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15.南宋襲来
第101話(1189年6月) 南宋の廟議
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日本海対馬沖・南宋軍大将船の甲板
「あのバカ騒ぎをやめさせよ。島一つを手に入れた程度で浮かれてどうする」
対馬から勝どきの声が聞こえると、趙汝愚《ちょう じょぐ》は不快な顔で言った。
趙汝愚は南宋のナンバー2である左丞相で、倭国侵攻の総司令官でもある。先帝の時代から名臣と評判が高い皇族だ。賄賂にもなびかず、貴一が暗殺できなかった有力者の一人だ。時忠の派閥と対立する清流派の領袖でもある。
「貧しい島でしたな。倭国を攻めるのは民力の浪費です。なぜ宿敵金国ではなく倭国なのか」
儒学者で幕僚として参加している朱熹が、苦々しい顔で言った。
「その通りだ。益無き地を奪うために損害を出してはならない。しかし、何もせずに帰れば皇帝が許さないだろう。征服はせず、南宋の威を示す戦いをして帰るだけだ」
「難しい戦いですな。だからこそ、濁流派に任せず、自ら名乗りでられた」
「時忠には野心がある。やつに任せるわけにはいかない」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
1カ月前、南宋首都臨安・宮廷内
玉座に座る皇帝を前に朝臣がずらりと立ち並んでいた。議題は先月から続いている倭国遠征についてである。
皇帝がうんざりした顔で言う。
「反対の弁は聞き飽きた、もう一か月も話し合ったのだ。左丞相。大船団もすでに出来あがった。朕の偉業を妨げるな」
趙汝愚が一歩前に出て言う。
「有用な兵を駆り立てて無用な土地を取るのは、貴重な珠を用いて雀を射落とそうとするようなもの。すでに策を失っています」
右丞相の平時忠が一歩間に出る。
「無用な土地ではない。大量の黄金が倭国には埋まっている。そして採掘する技術が南宋にはある」
「暴風雨にあうことなく、倭国に至っても、かの国は広く、兵は多い。敵兵は四方から集まれるが、我が軍は万が一、戦闘が不利となっても、援軍はすぐに海を飛んで渡ることはできない」
「そのために出雲を降した。むろん、私の力ではなく皇帝の徳と威の成すところである。援軍は出雲が出す。道案内の船も出す。左丞相は無用の不安を言っている」
「右丞相の娘婿のスサノオ将軍も言っていた。『遠征は南宋のためにならず、時忠は孫を倭国の王にするために南宋軍を利用している』と。右丞相には野心がある!」
南宋に来てから言仁のことを、平時忠は自身の孫と偽っていた。
「戯言だ。スサノオは将来有望かと思い、将軍にしてやり、娘とも婚約させたが、愚かすぎたので謹慎させた。孫はすでに皇帝の養子の形で人質に差し出してある。私自身も総司令官として戦うつもりだ。信用できぬのなら、左丞相は酒を飲みながら待っていればいい。命は我が一族が賭ける」
「皇族の私を愚弄するか!」
皇帝が立ち上がる。
「もうやめよ! 左丞相。卿は時忠が数年かけて整えた、南宋の繁栄への道を、いや朕の大業を邪魔するつもりか。倭国で黄金と奴隷を大量に手に入れれば、宿敵の金国を倒すこともできる。朕はもう十分に卿の話を聞いた。宿老に対しての敬意を示した。これ以上、異を唱えるのであれば、スサノオと同じく謹慎を命じる」
趙汝愚は目を閉じる。
――この愚かな皇帝には何を言っても届かないのか……。しかし、南宋を愛する者として、倭人の宰相の好きにはさせぬ!
趙汝愚は決心をすると皇帝の前で跪いた。
「陛下、異を唱えたことをお許しください。賛成するからには、右丞相に臆したと言われぬよう、命を懸けたいと思います。私に倭国侵攻の総司令官をお命じください」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
再び、日本海対馬沖・南宋軍大将船の甲板
朱熹が趙汝愚に小声でささやく。
「損害が出ずに戻ったとしたら、あの皇帝のこと、今度は他の者に遠征を命ずるかもしれません。非常の策を使う必要がございます。決心なされませ」
「皇太子に帝位を禅譲させる話か――政変で代々の皇帝が変わる。それは南宋にとって良いことなのか……」
「前は名君が暗君に。善が悪に変わりました。次は正道に戻すための禅譲です」
煮え切らない趙汝愚を朱熹が説得していると、向こうから大声で威張り散らしながら韓侂冑がやってきた。
「左丞相、勝どきの声ぐらい良いではないか。士気も上がる」
「敵を侮り、気が緩む。軍はまだ倭国に上陸すらしていないのだ」
「真面目過ぎるのも良いが、慎重になりすぎては困りますぞ」
韓侂冑は皇帝の外戚の一族で、軍の指揮官の一人として従軍している。
「卿は何が言いたい」
「いや、そう睨まんでくれ。私に左丞相を補佐するように命じたのは陛下だ。このような発言も軍を思ってのことゆえ許されよ」
二人の間に気まずい空気が流れる。趙汝愚がずっと黙っているので、韓侂冑は去っていった。
「宋時代からの名族が、時忠の犬に成り下がりおって」
朱熹が吐き捨てるように言った。
韓侂冑は濁流派の代表として、この戦に参加している。
「時忠が倭国での黄金の採掘権をやつに渡すと約束したらしい。時忠は欲を利用するのに長けているからな」
「悪は滅ぼさねばなりません」
「怒りは留めておけ。倭国との戦いが先だ。負けてしまえば非情の策も意味を無くす」
「御意」
趙汝愚は全軍5000艘に博多湾に向かうよう命じた――。
「あのバカ騒ぎをやめさせよ。島一つを手に入れた程度で浮かれてどうする」
対馬から勝どきの声が聞こえると、趙汝愚《ちょう じょぐ》は不快な顔で言った。
趙汝愚は南宋のナンバー2である左丞相で、倭国侵攻の総司令官でもある。先帝の時代から名臣と評判が高い皇族だ。賄賂にもなびかず、貴一が暗殺できなかった有力者の一人だ。時忠の派閥と対立する清流派の領袖でもある。
「貧しい島でしたな。倭国を攻めるのは民力の浪費です。なぜ宿敵金国ではなく倭国なのか」
儒学者で幕僚として参加している朱熹が、苦々しい顔で言った。
「その通りだ。益無き地を奪うために損害を出してはならない。しかし、何もせずに帰れば皇帝が許さないだろう。征服はせず、南宋の威を示す戦いをして帰るだけだ」
「難しい戦いですな。だからこそ、濁流派に任せず、自ら名乗りでられた」
「時忠には野心がある。やつに任せるわけにはいかない」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
1カ月前、南宋首都臨安・宮廷内
玉座に座る皇帝を前に朝臣がずらりと立ち並んでいた。議題は先月から続いている倭国遠征についてである。
皇帝がうんざりした顔で言う。
「反対の弁は聞き飽きた、もう一か月も話し合ったのだ。左丞相。大船団もすでに出来あがった。朕の偉業を妨げるな」
趙汝愚が一歩前に出て言う。
「有用な兵を駆り立てて無用な土地を取るのは、貴重な珠を用いて雀を射落とそうとするようなもの。すでに策を失っています」
右丞相の平時忠が一歩間に出る。
「無用な土地ではない。大量の黄金が倭国には埋まっている。そして採掘する技術が南宋にはある」
「暴風雨にあうことなく、倭国に至っても、かの国は広く、兵は多い。敵兵は四方から集まれるが、我が軍は万が一、戦闘が不利となっても、援軍はすぐに海を飛んで渡ることはできない」
「そのために出雲を降した。むろん、私の力ではなく皇帝の徳と威の成すところである。援軍は出雲が出す。道案内の船も出す。左丞相は無用の不安を言っている」
「右丞相の娘婿のスサノオ将軍も言っていた。『遠征は南宋のためにならず、時忠は孫を倭国の王にするために南宋軍を利用している』と。右丞相には野心がある!」
南宋に来てから言仁のことを、平時忠は自身の孫と偽っていた。
「戯言だ。スサノオは将来有望かと思い、将軍にしてやり、娘とも婚約させたが、愚かすぎたので謹慎させた。孫はすでに皇帝の養子の形で人質に差し出してある。私自身も総司令官として戦うつもりだ。信用できぬのなら、左丞相は酒を飲みながら待っていればいい。命は我が一族が賭ける」
「皇族の私を愚弄するか!」
皇帝が立ち上がる。
「もうやめよ! 左丞相。卿は時忠が数年かけて整えた、南宋の繁栄への道を、いや朕の大業を邪魔するつもりか。倭国で黄金と奴隷を大量に手に入れれば、宿敵の金国を倒すこともできる。朕はもう十分に卿の話を聞いた。宿老に対しての敬意を示した。これ以上、異を唱えるのであれば、スサノオと同じく謹慎を命じる」
趙汝愚は目を閉じる。
――この愚かな皇帝には何を言っても届かないのか……。しかし、南宋を愛する者として、倭人の宰相の好きにはさせぬ!
趙汝愚は決心をすると皇帝の前で跪いた。
「陛下、異を唱えたことをお許しください。賛成するからには、右丞相に臆したと言われぬよう、命を懸けたいと思います。私に倭国侵攻の総司令官をお命じください」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
再び、日本海対馬沖・南宋軍大将船の甲板
朱熹が趙汝愚に小声でささやく。
「損害が出ずに戻ったとしたら、あの皇帝のこと、今度は他の者に遠征を命ずるかもしれません。非常の策を使う必要がございます。決心なされませ」
「皇太子に帝位を禅譲させる話か――政変で代々の皇帝が変わる。それは南宋にとって良いことなのか……」
「前は名君が暗君に。善が悪に変わりました。次は正道に戻すための禅譲です」
煮え切らない趙汝愚を朱熹が説得していると、向こうから大声で威張り散らしながら韓侂冑がやってきた。
「左丞相、勝どきの声ぐらい良いではないか。士気も上がる」
「敵を侮り、気が緩む。軍はまだ倭国に上陸すらしていないのだ」
「真面目過ぎるのも良いが、慎重になりすぎては困りますぞ」
韓侂冑は皇帝の外戚の一族で、軍の指揮官の一人として従軍している。
「卿は何が言いたい」
「いや、そう睨まんでくれ。私に左丞相を補佐するように命じたのは陛下だ。このような発言も軍を思ってのことゆえ許されよ」
二人の間に気まずい空気が流れる。趙汝愚がずっと黙っているので、韓侂冑は去っていった。
「宋時代からの名族が、時忠の犬に成り下がりおって」
朱熹が吐き捨てるように言った。
韓侂冑は濁流派の代表として、この戦に参加している。
「時忠が倭国での黄金の採掘権をやつに渡すと約束したらしい。時忠は欲を利用するのに長けているからな」
「悪は滅ぼさねばなりません」
「怒りは留めておけ。倭国との戦いが先だ。負けてしまえば非情の策も意味を無くす」
「御意」
趙汝愚は全軍5000艘に博多湾に向かうよう命じた――。
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