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第二章

追い詰められたモーリッシュ

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「……これ以上は待てない。モーリッシュを確保する。いいな」

 後続の兵が同時に力強くうなずいたのを確認して、六つ目の金庫の前に立ったモーリッシュの背後にマーリナスは姿を現した。

「モーリッシュ・ドットバーグだな」

 突然背後からかけられた声にビクッとモーリッシュの肩が跳ね、手にしていた松明が地に落ちる。恐る恐る背後を振り返ったモーリッシュはマーリナスを含めた警備隊の姿に目を見開いた。

「……おや。これこれは。警備隊の皆様じゃありませんか。このような場所になんのご用で」

「いわずともわかるだろう……連行しろ」

 マーリナスの命令で後続の兵がモーリッシュへと向かう。だがモーリッシュはあわてて手を振り大声で叫んだ。

「お待ちください! アレクのことも探しているのでは!?」

「なに?」

「ここに! ここにアレクがいるのですよ!」

 一歩一歩後ずさり、モーリッシュは必死の形相で金庫の扉を指さした。その言葉にマーリナスの眉がピクリと跳ね上がる。

「なぜアレクが金庫の中にいるのだ。れごともたいがいに……」

「ベインが! ベインがアレクを連れ去ったのです! あいつが隠すのは隠し金庫しかない! それで探し回っていたのですよ!」

「ベインが? それはいったいどういう……」

「わたしにもわかりません! 突然アレクを抱えて逃亡したんですわ! いったい何がなんだか……わたしが教えてほしいくらいですよ!」

 半ば怒ったように声を荒らげたモーリッシュをマーリナスは洞察する。悔しそうに口を歪め憤慨して顔を赤らめるモーリッシュ。どうやら真っ赤な嘘というわけでもなさそうだ。

 マーリナスはじっとモーリッシュを見つめたまま思考をめぐらす。

 もしかしてベインはアレクの瞳を見てしまったのだろうか。

 だがモーリッシュは呪いのことを知っていてバロンとの取り引きに利用しようとしていたはず。警戒はしていただろうに、いったいなにが起きているのだ。

「その金庫の中にアレクがいるという保証は」

「正直に申しあげて、ございません。ですが可能性は高い。中を確認してみてはいかがです。わたしが扉をお開けしましょう」

「おまえの手を借りる必要はない。開けろ」

 マーリナスが警備兵のひとりに視線で合図すると、モーリッシュはさらにあわてふためき、その行手をさえぎった。

「なんのつもりだ」

「この隠し金庫は少し造りが特殊でして。普通に開くと毒ガスが周囲に漏れるようになっているのですよ。下手なことをされて死にたくはありませんからね」

「隊長……」

 毒ガスと聞いて扉に向かおうとした兵の顔に不安の色が浮かぶ。周囲にいた兵も同様に互いに不安そうに顔を曇らせた。

 ハッタリの可能性も捨てきれない。だが確定ではない。どうする。

 モーリッシュを黙ってにらみつけるマーリナスとモーリッシュの視線が緊張する空気の中で交わる。

 しかし金庫のほかに道はなく、ここが行き止まりである以上逃げ場はない。扉を開けるだけならば下手に警戒する必要もないだろう。

「……いいだろう。兵は少し下がれ。おまえは扉を開けろ」

 マーリナスの合図で警備兵は扉から距離を取り、モーリッシュは扉に手をかけた。

「ではよろしいですかな?」

 マーリナスがうなずき、モーリッシュはノブを回す。右に二回、左に三回、最後に右に一回。

 すると扉の奥でガチャリとロックの外れる音がした。

 そのままモーリッシュが扉を押し開けると、中にはコインひとつ落ちていない空金庫が姿を現した。

 大した期待もしていなかったが、やはりモーリッシュのくだらない時間稼ぎだったかとマーリナスは深々とため息をつく。

「捕らえろ」

 一瞬顔を見合わせた兵たちも肩透かしをくらい、やれやれといった様子でモーリッシュに向かって距離を詰めたが、その一瞬の隙をついてモーリッシュは扉をすり抜けて金庫の中に身を隠すと、中から扉を勢いよく閉じたのである。

「愚かな……」

 マーリナスは顔をしかめてつぶやく。

 悪あがきもここまでくると滑稽こっけいだ。ここは行き止まるであるし、鍵の開け方も見ていた。

 重ねて深いため息をつき、マーリナスは金庫に歩み寄るとノブに手をかけた。

 先ほどと同じように右に二回、左に三回、最後に右に一回。そして響くロックの外れた音。その扉を開きながらマーリナスは口を開く。

「悪あがきもそこまでにしろ。こんなお遊びに付き合っている暇は……」

 そのとき、開かれた扉の隙間からいち早く中をのぞき見た兵が叫び声をあげた。

「――隊長っ!」
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