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14.奥州の落日編
第96話(1187年10月) 蓮華のリハビリ
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日本最強の剣士が義経の元にいるという噂が広がると、貴一の元で修行したいという豪族の子弟が数多く集まってきたが、義経暗殺の危険性があるので貴一は断っていた。
そんな中、白髪の老人が屋敷を訪ねてきた。
「おお、アエカシ殿か! 懐かしい」
やってきたのは蝦夷の部族長・アエカシだった。
「神獣は福をもたらしましたか」
「神獣? ああ、チュンチュンのことか。彼女のおかげで、出雲大社は大きくなりましたよ――アエカシ殿の集落で食べた肉はおいしかったなあ。また行ってもいいですか」
「いつでも。今日は出雲大社国主・スサノオ様に願いがあって山を降りてきた。奥州と鎌倉の対立は山にまで届いている。いずれ戦になる」
「まだ、戦いと決まったわけでは――」
「占いで戦は必ず起こると出た。蝦夷もどうなるかわからぬ」
アエカシは跪いた。
「スサノオ様に蝦夷の血の一部を託したい。蝦夷の未来を奥州の外へ連れていってくだされ」
「アエカシ殿はどうするつもりですか」
「老人は秀衡様が守った平和の恩恵を充分に受けた。藤原家に借りを返さねばならぬ」
「……わかりました。ただし、奥州の外も地獄かも知れませんよ」
貴一はアエカシの願いを聞き入れ、各部族から選ばれた百人の少年を預かることにした。
義経の屋敷では少年たちの稽古の声がこだまするようになり、いつしか周りから天狗屋敷と呼ばれるようになっていた。
女手が少ないので、蕨姫は稽古どころではなくなった。炊事、洗濯だけでも大変な量である。貴一は公卿の娘にできるかと心配したが、蕨姫は楽しそうにやっていた。
――相撲部屋の女将さんってこんな感じなのかなあ。
貴一が蕨姫に少し休むようにいうと、蕨姫はニコニコして言った。
「この子たちはスサノオ様とわたしの子供みたいなもの。そうでしょう?」
「ああ、そうだね」
貴一は子孫を残すことをためらい、まだ蕨姫を抱いていなかった。
――俺も秀衡殿を笑えないな。覚悟ができていない。
縁側に伊勢義盛が大きな体を揺らしてやってきて貴一に声をかける。
「静御前が帰ってきた」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
部屋に貴一、義経、静御前の3人が集まった。
「熊若様と蓮華さんは――」
静御前は京でのことを話しはじめた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
京・安倍清明神社
静御前が門の前に立ったとき、神社を包んでいた霧は無く、境内の奥に霧らしきものが見える程度だった。
霧が出ている倉に近づくと、倉の外で熊若と包帯姿の蓮華が向かい合っているのが見えた。
「もうやめるんだ! 蓮華ちゃん」
蓮華が熊若に殴りかかったので、静御前は驚いた。
熊若は攻撃を懸命にさばいていたが、蓮華の蹴りを浴びて吹き飛ばされた。蓮華の身体の数カ所から血が出る。
静御前は熊若の前に飛び出した。
「蓮華さん! どういうつもりなの」
「静さんこそ、どうして?」
明るい声で言われたので静御前は戸惑った。後ろから熊若の声が聞こえる。
「力を抑える稽古をしていたんだ。殺気は感じなかっただろ――蓮華ちゃん、あせっちゃダメだ。僕の言うことを聞いてくれないといつまでたっても良くならないよ」
「ごめんなさい。熊若くん」
土埃を払いながら立ち上がると、熊若は説明してくれた。
貴一や静御前を超えるほどの強化をされた蓮華は、そのパワーに肉体がついていけず、力を入れすぎると血管が破れてしまう身体になってしまった。霧は強化人間の肉体能力向上効果があるので傷の治癒も早い。霧の中にいるぶんには蓮華はフルパワーで戦うことができた。
「今は霧の量を少しずつ減らして蓮華ちゃんの身体を慣らしているんだ。それと力を抑えて動ける稽古をしている。今みたいにね」
「どうして? 戦いに出るつもりなのですか」
「ううん。もう一度、神楽(ライブ)をやりたいの。静さんにも負けないぐらいのね」
「わたしの舞いは舞いじゃない……」
――舞いのことなんて、すっかり忘れていた。
静御前は「神の子」と呼ばれていたときのことを思い出した。それは静御前にとっては決して楽しいものではなかった。安倍国道が考えた振り付けを舞い、催眠効果を確認して、舞いを修正する。美とは無縁のものだった。
「静さんも神楽に出ましょう。いっしょに舞おうよ」
「――そんな日が来るといいですね」
静は微笑みで応えると、倉の中に入り、霧を作る材料を調合していった。
3日後、調合を終えた静御前は奥州への帰り支度をしていた。
「倉を包む程度の霧であれば3年は持ちます。熊若様、棚に並んでいる小壺を全部もらいたいのですが――」
「構わないよ。今の蓮華ちゃんには必要ないものだ」
熊若は静御前の耳元に口を寄せる。
「スサノオ様に伝えてくれ。必ず1年後に蓮華ちゃんを連れて出雲に戻ると」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
静御前の話を聞いて、貴一はほっとした。
「蓮華が回復している……。本当に良かった。ありがとう、静御前」
「いいえ、熊若様はわたしにとっても恩人。力になれて良かったです」
みなの心が温かく包まれた。その空気を壊すようにドスドスという足音が近づいてきた。
義経が入ってきた伊勢義盛にたしなめるように言う。
「義盛。騒がしいぞ! 何事か」
「藤原秀衡殿が……亡くなられました」
そんな中、白髪の老人が屋敷を訪ねてきた。
「おお、アエカシ殿か! 懐かしい」
やってきたのは蝦夷の部族長・アエカシだった。
「神獣は福をもたらしましたか」
「神獣? ああ、チュンチュンのことか。彼女のおかげで、出雲大社は大きくなりましたよ――アエカシ殿の集落で食べた肉はおいしかったなあ。また行ってもいいですか」
「いつでも。今日は出雲大社国主・スサノオ様に願いがあって山を降りてきた。奥州と鎌倉の対立は山にまで届いている。いずれ戦になる」
「まだ、戦いと決まったわけでは――」
「占いで戦は必ず起こると出た。蝦夷もどうなるかわからぬ」
アエカシは跪いた。
「スサノオ様に蝦夷の血の一部を託したい。蝦夷の未来を奥州の外へ連れていってくだされ」
「アエカシ殿はどうするつもりですか」
「老人は秀衡様が守った平和の恩恵を充分に受けた。藤原家に借りを返さねばならぬ」
「……わかりました。ただし、奥州の外も地獄かも知れませんよ」
貴一はアエカシの願いを聞き入れ、各部族から選ばれた百人の少年を預かることにした。
義経の屋敷では少年たちの稽古の声がこだまするようになり、いつしか周りから天狗屋敷と呼ばれるようになっていた。
女手が少ないので、蕨姫は稽古どころではなくなった。炊事、洗濯だけでも大変な量である。貴一は公卿の娘にできるかと心配したが、蕨姫は楽しそうにやっていた。
――相撲部屋の女将さんってこんな感じなのかなあ。
貴一が蕨姫に少し休むようにいうと、蕨姫はニコニコして言った。
「この子たちはスサノオ様とわたしの子供みたいなもの。そうでしょう?」
「ああ、そうだね」
貴一は子孫を残すことをためらい、まだ蕨姫を抱いていなかった。
――俺も秀衡殿を笑えないな。覚悟ができていない。
縁側に伊勢義盛が大きな体を揺らしてやってきて貴一に声をかける。
「静御前が帰ってきた」
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部屋に貴一、義経、静御前の3人が集まった。
「熊若様と蓮華さんは――」
静御前は京でのことを話しはじめた。
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京・安倍清明神社
静御前が門の前に立ったとき、神社を包んでいた霧は無く、境内の奥に霧らしきものが見える程度だった。
霧が出ている倉に近づくと、倉の外で熊若と包帯姿の蓮華が向かい合っているのが見えた。
「もうやめるんだ! 蓮華ちゃん」
蓮華が熊若に殴りかかったので、静御前は驚いた。
熊若は攻撃を懸命にさばいていたが、蓮華の蹴りを浴びて吹き飛ばされた。蓮華の身体の数カ所から血が出る。
静御前は熊若の前に飛び出した。
「蓮華さん! どういうつもりなの」
「静さんこそ、どうして?」
明るい声で言われたので静御前は戸惑った。後ろから熊若の声が聞こえる。
「力を抑える稽古をしていたんだ。殺気は感じなかっただろ――蓮華ちゃん、あせっちゃダメだ。僕の言うことを聞いてくれないといつまでたっても良くならないよ」
「ごめんなさい。熊若くん」
土埃を払いながら立ち上がると、熊若は説明してくれた。
貴一や静御前を超えるほどの強化をされた蓮華は、そのパワーに肉体がついていけず、力を入れすぎると血管が破れてしまう身体になってしまった。霧は強化人間の肉体能力向上効果があるので傷の治癒も早い。霧の中にいるぶんには蓮華はフルパワーで戦うことができた。
「今は霧の量を少しずつ減らして蓮華ちゃんの身体を慣らしているんだ。それと力を抑えて動ける稽古をしている。今みたいにね」
「どうして? 戦いに出るつもりなのですか」
「ううん。もう一度、神楽(ライブ)をやりたいの。静さんにも負けないぐらいのね」
「わたしの舞いは舞いじゃない……」
――舞いのことなんて、すっかり忘れていた。
静御前は「神の子」と呼ばれていたときのことを思い出した。それは静御前にとっては決して楽しいものではなかった。安倍国道が考えた振り付けを舞い、催眠効果を確認して、舞いを修正する。美とは無縁のものだった。
「静さんも神楽に出ましょう。いっしょに舞おうよ」
「――そんな日が来るといいですね」
静は微笑みで応えると、倉の中に入り、霧を作る材料を調合していった。
3日後、調合を終えた静御前は奥州への帰り支度をしていた。
「倉を包む程度の霧であれば3年は持ちます。熊若様、棚に並んでいる小壺を全部もらいたいのですが――」
「構わないよ。今の蓮華ちゃんには必要ないものだ」
熊若は静御前の耳元に口を寄せる。
「スサノオ様に伝えてくれ。必ず1年後に蓮華ちゃんを連れて出雲に戻ると」
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静御前の話を聞いて、貴一はほっとした。
「蓮華が回復している……。本当に良かった。ありがとう、静御前」
「いいえ、熊若様はわたしにとっても恩人。力になれて良かったです」
みなの心が温かく包まれた。その空気を壊すようにドスドスという足音が近づいてきた。
義経が入ってきた伊勢義盛にたしなめるように言う。
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