103 / 136
13.草薙の剣編
第89話(1186年2月) 最後の機会
しおりを挟む
霧の神社・境内
「待て! 草薙の剣を傷つけてはならぬ!」
安倍国道は陰陽師と因幡衆に攻撃停止を命じた。
チリン、チリン。手にした鈴を鳴らす。
「やめろ! 神器を何と心得る。そうだ、そなたも霧の神社の住人になればよい。そうすれば百号と一緒に暮らせる。良い考えだと思わぬか?」
「断る。蓮華ちゃんを治す方法を考えろ。それまで草薙の剣はお預けだ」
熊若は草薙の剣を構えたまま、後ろへ下がっていく。
「待て! 待つのだ! 他の願いなら聞いてやる」
国道は悲痛な声をあげた。
「いいか、よく聞け。草薙の剣を法皇に献上すれば、その功により私の娘は後鳥羽天皇の后になる。男子が生まれれば、あの平清盛や藤原摂関家に並ぶことができるのだ。私はずっと思っていた。陰陽術では数百人しか操れない。何代に渡って研究していてもだ! だが、天皇の外戚になれば何百万人も操ることができる。
だがな、安倍家の血筋ではどうあがいても無理だった。だから私は気づかれぬよう、少しずつ法皇に術をかけ機会を狙っていた。そして、今、ようやく巡ってきたのだ。草薙の剣によって!」
「何を言っている?」
「私に剣を渡せば、百号の代わりの女などいくらでも用意してやる。そう言っておるのだ。だから、そんな愚かな真似はするな」
「そうかな。僕は愚かではない。このまま帰ってお前に蓮華ちゃんを治させる」
興奮していた国道の表情が冷めた。
「――いいや、愚かだ」
ターン!
熊若の身体が前に弾け飛び、草薙の剣が手から離れた。すぐに因幡衆が俊敏な動きで剣を奪い取る。
熊若は転がって大木を背にできる位置で針剣を抜いた。
国道は前に出て手を挙げる。
「火縄銃を忘れていたのか? フハハハ!茶番は終わりだ」
「茶番?」
「草薙の剣を手に入れた後、そなたを生かすつもりなどなかった」
「同感だね。僕もお前だけは許すつもりはなかった」
国道は熊若の身体を眺めて言う。
「ふん、怪我をした体で何をほざく――だが、そなたはいい肉体をしている。最後の機会をやろう。実験体になれば生かしてやる。どうだ、私は優しいだろう?」
「お前には最後の機会も与えない」
国道はあきれた顔をすると首を振った。
「怪我のせいで正気を失っているようだな。まるで話がかみ合わぬ。もうよい――死ね」
国道が手を振り下ろした。
だが、陰陽師も因幡衆も襲い掛からなかった。
「どうした? なぜ攻めかからぬ」
陰陽師の一人が国道に言う。
「安倍様、門のほうから争うような声が聞こえませぬか?」
ターン! ターン!
門のほうから傷ついた因幡衆が走ってきた。
「敵襲です! 武士の大軍が神社を取り囲んでおります!」
「……いったい何だというのだ。陰陽師は火縄銃を取りに行け! 因幡衆は霧を濃くするのだ!」
皆が走っていった。国道が熊若を見る。
「出雲軍か?――いや、大勢の兵が源氏に気付かれずに京へ潜入できるわけがない……」
「まだ気づかないのか。愚かな陰陽師よ。源氏の兵だ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
霧の神社・門前
「安倍晴明神社。塀を巡らせ門まである。よくこれで神社を名乗れたものよ――法皇の懐刀・安倍国道。危険な男だ」
伝令が中原広元の前に走ってくる。
「中原様、神社の中には異形の者や、見知らぬ武器を使う者がおり、損害が200を超えております!」
中原広元は舌打ちした。
――100足らずの敵に何というざまだ。
広元の側に興奮した梶原景時がやってくる。
「この強さにあの武器、義経がいるに違いない。中原殿、感謝するぞ」
「景時殿、何度もいうがここに義経がいる確証はありません。私が掴んでいるのは――」
「いいや、いないわけがない! 中原殿、念を押すが手柄はすべてわしの物で良いのだな」
まとわりつくような景時の視線が広元には不快だった。
「私は手柄に興味はないし、兵を集めたのも景時殿だ。存分に働かれよ。ただし――」
「針剣を持つ男と包帯女には矢を向けない。有能な間者は大事なのはわしもわかっておる。では、わしも行く。ものども! ついてこい!」
号令をかけると景時は神社の中に突入した――。
「待て! 草薙の剣を傷つけてはならぬ!」
安倍国道は陰陽師と因幡衆に攻撃停止を命じた。
チリン、チリン。手にした鈴を鳴らす。
「やめろ! 神器を何と心得る。そうだ、そなたも霧の神社の住人になればよい。そうすれば百号と一緒に暮らせる。良い考えだと思わぬか?」
「断る。蓮華ちゃんを治す方法を考えろ。それまで草薙の剣はお預けだ」
熊若は草薙の剣を構えたまま、後ろへ下がっていく。
「待て! 待つのだ! 他の願いなら聞いてやる」
国道は悲痛な声をあげた。
「いいか、よく聞け。草薙の剣を法皇に献上すれば、その功により私の娘は後鳥羽天皇の后になる。男子が生まれれば、あの平清盛や藤原摂関家に並ぶことができるのだ。私はずっと思っていた。陰陽術では数百人しか操れない。何代に渡って研究していてもだ! だが、天皇の外戚になれば何百万人も操ることができる。
だがな、安倍家の血筋ではどうあがいても無理だった。だから私は気づかれぬよう、少しずつ法皇に術をかけ機会を狙っていた。そして、今、ようやく巡ってきたのだ。草薙の剣によって!」
「何を言っている?」
「私に剣を渡せば、百号の代わりの女などいくらでも用意してやる。そう言っておるのだ。だから、そんな愚かな真似はするな」
「そうかな。僕は愚かではない。このまま帰ってお前に蓮華ちゃんを治させる」
興奮していた国道の表情が冷めた。
「――いいや、愚かだ」
ターン!
熊若の身体が前に弾け飛び、草薙の剣が手から離れた。すぐに因幡衆が俊敏な動きで剣を奪い取る。
熊若は転がって大木を背にできる位置で針剣を抜いた。
国道は前に出て手を挙げる。
「火縄銃を忘れていたのか? フハハハ!茶番は終わりだ」
「茶番?」
「草薙の剣を手に入れた後、そなたを生かすつもりなどなかった」
「同感だね。僕もお前だけは許すつもりはなかった」
国道は熊若の身体を眺めて言う。
「ふん、怪我をした体で何をほざく――だが、そなたはいい肉体をしている。最後の機会をやろう。実験体になれば生かしてやる。どうだ、私は優しいだろう?」
「お前には最後の機会も与えない」
国道はあきれた顔をすると首を振った。
「怪我のせいで正気を失っているようだな。まるで話がかみ合わぬ。もうよい――死ね」
国道が手を振り下ろした。
だが、陰陽師も因幡衆も襲い掛からなかった。
「どうした? なぜ攻めかからぬ」
陰陽師の一人が国道に言う。
「安倍様、門のほうから争うような声が聞こえませぬか?」
ターン! ターン!
門のほうから傷ついた因幡衆が走ってきた。
「敵襲です! 武士の大軍が神社を取り囲んでおります!」
「……いったい何だというのだ。陰陽師は火縄銃を取りに行け! 因幡衆は霧を濃くするのだ!」
皆が走っていった。国道が熊若を見る。
「出雲軍か?――いや、大勢の兵が源氏に気付かれずに京へ潜入できるわけがない……」
「まだ気づかないのか。愚かな陰陽師よ。源氏の兵だ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
霧の神社・門前
「安倍晴明神社。塀を巡らせ門まである。よくこれで神社を名乗れたものよ――法皇の懐刀・安倍国道。危険な男だ」
伝令が中原広元の前に走ってくる。
「中原様、神社の中には異形の者や、見知らぬ武器を使う者がおり、損害が200を超えております!」
中原広元は舌打ちした。
――100足らずの敵に何というざまだ。
広元の側に興奮した梶原景時がやってくる。
「この強さにあの武器、義経がいるに違いない。中原殿、感謝するぞ」
「景時殿、何度もいうがここに義経がいる確証はありません。私が掴んでいるのは――」
「いいや、いないわけがない! 中原殿、念を押すが手柄はすべてわしの物で良いのだな」
まとわりつくような景時の視線が広元には不快だった。
「私は手柄に興味はないし、兵を集めたのも景時殿だ。存分に働かれよ。ただし――」
「針剣を持つ男と包帯女には矢を向けない。有能な間者は大事なのはわしもわかっておる。では、わしも行く。ものども! ついてこい!」
号令をかけると景時は神社の中に突入した――。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる