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12.義経謀反編
第81話(1185年6月) 追い詰められる義経
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東シナ海洋上・大型蒸気船船倉
貴一が中国人の船員に中国語のレッスンを受けていると、チュンチュンがモソモソと降りてきた。
「まーた、言仁のところに行っていたのか?」
『可愛らしいルックスに、悲劇の王。日本を離れる孤独な少年。あたくし、ショタ趣味は無いつもりでしたが、あの子を見ているとキュンキュンしてしまいますわ』
「浮かれすぎて、南宋へ着いてからの段取りを忘れないでくれよ」
『ホホホ。ご心配なく。すぐに皇太子と会わせてあげます』
――――――――――――――――――――――――――――――
鎌倉・大倉御所内
配流先が記された書状を読んだ源頼朝は中原広元を自室に連れていった。
「出雲をすぐに攻める理由が無くなった――そうなると九朗(源義経)の役目は終わりか?」
頼朝は部屋に置いてある紙の束を見た。すべて義経を批判する内容で、送り主は梶原景時である。頼朝は自分勝手に動く義経を憎たらしく思ってはいたが、いざ決断するとなると悲しげな顔をした。
「このまま判官殿(義経)を放っておけば、益より害が拡がります」
「平家だけではなく、九朗の命まで――理想とはかくも多くの生贄を求めるのか……」
悲嘆している頼朝だが、本心はわからない。頼朝は御家人に対し、仁君に見られようと、常に意識している。その一方で、広元や梶原景時が非情の策を進言しても、反対したことはなかった。
「方法は任せる」
そう言った後、頼朝はずっと外を見ていた。
広元はすぐに義経を追求することはせず、まず御家人に、義経と親しくしてはならぬ、梶原景時の命令を聞くように、という密書を送った。平家の戦いで数万を率いた義経だが、直属の兵士は1000に届かない。
次に義経に対し、謀反の疑いありとして、平家追討の功として与えられた四国の所領を取り上げ、謹慎を命じた。
その後、広元は手柄を欲しがっている御家人を京に派遣すると、一人でつぶやいた。
「これで、詰みだ」
――――――――――――――――――――――――――――――
京
義経は弁解の使者を幾度も鎌倉へ送ったが、ひたすら無視された。かといって、素直に自身を振り返り、謹慎できないのが義経の性格だった。
毎日のように大酒を飲んで、梶原景時を罵っていたが、御家人による夜襲を受けると、とうとう頼朝を名指しで罵倒した。
義経が頼朝の悪口を言うのを初めて聞いた静御前は緊張する。
――覚悟をお決めになった。いえ、決めさせられた……。
静御前は夜襲してきた敵の数が少ないのを見て、暴発を誘う罠だと思ったが、鎌倉御家人の首を取ってしまった後では、もうどうすることもできなかった。
義経は馬に乗ると、静御前と伊勢義盛を引き連れ、後白河法皇のいる仙洞御所へ向かい、頼朝追討の院宣を要求する。
法皇が九条兼実たちの反対を受け拒否すると、義経は癇癪を起した。
「院宣を出さねばここで死にまする! 仙洞御所を血と我が憎悪で穢してしまうが良いか!」
御簾の奥で顔をしかめた法皇は、しばらく待て、と言い奥へと下がった。
法皇の意を受けた安倍国道が、御所を警護する北面の武士を連れ、義経に前にやってきた。
「陰陽師殿、これは何の真似か」
「時忠卿の言う通り、私は間違っていたようだ。法皇に対して無礼なふるまい。許されることではない!――静よ、役目は終わりだ。判官殿を御所の外へ追い払え!」
伊勢義盛が義経をかばうように前に出る。静御前は動かない。
「どうした? 静よ。義父の言うことが聞けぬのか」
「静は源九朗義経様の想われ人です。ふつつかな娘で申し訳ございません!」
静御前は飛び出すと、北面の武士数人を早業で倒した。武器を奪い、義経と伊勢義盛に投げる。
「父を裏切るとは愚か者め! やはりそなたは出来損ないだった」
「いいえ。わたしは義経様の真心で完成しました。鬼ではなく人として。国道様、わたしの力はご存じのはず。退けば命までは取りません」
「図に乗るなよ42号。本物を見せてやる。百号、出てまいれ!」
北面の武士の間から、全身包帯の上に真っ赤な衣を羽織った女が現れる。
「蓮華さん!」
静御前が奪った太刀で身構える。義経が止めようと肩をつかむが、静御前は振りほどいて蓮華に向かっていく。義経の手は震えていた。
「静、戻れ! あの女が放つ気の量は鬼一並みだ!」
ドンッという音ともに向かっていた速さと同じ速度で、静御前は弾き飛ばされた。
素手で追い打ちにかかろうとする蓮華に、伊勢義盛が丸太のような腕で殴りかかった。
「片手……だと……」
伊勢義盛の細い目が見開いた。蓮華の腕は女にしては鍛えている程度で決して太くはない。しかし、伊勢義盛の拳を手のひらで受け止めると、そのまま引っ張って投げ飛ばした。他にも常人と違うところがあった。彼女が動くたび、体の数カ所から血が霧のように噴き出るのだ。
「百号よ。御所を血で穢すな。拳で義経を殺せ」
蓮華は必死で飛び掛かる静御前や伊勢義盛を弾き飛ばしながら、少しずつ義経の元へ近づいていった――。
貴一が中国人の船員に中国語のレッスンを受けていると、チュンチュンがモソモソと降りてきた。
「まーた、言仁のところに行っていたのか?」
『可愛らしいルックスに、悲劇の王。日本を離れる孤独な少年。あたくし、ショタ趣味は無いつもりでしたが、あの子を見ているとキュンキュンしてしまいますわ』
「浮かれすぎて、南宋へ着いてからの段取りを忘れないでくれよ」
『ホホホ。ご心配なく。すぐに皇太子と会わせてあげます』
――――――――――――――――――――――――――――――
鎌倉・大倉御所内
配流先が記された書状を読んだ源頼朝は中原広元を自室に連れていった。
「出雲をすぐに攻める理由が無くなった――そうなると九朗(源義経)の役目は終わりか?」
頼朝は部屋に置いてある紙の束を見た。すべて義経を批判する内容で、送り主は梶原景時である。頼朝は自分勝手に動く義経を憎たらしく思ってはいたが、いざ決断するとなると悲しげな顔をした。
「このまま判官殿(義経)を放っておけば、益より害が拡がります」
「平家だけではなく、九朗の命まで――理想とはかくも多くの生贄を求めるのか……」
悲嘆している頼朝だが、本心はわからない。頼朝は御家人に対し、仁君に見られようと、常に意識している。その一方で、広元や梶原景時が非情の策を進言しても、反対したことはなかった。
「方法は任せる」
そう言った後、頼朝はずっと外を見ていた。
広元はすぐに義経を追求することはせず、まず御家人に、義経と親しくしてはならぬ、梶原景時の命令を聞くように、という密書を送った。平家の戦いで数万を率いた義経だが、直属の兵士は1000に届かない。
次に義経に対し、謀反の疑いありとして、平家追討の功として与えられた四国の所領を取り上げ、謹慎を命じた。
その後、広元は手柄を欲しがっている御家人を京に派遣すると、一人でつぶやいた。
「これで、詰みだ」
――――――――――――――――――――――――――――――
京
義経は弁解の使者を幾度も鎌倉へ送ったが、ひたすら無視された。かといって、素直に自身を振り返り、謹慎できないのが義経の性格だった。
毎日のように大酒を飲んで、梶原景時を罵っていたが、御家人による夜襲を受けると、とうとう頼朝を名指しで罵倒した。
義経が頼朝の悪口を言うのを初めて聞いた静御前は緊張する。
――覚悟をお決めになった。いえ、決めさせられた……。
静御前は夜襲してきた敵の数が少ないのを見て、暴発を誘う罠だと思ったが、鎌倉御家人の首を取ってしまった後では、もうどうすることもできなかった。
義経は馬に乗ると、静御前と伊勢義盛を引き連れ、後白河法皇のいる仙洞御所へ向かい、頼朝追討の院宣を要求する。
法皇が九条兼実たちの反対を受け拒否すると、義経は癇癪を起した。
「院宣を出さねばここで死にまする! 仙洞御所を血と我が憎悪で穢してしまうが良いか!」
御簾の奥で顔をしかめた法皇は、しばらく待て、と言い奥へと下がった。
法皇の意を受けた安倍国道が、御所を警護する北面の武士を連れ、義経に前にやってきた。
「陰陽師殿、これは何の真似か」
「時忠卿の言う通り、私は間違っていたようだ。法皇に対して無礼なふるまい。許されることではない!――静よ、役目は終わりだ。判官殿を御所の外へ追い払え!」
伊勢義盛が義経をかばうように前に出る。静御前は動かない。
「どうした? 静よ。義父の言うことが聞けぬのか」
「静は源九朗義経様の想われ人です。ふつつかな娘で申し訳ございません!」
静御前は飛び出すと、北面の武士数人を早業で倒した。武器を奪い、義経と伊勢義盛に投げる。
「父を裏切るとは愚か者め! やはりそなたは出来損ないだった」
「いいえ。わたしは義経様の真心で完成しました。鬼ではなく人として。国道様、わたしの力はご存じのはず。退けば命までは取りません」
「図に乗るなよ42号。本物を見せてやる。百号、出てまいれ!」
北面の武士の間から、全身包帯の上に真っ赤な衣を羽織った女が現れる。
「蓮華さん!」
静御前が奪った太刀で身構える。義経が止めようと肩をつかむが、静御前は振りほどいて蓮華に向かっていく。義経の手は震えていた。
「静、戻れ! あの女が放つ気の量は鬼一並みだ!」
ドンッという音ともに向かっていた速さと同じ速度で、静御前は弾き飛ばされた。
素手で追い打ちにかかろうとする蓮華に、伊勢義盛が丸太のような腕で殴りかかった。
「片手……だと……」
伊勢義盛の細い目が見開いた。蓮華の腕は女にしては鍛えている程度で決して太くはない。しかし、伊勢義盛の拳を手のひらで受け止めると、そのまま引っ張って投げ飛ばした。他にも常人と違うところがあった。彼女が動くたび、体の数カ所から血が霧のように噴き出るのだ。
「百号よ。御所を血で穢すな。拳で義経を殺せ」
蓮華は必死で飛び掛かる静御前や伊勢義盛を弾き飛ばしながら、少しずつ義経の元へ近づいていった――。
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