116 / 136
15.南宋襲来
第100話(1189年4月) 出雲からの使者
しおりを挟む
「これで残るは出雲大社のみとなった。広元よ、我らの夢ももう間近だ」
燃え盛る平泉の都を見ながら、源頼朝は中原広元に言った。
義経の死から1年4カ月後、奥州に侵攻した鎌倉軍は奥州軍をたやすく撃破し、今は陸奥国の奥に逃げた藤原四代目当主・泰衡を追っていた。
「はい。奥州を手に入れたことで、国力の差は歴然となりました。手強い相手ですが、数で戦えば勝つことはできます」
「源氏は最大で15万を集められるようになった。それでも余裕ではないのか?」
「平家程度の相手ならそうでしょう。だが、出雲には我らの知らない兵器を持っています。武者の半数を失ったとしても私は驚かないでしょう」
「それほどなのか……」
頼朝は絶句した。広元は続ける。
「犠牲の数を怖れてはなりませぬ。大陸では王朝が変わるたびおびただしい犠牲が出ました。万死を背負える者だけが、新しい世を作ることができるのです」
――鬼一よ。我が友よ。友情を断ち切るときがきた。過去を捨てるときがきた。これより私は全知全能を使って貴様を倒す。
広元は奥州制圧後、性を中原から大江に改めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大江広元は露骨に出雲大社に圧力をかけはじめた。朝廷への年貢を10倍に増やし、頼朝の御家人として鎌倉へ来ることを命じ、義経を匿っていると言いがかりをつけた。むろん、広元も理不尽な要求が通るとは思っていない。相手の出方をみるためのジャブだ。
――さあ、どう出てくる、出雲大社。
しかし、出雲大社はそのすべてを無視した。そればかりか、納めていた通常の年貢も納めなくなった。
――意外だな。多少は時を稼ぐかと思ったが……。もう戦う準備ができたというのか。
広元は年貢未納を理由に、出雲大社討伐を頼朝に進言した。
1カ月後、鎌倉には8万の兵が集まっていた。出雲までの道中で中部・近畿の兵をさらに増やし、四国や九州の兵は包囲網として参戦する。
出雲大社の兵が3、4万と聞いている御家人たちには楽勝ムードが漂っていた。
そんな中、出雲大社からの使者がやってきた。
広元は頼朝の前で書状を受け取ると、失望する。
――今更、使者とは。この期に及んで駆け引きができると思っているだとしたら、甘すぎるぞ、鬼一。出雲討伐が決まった時点で交渉はもう終わったのだ。
だが、書状の一行目を読むと、広元は思わず声を出す。
「……気でも狂うたか、出雲大社」
書状には、『降伏勧告』と記してあった。
読み進めていくうちに、広元の表情が青ざめていく。
「この国を滅ぼすつもりか!」
どうした、といって頼朝は書状を広元から奪った。
「『降伏を受け入れなければ、30万の兵が倭人を皆殺しにするであろう』だと。出雲のどこにそれだけの大軍がいる? ハッタリにしても稚拙すぎはしないか」
「御所(頼朝)、出雲の兵ではありませぬ。最後までお読みください」
最後に書いてある署名を頼朝は読んだ。
「南宋国・出雲州刺史(長官)・鴨長明? どういうことだ?」
「この内容が真であるならば、出雲大社はすでに南宋に併合されており、30万の南宋軍が我が国へ向かっていることになります……」
「つまり、攻守の立場が――」
「逆転と相成りました」
頼朝は書状を投げ捨てて叫ぶ。
「主だった御家人を集めよ!」
大倉御所に御家人たちが軽口を叩きながら入ってきたが、頼朝と広元のただならぬ様子を見ると、みな緊張して口を閉ざした。
広元が出雲からの書状の内容を説明し、南宋に負ければ源氏どころか日本が滅ぶと説明すると、大広間が大騒ぎになった。
「――臆病者だけ、口を開け」
頼朝が立ち上がって言うと、大広間は静かになった。
満足した頼朝は続ける。
「それでこそ余が誇る坂東武者だ。範頼、余の名代として先に2万を引き連れて、九州の太宰府に向かえ!」
「承知しました! 敵を見事打ち破ってみせます!」
頼朝はギロリと範頼を見た。範頼がビクリとする。
「余計なことをするな。土肥実平。指揮はそなたが取れ。九州の御家人を糾合し、迎え撃て!」
「御意!」
「他の御家人は余とともに1週間後に発つ!」
ハハーッ! 居並ぶ御家人たちが平伏した。
頼朝と広元、梶原景時が大広間から出て行った後、侍所別当(長官)の和田義盛が笑って言った。
「ガハハハ! 出雲相手じゃ物足りないと思っていたところだ! 異国の兵なら遠慮はいらぬ。思う存分、殺しを楽しめる! おのおの方、そうでは思わぬか!」
「その通り!」「目に物見せてくれる!」など、御家人たちが景気よく叫び、場の雰囲気が明るくなった。
頼朝たちの後を、一人の御家人が追いかけていく。
「御所! 南宋が敵なら、戦に勝利したとしても領地を奪えませぬ。褒賞をどう考えているのか、御所にお聞きしたい」
頼朝は景時を見る。景時は御家人の前に立った。
「そこに気づくとは貴殿は賢いの。当然、御所は考えておられる。わしが変わって答えよう。だが、誰かに聞かれるとまずい。さあ、こちらの間に――」
景時は人目につかない場所に連れて行くと、御家人の脇腹を短刀で深く刺した。
「どういうつもりだ。梶原殿……」
短刀をえぐるように回しながら景時は言った。
「これが答えだ。わしが不満を漏らす者を殺し、褒賞の土地を作る」
燃え盛る平泉の都を見ながら、源頼朝は中原広元に言った。
義経の死から1年4カ月後、奥州に侵攻した鎌倉軍は奥州軍をたやすく撃破し、今は陸奥国の奥に逃げた藤原四代目当主・泰衡を追っていた。
「はい。奥州を手に入れたことで、国力の差は歴然となりました。手強い相手ですが、数で戦えば勝つことはできます」
「源氏は最大で15万を集められるようになった。それでも余裕ではないのか?」
「平家程度の相手ならそうでしょう。だが、出雲には我らの知らない兵器を持っています。武者の半数を失ったとしても私は驚かないでしょう」
「それほどなのか……」
頼朝は絶句した。広元は続ける。
「犠牲の数を怖れてはなりませぬ。大陸では王朝が変わるたびおびただしい犠牲が出ました。万死を背負える者だけが、新しい世を作ることができるのです」
――鬼一よ。我が友よ。友情を断ち切るときがきた。過去を捨てるときがきた。これより私は全知全能を使って貴様を倒す。
広元は奥州制圧後、性を中原から大江に改めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大江広元は露骨に出雲大社に圧力をかけはじめた。朝廷への年貢を10倍に増やし、頼朝の御家人として鎌倉へ来ることを命じ、義経を匿っていると言いがかりをつけた。むろん、広元も理不尽な要求が通るとは思っていない。相手の出方をみるためのジャブだ。
――さあ、どう出てくる、出雲大社。
しかし、出雲大社はそのすべてを無視した。そればかりか、納めていた通常の年貢も納めなくなった。
――意外だな。多少は時を稼ぐかと思ったが……。もう戦う準備ができたというのか。
広元は年貢未納を理由に、出雲大社討伐を頼朝に進言した。
1カ月後、鎌倉には8万の兵が集まっていた。出雲までの道中で中部・近畿の兵をさらに増やし、四国や九州の兵は包囲網として参戦する。
出雲大社の兵が3、4万と聞いている御家人たちには楽勝ムードが漂っていた。
そんな中、出雲大社からの使者がやってきた。
広元は頼朝の前で書状を受け取ると、失望する。
――今更、使者とは。この期に及んで駆け引きができると思っているだとしたら、甘すぎるぞ、鬼一。出雲討伐が決まった時点で交渉はもう終わったのだ。
だが、書状の一行目を読むと、広元は思わず声を出す。
「……気でも狂うたか、出雲大社」
書状には、『降伏勧告』と記してあった。
読み進めていくうちに、広元の表情が青ざめていく。
「この国を滅ぼすつもりか!」
どうした、といって頼朝は書状を広元から奪った。
「『降伏を受け入れなければ、30万の兵が倭人を皆殺しにするであろう』だと。出雲のどこにそれだけの大軍がいる? ハッタリにしても稚拙すぎはしないか」
「御所(頼朝)、出雲の兵ではありませぬ。最後までお読みください」
最後に書いてある署名を頼朝は読んだ。
「南宋国・出雲州刺史(長官)・鴨長明? どういうことだ?」
「この内容が真であるならば、出雲大社はすでに南宋に併合されており、30万の南宋軍が我が国へ向かっていることになります……」
「つまり、攻守の立場が――」
「逆転と相成りました」
頼朝は書状を投げ捨てて叫ぶ。
「主だった御家人を集めよ!」
大倉御所に御家人たちが軽口を叩きながら入ってきたが、頼朝と広元のただならぬ様子を見ると、みな緊張して口を閉ざした。
広元が出雲からの書状の内容を説明し、南宋に負ければ源氏どころか日本が滅ぶと説明すると、大広間が大騒ぎになった。
「――臆病者だけ、口を開け」
頼朝が立ち上がって言うと、大広間は静かになった。
満足した頼朝は続ける。
「それでこそ余が誇る坂東武者だ。範頼、余の名代として先に2万を引き連れて、九州の太宰府に向かえ!」
「承知しました! 敵を見事打ち破ってみせます!」
頼朝はギロリと範頼を見た。範頼がビクリとする。
「余計なことをするな。土肥実平。指揮はそなたが取れ。九州の御家人を糾合し、迎え撃て!」
「御意!」
「他の御家人は余とともに1週間後に発つ!」
ハハーッ! 居並ぶ御家人たちが平伏した。
頼朝と広元、梶原景時が大広間から出て行った後、侍所別当(長官)の和田義盛が笑って言った。
「ガハハハ! 出雲相手じゃ物足りないと思っていたところだ! 異国の兵なら遠慮はいらぬ。思う存分、殺しを楽しめる! おのおの方、そうでは思わぬか!」
「その通り!」「目に物見せてくれる!」など、御家人たちが景気よく叫び、場の雰囲気が明るくなった。
頼朝たちの後を、一人の御家人が追いかけていく。
「御所! 南宋が敵なら、戦に勝利したとしても領地を奪えませぬ。褒賞をどう考えているのか、御所にお聞きしたい」
頼朝は景時を見る。景時は御家人の前に立った。
「そこに気づくとは貴殿は賢いの。当然、御所は考えておられる。わしが変わって答えよう。だが、誰かに聞かれるとまずい。さあ、こちらの間に――」
景時は人目につかない場所に連れて行くと、御家人の脇腹を短刀で深く刺した。
「どういうつもりだ。梶原殿……」
短刀をえぐるように回しながら景時は言った。
「これが答えだ。わしが不満を漏らす者を殺し、褒賞の土地を作る」
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる