交う隊員の姿はほとんどなく、比較的静粛な雰囲気があった。ケルトは迷わず通路を駆ける。後方から地響きのように近付く足音に急かされながら、両サイドに並ぶドアのプレートを次々と確認していく。そして。
「あった!!」
『隊長室』
ついに発見したその扉の前でケルトは足を止めた。はあっと大きく息を吐き出してノブを回したそのとき。目の端でなにかが揺れた。何気なく視界の中で動いたそれに目を向ければ、ドアの横にネックレスが掛けられているのが目に入る。
銀色のチェーンに黒曜石のついたネックレス。
「これ……」
ケルトはネックレスを手に取るとまじまじと見つめた。間違いない。これはマーリナスが持っていたのと同じもの。そして自分がトマス・レンジから預かったのと同じやつだ。
なんのために入り口にぶら下げていたのかケルトに理解はできなかったが、ひとつだけ理解できたことがある。あいつはやはり魔道具を身につけていないということだ。
鼻筋にしわを寄せてネックレスを握りしめ、瞳に怒りを称えてケルトは勢いよくドアを押し開いた。開け放たれたドアが壁に跳ね返り、大きな音が響く。
「アレク様!」
だが――
「……あれっ?」
しんと静まり返る部屋の中。ケルトは呆然と立ち尽くす。
そこにはただひっそりと執務机が並び、憎たらしいロナルドの姿も愛しいアレク様の姿もなかったからだ。正面に置かれた大きな執務机の上でなにかが夕日を反射して煌めいている。
机に歩み寄りそれを手にして首を傾げたケルトはハッとして壁時計に目を向けた。針が指し示す時刻はまだ十七時前。警備隊に定時もなにもあったものではないが、ロナルドはできる限りアレク様に負担のかからないように十七時を目処に仕事を切り上げていたはずだ。
部屋からは出さないといっていたのに、定時前にいなくなるなんてどういうことだ。一体どこに行ったんだ!?
呆然とするケルトの肩を突然大きな手が、がしりと押さえつける。
「はあっはあっ、まったく逃げ足の速い子供だ。ここはおまえが立ち入れるような場所ではない! ほら行くぞ!」
鬼のような形相で警備兵はケルトの手首をわしづかみにすると、部屋の外に引っ張り出そうとした。
「ちょっと待てよ! アレク様はどこに行ったんだ!? あいつは!?」
「なんのことだ。いいから行くぞ!」
「待てっていってるだろ! 話を聞けよ!」
「いたぞ! こっちだ!」
足を踏ん張り必死に抵抗するケルトだったが、次々と集まってきた警備兵にあっという間に取り囲まれてしまい、抵抗むなしく引きずられるようにして部屋から出されると、あちこちから伸びる手によって床に押さえつけられてしまった。
「痛い! 離せよ!」
唯一、自由のきく口で抵抗してみせるが、「黙れ!」だの「大人しくしろ!」だのと大勢からまくし立てられ、ケルトは悔しげに歯を噛みしめる。
そこに、凛とした声が響いた。
「待て」
怒鳴り散らしていた隊員たちがそのひとことで嘘のように静まり返り、ぴたりと動きを止める。うちのひとりが声の主を振り返り、顔を輝かせて叫んだ。
「マーリナス隊長!!」
ケルトのことなど瞬時に忘れたように、隊員たちは次々と顔を輝かせてマーリナスの名を呼んだ。誰もが待ちわびていた。副隊長であるロナルドの手腕を疑う者など、この場に誰ひとりとしていない。それでもマーリナスが復帰することが何よりも隊員たちの喜びであり、希望であった。
「皆、心配をかけたな」
ふっと小さく笑みをこぼしたマーリナスの姿を目に、涙を浮かべる者までいる。いままでの様子とは打って変わった隊員たちを、ケルトは不思議そうにみつめていた。
(信頼、されてんだな)
「その少年はわたしの知り合いだ。離してやってくれ。それとわたしも君たちに訊ねたいことがある」
その言葉でするりと腕がほどかれる。あちこち馬鹿力で押さえつけられて痛む体をさすりながら立ち上がり、ケルトはマーリナスに向き直ると握りしめたネックレスを差し出してみせた。
「あいつがいない。アレク様もだ」
うなるようにそう告げたケルトの言葉にマーリナスの眉がぴくりと跳ね上がる。
「ロナルドとアレクはどこに行った」
近くにいた隊員にマーリナスが鋭い視線を向けて問えば、隊員は背筋を正し声を張り上げた。
「はっ! ロナルド副隊長はゲイリー・ヴァレットの取引現場を押さえるため、地下街へと向かわれました。補佐官のアレク殿も同行されています!」
そのとき、マーリナスとケルトの目が同時に大きく見開かれた――
後方からけたたましい警笛が何度も鳴り響き、あちこちから警備兵が集まってきている。
ロナルドは隊長代理を担っていたはずだ。ならば隊長室か。大概そういった部屋は二階か三階にあるものだ。
以前目にした騎士団内部を思い出しながらケルトは数段飛ばしで階段を駆け上がる。二階にたどり着き左右に目を向けると、大勢の隊員が足を止め何事かと騒ぎ立てているのが目に入る。
(違う、ここじゃない)
それは勘以外の何者でもなかったが、ケルトはそのまま三階へと向かった。
三階には通路を行き交う隊員の姿はほとんどなく、比較的静粛な雰囲気があった。ケルトは迷わず通路を駆ける。後方から地響きのように近付く足音に急かされながら、両サイドに並ぶドアのプレートを次々と確認していく。そして。
「あった!!」
『隊長室』
ついに発見したその扉の前でケルトは足を止めた。はあっと大きく息を吐き出してノブを回したそのとき。目の端でなにかが揺れた。何気なく視界の中で動いたそれに目を向ければ、ドアの横にネックレスが掛けられているのが目に入る。
銀色のチェーンに黒曜石のついたネックレス。
「これ……」
ケルトはネックレスを手に取るとまじまじと見つめた。間違いない。これはマーリナスが持っていたのと同じもの。そして自分がトマス・レンジから預かったのと同じやつだ。
なんのために入り口にぶら下げていたのかケルトに理解はできなかったが、ひとつだけ理解できたことがある。あいつはやはり魔道具を身につけていないということだ。
鼻筋にしわを寄せてネックレスを握りしめ、瞳に怒りを称えてケルトは勢いよくドアを押し開いた。開け放たれたドアが壁に跳ね返り、大きな音が響く。
「アレク様!」
だが――
「……あれっ?」
しんと静まり返る部屋の中。ケルトは呆然と立ち尽くす。
そこにはただひっそりと執務机が並び、憎たらしいロナルドの姿も愛しいアレク様の姿もなかったからだ。正面に置かれた大きな執務机の上でなにかが夕日を反射して煌めいている。
机に歩み寄りそれを手にして首を傾げたケルトはハッとして壁時計に目を向けた。針が指し示す時刻はまだ十七時前。警備隊に定時もなにもあったものではないが、ロナルドはできる限りアレク様に負担のかからないように十七時を目処に仕事を切り上げていたはずだ。
部屋からは出さないといっていたのに、定時前にいなくなるなんてどういうことだ。一体どこに行ったんだ!?
呆然とするケルトの肩を突然大きな手が、がしりと押さえつける。
「はあっはあっ、まったく逃げ足の速い子供だ。ここはおまえが立ち入れるような場所ではない! ほら行くぞ!」
鬼のような形相で警備兵はケルトの手首をわしづかみにすると、部屋の外に引っ張り出そうとした。
「ちょっと待てよ! アレク様はどこに行ったんだ!? あいつは!?」
「なんのことだ。いいから行くぞ!」
「待てっていってるだろ! 話を聞けよ!」
「いたぞ! こっちだ!」
足を踏ん張り必死に抵抗するケルトだったが、次々と集まってきた警備兵にあっという間に取り囲まれてしまい、抵抗むなしく引きずられるようにして部屋から出されると、あちこちから伸びる手によって床に押さえつけられてしまった。
「痛い! 離せよ!」
唯一、自由のきく口で抵抗してみせるが、「黙れ!」だの「大人しくしろ!」だのと大勢からまくし立てられ、ケルトは悔しげに歯を噛みしめる。
そこに、凛とした声が響いた。
「待て」
怒鳴り散らしていた隊員たちがそのひとことで嘘のように静まり返り、ぴたりと動きを止める。うちのひとりが声の主を振り返り、顔を輝かせて叫んだ。
「マーリナス隊長!!」
ケルトのことなど瞬時に忘れたように、隊員たちは次々と顔を輝かせてマーリナスの名を呼んだ。誰もが待ちわびていた。副隊長であるロナルドの手腕を疑う者など、この場に誰ひとりとしていない。それでもマーリナスが復帰することが何よりも隊員たちの喜びであり、希望であった。
「皆、心配をかけたな」
ふっと小さく笑みをこぼしたマーリナスの姿を目に、涙を浮かべる者までいる。いままでの様子とは打って変わった隊員たちを、ケルトは不思議そうにみつめていた。
(信頼、されてんだな)
「その少年はわたしの知り合いだ。離してやってくれ。それとわたしも君たちに訊ねたいことがある」
その言葉でするりと腕がほどかれる。あちこち馬鹿力で押さえつけられて痛む体をさすりながら立ち上がり、ケルトはマーリナスに向き直ると握りしめたネックレスを差し出してみせた。
「あいつがいない。アレク様もだ」
うなるようにそう告げたケルトの言葉にマーリナスの眉がぴくりと跳ね上がる。
「ロナルドとアレクはどこに行った」
近くにいた隊員にマーリナスが鋭い視線を向けて問えば、隊員は背筋を正し声を張り上げた。
「はっ! ロナルド副隊長はゲイリー・ヴァレットの取引現場を押さえるため、地下街へと向かわれました。補佐官のアレク殿も同行されています!」
そのとき、マーリナスとケルトの目が同時に大きく見開かれた――
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