46 / 146
第二章
追い詰められたモーリッシュ
しおりを挟む
「……これ以上は待てない。モーリッシュを確保する。いいな」
後続の兵が同時に力強くうなずいたのを確認して、六つ目の金庫の前に立ったモーリッシュの背後にマーリナスは姿を現した。
「モーリッシュ・ドットバーグだな」
突然背後からかけられた声にビクッとモーリッシュの肩が跳ね、手にしていた松明が地に落ちる。恐る恐る背後を振り返ったモーリッシュはマーリナスを含めた警備隊の姿に目を見開いた。
「……おや。これこれは。警備隊の皆様じゃありませんか。このような場所になんのご用で」
「いわずともわかるだろう……連行しろ」
マーリナスの命令で後続の兵がモーリッシュへと向かう。だがモーリッシュはあわてて手を振り大声で叫んだ。
「お待ちください! アレクのことも探しているのでは!?」
「なに?」
「ここに! ここにアレクがいるのですよ!」
一歩一歩後ずさり、モーリッシュは必死の形相で金庫の扉を指さした。その言葉にマーリナスの眉がピクリと跳ね上がる。
「なぜアレクが金庫の中にいるのだ。戯れごともたいがいに……」
「ベインが! ベインがアレクを連れ去ったのです! あいつが隠すのは隠し金庫しかない! それで探し回っていたのですよ!」
「ベインが? それはいったいどういう……」
「わたしにもわかりません! 突然アレクを抱えて逃亡したんですわ! いったい何がなんだか……わたしが教えてほしいくらいですよ!」
半ば怒ったように声を荒らげたモーリッシュをマーリナスは洞察する。悔しそうに口を歪め憤慨して顔を赤らめるモーリッシュ。どうやら真っ赤な嘘というわけでもなさそうだ。
マーリナスはじっとモーリッシュを見つめたまま思考をめぐらす。
もしかしてベインはアレクの瞳を見てしまったのだろうか。
だがモーリッシュは呪いのことを知っていてバロンとの取り引きに利用しようとしていたはず。警戒はしていただろうに、いったいなにが起きているのだ。
「その金庫の中にアレクがいるという保証は」
「正直に申しあげて、ございません。ですが可能性は高い。中を確認してみてはいかがです。わたしが扉をお開けしましょう」
「おまえの手を借りる必要はない。開けろ」
マーリナスが警備兵のひとりに視線で合図すると、モーリッシュはさらにあわてふためき、その行手をさえぎった。
「なんのつもりだ」
「この隠し金庫は少し造りが特殊でして。普通に開くと毒ガスが周囲に漏れるようになっているのですよ。下手なことをされて死にたくはありませんからね」
「隊長……」
毒ガスと聞いて扉に向かおうとした兵の顔に不安の色が浮かぶ。周囲にいた兵も同様に互いに不安そうに顔を曇らせた。
ハッタリの可能性も捨てきれない。だが確定ではない。どうする。
モーリッシュを黙ってにらみつけるマーリナスとモーリッシュの視線が緊張する空気の中で交わる。
しかし金庫のほかに道はなく、ここが行き止まりである以上逃げ場はない。扉を開けるだけならば下手に警戒する必要もないだろう。
「……いいだろう。兵は少し下がれ。おまえは扉を開けろ」
マーリナスの合図で警備兵は扉から距離を取り、モーリッシュは扉に手をかけた。
「ではよろしいですかな?」
マーリナスがうなずき、モーリッシュはノブを回す。右に二回、左に三回、最後に右に一回。
すると扉の奥でガチャリとロックの外れる音がした。
そのままモーリッシュが扉を押し開けると、中にはコインひとつ落ちていない空金庫が姿を現した。
大した期待もしていなかったが、やはりモーリッシュのくだらない時間稼ぎだったかとマーリナスは深々とため息をつく。
「捕らえろ」
一瞬顔を見合わせた兵たちも肩透かしをくらい、やれやれといった様子でモーリッシュに向かって距離を詰めたが、その一瞬の隙をついてモーリッシュは扉をすり抜けて金庫の中に身を隠すと、中から扉を勢いよく閉じたのである。
「愚かな……」
マーリナスは顔をしかめてつぶやく。
悪あがきもここまでくると滑稽だ。ここは行き止まるであるし、鍵の開け方も見ていた。
重ねて深いため息をつき、マーリナスは金庫に歩み寄るとノブに手をかけた。
先ほどと同じように右に二回、左に三回、最後に右に一回。そして響くロックの外れた音。その扉を開きながらマーリナスは口を開く。
「悪あがきもそこまでにしろ。こんなお遊びに付き合っている暇は……」
そのとき、開かれた扉の隙間からいち早く中をのぞき見た兵が叫び声をあげた。
「――隊長っ!」
後続の兵が同時に力強くうなずいたのを確認して、六つ目の金庫の前に立ったモーリッシュの背後にマーリナスは姿を現した。
「モーリッシュ・ドットバーグだな」
突然背後からかけられた声にビクッとモーリッシュの肩が跳ね、手にしていた松明が地に落ちる。恐る恐る背後を振り返ったモーリッシュはマーリナスを含めた警備隊の姿に目を見開いた。
「……おや。これこれは。警備隊の皆様じゃありませんか。このような場所になんのご用で」
「いわずともわかるだろう……連行しろ」
マーリナスの命令で後続の兵がモーリッシュへと向かう。だがモーリッシュはあわてて手を振り大声で叫んだ。
「お待ちください! アレクのことも探しているのでは!?」
「なに?」
「ここに! ここにアレクがいるのですよ!」
一歩一歩後ずさり、モーリッシュは必死の形相で金庫の扉を指さした。その言葉にマーリナスの眉がピクリと跳ね上がる。
「なぜアレクが金庫の中にいるのだ。戯れごともたいがいに……」
「ベインが! ベインがアレクを連れ去ったのです! あいつが隠すのは隠し金庫しかない! それで探し回っていたのですよ!」
「ベインが? それはいったいどういう……」
「わたしにもわかりません! 突然アレクを抱えて逃亡したんですわ! いったい何がなんだか……わたしが教えてほしいくらいですよ!」
半ば怒ったように声を荒らげたモーリッシュをマーリナスは洞察する。悔しそうに口を歪め憤慨して顔を赤らめるモーリッシュ。どうやら真っ赤な嘘というわけでもなさそうだ。
マーリナスはじっとモーリッシュを見つめたまま思考をめぐらす。
もしかしてベインはアレクの瞳を見てしまったのだろうか。
だがモーリッシュは呪いのことを知っていてバロンとの取り引きに利用しようとしていたはず。警戒はしていただろうに、いったいなにが起きているのだ。
「その金庫の中にアレクがいるという保証は」
「正直に申しあげて、ございません。ですが可能性は高い。中を確認してみてはいかがです。わたしが扉をお開けしましょう」
「おまえの手を借りる必要はない。開けろ」
マーリナスが警備兵のひとりに視線で合図すると、モーリッシュはさらにあわてふためき、その行手をさえぎった。
「なんのつもりだ」
「この隠し金庫は少し造りが特殊でして。普通に開くと毒ガスが周囲に漏れるようになっているのですよ。下手なことをされて死にたくはありませんからね」
「隊長……」
毒ガスと聞いて扉に向かおうとした兵の顔に不安の色が浮かぶ。周囲にいた兵も同様に互いに不安そうに顔を曇らせた。
ハッタリの可能性も捨てきれない。だが確定ではない。どうする。
モーリッシュを黙ってにらみつけるマーリナスとモーリッシュの視線が緊張する空気の中で交わる。
しかし金庫のほかに道はなく、ここが行き止まりである以上逃げ場はない。扉を開けるだけならば下手に警戒する必要もないだろう。
「……いいだろう。兵は少し下がれ。おまえは扉を開けろ」
マーリナスの合図で警備兵は扉から距離を取り、モーリッシュは扉に手をかけた。
「ではよろしいですかな?」
マーリナスがうなずき、モーリッシュはノブを回す。右に二回、左に三回、最後に右に一回。
すると扉の奥でガチャリとロックの外れる音がした。
そのままモーリッシュが扉を押し開けると、中にはコインひとつ落ちていない空金庫が姿を現した。
大した期待もしていなかったが、やはりモーリッシュのくだらない時間稼ぎだったかとマーリナスは深々とため息をつく。
「捕らえろ」
一瞬顔を見合わせた兵たちも肩透かしをくらい、やれやれといった様子でモーリッシュに向かって距離を詰めたが、その一瞬の隙をついてモーリッシュは扉をすり抜けて金庫の中に身を隠すと、中から扉を勢いよく閉じたのである。
「愚かな……」
マーリナスは顔をしかめてつぶやく。
悪あがきもここまでくると滑稽だ。ここは行き止まるであるし、鍵の開け方も見ていた。
重ねて深いため息をつき、マーリナスは金庫に歩み寄るとノブに手をかけた。
先ほどと同じように右に二回、左に三回、最後に右に一回。そして響くロックの外れた音。その扉を開きながらマーリナスは口を開く。
「悪あがきもそこまでにしろ。こんなお遊びに付き合っている暇は……」
そのとき、開かれた扉の隙間からいち早く中をのぞき見た兵が叫び声をあげた。
「――隊長っ!」
1
お気に入りに追加
313
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる