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12.義経謀反編

第82話(1185年9月) 乱入者

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 仙洞せんどう御所に静御前の絶叫が響き渡る。

「義経様! 早くお逃げください!」
「我らのことは構わず!」

 義経の目の前に蓮華れんげが迫る。静御前と伊勢義盛は傷ついた身体を懸命に起こしていた。
 
「静! 義盛! 我らは一心同体、死ぬときは一緒ぞ!」

 義経は逃げずに目を閉じた。

 しかし、蓮華の拳は義経には届かなかった。それどころか、義経は蓮華が飛びのくのが気配でわかった。

「何をしている百号!」

 安倍国道が側に戻ってきた蓮華を叱る。
 蓮華は国道の背後を指す。

「うしろに何があるというのだ?――!?」

 国道が振り向くと、北面の武士が十人以上倒れていた。

 ヒュン、ヒュン、ヒュン。暗闇から独特の風切り音が聞こえてくる。

「何者か!」

 残っている北面の武士が国道を守ろうとするが、次々と倒れていった。

「飛剣――五月雨」

 暗闇からゆっくりと男が現れた。義経が叫ぶ。

「熊若! なぜここに!」

「静御前と取引をしました。詳しくは後で――それにしても、この局面、普段の義経様なら、危機にすらならないはず。心が弱っているというのは真のようですね。鬼一流兵法を忘れたのですか」

「何を言う! あんな化け物がいたら誰だって――」

 義経はハッとした顔になった。

「確かに忘れていた。この女だけを見て勝てぬと思い込んでいた。全体を見れば簡単なことだった。義盛! 静! わしを守らず、安倍を狙え!」

 二人が国道を攻撃する構えを見せると、蓮華は国道の側にピッタリとついた。

「そうです。相手の持ち駒がいかに強くても、駒の数で勝負すれば、玉を取りやすいのはこちらです」

 話しながら一人ずつ、熊若は北面の武士を倒していった。
 国道は忌々し気に言う。

「勝った気になるなよ。百号はそなたらが束になろうとも負けぬ」

「何か勘違いしているようですね。百号とやらが、あなたを守りきれねば負けのように、あなたもご自身より守らねばならぬものがあるはず。義仲様!」

 おう! という声と共に木曽義仲が現れた。

「カーカッカッカッ! 仙洞御所の周りは木曽騎馬隊が制した。皆、義経に気を取られているから、簡単すぎてあくびが出たぞ」

「木曽義仲だと! 生きていたのか!」

 国道は驚愕した。木曽兵が都で暴れまわったのは、まだ記憶に新しい。

「黙れクソ陰陽師! わしはおぬしら公家が裏切ったのを忘れはおらぬぞ。熊若、公家どもをどうやって皆殺しにする? 切り刻むか? 蒸し焼きにするか? どちらにしても楽しみだ」 

 義仲は凶悪な笑みを浮かべる。

「さて、どうしましょうか?」

「ま、待て! 法皇と話してくる。今の状況を知れば必ず院宣が下りるはずだ」

「いいでしょう」

 国道が御所内に入っていくと、北面の武士たちも離れていった。
 庭には義経たち3人と熊若と義仲、それに蓮華だけが残った。

「熊若、少しぐらい燃やしてもいいか? 法皇の肝を冷やしてやりたい」

「我慢してください。今、朝敵になるのは出雲大社の不利になります」

「つまらんのう。まあ仕方あるまい。スサノオも3年は戦をするなと言っておったしな。略奪はいいんだっけ?」

「ダメです。僕のわがままに付き合ってもらったお礼は他でしますから」

 ちぇっ、と言って義仲は座り込んだ。
 義経が近づいて言う。

「熊若、説明しろ」

「義経様を助けてほしいと静御前が訪ねて来たのですよ。命のやり取りをしたこの僕に恥を忍んで。そして僕は一人の女性を助けるのを手伝ってもらう条件で承知しました」

「――そうなのか、静。わしは良い妾を持った」

「めっそうもございません」

 義経は涙を浮かべる静御前の肩を抱いた。

「静御前、今度は僕に協力してもらいたい。蓮華ちゃんは、今、どこにいる?」

 静御前は悲し気な顔で蓮華のほうを見た。

「熊若くん……」

 蓮華が熊若を見て言った。熊若の目が見開く。

「そんな……、どうしてそんな姿に……、嘘だ!」

 熊若はフラフラと蓮華に近づいていく。

「鬼になった代償よ……。私のことは忘れて。もう元には戻れない……」

「連れて帰る!」

 熊若は蓮華の手を取った。

「無理よ! 私は霧の神社から離れて生きてはいけないの! ごめんね……」

 ドスッ。鈍い音を立てて、蓮華の拳が熊若の腹にめり込む。
 うずくまる熊若に蓮華が言った。

「うれしかったわ、熊若くん。二度も助けに来てくれて――来世があればいっしょになろうね」

 蓮華は塀を飛び越えて消えていった。

「蓮華ちゃん……」

 熊若はヨロヨロと立ち上がる。義仲は肩を貸した。

「安倍め、よくも蓮華ちゃんを……」

 顔をあげた熊若を見て義仲はぎょっとした。
 熊若の瞳が憎悪に染まっていた。

「義仲様、仙洞御所の焼き討ちを命じてください――」
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