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15.南宋襲来
第109話(1189年12月) 初志
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貴一たちが巡幸を終えて臨安に戻るころには、金国の軍勢は引き揚げていた。北方で争っていた遊牧民族たちが一つにまとまり、金国が防衛の必要に迫られたからだ。無敗のままモンゴルを武力統一した男の名をテムジンといった。
臨安に戻った喜一は、すぐにチュンチュンの魂が消えたことを出雲大社に知らせ、絲原鉄心に平国に来るよう要請した。これからは、発明ができないことを前提に工業政策を考えなければいけない。
――チュンチュンがいなくなったとなると、他の発明家が必要だ。理系の科挙(官僚試験)が作れるといいんだけどね。
出雲でも学校の構想は出ていた。しかし、読み書きを教える程度のもので、大学レベルと考えると中国でしか作れない。何しろ知識層の厚みと数が違う。試験のシステムも整備されていた。
貴一は大将軍に加え、工部尚書(長官)も兼任することにした。当然、激務となったが、貴一が望んだ状態でもあった。チュンチュンの一件以来、少しでも時間が空くと転生のことを考え、自分の条件の厳しさに絶望してしまうからだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1190年3月。臨安宮廷内。
貴一の尚書室の棚にはおびただしい巻物が積まれていた。農業技術から蒸気機関、鉄道、銃など、チュンチュンの発明をまとめたものである。
尚書室の入り口に立った朱熹が棚を見上げて嘆く。
「漢民族が倭国の知識に頼ることになろうとは……」
「朱先生、気にすることはない。800年後にこの国は日本から技術支援を受けることになる。少し早まっただけだ」
「ふっ、また大将軍の占いか。ならば、出雲から来た客も当ててみるか?」
「そんなの簡単さ。俺が呼んだんだから。鉄心が来たんだろ」
「ははは、ハズレだ」
朱熹の後ろにいたのは、鉄心ではなく鴨長明だった。
貴一は驚いて立ち上がる。
「どうした、長明。出雲を離れて大丈夫なのか?」
「一大事ゆえ、私自身で参りました」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
臨安宮廷・廟議の間
文武百官が居並ぶ中、貴一は大将軍と工部尚書の辞任を願い出ると、廟議の間は騒然となった。安徳帝は涙ぐんで、辞任を許さなかった。
「朕を見捨てるつもりなの?」
「友から挑戦された。だから最後の決着をつけに帰る。それだけさ」
「だったら、平国の兵も連れていけばよい」
「安徳、先の皇帝の愚を、繰り返しちゃいけないよ」
朱熹が前に出る。
「大将軍、口を慎め! 先ほどからの陛下への言葉使い、無礼であろう」
「そうだ。既存の権力に対して無礼でこそ俺だった。だが、知らず知らずのうちに、この時代に飲み込まれていた。チュンチュンと広元が思い出させてくれたよ。俺がこの時代でなすべきことを!」
「余迷いごとを! 陛下、辞職など生ぬるい。大将軍と工部尚書の職の剥奪を進言します!」
「左丞相! 朕は!」
「スサノオの無礼を許せば、文武百官が陛下を軽んじますぞ!」
「グスッ――わかった。スサノオの職を剥奪せよ……。ただし! これまでの功により無礼の罪は問わぬ……」
「陛下の詔である! スサノオを宮廷から追い出せ!」
「安徳。これで、俺とお前は主従ではなくなった」
貴一が微笑むのを見て、安徳帝の瞳から再び涙があふれ出した。
「なぜ、そんな顔をする? 主従でなくなったのが、そんなにうれしいのか!」
「ああ、うれしいさ。これからはただの兄弟分だ。弟よ」
安徳帝の涙が止まるのが、貴一にもわかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
東シナ海・大型蒸気船・甲板
木曽義仲が貴一の背中をバンバン叩きながら言った。
「それにしても、あの鉄心が裏切るなんて思いもしなかったな! だが、奥州をくれるっていうなら、浮気もするか。ガハハハ!」
「元々、鉄心殿は富を欲する性なのはわかっておりました。第二次壇ノ浦以降、鎌倉の使者のやり取りに、しっかり目を光らせておけば……」
臨安で会ってから、長明はずっと貴一に謝罪していた。鉄心が出雲大社の有能な隊長や技術者500人も連れて亡命したのを、長明は防げなかったのだ。
「鉄心が出雲から離れた一番の理由はおそらく富じゃないよ」
「他に何があるってんだよ。奥州丸ごとだぞ! 金山もあるんだぞ!」
義仲が手を広げて言った。
「チュンチュンがいなくなったからだ。出雲にいれば常に新しい技術に触れられる。技術によって鉄師の一族を守り続けていた鉄心にとって、それは富に勝る魅力だった」
貴一は長明を肩に手を置く。
「もう謝んなくていいよ。広元に兵器の差を見せつけて、戦わずにして勝とうなどと考えた俺が甘かった。広元は勝つことをあきらめずに技術者を引き抜くことを考え、俺は余裕をぶっこいて中国にいた。その差だ。ハハハハ」
「なぜ、笑うのです」
「おもしろいぐらい、広元の言う通りになっているからさ。あいつは京を去る時、俺と必ず戦うと予言した。俺の予言は転生者のインチキだが、あいつは本物だった。未来を知る俺が戦いを避けようとしても、避けられなかったからね。だが――」
「何です?」
「広元は人口の半分を死ぬ戦いが必要と言った。それはさせない」
そう言った貴一の目は、まだ見ぬ戦場を見ていた――。
臨安に戻った喜一は、すぐにチュンチュンの魂が消えたことを出雲大社に知らせ、絲原鉄心に平国に来るよう要請した。これからは、発明ができないことを前提に工業政策を考えなければいけない。
――チュンチュンがいなくなったとなると、他の発明家が必要だ。理系の科挙(官僚試験)が作れるといいんだけどね。
出雲でも学校の構想は出ていた。しかし、読み書きを教える程度のもので、大学レベルと考えると中国でしか作れない。何しろ知識層の厚みと数が違う。試験のシステムも整備されていた。
貴一は大将軍に加え、工部尚書(長官)も兼任することにした。当然、激務となったが、貴一が望んだ状態でもあった。チュンチュンの一件以来、少しでも時間が空くと転生のことを考え、自分の条件の厳しさに絶望してしまうからだ。
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1190年3月。臨安宮廷内。
貴一の尚書室の棚にはおびただしい巻物が積まれていた。農業技術から蒸気機関、鉄道、銃など、チュンチュンの発明をまとめたものである。
尚書室の入り口に立った朱熹が棚を見上げて嘆く。
「漢民族が倭国の知識に頼ることになろうとは……」
「朱先生、気にすることはない。800年後にこの国は日本から技術支援を受けることになる。少し早まっただけだ」
「ふっ、また大将軍の占いか。ならば、出雲から来た客も当ててみるか?」
「そんなの簡単さ。俺が呼んだんだから。鉄心が来たんだろ」
「ははは、ハズレだ」
朱熹の後ろにいたのは、鉄心ではなく鴨長明だった。
貴一は驚いて立ち上がる。
「どうした、長明。出雲を離れて大丈夫なのか?」
「一大事ゆえ、私自身で参りました」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
臨安宮廷・廟議の間
文武百官が居並ぶ中、貴一は大将軍と工部尚書の辞任を願い出ると、廟議の間は騒然となった。安徳帝は涙ぐんで、辞任を許さなかった。
「朕を見捨てるつもりなの?」
「友から挑戦された。だから最後の決着をつけに帰る。それだけさ」
「だったら、平国の兵も連れていけばよい」
「安徳、先の皇帝の愚を、繰り返しちゃいけないよ」
朱熹が前に出る。
「大将軍、口を慎め! 先ほどからの陛下への言葉使い、無礼であろう」
「そうだ。既存の権力に対して無礼でこそ俺だった。だが、知らず知らずのうちに、この時代に飲み込まれていた。チュンチュンと広元が思い出させてくれたよ。俺がこの時代でなすべきことを!」
「余迷いごとを! 陛下、辞職など生ぬるい。大将軍と工部尚書の職の剥奪を進言します!」
「左丞相! 朕は!」
「スサノオの無礼を許せば、文武百官が陛下を軽んじますぞ!」
「グスッ――わかった。スサノオの職を剥奪せよ……。ただし! これまでの功により無礼の罪は問わぬ……」
「陛下の詔である! スサノオを宮廷から追い出せ!」
「安徳。これで、俺とお前は主従ではなくなった」
貴一が微笑むのを見て、安徳帝の瞳から再び涙があふれ出した。
「なぜ、そんな顔をする? 主従でなくなったのが、そんなにうれしいのか!」
「ああ、うれしいさ。これからはただの兄弟分だ。弟よ」
安徳帝の涙が止まるのが、貴一にもわかった。
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東シナ海・大型蒸気船・甲板
木曽義仲が貴一の背中をバンバン叩きながら言った。
「それにしても、あの鉄心が裏切るなんて思いもしなかったな! だが、奥州をくれるっていうなら、浮気もするか。ガハハハ!」
「元々、鉄心殿は富を欲する性なのはわかっておりました。第二次壇ノ浦以降、鎌倉の使者のやり取りに、しっかり目を光らせておけば……」
臨安で会ってから、長明はずっと貴一に謝罪していた。鉄心が出雲大社の有能な隊長や技術者500人も連れて亡命したのを、長明は防げなかったのだ。
「鉄心が出雲から離れた一番の理由はおそらく富じゃないよ」
「他に何があるってんだよ。奥州丸ごとだぞ! 金山もあるんだぞ!」
義仲が手を広げて言った。
「チュンチュンがいなくなったからだ。出雲にいれば常に新しい技術に触れられる。技術によって鉄師の一族を守り続けていた鉄心にとって、それは富に勝る魅力だった」
貴一は長明を肩に手を置く。
「もう謝んなくていいよ。広元に兵器の差を見せつけて、戦わずにして勝とうなどと考えた俺が甘かった。広元は勝つことをあきらめずに技術者を引き抜くことを考え、俺は余裕をぶっこいて中国にいた。その差だ。ハハハハ」
「なぜ、笑うのです」
「おもしろいぐらい、広元の言う通りになっているからさ。あいつは京を去る時、俺と必ず戦うと予言した。俺の予言は転生者のインチキだが、あいつは本物だった。未来を知る俺が戦いを避けようとしても、避けられなかったからね。だが――」
「何です?」
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そう言った貴一の目は、まだ見ぬ戦場を見ていた――。
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