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第三章
守衛がみたもの
しおりを挟むやぼったいローブに身を包んでいた謎の少年の正体に内心興味をそそられていた守衛ふたりは、その姿を目にして思わず息をのむ。
絹のように輝く白金髪に新雪のごとき白い肌。伏せられた長い睫毛や薄紅色の唇。絵画に描かれる天女のごとく、どこか儚げで慈愛さえ感じられるその風貌は、どの美姫より美しく麗しく。まるで夢でも見てるのではないかと錯覚してしまいそうなほどで。
片一方の守衛は口を半開きにして言葉を失い、呆けてしまった。
「で……では。し、失礼する」
呆けてしまった守衛を置いて、もうひとりの守衛は緊張しながらそう口を開いた。
いち警備隊の守衛をしている自分には王族や貴族と触れあう機会など滅多にあるわけではないし、今後もそのような機会に巡り会うことはないだろう。
だが幼きころ、凱旋と称して城下に出向いた王家一族を彼は遠巻きに目にしたことがあった。
彼らには自身が知る周囲の連中とは一線を期した雰囲気があるのだ。もちろん身にまとう豪華な衣類や装飾品といった物の影響もあるだろう。だがそれだけではない。身から溢れる光があるのだ。神々しくも美しく優しい光が。
なぜかいま、守衛はそんなことを思いだした。
ただ黙って佇むこの少年からは、あのとき感じた空気と似たものを感じる。きっと貴族のお坊ちゃんか何かだろう。なぜ貴族の人間が警備隊で働いているのかはわからないが、そもそも貴族の考えなど理解を超える。
失礼があってはいけないと、守衛は普段なら入念に行う身体検査も肩から足にかけて優しい手つきでなでるように行い、数秒と経たないうちに下へ続く階段の扉を開くと笑顔を向けた。
「わたしがご案内致しましょう。どうぞこちらへ」
突然猫なで声となった守衛に小首をかしげながらも、アレクは小さく礼をすると再びローブをまとって扉をくぐった。
ホーキンスのいる尋問室までは一本道だ。アレクは真っ直ぐ前を見据えたまま守衛の後を歩む。自分がやろうとしていることは恐ろしいことだ。けれど、それで誰かの力になれることがあるのなら、許されるのではないだろうか。
後ろめたさと罪悪感をそう思うことで封じ込めて、アレクは唇を結ぶ。
「ヘイスだ。入るぞ」
「ヘイス? おまえがいったい何の用だ」
再奥の扉を押し開き、ヘイスと名乗った守衛が尋問室に足を踏み入れると尋問官は驚いたように顔を向けた。
「副隊長殿の命で補佐官のアレク殿が参られた。貴殿らに重要な話があるそうだ」
「補佐官?」
「そうだ。失礼のないようにな」
そういった守衛の背後から現れたアレクに尋問官は視線を向ける。守衛が持ち場を離れ尋問室に同行してくるなど異例の事態だ。
そういえば前にも副隊長と一緒にこのローブ姿の人間が同行していたなと思い起こす。姿はローブをまとっているため目にすることはできないが、もしや身分のある人間なのだろうか。
「……わかりました。それでお話というのは?」
だがその問いかけにアレクが答えることはなかった。守衛と尋問官の間をすり抜け、壁に繋がれたホーキンスへと真っ直ぐ向っていく。
「おい!」
面食らった尋問官が慌てて止めに入ろうと動いたが、それを守衛は黙ってさえぎった。貴族の行為に横槍を入れては後々面倒なことになる、そう思ったからだ。
視線で黙れとうながされて、尋問官も顔をしかめて押し黙る。
ふたりに注視される中、尋問官が追ってこないことに安堵しながら、アレクはホーキンスの前で立ち止まるとフードと脱いだ。
ぐったりとうなだれていたホーキンスがアレクに気づき顔をあげる。
ふたりからはアレクの後ろ姿に重なり、ホーキンスの表情は見えなかった。
だが、数秒後。
アレクがホーキンスの耳元で何かをささやいた。
ホーキンスが小さくうなずきを返す。
するとアレクはホーキンスから離れ、目深にフードをかぶり直して再びふたりがいる場所へと戻ってきた。
「ホーキンスがゲイリー・ヴァレットの居場所を教えるそうです。調書を取って報告して下さい。僕はこれで失礼します」
「え?」
そう告げて呆気に取られるふたりの横をアレクは無言で足早に通り過ぎた。そのアレクの後ろ姿をうっとりと見つめる紫色の瞳から逃げるように。
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