上 下
68 / 146
第三章

守衛がみたもの

しおりを挟む


 やぼったいローブに身を包んでいた謎の少年の正体に内心興味をそそられていた守衛ふたりは、その姿を目にして思わず息をのむ。

 絹のように輝く白金髪プラチナブランドに新雪のごとき白い肌。伏せられた長い睫毛や薄紅色の唇。絵画に描かれる天女のごとく、どこか儚げで慈愛さえ感じられるその風貌は、どの美姫より美しく麗しく。まるで夢でも見てるのではないかと錯覚してしまいそうなほどで。

 片一方の守衛は口を半開きにして言葉を失い、呆けてしまった。

「で……では。し、失礼する」

 呆けてしまった守衛を置いて、もうひとりの守衛は緊張しながらそう口を開いた。

 いち警備隊の守衛をしている自分には王族や貴族と触れあう機会など滅多にあるわけではないし、今後もそのような機会に巡り会うことはないだろう。

 だが幼きころ、凱旋と称して城下に出向いた王家一族を彼は遠巻きに目にしたことがあった。

 彼らには自身が知る周囲の連中とは一線を期した雰囲気があるのだ。もちろん身にまとう豪華な衣類や装飾品といった物の影響もあるだろう。だがそれだけではない。身から溢れる光があるのだ。神々しくも美しく優しい光が。

 なぜかいま、守衛はそんなことを思いだした。

 ただ黙って佇むこの少年からは、あのとき感じた空気と似たものを感じる。きっと貴族のお坊ちゃんか何かだろう。なぜ貴族の人間が警備隊で働いているのかはわからないが、そもそも貴族の考えなど理解を超える。

 失礼があってはいけないと、守衛は普段なら入念に行う身体検査も肩から足にかけて優しい手つきでなでるように行い、数秒と経たないうちに下へ続く階段の扉を開くと笑顔を向けた。

「わたしがご案内致しましょう。どうぞこちらへ」

 突然猫なで声となった守衛に小首をかしげながらも、アレクは小さく礼をすると再びローブをまとって扉をくぐった。

 ホーキンスのいる尋問室までは一本道だ。アレクは真っ直ぐ前を見据えたまま守衛の後を歩む。自分がやろうとしていることは恐ろしいことだ。けれど、それで誰かの力になれることがあるのなら、許されるのではないだろうか。

 後ろめたさと罪悪感をそう思うことで封じ込めて、アレクは唇を結ぶ。

「ヘイスだ。入るぞ」

「ヘイス? おまえがいったい何の用だ」

 再奥の扉を押し開き、ヘイスと名乗った守衛が尋問室に足を踏み入れると尋問官は驚いたように顔を向けた。

「副隊長殿の命で補佐官のアレク殿が参られた。貴殿らに重要な話があるそうだ」

「補佐官?」

「そうだ。失礼のないようにな」

 そういった守衛の背後から現れたアレクに尋問官は視線を向ける。守衛が持ち場を離れ尋問室に同行してくるなど異例の事態だ。

 そういえば前にも副隊長と一緒にこのローブ姿の人間が同行していたなと思い起こす。姿はローブをまとっているため目にすることはできないが、もしや身分のある人間なのだろうか。

「……わかりました。それでお話というのは?」

 だがその問いかけにアレクが答えることはなかった。守衛と尋問官の間をすり抜け、壁に繋がれたホーキンスへと真っ直ぐ向っていく。

「おい!」

 面食らった尋問官が慌てて止めに入ろうと動いたが、それを守衛は黙ってさえぎった。貴族の行為に横槍を入れては後々面倒なことになる、そう思ったからだ。

 視線で黙れとうながされて、尋問官も顔をしかめて押し黙る。

 ふたりに注視される中、尋問官が追ってこないことに安堵しながら、アレクはホーキンスの前で立ち止まるとフードと脱いだ。

 ぐったりとうなだれていたホーキンスがアレクに気づき顔をあげる。

 ふたりからはアレクの後ろ姿に重なり、ホーキンスの表情は見えなかった。

 だが、数秒後。

 アレクがホーキンスの耳元で何かをささやいた。

 ホーキンスが小さくうなずきを返す。

 するとアレクはホーキンスから離れ、目深にフードをかぶり直して再びふたりがいる場所へと戻ってきた。

「ホーキンスがゲイリー・ヴァレットの居場所を教えるそうです。調書を取って報告して下さい。僕はこれで失礼します」

「え?」

 そう告げて呆気に取られるふたりの横をアレクは無言で足早に通り過ぎた。そのアレクの後ろ姿をうっとりと見つめる紫色の瞳から逃げるように。
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...