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14.奥州の落日編
第92話(1187年2月) 征南将軍スサノオ
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南宋・広州
安倍国道の死から1年後、貴一は3万の禁軍(中央軍)を引き連れ南宋の荒野を駆けていた。副将として側にいる木曽義仲が言う。
「なあ、なんでおぬしはキラキラした銀の鎧なのに、わしは頭巾に蛇みたいな鉾を持たされてるのだ」
「張飛のコスプレさ。お前はイケメンだけど中身は張飛だからね。太れば、もっと似合うようになるよ。ちなみに俺のイメージは趙雲だ。カッコいいだろ?」
貴一は白いマントをヒラヒラさせた。
「ふん、そうでもないけどな。それにしても中国の戦は旅のようなものだな。戦っているより、駆けている時のほうが長い。いい加減、飽きてくる」
「そうか、開拓できる土地がこれだけあると思うと俺はうれしくなってくる――ほら、反乱軍の城が見えてきたぞ」
貴一は城の周りに伏兵がいないことを確認すると、城攻めの号令をかけた。
義仲が物足りなさそうに言う。
「城攻めに俺たちは加わらなくて良いのか」
「ああ、日本じゃ高い城壁を上って攻めるなんてことしたことないからね。今は中国の戦い方を見て学ぶときだ。俺たちは野戦で手柄を挙げるだけでいい。あまり張り切ると嫉妬を買う。ただでさえ、俺は時忠様、いや右丞相の贔屓を受けているからね」
二人の元に伝令がやってきて筒を渡した。
「征南将軍! 臨安の右丞相閣下からです」
征南将軍と呼ばれた貴一は筒から書状を取り出した。木曽義仲がのぞきこむ。
「日本からの書状もあるな」
鴨長明の筆跡を見て義仲はいった。
手紙には石高が150万石、兵が3万5000まで増えたという報告と、熊若が1年近く出雲大社に帰ってきていないことが記してあった。
時忠からは、早く臨安に戻ってこい、の一文だけだった。
「おい、いい加減、臨安に戻んないと時忠が怒るんじゃねえか。これで3通目だぞ」
「まだ、反乱軍はいる……」
「もうほとんど雑魚しか残ってねえよ。スサノオ、本当は蕨姫から逃げているんだろ? 女に関してはほんとダメでグズだなあ」
蕨姫が南宋に渡ってくる前から、貴一は反乱軍征伐に出ており、まだ一度も会っていない。正式な婚姻はまだ済んではいなかった。
「わしも巴の顔が見たくなった。この城攻めが終わったら、引きずってでも帰るからな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1カ月後、臨安に戻った貴一は凱旋将軍として人々の歓迎を受けた後、時忠の館に呼ばれた。貴一とテーブルを挟んで時忠と蕨姫が座っている。3人の宋服姿もすっかりなじんでいた。
「遅い、遅すぎる! 戦うのは将軍になるまでで良いといったはずだ。我らに無駄な時など一刻たりとも無い。違うか?」
「お父様、そんな言い方はひどすぎます。スサノオ様、いえ我が夫は頑張っているのです」
蕨姫は貴一を見ると頬を赤らめた。
「浮かれるな、娘よ。まだ法眼はそなたの夫ではない。法眼が認めたとしても。このわしが破談にする」
「どういうことですか、お父様!」
「公卿の婚姻は政略のためにある。幼きころからそう教えてきたはず。草薙の剣も片付いた。そなたに父と取引できる物はもう無い」
蕨姫は時忠を睨む。
「スサノオ様、わたしを連れていってください! こんな人、もうお父様ではありません」
蕨姫は立ち上がると貴一のところに回り手を握った。
しかし、貴一は立ち上がらなかった。
蕨姫は涙をポロポロと流すと、顔を覆って部屋を出て行った。
「わしの意図がわかるか法眼。娘を連れて行っても構わぬぞ」
「ええ。でも、他にやりようがあったでしょう……」
「半端者め。利用できるものは何でも利用する、その覚悟で南宋に来たことを忘れるな!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
臨安宮廷・廟議の間
数日後、皇帝の御前会議で、反乱軍平定後の方針について話し合われた。その際、領土拡張派の時忠に、貴一が反対して口論になり時忠を殴った。そして貴一は皇帝により謹慎を命じられる。
蜜月関係だったはずの右丞相と将軍が、なんで喧嘩と世間は不思議がったが、後に婚約破談の件が知れ渡ると人々は、それが原因かとささやきあって納得した。
臨安の港。
大型蒸気船に乗り込もうとする水夫姿の男に木曽義仲が声をかけた。
「謹慎期間中に抜け出す。上手いこと南宋を離れる方法を考えたな。しかもわしにも秘密にするとは。時忠と大揉めしたと聞いて冷や冷やしたぞ。まあいい、わしも日本に帰らしてもらうぞ」
貴一は義仲の肩を掴んで、首を振る。
「ダメだよ。時忠様の側に信頼できる武官が誰もいなくなる。1年後には戻ってくるから我慢するんだ。そのときは必ず日本へ帰す」
「ああ、そうかい! 相談が無いからそんなこったろうと思ったよ」
義仲はふてくされて、貴一の側から離れると、出て来な、と大声で呼んだ。
現れた姿を見て貴一は驚く。
「蕨姫!」
建物の陰から出てきたのは蕨姫だった。
ふくれっ面で貴一を睨む。
「騙して、ごめん……」
「わけは船でお聞きします」
そういうと蕨姫は船の梯子を上っていった。
「え!?」
「せいぜい、二人で新婚旅行を楽しむんだな。はい、これ」
義仲は意地悪く笑うと、蕨姫の荷物を貴一に渡した。
安倍国道の死から1年後、貴一は3万の禁軍(中央軍)を引き連れ南宋の荒野を駆けていた。副将として側にいる木曽義仲が言う。
「なあ、なんでおぬしはキラキラした銀の鎧なのに、わしは頭巾に蛇みたいな鉾を持たされてるのだ」
「張飛のコスプレさ。お前はイケメンだけど中身は張飛だからね。太れば、もっと似合うようになるよ。ちなみに俺のイメージは趙雲だ。カッコいいだろ?」
貴一は白いマントをヒラヒラさせた。
「ふん、そうでもないけどな。それにしても中国の戦は旅のようなものだな。戦っているより、駆けている時のほうが長い。いい加減、飽きてくる」
「そうか、開拓できる土地がこれだけあると思うと俺はうれしくなってくる――ほら、反乱軍の城が見えてきたぞ」
貴一は城の周りに伏兵がいないことを確認すると、城攻めの号令をかけた。
義仲が物足りなさそうに言う。
「城攻めに俺たちは加わらなくて良いのか」
「ああ、日本じゃ高い城壁を上って攻めるなんてことしたことないからね。今は中国の戦い方を見て学ぶときだ。俺たちは野戦で手柄を挙げるだけでいい。あまり張り切ると嫉妬を買う。ただでさえ、俺は時忠様、いや右丞相の贔屓を受けているからね」
二人の元に伝令がやってきて筒を渡した。
「征南将軍! 臨安の右丞相閣下からです」
征南将軍と呼ばれた貴一は筒から書状を取り出した。木曽義仲がのぞきこむ。
「日本からの書状もあるな」
鴨長明の筆跡を見て義仲はいった。
手紙には石高が150万石、兵が3万5000まで増えたという報告と、熊若が1年近く出雲大社に帰ってきていないことが記してあった。
時忠からは、早く臨安に戻ってこい、の一文だけだった。
「おい、いい加減、臨安に戻んないと時忠が怒るんじゃねえか。これで3通目だぞ」
「まだ、反乱軍はいる……」
「もうほとんど雑魚しか残ってねえよ。スサノオ、本当は蕨姫から逃げているんだろ? 女に関してはほんとダメでグズだなあ」
蕨姫が南宋に渡ってくる前から、貴一は反乱軍征伐に出ており、まだ一度も会っていない。正式な婚姻はまだ済んではいなかった。
「わしも巴の顔が見たくなった。この城攻めが終わったら、引きずってでも帰るからな」
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1カ月後、臨安に戻った貴一は凱旋将軍として人々の歓迎を受けた後、時忠の館に呼ばれた。貴一とテーブルを挟んで時忠と蕨姫が座っている。3人の宋服姿もすっかりなじんでいた。
「遅い、遅すぎる! 戦うのは将軍になるまでで良いといったはずだ。我らに無駄な時など一刻たりとも無い。違うか?」
「お父様、そんな言い方はひどすぎます。スサノオ様、いえ我が夫は頑張っているのです」
蕨姫は貴一を見ると頬を赤らめた。
「浮かれるな、娘よ。まだ法眼はそなたの夫ではない。法眼が認めたとしても。このわしが破談にする」
「どういうことですか、お父様!」
「公卿の婚姻は政略のためにある。幼きころからそう教えてきたはず。草薙の剣も片付いた。そなたに父と取引できる物はもう無い」
蕨姫は時忠を睨む。
「スサノオ様、わたしを連れていってください! こんな人、もうお父様ではありません」
蕨姫は立ち上がると貴一のところに回り手を握った。
しかし、貴一は立ち上がらなかった。
蕨姫は涙をポロポロと流すと、顔を覆って部屋を出て行った。
「わしの意図がわかるか法眼。娘を連れて行っても構わぬぞ」
「ええ。でも、他にやりようがあったでしょう……」
「半端者め。利用できるものは何でも利用する、その覚悟で南宋に来たことを忘れるな!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
臨安宮廷・廟議の間
数日後、皇帝の御前会議で、反乱軍平定後の方針について話し合われた。その際、領土拡張派の時忠に、貴一が反対して口論になり時忠を殴った。そして貴一は皇帝により謹慎を命じられる。
蜜月関係だったはずの右丞相と将軍が、なんで喧嘩と世間は不思議がったが、後に婚約破談の件が知れ渡ると人々は、それが原因かとささやきあって納得した。
臨安の港。
大型蒸気船に乗り込もうとする水夫姿の男に木曽義仲が声をかけた。
「謹慎期間中に抜け出す。上手いこと南宋を離れる方法を考えたな。しかもわしにも秘密にするとは。時忠と大揉めしたと聞いて冷や冷やしたぞ。まあいい、わしも日本に帰らしてもらうぞ」
貴一は義仲の肩を掴んで、首を振る。
「ダメだよ。時忠様の側に信頼できる武官が誰もいなくなる。1年後には戻ってくるから我慢するんだ。そのときは必ず日本へ帰す」
「ああ、そうかい! 相談が無いからそんなこったろうと思ったよ」
義仲はふてくされて、貴一の側から離れると、出て来な、と大声で呼んだ。
現れた姿を見て貴一は驚く。
「蕨姫!」
建物の陰から出てきたのは蕨姫だった。
ふくれっ面で貴一を睨む。
「騙して、ごめん……」
「わけは船でお聞きします」
そういうと蕨姫は船の梯子を上っていった。
「え!?」
「せいぜい、二人で新婚旅行を楽しむんだな。はい、これ」
義仲は意地悪く笑うと、蕨姫の荷物を貴一に渡した。
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