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14.奥州の落日編
第99話(1187年12月) 死者の想い
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山中にひるがえった無数の黒旗が、藤原秀衡軍を囲むように移動する。
秀衡の侍大将が言う。
「旗の数を見るに5000、いや1万の兵がいるやもしれませぬ」
「馬鹿な! なぜ、我が領内に大軍が入ってこれる。道中の豪族たちは何をしていたのだ」
「なぜ? どうして? さっきからそればっかりだな。少しは自分で考えた方がいいよ。脳があるならね」
貴一が兵を連れて姿を現した。
「スサノオ! おのれ!」
「忘れたのか泰衡。俺たちは同盟国だ。鎌倉と戦うための援軍といえば、誰も邪魔はしない。むしろ歓迎してくれた」
貴一は先代の秀衡が死んだ後、異変に備えて出雲大社から、水軍の演習を兼ねて弁慶隊を呼び寄せていた。
「同盟国だと! そんなものはたった今、破棄する! 騎馬隊! やつらを――」
泰衡が命令する声を、上回る声で弁慶が叫ぶ。
「動けば、皆殺しにするぞ!」
泰衡の背後で武器を捨てる音が聞こえた。侍大将が首を振っている。
貴一が弁慶に言う。
「弁慶、泰衡を拘束しろ。周りの兵からは馬を奪うだけでいい」
へなへなと座り込んだ泰衡が言う。
「奥州を奪うつもりか……」
「俺はまだ頼朝と戦う気はない。十三湊についたら解放してあげるよ」
「なら、わしは奥州の王に戻れるのだな」
貴一は馬の上から見下ろすと鼻で笑った。
「ああ、誰にも記憶されない愚かな王にね。お前は秀衡とは違う。脇役にすらなれない。モブとして歴史の隅に記されるだけだ」
貴一はもう泰衡を見もしなかった。
義経が一人しかいないのを確認すると、貴一は目を閉じた。
「愚かなのは俺も同じだった……。弁慶、ここは任せた。義経を頼む!」
貴一は馬腹を蹴った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
――万が一を期待するしかない。
矢が大量に刺さり、ハリネズミのような姿で絶命している伊勢義盛の横を通り過ぎながら、貴一は思った。
蝦夷からの狼煙で赤い煙のことを知って貴一は引き返したのだが、気がかりだったのは、蝦夷から伝えられた煙の量が貴一の想像をはるかに超えていたことだった。
平泉に貴一が到着したとき、赤い煙は義経の屋敷を覆っている程度にまでになっていた。馬から飛び降り屋敷の中に入っていく。
貴一の心臓の動きが活発になり、血管が膨張する。赤い煙により自分の肉体が変化していくのが感じられる。
――暴走するなよ、俺の身体。呼吸を押さえろ。意識を失うな。
「静御前! どこだ!」
庭に面する回廊に出ると、上から何かが落ちてきて貴一の顔を濡らした。見上げると屋根の上は兵の死体で埋まっており、流れ出た血が雨のように落ちてきている。
降りしきる血の雨の下、雨乞いの舞をしているような恰好で静御前は静止していた。
凄惨で美しい、静御前の最期だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
陸奥国・十三湊
十三湊まで無事に領内を通過した出雲軍は、貴一が戻ってくるのを確認すると、藤原泰衡を解放した。
清められた静御前と伊勢義盛の遺体を前に、義経は一晩中泣いていた。
貴一はその晩、安倍高俊を呼んだ。
「スサオオ様の指示通り、金国の商人・役人とは話はつけてある。問題ない。だが、あの調子で大丈夫か?」
「俺の弟子を舐めないで欲しいね」
翌朝、貴一が起きると義経は黙々と土を掘っていた。
「なぜ、墓穴が3つある?」
「……師匠、もう私には何も無くなった。ここで静とともに死にたい」
貴一は義経を笑う。
「伊勢義盛も静御前は無駄死にだな。お前が黄泉に行ったら、もう来たのか、命がけで守った甲斐も無い、と呆れるだろうね」
「一番信頼していた男も最愛の女もいなくなった! もう私には何もできない」
貴一は厳しい声で言う。
「鞍馬寺に来た時のお前は一人だった。幼くても一人で立っていた」
「あのときは平家を倒したい一心だった。今は何もない」
貴一は墓穴に入った静御前と伊勢義盛を見る。
「二人はお前を真の英雄だと思っていた。だから再び英雄になれ」
「英雄……。そうだ。平家を倒したとき、私たちは幸せだった」
貴一は腰に付けていた太刀を義経の前に置いた。
「蝦夷の子と大陸へ渡り、その軍才を生かせ」
「金国へ行けというのか」
「いや、その先だ。そしてこの男に会え」
貴一は紙を渡した。『鉄木真』と記してある。
「テムジンという――お前を英雄にしてくれる男だ」
秀衡の侍大将が言う。
「旗の数を見るに5000、いや1万の兵がいるやもしれませぬ」
「馬鹿な! なぜ、我が領内に大軍が入ってこれる。道中の豪族たちは何をしていたのだ」
「なぜ? どうして? さっきからそればっかりだな。少しは自分で考えた方がいいよ。脳があるならね」
貴一が兵を連れて姿を現した。
「スサノオ! おのれ!」
「忘れたのか泰衡。俺たちは同盟国だ。鎌倉と戦うための援軍といえば、誰も邪魔はしない。むしろ歓迎してくれた」
貴一は先代の秀衡が死んだ後、異変に備えて出雲大社から、水軍の演習を兼ねて弁慶隊を呼び寄せていた。
「同盟国だと! そんなものはたった今、破棄する! 騎馬隊! やつらを――」
泰衡が命令する声を、上回る声で弁慶が叫ぶ。
「動けば、皆殺しにするぞ!」
泰衡の背後で武器を捨てる音が聞こえた。侍大将が首を振っている。
貴一が弁慶に言う。
「弁慶、泰衡を拘束しろ。周りの兵からは馬を奪うだけでいい」
へなへなと座り込んだ泰衡が言う。
「奥州を奪うつもりか……」
「俺はまだ頼朝と戦う気はない。十三湊についたら解放してあげるよ」
「なら、わしは奥州の王に戻れるのだな」
貴一は馬の上から見下ろすと鼻で笑った。
「ああ、誰にも記憶されない愚かな王にね。お前は秀衡とは違う。脇役にすらなれない。モブとして歴史の隅に記されるだけだ」
貴一はもう泰衡を見もしなかった。
義経が一人しかいないのを確認すると、貴一は目を閉じた。
「愚かなのは俺も同じだった……。弁慶、ここは任せた。義経を頼む!」
貴一は馬腹を蹴った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
――万が一を期待するしかない。
矢が大量に刺さり、ハリネズミのような姿で絶命している伊勢義盛の横を通り過ぎながら、貴一は思った。
蝦夷からの狼煙で赤い煙のことを知って貴一は引き返したのだが、気がかりだったのは、蝦夷から伝えられた煙の量が貴一の想像をはるかに超えていたことだった。
平泉に貴一が到着したとき、赤い煙は義経の屋敷を覆っている程度にまでになっていた。馬から飛び降り屋敷の中に入っていく。
貴一の心臓の動きが活発になり、血管が膨張する。赤い煙により自分の肉体が変化していくのが感じられる。
――暴走するなよ、俺の身体。呼吸を押さえろ。意識を失うな。
「静御前! どこだ!」
庭に面する回廊に出ると、上から何かが落ちてきて貴一の顔を濡らした。見上げると屋根の上は兵の死体で埋まっており、流れ出た血が雨のように落ちてきている。
降りしきる血の雨の下、雨乞いの舞をしているような恰好で静御前は静止していた。
凄惨で美しい、静御前の最期だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
陸奥国・十三湊
十三湊まで無事に領内を通過した出雲軍は、貴一が戻ってくるのを確認すると、藤原泰衡を解放した。
清められた静御前と伊勢義盛の遺体を前に、義経は一晩中泣いていた。
貴一はその晩、安倍高俊を呼んだ。
「スサオオ様の指示通り、金国の商人・役人とは話はつけてある。問題ない。だが、あの調子で大丈夫か?」
「俺の弟子を舐めないで欲しいね」
翌朝、貴一が起きると義経は黙々と土を掘っていた。
「なぜ、墓穴が3つある?」
「……師匠、もう私には何も無くなった。ここで静とともに死にたい」
貴一は義経を笑う。
「伊勢義盛も静御前は無駄死にだな。お前が黄泉に行ったら、もう来たのか、命がけで守った甲斐も無い、と呆れるだろうね」
「一番信頼していた男も最愛の女もいなくなった! もう私には何もできない」
貴一は厳しい声で言う。
「鞍馬寺に来た時のお前は一人だった。幼くても一人で立っていた」
「あのときは平家を倒したい一心だった。今は何もない」
貴一は墓穴に入った静御前と伊勢義盛を見る。
「二人はお前を真の英雄だと思っていた。だから再び英雄になれ」
「英雄……。そうだ。平家を倒したとき、私たちは幸せだった」
貴一は腰に付けていた太刀を義経の前に置いた。
「蝦夷の子と大陸へ渡り、その軍才を生かせ」
「金国へ行けというのか」
「いや、その先だ。そしてこの男に会え」
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