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13.草薙の剣編

第90話(1186年2月) 仕掛けた罠

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 霧の神社では梶原景時が率いる源氏軍と陰陽師たちが激しく戦っている中、安倍国道とその護衛だけが戦いに加わらず、熊若と睨みあっていた。

 傷口を押さえた熊若が笑う。

「3000の兵が囲んでいる。早く降伏したほうがいい。陰陽師を無駄死にさせるだけだ」

「降伏だと! 何の罪で? こんな無法なことはあるか! 源氏の指揮官と話をしてくる!」

 怒って立ち去ろうとする国道に熊若が声をかける。

「無駄だ。お前はすでに罪を自白した」

 国道の足が止まった。

「何だと? そなた、源氏に何を吹き込んだ?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 1週間前、京・中原広元屋敷

 熊若の前に置かれた器からは湯気が上がっている。

「いい香りです。これが茶ですか」

「私の唯一の贅沢だ。飲むと心が落ち着いて、思考が整う」

 広元は貴一についていくつか聞き、熊若は答えられる範囲で答えた。
 最後に熊若は出雲で作った火縄銃を広元に見せて言った。

「僕に傷を負わせた、鉛玉を飛ばす武器です。名を火縄銃と言います」

 広元は手にとって眺める。

「ふむ。判官殿、いや義経の屋敷で見せてもらった物と一緒だ。大陸からの珍品で一つしかないと聞いていたが――これは鬼一が南宋で手に入れた物なのか?」

「いいえ。義経様が密かに作らせていたものです。それを盗んできました」

 まだ義経は捕まっていない。反鎌倉勢力に匿われているという噂はあったが、どこに潜伏しているかを鎌倉は掴んでいなかった。

「義経だと――熊若は居場所を知っているのか?」

「知っているのはこの銃を作っている鍛冶場の場所だけです」

 熊若は安倍清明神社の場所と、陰陽師頭の安倍国道が神社の主であることを伝えた。
 広元は茶をすすってしばらく考えた後、口を開く。

「安倍国道は法皇のお気に入りだ。踏み込んだ後に、間違ったでは許されぬ」

 幕府は守護地頭設置の件で院と交渉を続けているが、遅々として進まなかった。広元が京にいるのも、状況を打開するために鎌倉から派遣されているからだ。ここで、下手を打てば院に弱味を見せることになる。広元としては交渉が不利に働く真似はしたくなかった。

「これだけでは弱いな」

 今度は熊若がしばらく考える番だった。

「屋島の戦いで義経様が扇の的を銃で射抜いたとき、多くの兵が見ていたと聞きます。銃声の音を確認させてから、踏み込めば間違いは起こりません――銃声は僕が鳴らします」

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 再び霧の神社。
 息を切らしながら国道は走っている。

――あの小僧を侮っていた。まさか義経追討の兵を利用するとは。銃の鍛冶場も見つかるだろう。こうなったら仙洞御所に逃げ込んで、法皇にかばってもらうしかない。問題は包囲を突破することだ。突破さえすれば……。

 国道は大事に抱えた草薙の剣を見る。

 倉の前までくると大きな鉄扉を押し開けた。
 薄暗い中、頑丈な鎖につながれた女が見える。

「百号よ。外にいる源氏を皆殺しにするのだ。そうすれば体を治してやる」

 そう国道は言ったものの、何重もの鎖と鍵で繋いであるため、外すのも一苦労だった。焦った国道は後ろにいる護衛を怒鳴る。

「そなたたち、何をぼうっと見ておる。こっちに来て手伝え!」

 だが、答えは返ってこなかった。


「熊若くん……」

 蓮華が声を震わせる。
 国道が振り返ると、護衛の姿は無く、熊若が立っているだけだった。

「混乱の中、お前を殺す機会はいくつもあった。なぜ僕が攻撃しなかったと思う? ここに案内させるためだ。さあ、鍵を外せ。それがお前の最後の仕事だ」

 針剣を国道に向ける。

「蓮華ちゃん、こいつは身体の治し方を知らない。言うことを聞いてはいけないよ」

 蓮華がうなずく。
 国道は忌々し気な目で熊若と蓮華を見ながら鍵を外していった。最後の一つになったとき、懐に手を入れ、赤い小壺を2つ取り出した。

「おかしな真似をするな!」

「暴走しろ、百号」

 国道は小壺を地面に叩きつけた――。
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