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第三章
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マーリナスはすっと瞼を開けると、鋭く光る濃紺色の瞳をケルトに向けた。
「ケルト。ロナルドは自宅で魔道具をつけているか」
「魔道具?」
「そうだ。これと同じネックレスだ」
そういってマーリナスは首に下げたネックレスを取り出してみせた。ケルトはちらりと視線を向ける。
「さあ。興味ないね。それはなんの魔道具なんだよ」
そう返したもののケルトは知っていた。あいつがネックレスなんか付けていないこと。
嫌々とはいっても仮にも同居している身なのだ。朝はくそ早く起きて朝食やら洗濯やらの準備をしなくてはいけないし、家の掃除だってしなくちゃならない。
全部終わった頃にのこのこ起きてきて朝食を済ませたらさっさと仕事に行けばいいものを、あいつは必ず俺と同じ時間に起きてきて朝刊に目を通し、いらないといっているのに朝食作りにも手を出す。
今朝もそうだった。
邪魔だというのにいいからいいからと肩を並べて台所に立ち、共に料理を作った。そのとき首元にネックレスなんかしていなかったはずだ。アレク様が起きてくるころにはぴしっと詰め襟の制服を着こなしているからわからないが、それまではわりとラフな格好が多いし。
あいつと暮らしてから毎日そうしてきたけど、ネックレスをつけているところなんか見たことがない。みつけたら男のくせにチャラチャラしやがってと、嫌みのひとつでもいってやったのに。
「マジックシールドだ」
「マジックシールド?」
悔しげにそんなことを考えていたケルトは真顔で素っ頓狂な声をあげる。
「なんのために」
「アレクが呪いにかかっているからだ。アレクを保護するとき、ロナルドが用意した。あいつも同じものを身につけているはずだが」
「は?」
ケルトは混乱する。
実のところマーリナスが見せたネックレスにケルトは見覚えがあった。ベローズ王国警備隊が撤収するとき、隊を離れることを決めたケルトにトマス・レンジからロナルドに返して欲しいとネックレスを手渡されたのだ。
あのときはなんで俺が、と内心悪態をついたのだが。
あれが魔道具だったのなら、すでにあのときロナルドは身につけていなかったことになる。
ケルトからしてみればロナルドが呪力の影響を受けていようといなかろうと、どちらでもいい。アレク様に好意を向けていれば、必然的に恋敵になるのだから。
だけどアレク様がロナルドとの同居を了承した理由が「ロナルドは魔道具を身につけているから大丈夫」という思い込みだったらどうする。あいつはそんなアレク様の信頼を逆手に騙して囲い込んだことになる。
そしてアレク様がまだそのことを知らないとしたら――
「あいつ!!」
ケルトは怒りに顔を真っ赤にして、ぐしゃりとリューリアの花を握りつぶし、踵を返すと勢いよく部屋を飛び出した。
「きゃっ!」
その矢先でメリザとすれ違い、驚いて尻餅をついたメリザの耳にマーリナスの大声が届く。
「待てっ! ケルト!」
ただならぬ様子にメリザは床に落としてしまった花瓶に見向きもせずに、慌てて病室の中へと飛び込んだ。みてみればマーリナスがベッドから身を乗り出し、転げ落ちそうになっている。
「マーリナス様! いかがなされたのですか。いまケルト様が……」
「メリザ。なぜケルトはひとりでここにきた。アレクはどうしたんだ」
マーリナスの元に駆け寄り身体を起こしながらメリザが心配して声をかければ、マーリナスは彼女の肩をつかみ、厳しい顔つきでそう問いかけた。
「え……? アレク様はご不在でしたので、ケルト様が代わりにアレク様の様子を話して聞かせてくれると仰られて」
「不在だと?」
「ええ。とても優秀な方だそうで、いまはここでロナルド様の補佐を務めていらっしゃるそうですよ」
「なんだと!」
メリザがここに来る途中でケルトから聞かせてもらった話を伝えると、マーリナスは信じられないとはがりに目を見開いて叫んだ。
「な、なにか……」
冷静さを欠いたマーリナス怒声にメリザは怯えたように顔を青ざめる。
メリザはアレクの呪いのことを知らない。
マーリナス宅にアレクがいたころ接近を禁じられたり、ひとりで外出することのないように見張らせられたりと様々な命令は受けたものの、使用人の身分である自分がその理由を問うのは失礼に値すると、すべてひとつ返事で了承してきたのだ。
理由さえ知っていればアレクが不在だと聞いたとき、すぐに疑念を抱いただろうが。
「ロナルドを呼んでこい。いや、わたしが行く!」
「いけません、マーリナス様! まだお目覚めになられたばかりです。また無理をして倒れられたらどうするのですか!」
顔面蒼白でベッドから起き上がろうとしたマーリナスをメリザは慌てて押し留めようとしたが、マーリナスはその手を振り払いふらつく足取りで病室を飛び出した。
悲鳴のような叫び声をあげながら後を追いかけるメリザと、入院着のまま駆けだすマーリナスを何事かと行き交う人々が目にしていたころ。
「おいっそこの! 止まれ!!」
「警備兵! 不法侵入者だ。あいつを止めろっ!!」
怒りに任せ猛ダッシュで医療棟を飛び出したケルトは、アレクが勤める警備隊主要棟の廊下を大勢の警備兵に追いかけられながら走り抜けていた。
「ケルト。ロナルドは自宅で魔道具をつけているか」
「魔道具?」
「そうだ。これと同じネックレスだ」
そういってマーリナスは首に下げたネックレスを取り出してみせた。ケルトはちらりと視線を向ける。
「さあ。興味ないね。それはなんの魔道具なんだよ」
そう返したもののケルトは知っていた。あいつがネックレスなんか付けていないこと。
嫌々とはいっても仮にも同居している身なのだ。朝はくそ早く起きて朝食やら洗濯やらの準備をしなくてはいけないし、家の掃除だってしなくちゃならない。
全部終わった頃にのこのこ起きてきて朝食を済ませたらさっさと仕事に行けばいいものを、あいつは必ず俺と同じ時間に起きてきて朝刊に目を通し、いらないといっているのに朝食作りにも手を出す。
今朝もそうだった。
邪魔だというのにいいからいいからと肩を並べて台所に立ち、共に料理を作った。そのとき首元にネックレスなんかしていなかったはずだ。アレク様が起きてくるころにはぴしっと詰め襟の制服を着こなしているからわからないが、それまではわりとラフな格好が多いし。
あいつと暮らしてから毎日そうしてきたけど、ネックレスをつけているところなんか見たことがない。みつけたら男のくせにチャラチャラしやがってと、嫌みのひとつでもいってやったのに。
「マジックシールドだ」
「マジックシールド?」
悔しげにそんなことを考えていたケルトは真顔で素っ頓狂な声をあげる。
「なんのために」
「アレクが呪いにかかっているからだ。アレクを保護するとき、ロナルドが用意した。あいつも同じものを身につけているはずだが」
「は?」
ケルトは混乱する。
実のところマーリナスが見せたネックレスにケルトは見覚えがあった。ベローズ王国警備隊が撤収するとき、隊を離れることを決めたケルトにトマス・レンジからロナルドに返して欲しいとネックレスを手渡されたのだ。
あのときはなんで俺が、と内心悪態をついたのだが。
あれが魔道具だったのなら、すでにあのときロナルドは身につけていなかったことになる。
ケルトからしてみればロナルドが呪力の影響を受けていようといなかろうと、どちらでもいい。アレク様に好意を向けていれば、必然的に恋敵になるのだから。
だけどアレク様がロナルドとの同居を了承した理由が「ロナルドは魔道具を身につけているから大丈夫」という思い込みだったらどうする。あいつはそんなアレク様の信頼を逆手に騙して囲い込んだことになる。
そしてアレク様がまだそのことを知らないとしたら――
「あいつ!!」
ケルトは怒りに顔を真っ赤にして、ぐしゃりとリューリアの花を握りつぶし、踵を返すと勢いよく部屋を飛び出した。
「きゃっ!」
その矢先でメリザとすれ違い、驚いて尻餅をついたメリザの耳にマーリナスの大声が届く。
「待てっ! ケルト!」
ただならぬ様子にメリザは床に落としてしまった花瓶に見向きもせずに、慌てて病室の中へと飛び込んだ。みてみればマーリナスがベッドから身を乗り出し、転げ落ちそうになっている。
「マーリナス様! いかがなされたのですか。いまケルト様が……」
「メリザ。なぜケルトはひとりでここにきた。アレクはどうしたんだ」
マーリナスの元に駆け寄り身体を起こしながらメリザが心配して声をかければ、マーリナスは彼女の肩をつかみ、厳しい顔つきでそう問いかけた。
「え……? アレク様はご不在でしたので、ケルト様が代わりにアレク様の様子を話して聞かせてくれると仰られて」
「不在だと?」
「ええ。とても優秀な方だそうで、いまはここでロナルド様の補佐を務めていらっしゃるそうですよ」
「なんだと!」
メリザがここに来る途中でケルトから聞かせてもらった話を伝えると、マーリナスは信じられないとはがりに目を見開いて叫んだ。
「な、なにか……」
冷静さを欠いたマーリナス怒声にメリザは怯えたように顔を青ざめる。
メリザはアレクの呪いのことを知らない。
マーリナス宅にアレクがいたころ接近を禁じられたり、ひとりで外出することのないように見張らせられたりと様々な命令は受けたものの、使用人の身分である自分がその理由を問うのは失礼に値すると、すべてひとつ返事で了承してきたのだ。
理由さえ知っていればアレクが不在だと聞いたとき、すぐに疑念を抱いただろうが。
「ロナルドを呼んでこい。いや、わたしが行く!」
「いけません、マーリナス様! まだお目覚めになられたばかりです。また無理をして倒れられたらどうするのですか!」
顔面蒼白でベッドから起き上がろうとしたマーリナスをメリザは慌てて押し留めようとしたが、マーリナスはその手を振り払いふらつく足取りで病室を飛び出した。
悲鳴のような叫び声をあげながら後を追いかけるメリザと、入院着のまま駆けだすマーリナスを何事かと行き交う人々が目にしていたころ。
「おいっそこの! 止まれ!!」
「警備兵! 不法侵入者だ。あいつを止めろっ!!」
怒りに任せ猛ダッシュで医療棟を飛び出したケルトは、アレクが勤める警備隊主要棟の廊下を大勢の警備兵に追いかけられながら走り抜けていた。
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