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11.壇ノ浦の戦い・平家滅亡編
第78話(1185年4月) 壇ノ浦の戦い⑤・勝者の悩み
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壇ノ浦の戦いの翌日。
蕨姫に安徳天皇母子のケアを頼んだ貴一は、平家の敗残兵の収容場所にいた。
「弁慶、源氏水軍の動きは?」
「勝った後、しばらくは海に落ちた者を熊手で拾い上げていたが、陽が落ちる前に引き上げた」
続いて、弁慶の副官・水月から敗残兵の報告を受けた。負傷者を含む5000人を収容し、その中には侍大将も何人かいた。
「上出来だな。この兵を出雲水軍のベースにする。問題は侍大将だね。おそらく、源氏は引き渡しを要求してくるだろう。可哀そうだけど、彼らには出雲大社国を出てもらう。船と食料を渡してあげてくれ」
平家滅亡後は源氏に戦の口実を与えない。それが出雲大社の方針だ。
「それはわかっているのだが、どうしても出雲大社に仕えたいという侍大将がいるのだ。おぬしや熊若とも顔見知りだと言っておる。会ってやってくれぬか」
貴一が案内された小屋の中に入ると、屋島で会った松浦高俊がいた。
「ははは。いや、散々にやられ申した。肥前(佐賀県と長崎県)に帰れと言われても、九州はもう源氏の手に落ちたも同然。それならば、それがしは鉄の船で働きたい。あれがあれば源氏水軍にだって勝ってみせる」
貴一は困った顔で言う。
「気持ちはうれしいよ。俺だって水軍の頭はのどから手が出るほどが欲しい。でも水軍で源氏を苦しめ続けた松浦殿だ。必ず引き渡せと言ってくる」
そうかもしれん。そう言って松浦は悩んだ後、覚悟を決めた顔で言った。
「よし! 松浦高俊は死んだことにしてくれ――名を捨てよう」
「肥前の名族の名を捨てるのか……」
「松浦の名には誇りを持っている。しかし、それがしにはもう一つの誇りある血が流れている。その名を名乗ることにする」
「確か、蝦夷に祖先がいると言っていたね」
「遠く陸奥国で源頼朝の5代前の源頼義と前九年の役で戦った、安倍一族がそうだ」
――安倍だと? 周防国は山口県。まさか、この男が安倍晋三の……。
貴一は転生先で出会った二人目の安倍を目の前にして言葉を失った。
「どうだ、スサノオ殿」
「ああ、ゴメン。人のルーツというものは意外なところにあると思ってね――これも何かの運命だ。出雲大社は安倍高俊を受け入れる」
「ご厚情、感謝する」
――今の世界と転生前の世界が繋がっているとわかったとき、俺はこの男をどうするだろうか……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
京
義経は壇ノ浦での戦後処理を源範頼に任せると、京へ凱旋した。
平家棟梁の平宗盛をはじめ多くの捕虜を引き連れて、京の大通りを進む義経は宿願を果たし感無量だった。後白河法皇からも戦勝を大いに祝われ、義経だけではなく多くの将にも官職が与えられた。
しかし、同時に法皇と頼朝から3種の神器のうち2つしか取り戻せなかったことと、安徳天皇を出雲大社に渡したことを責められた。
困った義経は時忠父子が幽閉されている屋敷に足を運んだが、時忠は義経に対し冷淡だった。
「時忠殿が草薙の剣を落としたと言った海中を調べているが、まだ見つからぬ。本当にあの場所に落としたのか? もう一度思い出してくれ」
「もう覚えてはおらぬ。貴殿が約束を覚えておらぬようにな。朝臣として朝廷に戻れば、思い出しもしよう」
騙したのか! そう言おうとした義経だったが言葉にはならなかった。
先日、時忠父子に能登国(石川県北部)への流罪が言い渡されたからだ。神器と引き換えに朝臣に戻るどころか、減刑すら許されなかった。これでは時忠が怒るのも無理はない。
本来なら難しい交渉ではないはずなのだが、義経が院や鎌倉の了解を取らずに独断で時忠と取引をしたことに、院の重臣である九条兼実や鎌倉の頼朝が不快を示したのだ。
「では、安徳天皇だけでも出雲から取り戻せないだろうか?」
「貴殿に任せたら流罪にされかねぬ。それに法眼は主上に逃げられたと言ってきておるのだろう?」
「見え透いた嘘だ!」
「では、得意の戦で取り戻せば良かろう」
「源氏は今、九州鎮圧に忙しい。すぐには軍を動かせぬ」
「ならば、わしの配流先を出雲国へ変えろ。さすれば力を貸そう」
義経は大きくため息をつくと、
「掛け合ってみる」
とだけ言い残すと、肩を落として帰っていった――。
その日の夜、平時忠がいる屋敷の塀を一つの影が飛び越えた。
屋敷では時忠と息子の時実が歌を詠んでいた。時忠が短冊に歌を書いていると、時実の身体がぐらりと揺れた。庭へ向かって時忠が鋭く言う。
「何者か!」
暗闇から男装した静御前が現れた。
「源義経が妾・静御前」
「安倍国道の弟子か。何故、わしに陰陽術をかける?」
「もうかけております。意識を失わないのは、さすがのご胆力」
「酒で酔うておるだけだ。時実が寝てしもうた。歌を聞く者もおらぬ。静御前よ、術がかかるまで側で酌をせい」
静御前は時忠のペースに呑まれてしまい、言われるままに付き合った。時忠の瞼がゆっくりと閉じていく。
安堵の吐息をもらした静御前は、すぐに暗示をかけて問いかける。
「草薙の剣は海に落としたのですか?」
「落としてはおらぬ」
かかった! 静御前は術の成功を確信し、身を乗りだした。
「では、どこにあるのでしょうか?」
「知らぬ」
静御前は問いを変えてみる。
「彦島ですか?」
「知らぬ」
この後、思いつく地名を言ってみたが、返ってくる言葉は変わらず、静御前はむなしく帰るしかなかった。
蕨姫に安徳天皇母子のケアを頼んだ貴一は、平家の敗残兵の収容場所にいた。
「弁慶、源氏水軍の動きは?」
「勝った後、しばらくは海に落ちた者を熊手で拾い上げていたが、陽が落ちる前に引き上げた」
続いて、弁慶の副官・水月から敗残兵の報告を受けた。負傷者を含む5000人を収容し、その中には侍大将も何人かいた。
「上出来だな。この兵を出雲水軍のベースにする。問題は侍大将だね。おそらく、源氏は引き渡しを要求してくるだろう。可哀そうだけど、彼らには出雲大社国を出てもらう。船と食料を渡してあげてくれ」
平家滅亡後は源氏に戦の口実を与えない。それが出雲大社の方針だ。
「それはわかっているのだが、どうしても出雲大社に仕えたいという侍大将がいるのだ。おぬしや熊若とも顔見知りだと言っておる。会ってやってくれぬか」
貴一が案内された小屋の中に入ると、屋島で会った松浦高俊がいた。
「ははは。いや、散々にやられ申した。肥前(佐賀県と長崎県)に帰れと言われても、九州はもう源氏の手に落ちたも同然。それならば、それがしは鉄の船で働きたい。あれがあれば源氏水軍にだって勝ってみせる」
貴一は困った顔で言う。
「気持ちはうれしいよ。俺だって水軍の頭はのどから手が出るほどが欲しい。でも水軍で源氏を苦しめ続けた松浦殿だ。必ず引き渡せと言ってくる」
そうかもしれん。そう言って松浦は悩んだ後、覚悟を決めた顔で言った。
「よし! 松浦高俊は死んだことにしてくれ――名を捨てよう」
「肥前の名族の名を捨てるのか……」
「松浦の名には誇りを持っている。しかし、それがしにはもう一つの誇りある血が流れている。その名を名乗ることにする」
「確か、蝦夷に祖先がいると言っていたね」
「遠く陸奥国で源頼朝の5代前の源頼義と前九年の役で戦った、安倍一族がそうだ」
――安倍だと? 周防国は山口県。まさか、この男が安倍晋三の……。
貴一は転生先で出会った二人目の安倍を目の前にして言葉を失った。
「どうだ、スサノオ殿」
「ああ、ゴメン。人のルーツというものは意外なところにあると思ってね――これも何かの運命だ。出雲大社は安倍高俊を受け入れる」
「ご厚情、感謝する」
――今の世界と転生前の世界が繋がっているとわかったとき、俺はこの男をどうするだろうか……。
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京
義経は壇ノ浦での戦後処理を源範頼に任せると、京へ凱旋した。
平家棟梁の平宗盛をはじめ多くの捕虜を引き連れて、京の大通りを進む義経は宿願を果たし感無量だった。後白河法皇からも戦勝を大いに祝われ、義経だけではなく多くの将にも官職が与えられた。
しかし、同時に法皇と頼朝から3種の神器のうち2つしか取り戻せなかったことと、安徳天皇を出雲大社に渡したことを責められた。
困った義経は時忠父子が幽閉されている屋敷に足を運んだが、時忠は義経に対し冷淡だった。
「時忠殿が草薙の剣を落としたと言った海中を調べているが、まだ見つからぬ。本当にあの場所に落としたのか? もう一度思い出してくれ」
「もう覚えてはおらぬ。貴殿が約束を覚えておらぬようにな。朝臣として朝廷に戻れば、思い出しもしよう」
騙したのか! そう言おうとした義経だったが言葉にはならなかった。
先日、時忠父子に能登国(石川県北部)への流罪が言い渡されたからだ。神器と引き換えに朝臣に戻るどころか、減刑すら許されなかった。これでは時忠が怒るのも無理はない。
本来なら難しい交渉ではないはずなのだが、義経が院や鎌倉の了解を取らずに独断で時忠と取引をしたことに、院の重臣である九条兼実や鎌倉の頼朝が不快を示したのだ。
「では、安徳天皇だけでも出雲から取り戻せないだろうか?」
「貴殿に任せたら流罪にされかねぬ。それに法眼は主上に逃げられたと言ってきておるのだろう?」
「見え透いた嘘だ!」
「では、得意の戦で取り戻せば良かろう」
「源氏は今、九州鎮圧に忙しい。すぐには軍を動かせぬ」
「ならば、わしの配流先を出雲国へ変えろ。さすれば力を貸そう」
義経は大きくため息をつくと、
「掛け合ってみる」
とだけ言い残すと、肩を落として帰っていった――。
その日の夜、平時忠がいる屋敷の塀を一つの影が飛び越えた。
屋敷では時忠と息子の時実が歌を詠んでいた。時忠が短冊に歌を書いていると、時実の身体がぐらりと揺れた。庭へ向かって時忠が鋭く言う。
「何者か!」
暗闇から男装した静御前が現れた。
「源義経が妾・静御前」
「安倍国道の弟子か。何故、わしに陰陽術をかける?」
「もうかけております。意識を失わないのは、さすがのご胆力」
「酒で酔うておるだけだ。時実が寝てしもうた。歌を聞く者もおらぬ。静御前よ、術がかかるまで側で酌をせい」
静御前は時忠のペースに呑まれてしまい、言われるままに付き合った。時忠の瞼がゆっくりと閉じていく。
安堵の吐息をもらした静御前は、すぐに暗示をかけて問いかける。
「草薙の剣は海に落としたのですか?」
「落としてはおらぬ」
かかった! 静御前は術の成功を確信し、身を乗りだした。
「では、どこにあるのでしょうか?」
「知らぬ」
静御前は問いを変えてみる。
「彦島ですか?」
「知らぬ」
この後、思いつく地名を言ってみたが、返ってくる言葉は変わらず、静御前はむなしく帰るしかなかった。
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