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第一章
跳ね上がる鼓動
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「それと、バロン検挙に関して上層から山ほど苦情が届いています。そちらに書類をまとめておきましたので、目を通してください」
「まったく。地下街を擁護するやからの考えることはわからないな。あれを釈放してどうするのだ」
「バロンの暗躍に助けられている貴族たちが、それだけ多いということでしょう。特にバロンと同じ性癖を持つ貴族たちにとってはね」
「反吐がでるな」
「まったくです」
ロナルドが退室した後、山のように重なった書面に目を通したマーリナスは深々とため息をつく。
「これでは釈放しないわけにはいかないな」
書面に名を連ねる人物は上級貴族の大物たちがほとんどで、その内容はバロンを擁護するものばかり。権威の低い警備隊では上からの圧力に耐えられない。釈放せよと命じられれば応じるしかないのだ。
マーリナスの夢は地下街の闇商人を一掃することにある。だからこそ、今回のバロン検挙も貴族の耳に入る前に水面下で段取りを整え強行したのだが。
「しょせん警備隊ではこれが限界か」
重々しい気持ちのまま、マーリナスは帰路についた。月明かりが照らす中、自宅の門をくぐると明かりの灯る部屋が目に入る。
二階の角部屋。アレクの部屋だ。
「まだ起きているのか」
庭先を抜けて家に入ると、マーリナスはまっすぐにアレクの部屋へと向かった。
部屋の前に立つとポケットからペンダントを取りだして首にかける。昼間ロナルドからもらった魔道具だ。
「アレク。マーリナスだ。起きているか」
「はい」
「中に入ってもいいか」
「……はい」
少しためらったようなアレクの声。
しばらくしてギイッと軋む音を立てて部屋のドアが開かれ、部屋の中だというのに、顔の半分が隠れるほど深々とフードをかぶったローブ姿のアレクが現れた。
おそらく、目を合わせないようにするために慌ててローブを着用したのだろうとマーリナスは推測する。
アレクはまだ十五歳だ。本来なら友人と親交を深め、様々なことを経験する年頃であるのに、こうして他人との接触に常に気を遣うアレクの姿は実に痛ましいものがある。
「失礼する」
マーリナスはドアをくぐると部屋の中を見渡した。まだアレクがきてから数日しかたっていないこともあるが、特に変わった様子は見当たらない。
ならばアレクから香り立つ、あの花のような匂いはなんのだろうか。
「何かご用ですか」
その声にハッとして振り返り、マーリナスはアレクに向き直った。
「ああ、アレク。これからきみは、わたしの前で目を隠さなくてもいい。それを伝えたくてな」
「……それはどういうことですか」
「バレリアの呪いについて調べさせた結果、マジックシールドを張っていれば呪いの影響を受けないことがわかった。わたしはマジックシールドを発動する魔道具を身につけている。だから安心して顔をあげるといい」
「マジックシールド……」
アレクはぽつりとつぶやく。
確かに「バレリアの呪い」に対してマジックシールドは有効的な手段だ。
マーリナスはそういったが、バレリアの呪いは禁術であるため、簡単に調べられるものじゃない。
『安心して顔をあげろ』とは……もしかして、自分のために調べてくれたのだろうか。そんな思いがアレクの脳裏をかすめる。
「いまは、大丈夫なのですね?」
「ああ。大丈夫だ」
アレクはしばし沈黙した後、フードに手をかけるとゆっくり後方にすべり落とした。
プラチナブロンドの髪が暗黒色のフードからさらりとこぼれ、白百合のような肌の上で伏せた長いまつ毛が上を向く。開かれた二重まぶたの下にはアメジストの輝きを放つ紫の瞳。
どこか妖しげに揺れるその瞳はとても美しく、心ごと吸い込まれてしまいそうだ。
バロンの館で出会ったときは薄汚れていてよくわからなかったが、儚くも気高く、どことなく白薔薇を連想させるアレクの美しさは人知を超えるものがある。
思わず魅入ってしまい、小さく息をのんだマーリナスにアレクは不安そうに眉をよせた。
「大丈夫ですか」
「あ……ああ、問題ない」
問題ない?
慌ててそう返したものの、マーリナスの胸の鼓動は跳ねるように耳に届いた。
マジックシールドは効果を発しているはずだが、一体どうしたというのか。
動揺したマーリナスの心情を知らないアレクは、安心したように小さく息を吐くと、まっすぐに紫色の瞳を向けて綺麗な微笑みを浮かべた。
「まったく。地下街を擁護するやからの考えることはわからないな。あれを釈放してどうするのだ」
「バロンの暗躍に助けられている貴族たちが、それだけ多いということでしょう。特にバロンと同じ性癖を持つ貴族たちにとってはね」
「反吐がでるな」
「まったくです」
ロナルドが退室した後、山のように重なった書面に目を通したマーリナスは深々とため息をつく。
「これでは釈放しないわけにはいかないな」
書面に名を連ねる人物は上級貴族の大物たちがほとんどで、その内容はバロンを擁護するものばかり。権威の低い警備隊では上からの圧力に耐えられない。釈放せよと命じられれば応じるしかないのだ。
マーリナスの夢は地下街の闇商人を一掃することにある。だからこそ、今回のバロン検挙も貴族の耳に入る前に水面下で段取りを整え強行したのだが。
「しょせん警備隊ではこれが限界か」
重々しい気持ちのまま、マーリナスは帰路についた。月明かりが照らす中、自宅の門をくぐると明かりの灯る部屋が目に入る。
二階の角部屋。アレクの部屋だ。
「まだ起きているのか」
庭先を抜けて家に入ると、マーリナスはまっすぐにアレクの部屋へと向かった。
部屋の前に立つとポケットからペンダントを取りだして首にかける。昼間ロナルドからもらった魔道具だ。
「アレク。マーリナスだ。起きているか」
「はい」
「中に入ってもいいか」
「……はい」
少しためらったようなアレクの声。
しばらくしてギイッと軋む音を立てて部屋のドアが開かれ、部屋の中だというのに、顔の半分が隠れるほど深々とフードをかぶったローブ姿のアレクが現れた。
おそらく、目を合わせないようにするために慌ててローブを着用したのだろうとマーリナスは推測する。
アレクはまだ十五歳だ。本来なら友人と親交を深め、様々なことを経験する年頃であるのに、こうして他人との接触に常に気を遣うアレクの姿は実に痛ましいものがある。
「失礼する」
マーリナスはドアをくぐると部屋の中を見渡した。まだアレクがきてから数日しかたっていないこともあるが、特に変わった様子は見当たらない。
ならばアレクから香り立つ、あの花のような匂いはなんのだろうか。
「何かご用ですか」
その声にハッとして振り返り、マーリナスはアレクに向き直った。
「ああ、アレク。これからきみは、わたしの前で目を隠さなくてもいい。それを伝えたくてな」
「……それはどういうことですか」
「バレリアの呪いについて調べさせた結果、マジックシールドを張っていれば呪いの影響を受けないことがわかった。わたしはマジックシールドを発動する魔道具を身につけている。だから安心して顔をあげるといい」
「マジックシールド……」
アレクはぽつりとつぶやく。
確かに「バレリアの呪い」に対してマジックシールドは有効的な手段だ。
マーリナスはそういったが、バレリアの呪いは禁術であるため、簡単に調べられるものじゃない。
『安心して顔をあげろ』とは……もしかして、自分のために調べてくれたのだろうか。そんな思いがアレクの脳裏をかすめる。
「いまは、大丈夫なのですね?」
「ああ。大丈夫だ」
アレクはしばし沈黙した後、フードに手をかけるとゆっくり後方にすべり落とした。
プラチナブロンドの髪が暗黒色のフードからさらりとこぼれ、白百合のような肌の上で伏せた長いまつ毛が上を向く。開かれた二重まぶたの下にはアメジストの輝きを放つ紫の瞳。
どこか妖しげに揺れるその瞳はとても美しく、心ごと吸い込まれてしまいそうだ。
バロンの館で出会ったときは薄汚れていてよくわからなかったが、儚くも気高く、どことなく白薔薇を連想させるアレクの美しさは人知を超えるものがある。
思わず魅入ってしまい、小さく息をのんだマーリナスにアレクは不安そうに眉をよせた。
「大丈夫ですか」
「あ……ああ、問題ない」
問題ない?
慌ててそう返したものの、マーリナスの胸の鼓動は跳ねるように耳に届いた。
マジックシールドは効果を発しているはずだが、一体どうしたというのか。
動揺したマーリナスの心情を知らないアレクは、安心したように小さく息を吐くと、まっすぐに紫色の瞳を向けて綺麗な微笑みを浮かべた。
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