上 下
120 / 136
15.南宋襲来

第104話(1189年8月) 第二次壇ノ浦の戦い②

しおりを挟む
 周防国(山口県南部)・砲台を望む丘

「あちゃー。大江殿に出雲軍の力を見せつけるつもりが、とんだ恥をかいたわい」

 崖の上から大砲が暴発するのを見て、絲原鉄心が頭をかいた

「……いや、充分驚かせてもらった」

 大江広元は関門海峡で沈む南宋の船を見ていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 1日前に出雲大社に使者として訪れた広元だったが貴一は不在だった。
 代わりに宰相格である鴨長明と絲原鉄心が出てきた。

「出雲大社は日本を南宋の一部にするつもりか!」

 と、問い詰める広元に対し、長明は答える。

「南宋に降伏したのは偽りです」

「なぜそんな真似をする? 鬼一は南宋にいるのか?」

「お答えできません」

「そんな言葉で私が納得して帰るとでも思っているのか?」

「いいえ。スサノオ様からの伝言です。『百聞は一見に如かず。言葉ではなく目で伝えた方が広元は納得するだろう』。鉄心殿、大江様を壇ノ浦砲台へ案内してくれ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

――これは、南宋の技術なのか?

 他にも広元が驚くべきことがあった。備前の戦いで源氏軍を苦しめた鉄の兵器だ。人の歩く速さで動くと聞いていたのだが、蒸気機関車に乗ってみると早さが格段に違っていた。

――砕けた大筒もそうだ。火縄銃とは陰陽師ではなく、出雲が作ったに違いない。であるならば、鬼一が私に伝えたいのは、出雲が南宋を裏切る姿ではなく、鎌倉は出雲の兵器に勝てぬ、ということか。

 衝撃を受けて考え込む広元を見て、鉄心は得意になった。
 広元は鉄心を冷静に観察する。

「鉄道といい兵器といい素晴らしい。しかし、製鉄を統括する鉄心殿がいなければ、これほどのものは作れなかったのではないか。鬼一がうらやましい」

「いやあ、それほどでもない。わしは作っただけで、考えたのは別の者だからな」

「いや、作るだけでも大したものだ。それで、鉄心殿は今、何カ国の領主なのか?」

「いや、わが国では所領という考えはない。平等を愛する出雲大社では、財産は民すべてのものであり、平等に配られる」

「そうとも思えぬが――」

 そう言って広元は鉄心を見ると、鉄心は腕につけている金の腕輪を隠した。
 広元が力強く言う。

「出雲が平等を愛するなら、鎌倉は公正を愛する政治だ。人は手柄や能力に応じた所領を与えられるべきだと考えている。有能と無能を平等に扱うのは公正ではない。そして民はまだ保護されるべき無能なのだ」

「ふうむ。ちなみに、わしだったら鎌倉では何カ国の価値なのだろう?」

「そうだな、五カ国の守護は――、いやよそう。私は離間工作をしにきたのではない」

 話を打ち切ると、広元の目は再び関門海峡にそそがれた――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 関門海峡・南宋軍総大将船

 趙汝愚ちょうじょぐは後方で沈む船を見て叫んだ。

「全軍に伝達! 博多湾に引き返す!」

 参謀の朱熹しゅきが趙汝愚を諫める。

「左丞相、前に進む大船団の方向を逆に向けるのは至難の業。敵の攻撃も一カ所に絞られております。ここは予定通り前進するべきです」

「その一カ所が問題なのだ。見ろ。敵の目的は投石で大損害を与えることではない。我らの退路を塞ごうとしている。そして出雲が裏切ったということは――」

 趙汝愚は剣を抜くと、驚く朱熹の横を通り過ぎる。
朱熹が振り向くと、趙汝愚は出雲大社から提供された米俵に剣を突き刺した。
 米俵からは米ではなく、砂が流れ出た。

「敵中で飢える、ということだ」

「確かに。ですが、戻るということは――」

「そうだ。あの死地をくぐり抜けねばならぬ」

 船が燃え、投石が降り注ぐ海峡をみて趙汝愚が言った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 周防国(山口県南部)・砲台を望む丘

 関門海峡は出雲軍の攻撃によって、沈む船、舵を誤って味方の船に衝突する船、壊れて岸に流れ着く船が続出し、ただでさえ狭い海峡がほとんど塞がれた状態になった。

 航行不能になった船の兵は、陸へ向かってくるが、出雲軍の火矢によって燃やされ、泳いでくる南宋兵は火縄銃によって撃ち殺された。

 逆に九州側からは、岸に座礁した船を伝って、源氏軍が南宋軍の船に切り込んでいた。

「鉄心殿、私はこれで帰るとしよう。蒸気機関車まで案内を頼む」

「最後まで見ていかぬのか」

「虐殺には興味はない」

 広元は南宋船の上にひるがえる和田義盛の旗を見て言った。
しおりを挟む

処理中です...